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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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閑話。辛いものと戦う話。

夏の閑話祭り第三弾。これにて打ち止めです。
時間軸は『ちいさな娘、ある夏の日』のエピソードから『幼き少女』となります。
「デイル、それ、なあに?」
 そう、ラティナがデイルの食べている皿を指差して尋ねたのは、まだ彼女がクロイツに来た最初の年の夏のことだった。

「うーん……まだこれは、ラティナには早いから……」
「ん?」
 こてん。と首を傾げるラティナは、興味津々といった様子だった。
「あかいね」
「辛いからなぁ……」
「あかいの、おいしいよ」
 ラティナは隣の椅子によじ登って、デイルを見上げて笑顔で言う。その表情には『知っているんだよ』という誇らしげな様子が覗いている。
 どや顔するラティナも可愛かった。
「いや、トマトの赤とは、違うから……」
 先日トマトソースのパスタを幸せそうに食べて、頬にソースを付けていたラティナの姿を思い出して、デイルが答える。
「ラティナたべてみたい。ダメ?」
「ラティナには……辛すぎて……まだ、無理だと思うぞ? だから……」
「ダメ?」

 重ねて尋ねるラティナは、『何で駄目なの?』という疑問符を浮かべている。多分ラティナは『辛い』という言葉の意味を理解していない。味覚を説明するのは難しい。ならば、体験させるのもひとつの手かも知れない。
『ちょうだい』と見上げて来るラティナが可愛い過ぎるのも問題なのだった。「駄目だ」なんて言える訳がない。

「ちょっぴりだけだぞ、本当に辛いからな」
 デイルは、匙の先にほんの一嘗めほどのせて、あーん、と口を開けているラティナへと差し出した。

 --結果。直後、真っ赤になったラティナは、厨房へと水を取りに駆け込んで行ったのであった。


 その時から、ラティナは辛い食べ物を苦手にしている。
 それが当人的には、残念で仕方がないらしい。
『嫌い』ではなく、『苦手』であるというのがポイントで、ラティナは食べることが出来るのであれば、辛い食べ物も食べたいと思っている。
 辛い料理を調理するためには、味見をしたいし、より美味しいものを作る為に、『美味しい辛い料理』の味を知りたいとも思っている。
 ケニス等に言わせれば、また別の答えを持っているのだろうが、この真面目でやる気充分の少女は、そんな前向きな姿勢であるのだった。

 十歳のラティナは、そんな向上心を以て、本日の挑戦を準備したのである。
「ラティナ……それって……」
「今日のラティナの夜ごはん、ケニスにお願いしたのっ!」
「それ……大丈夫か?」
「ラティナ、がんばるのっ」
 食事を頑張るってなんだろう。
 デイルはラティナの皿に盛られた、チョリソーと煮た豆が添えられたチリを見て眉を寄せた。この『虎猫亭』は、辛党で酒飲みのおっさん共が常連として名を連ねる店である。つまみとしては珍しいメニューではない。
 けれども、辛い物が苦手なラティナには難易度が高い気がして、デイルは不安でしかなかった。だが、ラティナのやる気に水を差すことも出来かねて、デイルは口をつぐんだ。
 はらはらと見守る態勢に入る。

 ラティナがチョリソーにナイフを入れると、ぱりっと小気味良く皮が破れ肉汁が弾けた。ケニスが、厳選して仕入れている店の腸詰めの味は、ラティナも良く知っている。いかにも美味しそうだった。
 ぱくりと口に入れる。
「んー……っ!」
 ぎゅっ、と眉を寄せた後で、ラティナはハフハフと口を開いた。
 デイルのはらはら度が増す。
「おい……しい……」
「そんなに頑張って、『美味しい』って言うもんじゃねぇと思うぞ?」
 ラティナの額には既に汗が浮いている。肉汁の旨味が強いとはいえ、スパイスと辛子が良く利いた腸詰めは、彼女には充分過ぎるほどに辛口なのだった。

 そんなデイルの心配を振り切って、次にラティナはチリに匙を入れた。過去の自分が乗り越えることの出来なかった料理だ。
 たっぷりの辛子により赤く染められたその先には、過去の自分が読み取ることの出来なかった、肉と野菜の旨味があるという。
 そこに到達するのだ。
 今の自分ならば、出来る筈だ。
 かっ! と気合いを入れた表情でラティナは匙を口に運んだ。

 悶絶した。

「ラ……ラティナっ!!」
 おろおろするデイルの声を、意識の端で感じながら、ラティナは用意周到に準備しておいた『秘密兵器』に手を伸ばす。
 ヒリヒリする舌を甘く冷たいミルクが癒してくれる。
 ラティナは、自分が辛い物を苦手なことを誰よりも知っている。だからこそ、そんな辛味を中和するために、たっぷりのミルクを用意しておいたのだった。更にその中には蜂蜜を入れておいた。この甘さが辛さを和らげてくれるだろうという算段だった。

「……だいじょうぶ!」
 その返答は、食事中の会話ではない。
 デイルの突っ込みは、内心に留められた。
 もう、今の一口で、ラティナは涙目になり、額は汗でぐっしょりである。そんな状態でも、頑張るラティナを応援したいという心境も、デイルにはあるのだった。

 ラティナは果敢にも再びチリに匙を入れた。

 確かに、甘い蜂蜜ミルクは、辛さに痛みを訴える舌や口を癒してくれる存在ではあるだろう。
 --だがしかし、それは諸刃の刃だ。

 その後の辛さを、更に倍増させる、ブースターと成りうることを、辛い物初心者のラティナは知らなかったのである。

 凄かった。悶絶した。駄目だった。
 
 ラティナは匙を置いて、残りの蜂蜜ミルクを一気に飲み干したのであった。
 敗北であった。

「……やっぱり駄目だっただろう」
 しばらくして厨房から姿を見せたケニスは、両手に皿を持っていた。
 ラティナの前にコトリと置いたそこには、大きなオムレツが鎮座していた。そこに、今ラティナが断念したチリをベースに、野菜を増やした辛さ控えめのソースが掛けられている。
「デイル、お前はラティナが駄目だったそれ食え」
「やっぱり、最初からそのつもりか」
 少食のラティナの分にしては、量が多かった。ケニスははじめからラティナが完食できるとは思っていなかったらしい。もう一枚の皿はデイル用の追加の料理と二人分のパンが盛られていた。

「ほら、ラティナ、たまごと一緒なら平気だろう」
「……とろとろたまご……おいしい」
「そうか、良かったな」
 未だ涙目のラティナに、優しい声を掛けながら、食事をする。
 大好きなオムレツに、ケニスがラティナの味覚を見極めて作ったほんのりピリッと程度のチリソースは、非常に美味しいものだった。
 それでも、明らかな敗北に、しょんぼりとするラティナは--

 それでも、可愛いなんて、駄目な『保護者(デイル)』は思ってしまうのであった。


 --因みに、その後もラティナが、何度も辛い物に挑戦する姿を『踊る虎猫亭』内で、確認することが出来た。
 だが、克服出来たという姿は、誰も目撃していない。

 彼女の挑戦は、現在も未だ続いているのであった。
閑話祭り、多少なりともお楽しみ頂けましたでしょうか。次回から通常通り土曜日の投稿に戻ります。
今後も『うちの娘』を宜しくお願い致します。
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