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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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薔薇色の姫君、二の魔王との邂逅を語る。(後)

「しっかりなさい」
 紫色の女性の叱責で、ローゼは何とか踏みとどまることが出来た。
 床一面は誰のものかも知れぬ血で覆われている。今、ここで気を失えば、彼女はその中に倒れ込むことになってしまう。

「……っ、何故、何故このような……っ」
 自らの侍女だけでなく、自分を害した賊相手だとしても、ローゼは悪戯に奪われた命を悼まずにはいられなかった。見せられた残虐な光景にローゼは苦し気に呻いて、両手で顔を覆った。
 だが魔人族の彼女は、ローゼにそんな悲嘆に暮れる時間を与えてはくれなかった。
「今はそのような暇はありません。一刻も早くこの場より離れなさい」
 ローゼの肩を掴んで、やや強い口調で言った彼女の表情は厳しいものだった。
「『我が君』は、魔力形質を持つ者を愛でる嗜好を有している。けれど、それはあくまでも玩具として。お気に入りの玩具を側に留めておくという意味に過ぎません」

 苦々しい彼女の声には、二の魔王の側近くに仕えることが、自分の本意でないということも能弁に表れていた。
 彼女が、ローゼの魔力形質を二の魔王に示したのは、二の魔王が『それに興味を持つこと』を知っていたからだ。そのことで、二の魔王は即座にローゼを殺すことは無くなる。一時的なその場しのぎのものだが、ローゼの命を守るためには、そうすることが一番確実だったのだ。
 だが、だからといってこのままローゼが二の魔王に『捕まれ』ば、彼女は『死』以上の責め苦を負うことになる。
 --自分のように。

「貴女は、まだ『この場で死すべき時』ではありません。抗いなさい、さすれば、逃れることが出来るでしょう」
 ローゼもまた、高位の神官位にある者だ。目の前の魔人族の女性が、非常に強い『加護』を有していることに気がついていた。
 ローゼをしても『強い』と言わしめる、『加護』
 自分と同等--もしくは、自分より上位の神官だろうと察する。
「……貴女は、『紫の神(バナフゼキ)』の神官なのですか」

紫の神(バナフゼキ)』の加護を持つ者の能力は『予知』だ。
 ローゼは、先ほどからの女性の言い回しに、違和感を感じていた。だからこそ、確認の為に言葉にし、それに女性は静かに頷くことで答える。
「けれども……私が逃れることが出来たとしても……貴女は?」
 ローゼの声に、明らかに自分を気遣う声音が含まれていることに気付いて、女性はほんの少しだけ表情を柔らかいものにした。
「私は『我が君』から逃れることは出来ません。この『枷』がその証」
 そう言って自分の首に刻まれた『文字』に触れる。
「これは『魔王』が自らの眷属に刻む『名』--その魔力を分け与え、その魔力に以て支配している証。『魔王』の眷属たる『魔族』となるということは、自らの生殺与奪の権利を、『主』に委ねるということと同義なのです」
「ならば、尚更……私を逃がしたと知れば、貴女がどのような目にあう事か……っ」
 悲痛な声を発したローゼに対して、聞き分けの悪い子を諭すように優しい声で彼女は告げる。
「先程も見ていたでしょう。『我が君』は『殺して欲しい』と懇願するまでは殺めることもないのです。私は『我が君』とそのような約定を交わしているのです」
 そして、一言付け加えた。
「……そして、それは私にとって『いつも』の事。『我が君』は私が何時そう懇願するかを楽しんでいるのです」

 そのあまりの異常性に、更に顔色を悪くしたローゼの背中を、女性はそっと押す。一歩を踏み出させるというかのように。

「何故です? 何故……二の魔王はこのように酷いことを……っ? 何故、二の魔王であるからといって、あのような少女がこのような恐ろしい真似が出来るのです……っ」
 ローゼの苦し気な困惑に満ちた声に、女性ははっきりとした声で否定の言葉を発した。
「魔王であるから、行うのではありません。『魔王』は、そのような性質を持つ、『資格』がある者が『成る』のです。わかりあえるとは思ってはなりません」

『二の魔王』であるから殺戮と死をもたらすのではない。そのような嗜好を、初めから有することこそが『二の魔王』となる『資格』であると、告げる。

『魔王』は魔人族の中より、現れる。生まれながらにして『魔王』であるのではなく、生まれ持って『魔王』と呼ばれる大きな力を有しているのではなく--魔人族の中の、『資格』を持つ者が『魔王』と成る(・ ・)のだ。
『王たる資格ある者』が『一の魔王』に、『戦乱と争乱をもたらす力を望む者』が『七の魔王』に、『病を畏れ死を克服したいと願う者』が『四の魔王』にといったように。

 笑顔で殺戮を楽しみ、断末魔を聞き喜ぶ『少女』の行動理由など、初めからローゼには理解できないのだ。あまりにも価値観が違うのだから。

 ほんの少しだけ微笑んだ女性は、ローゼを再び押し出した。
 強ばっていたローゼの脚が、呪縛を解かれたように動き出す。侍女を弔いたい心境はあったが、この状況では到底無理であった。ローゼは心の中で謝罪と祈りの言葉を呟く。
 そして後は振り返ることもせずに、その場を逃れたのだった。


 --語り終えて、ローゼは力なくその細い肩を落とした。
「……彼女の言葉通りに、私は生きてあの場を離れることが出来ました。途中、抜けた小さな町の中に、ひとの気配はありませんでしたから……恐らくは……」
「……父上に報告した後、確認の為に向かう必要があるだろうな。早急に隊を編成することになるだろう。お前もそのつもりでいてくれ」
「そうだな」
 ローゼの語った内容から、グレゴールは重苦しい様子で呟いた。デイルも短く答える。

 ローゼがクロイツを目指し、デイルを頼ることを決めたのは『二の魔王が恐ろしかった』からだった。ローゼはグレゴールから聞き、デイルが『勇者』と呼ばれる稀人であることを知っている。

『勇者』とは、唯一『魔王』を制することが出来ると言われている『存在』だ。

『魔王』の脅威に心の底から畏れを抱いたローゼは、『勇者』の存在に心の安定を求めた。
 その結果、『勇者に護られている』という状況と、『周囲を和ませる天才』であるラティナと接していた為に、ローゼはだいぶ平静を取り戻したのだった。
 付き合いの浅いデイルは気付くことは出来なかったが、『踊る虎猫亭』に辿り着いた当初のローゼは、平素の『彼女』ではなかったのだ。
 虚勢をはり、強気なふりをして、自らを鼓舞していたに過ぎない。

 その後はグレゴールとデイル主体で話を進めていった。
 ローゼはとりあえず、事件の背後関係がはっきりするまで、王都のエルディシュテット公爵家預かりになることになった。
 グレゴールと共に王都へ行き、その後、公爵家に滞在することになる。王家の次に権威のある家の屋敷だ。ローゼの実家よりも遥かに強固な警備が敷かれた安全な場所だと言えるだろう。

 自分を案じ、そっと隣に居てくれるグレゴールの存在に、その声に--ローゼはようやく心の底から、自分は生き残れたのだという実感と安堵を感じることが出来たのだった。



 ローゼが屋敷を逃れて、しばらく後のことだった。

 湯浴みの後、着替えを済ませて姿を見せた『二の魔王』は、周囲を見回してローゼが居ないことに少し落胆したような表情をする。だがそれも一瞬のことだった。
 幼い外見は、『魔王』となった時にその年齢であったからだ。その頃より歪んだ価値観を持ち、そのまま永い年月を絶対的な存在として在る彼女にとって、自分の意のままにならぬことすら退屈を紛らわすスパイスに過ぎない。
『人間族』の風俗を好み、その言葉を操るのもその為だ。永い時間(じゅみょう)を持ちながら、現状の維持に努め停滞することを選んだ『魔人族(うまれこきょう)』の文化も風習も、退屈なものでしかない。

「あら、逃がしてしまったのね」
 だからこそ、少女の放つ高い声は、いかにも楽しそうだった。
「あんなに愛らしく美しかったのに、剛毅なこと。ますます逃したのが残念だわ」
 ころころと笑い、目の前の女性の紫の髪を指先で絡め取った。
 このような惨状を見せられても尚、自失することもなく、逃げるという反抗をすることが出来る者自体が稀だ。そういった意味では、ローゼの器を計り損ねた自分のミスでもあると、二の魔王はかすかに残念そうな表情を作った。

「本当に酷いひと」
 恋人に告げるかのような甘い声を発しながら、自分の足元で膝をつく『女性』を見下ろす。

 腹部を刃で貫かれても、悲鳴一つ上げない、お気に入りの『玩具』を。

『二の魔王』の眷属であり、普通の魔人族よりも遥かに強靭な『生命力』を有する『魔族』は、この程度では死なない。死ぬことは出来ない。
「殺してって頼んでくれたら、楽にしてあげるのに。解放して欲しいのでしょう?」
「……」
 苦しい息の合間に血の塊を吐き出してから、『彼女』は強い意志のこもった視線を、二の魔王へと向けた。
「『約定』は違えることは無いのでしょう」
「ええ。ルールの守らない『遊び』は退屈なものですもの」
「ならば、無駄なこと。私は屈することはありません」
 二の魔王の碧の眸をまっすぐに見詰めて、『彼女』は不敵に微笑む。

「私の生命がある限り、私の『娘』に手を出さない。……その約定がある限り、私は屈することはありません」

 護るべき者の為に強く在り続ける『彼女』の姿に、少女は、心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、赤く濡れた凶器を振り上げる。
 二の魔王は、再びお気に入りの玩具による『遊び』に興じるのであった。
警告タグや恋愛タグが、徐々に仕事をはじめました。『娘』の成長に伴って、シリアスっぽいシーンも増えて参ります。基本はいつも通りですが。
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