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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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白金の乙女、赤の神の夜祭りに行く。肆。

 夜祭りの本番は日が暮れた頃に訪れる。
 それは『赤の神(アフマル)』を象徴する色を、自然界でイメージさせる存在--すなわち炎--が最も映える時間だからであった。

 整然と列を成してクロイツの街を進む『赤の神(アフマル)』の神官兵たちが纏う磨きあげられた鎧に、掲げ持たれた灯火が映り込む。
 戦の神でもある彼の神が誇る、勇猛たる兵たちの整然とした行進だけでも目を奪うというのに、隊の途中途中では、戦勝祈願の舞いの踊り手でもある、薄絹を靡かせた巫女たちが華やかな彩りを加えている。
 神殿を出発した一行は、領主館を中心としたこの一帯の大通りをぐるりと周回し、最終的に街の中央広場に集まる。
 最終的な儀礼は神殿で行われるのだが、敬虔な信徒を除いた一般的な民衆たちは、行進が通る大通り沿いか、中央広場で、その様子を楽しむのが一般的だった。

 ゆらり揺らめきながら、街を明るく照らす炎は、教義の象徴そのものでもある。暗がりに隠れ疚しい行いを行おうとしても、『赤の神(アフマル)』の前では隠れることは出来ぬと--だからこそ、篝火は数多く焚かれ、普段は夜の静寂に包まれる筈の街を、ことさら明るく照らすのだった。

「凄いねぇ」
 人混みに押され阻まれることもない、安全な場所を確保した少女たちは、そんな『特別』な光景を眺めていた。
 大勢の人びとがいるが、本質的には神事であるために、羽目を外して大騒ぎするものはいない。それでも互いに顔を寄せあわなければ、声を届けることは出来なかった。

 人びとのさざ波のようなざわめきの中で、彼女たちは、日常から離れた空気を楽しんでいた。

 そんな『特別』な時間だからこそ、クロエは、親友に普段は言えない言葉を、投げ掛けることが出来たのかもしれなかった。

「ねぇ、ラティナ」
「なあに?」
「何時になったら、告白するの?」
 クロエの言葉に、ラティナは声を詰まらせた。赤い炎に照らされたラティナの顔は、その言葉でどのような反応を示したのかはわからない。
「そうだよね。なんで? あのひと(・ ・ ・ ・)の周りに、特別な女のひとの話も無いよね。なのに何に遠慮(・ ・)してるのさ?」
 シルビアにも重ねて問われて、ラティナは恥ずかしそうに下を向く。

「言ったもん」
 幼さの残る口調で、彼女はそう主張した。

「ずっと、ずっと……言ってるもの。デイルのこと、大好きだって……誰よりも、一番、大好きだって……皆とは違う、特別なんだって……でも、伝わらないんだもの……っ」

 ずっと前から、変わらない『想い』。
 だからこそ、今までも何度も伝えた気持ち。
 篝火の下でなければ、耳まで真っ赤に染めていることがわかる表情で、ラティナは親友たちに想いを告げる。

「私は、デイルにとって、まだまだ『ちいさなラティナ』だから。……だから、伝わらないの。『大好き』だって言葉も、『特別』だよって言葉も……まだ……届かないの」

 愛の告白も、言葉が届かない時は、どうしたら良いのだろう。
 ただの『好き』だけでは届かない--一番『好き』。他のひとへの『好き』とは異なる『特別な好き』。そう言葉を重ねても、伝わらない気持ちはどうやったら届くのだろう。
 そして、どうして、届かないのだろうか。

 ずっと前からそのことを理解していた彼女は、『大人』になることに、その答えを見出だした。
 子どもの自分では、届かない言葉も、大人になったら、大きくなったら届けることがきっと出来るだろうと、考えた。
 早く大人になりたかった。
 彼と自分の間にある年齢の差は大きく、精一杯必死で背伸びをしても、まだ届くことはない。
 それでも、せめて、自分の想いが伝わる程度には、自分のことを一人前の女性だと見て欲しかった。

「……ラティナ」
 隣でクロエが、きゅっと、手を握る。そのクロエが飲み込んだ『言葉』を、もう一人の親友は躊躇することなく口にした。
「本当に、それだけ?」
「……シルビア?」
「ラティナはさ、本当は、どうして告白が伝わらないのかもわかっているんだよね。……でも、怖いんでしょ?」
「え……?」
「今までと、同じでいられなくなることがさ」
 シルビアの言葉に、ラティナは驚いた顔をした。
 それは図星を突かれたから、というよりも、自分の中にそういう『想い』があることに、気付かされたという顔だった。
「私……」
 ラティナが動揺しながらも、自分を冷静に見直すことが出来たのは、隣のクロエが、ただ、無言で寄り添ってくれたからだった。

 ラティナが何よりも、『周囲をうしなう(・ ・ ・ ・)こと』を恐れていることを、親友たるクロエは知っている。

「……そうなのかな」
「たぶんね」
 しばらくしてラティナが出した結論を、シルビアは肯定し、クロエは黙って支持してくれた。
「大人になるよりも前に、ラティナが自分の想いを伝える為に必要なのは、今の関係を壊すことなんだよね」
「……そっか……」

 大好きなひとに、『可愛いちいさなうちのこ』として扱ってもらうことは、今までの自分を支えてくれた、大切で、心地好い時間だった。
 でも、自分がその関係以外を望むならば、まずはそこを改めなければならないのだろう。

「でも、良いのかな……私、デイルに好きって、本当に言っても、良いのかな……?」
 何を言っているのかと、弱気な言葉を糾弾しようとしたシルビアも、ラティナの切なそうな表情に言葉を飲み込む。クロエは心配そうな顔になった。
「……ラティナ?」
「私は、魔人族だから……どう頑張っても、人間族にはなれないから……だから……」
「それも含めて、ラティナはラティナだよ」
 クロエが抑え切れないように言ったのは、過去のラティナがしたことを、知っているからだった。
「うん……だから、不安になるの。私とデイルに流れる時間は、同じなんだけど違う。……私は、それでもデイルが良いって言っても、デイルは優しいから、きっと、苦しむ」

 頭では理解している事実。でも、それは同時に直視することを避け続けている事実でもある。
 いつか、自分は、大切なひとたちと共に過ごす時間に終わりを告げる。
 皆が老いて逝く中、独り遺される。
 避けていても逃れることは出来ないが、今が幸せだからこそ、考えたくはない『現実』だった。

「それにね……魔人族は、……子どもが出来にくい種族なの」
 その事実を告げたラティナは、泣き出しそうにも見えた。
「デイルは私に、本当にたくさんのもの(・ ・)を呉れたの。それなのに、私は、私の気持ちをデイルが受け入れてくれたとしても、デイルに赤ちゃん……見せてあげること、出来ないの」

 ラティナは、デイルが子ども好きであることを知っている。
 幼い自分を受け入れて、育ててくれたことだけではない。
『虎猫亭』でも、なんだかんだと言いつつも、テオの面倒を厭わずにしていることも、故郷で弟夫婦に子どもが産まれる話を聞く度に、穏やかな優しい表情になることも、知っている。

 そんな彼に、彼の子どもを見せてあげることが出来ない自分は、本当は彼の傍に在ることを、『望む』べきではない。
 それは、ずっと前から、ラティナの中に巣食っていた『考え』だった。


 その時、
「痛っ」
 スコン。と、頭の上に落とされた衝撃にラティナは驚いて顔を上げる。
 目の前には、親友の怒った顔があった。
「バカラティナ」
 もう一度スコン。と、ラティナの頭へとクロエは手刀を落とすと、呆然としたラティナの間抜けな表情に、毒気を抜かれて苦笑する。
「頭良いくせに、どうしてそう、悪い方に考えるの」
「クロエ……」
「人間族同士だって、子どものいない夫婦なんて珍しいものじゃないじゃない。それでも幸せだって、暮らしている人たちだっているでしょう」
「でも……」
「そんな下らないことで、女の価値を決めるつまんない男には、私の親友は、初めっから勿体ないだけなんだから!」
 言い切ったクロエに、ラティナは驚きの顔を別のものに変える。それに気付いたシルビアが、慌てた声を出した。
「駄目! ラティナ、泣いちゃ駄目っ。化粧が崩れて酷いことになっちゃう」
「帰ったら『見てもらいたいひと』がいるんでしょ?」
「……うん」

 熱いものが溢れてしまわないように、視線を上に向けたラティナは、隣にいる親友たちの手を、固く握った。
 --この夜の思い出も、このぬくもりも、忘れたりしないでいられるようにと。

「……デイルは、『つまんない男』じゃないよ」
「そう」
「だから……頑張ってみるね」
 心を決めたラティナの前では、祭りが最高潮を迎えようとしていた。魔術でつくられた大きな炎が、細かな火の粉を散らしながら、街の中をまるで生き物であるかのように踊りうねっている。
 人びとの興奮もどよめきと共に上がっていき、炎の熱気と共に肌を焼いた。

 そんな中、シルビアはいつも通りの何処か底意地の悪い何かを企んでいるかのような笑みを向けた。
「あのさ、ラティナ。確かに長寿種の『人族』は出生率低いけど、可能性が全くないって訳でもないよ」
「でも……」
「ならさ、一日でも早く、そーいう関係になって、少しでも可能性上げてっちゃえば?」
「え?」
「それもそうだね。今晩にでも、ラティナの方から迫っちゃえ」
「ふえぇっ!?」
 あまりにもあまりな、親友たちの無責任な提案に、すっかり涙のことも忘れたラティナは、上擦った悲鳴を上げたのだった。
実は恋愛タグは、割りと前から仕事をしておりました。
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