挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
9/202

ちいさな娘、はじめてのお留守番。

お盆休みシーズンなので、なんとなく投稿時間を変えてみました。
 朝が来るのが、こんなにつらいことだとは思わなかった。

 そう、うちひしがれているデイルを、リタが心底呆れた顔で見ていた。
「いいから、いい加減早く行きなさいよ」
「ラティナ、出来るだけ早く帰って来るからな。良い子にしてるんだぞ」
 ほとんど伝わらないのを承知の上で、デイルは、『虎猫亭』の前で、リタと並んで見送りに立つラティナを抱き締めて言う。
 これ以上こうしているとリタに蹴り出されそうな殺気を感じたので、しぶしぶ体を離した。顔をのぞきこみながら頭を撫でる。
「行ってきます」
 ラティナはデイルの言葉に首を傾げる。そこにリタの声がかかった。
「行ってらっしゃい、よ。ラティナ」
 自分の名前を聞いて、ラティナがリタを見る。
「行ってらっしゃい」
 リタが繰り返すのを聞くと、デイルに向かいたどたどしく真似をした。
「デイル、いってらっちゃい? 」
「ああ。行ってきます」
 デイルが微笑むのを見て、ラティナも笑顔を浮かべた。


 朝の『虎猫亭』は慌ただしい。
 宿泊している冒険者が食事を採る横で、新しく貼り出された依頼のビラを確認している人がいる。
 依頼を持ち込む人が来るのは、もう少し遅い時間が多いが、即日対応を希望する急ぎの依頼も少なくはないのだ。そんな依頼人への応対も必要だ。
 仕事に出る冒険者の中には、この時間に出立する者もいて、そんな人間はだいたい消耗品を購入していく。
 猫の手も借りたい程に忙しいのだ。

 酒場--とはいえこの時間は、流石に食堂としての面が強い--を回すのは、ケニス。リタは時折フロアに出るが、主には、『緑の神(アクダル)出張所』の仕事と精算に追われている。

 そんな慌ただしい店の様子を、ラティナは興味深そうに見ていた。

「おっと……危ないぞ? 」
 両手に二枚ずつ皿を持ったケニスが、足元にいたラティナに驚きつつ声をかける。
 ラティナはこてん、と首を傾げた。

 今日の彼女は、昨日買ってもらったばかりのピンクのワンピース姿だ。リタに結い上げてもらった髪は、左右で大きなピンクの飾り紐(リボン)と共に揺れている。デイルが張り切って髪飾りも買い込んで来たので、しばらく日替わりで使える程に種類がある。

 ラティナはケニスが料理を運び、空になった皿を提げ、注文を捌く様子を視線で追っていた。
 リタは、だいたいカウンターにいるので、言葉のわからない彼女には、何をやっているのか、いまひとつ理解の範疇外なのだ。

 その点、ケニスの行動は彼女にもわかりやすい。
 これまでの間で、ケニスが食事を作ってくれていることを、ラティナはちゃんと見ていた。今も忙しそうに、ラティナには何人前かわからないような山盛りの食事を盛り付けている。

 こくん。と、ひとつ頷くと、ラティナはとことこと店の中の喧騒に紛れて行った。


「ん? 」
 ケニスが異変に気づいたのは、大量のマッシュポテトの皿の横に、出来上がったばかりの燻製肉入りスクランブルエッグを盛り付けようと、作業台に向き直った瞬間だった。
 皿が増えていた。
 洗い場の隅、汚れた食器を置いている場所に、洗い物が増えているのだ。
 はじめはリタがさげて来たのだと思った。
 彼女の仕事も忙しい時間だが、たまたま少し、手が空いたのだろうと。

 だが、出来上がった料理を持って店へ出ると、リタは依頼者の対応をしつつ、雑貨の販売をこなし、食事を終えた客の精算をしている。
 とてもじゃないが、この状況でフロアに出るのは、無理だろう。

「お待ち」
 一言言って馴染みの髭面--常連の古参の冒険者のもとに料理を置けば、そいつはポカンと口を開けていた。
「なんだ、馬鹿面して」
「お前こそ。ずいぶんちっせえ給仕雇ったもんだな」
 常連が指を差す方向に視線を向けて、ケニスも気づいた。

 ラティナが皿を持って歩いていた。

 ちいさな彼女には、皿ひとつとっても、ずいぶん重たい荷物であるらしい。一枚を両手でしっかりと持って厨房へと向かっていた。
 しばらくすると再び戻り、キョロキョロと周囲を伺う。空いた皿を見つけると、うんと頷き、どこか使命感の感じる顔でテーブルへと向かった。

 あまりにちいさなラティナの姿にぎょっとした客へ、彼女はにこりと笑いかけ、空いた皿を掴んだ。
 少しよろけたラティナの姿に、そのテーブルの客以外からもハラハラした視線が向けられる。
 無事に彼女が厨房へとたどり着くと、厳つい男どもから、ほっとした空気がこぼれた。

「ラティナ? 」
 ケニスが呼び止めると、ラティナは足を止めて不安そうな顔で彼を見上げた。「間違えた? 」と、その顔には書いてある。

 ケニスは数瞬考えた。
 ラティナはちゃんと客の様子を見て、空いた皿をさげている。
 自分の能力を過信せず、出来る範囲のことだけしている。
 周囲に気を配り、周りの人間を避けている。
 何せ自分に気づかれずに動くことができるということは、彼がどう動いているかというものも見ているのだ。ラティナが周囲に気配りしている証拠となるだろう。

 ケニスは片手で簡単に掴めてしまえる程の、ちいさな彼女の頭にその手をのせる。

 わしわしわし

「うん。まぁ、善し」
 撫でたら、ラティナはケニスの手に振り回されて、少しくらくらしたようだった。

 放っておいても、害は無し。
 ケニスはそう判断を下した。
 むしろ多少なりとも片付けてくれるなら願ったりだ。と。

 客の心臓に悪かろうと、知ったことか。


 朝のピークを過ぎた頃、ケニスは『冷蔵庫』から昨夜仕込んでおいた器を取り出した。
「ラティナ」
 呼べば、彼女は素直に近づいて来たので、ケニスは厨房内のテーブルの前に彼女を座らせる。
 器を彼女の前で皿へとひっくり返した。ぷるん、と中身が滑り落ちる。
 ラティナの目が丸くなった。
 コンポートの残りを刻んで入れて、煮汁を固めたゼリーが、今日のおやつだ。
 ラティナに匙を握らせる。

 洗い物をしながら様子を見れば、ラティナは匙の先でゼリーをつついてぷるぷると震える感触を楽しんでいた。


 昼近くなると『虎猫亭』の客足は途絶える。
 主な客層である冒険者たちは仕事に出る時間であり、酒場の営業も一時中断する。この時間帯は、『緑の神(アクダル)出張所』としての仕事しか受け付けない。
「リタ、仕入れに行って来る」
「行ってらっしゃい」
 ケニスが店の中のリタに声をかければ、普段より丁寧なリタの返答が返ってきた。首を傾げる暇もなく
「いってらっちゃい」
 カウンターの隅で大人しく絵本を広げていたラティナが、ケニスを見上げてにこりと笑った。
「……やっぱり、子どもってのは良いな、リタ。三人位どうだ? 」
「まずは最初の一人からでしょう」
 本当に馬鹿なんだから、と言うリタの顔も、満更ではなさそうだった。

 ケニスが仕入れから戻ると、ラティナがとことこと近づいて来た。
 後ろでリタがニヤニヤと見ている。
「おきゃーりなちゃい」
 そう言うと、ラティナはちゃんと出来た? とばかりに、リタを振り返る。

「……」
 ケニスは、普段の仕入れでは買って来ない様々な果物を、ゴロゴロと作業台に広げた。
 さて、何を作るかと腕を捲る彼の口元も、情けない位に緩んでいる。

 あまりデイル(ひ と)のことも言えない。

 本当にラティナは手のかからない子どもだ。
 昼時にラティナに出した、チーズを挟んだ小さなサンドイッチと果物も、行儀よくもぐもぐと食べていたし、食べ終わるとちゃんと片付けまでする。

 それ以外の時も一人で絵本を広げていたり、リタやケニスのすることを見ていたりする。
 決して邪魔になるような行動をとらず、自分が居て(・ ・)良い(・ ・)場所(・ ・)を見極めている気配がする。

 デイルに聞いた話だと、魔獣の生息地で、自分で食べ物を探し、生き抜いていたらしい。想像以上に過酷で、たくましく、運の良い行動だ。
 だが、デイルに見付からなければその幸運も何時まで続いていたかはわからない。衰弱しきって、獣の胃に納められたのもそう遠くなかっただろう。

 その為なのか、周囲に気を使いすぎのような気もする。

 ケニスが見ている先でコクリコクリと舟をこぎはじめたラティナは、自分でふらふらと階段の方に向かっていた。
 さすがに、それは危ない。
 ケニスは食料倉庫の一角の木箱を並び変えると、その上にマットを敷いた。ラティナを追い抜き二階の自室に上がり、数枚の布を取って来る。
「ラティナ」
 呼んで、調えたそこをぽんぽんと叩くと、ラティナは半分閉じた目で振り返った。
 ケニスは苦笑して、眠りかけたラティナを木箱の上に寝せる。
 相当限界だったらしい。ラティナはすぐに寝息をたてはじめた。


お気に入り登録して下さった皆様、ポイント加算して下さった皆様。当方の何よりの励みとなっております。
感想も頂く度に、戦々恐々とする反面、筆を取る原動力としております。
この場をお借りして謝意を述べたいと存じます。
皆様、いつもありがとうございます。今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ