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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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薔薇色の姫君、二の魔王との邂逅を語る。(前)

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 デイルとラティナが暮らす部屋は、彼の郷里風の設えであり、ラーバンド国貴族であるグレゴールやローゼには物珍しい。
 デイル一人で暮らしていた頃より、ラティナの趣味の小物やファブリックで調えられた今の方が、心地良さそうな雰囲気の場所になっていた。
 ラティナに魔法を教える為に何度もこの部屋を訪れていたローゼは、既に馴れた様子で腰を落ち着けた。グレゴールは少し戸惑いつつも、デイルの流儀に倣う。

 しばらくしてラティナがティーセットを運んで来る。彼女が無駄口を挟むことなく一同に茶を配り階下へと降りると、ローゼは唇を湿らせて自らの身に起こったことを語り始めた。


 ローゼは神殿に所属しているという立場から、あまり社交界には姿を見せない。自らの領地にいるか、神殿の求めに応じて各地の慰問に回っているか--美しく珍しい容姿のローゼは、『藍の神(ニーリー)』の神殿にとっても、象徴(シンボル)的な存在だ。治療院の役割を持つ神殿にとって、奇跡とも呼べる回復魔法の使い手のローゼが、市井の人びとに与える印象は大きな価値を持っているのである。--であった。
 ローゼの生家であるコルネリウス家はそう裕福な家ではない。
 その為、政略結婚の相手にするには、ローゼという姫はあまり有意義な存在とはならなかった。だが、同格の家に嫁がせるには、彼女自身の価値と才能が大きすぎる。
 そういった理由で、自分が若干もて余されていることも知るローゼは、余計に神殿での活動に身を入れていたのであった。

 その移動の最中の馬車が襲われた。
 自らの侍女を人質に取られたローゼは、大人しく賊に従った。彼女自身を拐かす事が目的である以上、すぐさま命を脅かす事態にはならないだろうという判断の上だった。--辱しめを受ければ、自ら命を絶つ覚悟のあるローゼ相手に、賊は一応は紳士的だった。
 今となっては、賊の目的もわからないが、恐らく目的はローゼの後見人であるエルディシュテット公爵との交渉だったのだろう。大掛かりな誘拐騒ぎを起こすには、コルネリウス家はあまり旨味のない相手なのだから。

 賊はローゼと彼女の侍女を、元は豪商の別邸か何かであったのだろう、田舎町の片隅の古い屋敷に連れて行った。
 ローゼは表面上は素直に賊に従っていたが、内心では隙を見て脱出する機会を窺っていた。魔術の補助具は取り上げられていたが、彼女はそのような物が無くとも魔法を使うことに不具合は無い。

 田舎町--とはいえ静か過ぎることに気付いてさえいれば、状況は変わっていたのだろうか。

 屋敷の中に入った一同が見たものは、一人の少女の姿だった。
 屋敷の中、階段の手すりに腰掛けて、膝上のスカートから覗く、エナメルの靴をはいた細い足を、ぶらりと揺らしていた。
 無邪気そうな幼い顔はかなり整っていて、長い金の髪とぱっちりとした碧の眸は人形のような印象すら受ける。実用的とは思えない豪奢な服装に細い体躯を包んでいた。
 人間族で言うところの10代前半といった少女だ。というのも、少女には白亜の角が頭の左右に存在しているからだった。はっきりと魔人族としての特徴を持っていた。

 ローゼは、少女を見た瞬間、言い様の無い不気味さを感じた。

 この場にいる、という不自然さを遥かに越えた、奇妙さだ。
『それ』を感じたことこそが、ローゼと賊たちの差であり、決定的なその後を変える『差』だったのかもしれない。

 少女に、誰何しようと近付いた男が最初の犠牲者だった。

 あまりにも可憐な少女の姿にはそぐわないにも関わらず、あまりにも当たり前な物として存在していた為、意識の外にあった『それ』--少女が両の手に握る巨大な刃物--が翻った。
 血煙があがる。
 現実味のない程の優雅さで、少女が舞う。
 状況を理解して、誰かが悲鳴と怒号をあげた時には、幾人か分の骸が--確認する必要も無く、事切れていることのわかるもの(・ ・)が--床に徐々に血溜まりを作っていった。
 抵抗することも出来ないままに、圧倒的な『存在』によって、目の前の『弱き者たち』は蹂躙されていく。
 幼子が、捕らえた虫の羽をもいで笑うように、根源的な残酷性そのものの笑顔を、少女はその整った顔に浮かべていた。

 ローゼは、対処出来た少数派の存在だった。
 だが、彼女の侍女はローゼのようには出来なかった。無理も無いのかもしれない。いくら使用人としての教育を受けていたとしても、眼前の『存在』は、ひとの根底にある恐怖心を掻き立てる。
 制止しようとしたローゼを振り切り、恐慌状態の侍女は逃げようとした。まともに立つことも出来ずに、床を這う姿は、必死であるからこそ滑稽にも見えた。
「あら、みっともないこと」
 場違いな程に愛らしい声で少女は呟き、無造作に凶器を降り下ろした。

 ローゼは、その光景を見ているだけしか出来なかった。
 彼女は優秀な魔法使いではあるが、戦場に身を置いていた訳ではない。そして優秀だからこそ、自分の力では目の前の『存在』に抗う事が出来ないことも理解してしまっていた。
 彼女は何も出来なかった。恐怖で、身体が動かなかったのだ。

「……そのままに、していなさい」
 少しだけ独特のイントネーションがある声が背後から掛けられて、自失しかけていたローゼは我に返った。
 視界の隅に鮮やかな紫が過る。
「あなたは、『今』はまだ、死にゆく運命にありません。今は大人しく、耐えなさい」
 こんな状況にも関わらず、ローゼはその女性の声に安堵を抱いた。落ち着きを聞く者に与えるような、静かな響きの声の主だった。
 そっと振り返り確認すれば、そこにいたのも魔人族の特徴を持つ若い女性だった。長いまっすぐの髪は鮮やかな紫色で、金とも呼べる艶やかな色の巻き角があった。整った美しい顔は、表面上は感情に揺らめいてはいない。

 細い白い首には、記号のような、不思議な文字列がくっきりと刻まれていた。

「……何故、このようなことを……?」
 かすれた声で呟いたローゼに、やはり静かな囁き声で女性は答えを返した。
「『我が君』に、意味などはありません。意味があるとするならば、その目的は」
『主』と口にしながらも、女性の声や表情には冷ややかなものが漂う。
「殺すことそのものなのですから」

「……二の、魔王……っ」
 ローゼが相手の正体を正しく悟った時を同じくして、賊の一人が懇願の叫びを上げた。声を上げる事が出来るだけ『剛胆』であったのかもしれない。
「こっ……殺さないでくれっ」
 との声に、二の魔王はにこりと微笑んだ。
「あらあら。ならば殺さないでおきましょう」
 いかにも、楽しそうに。
 凶器を降り下ろす。
「大丈夫、わたくしは、どうすれば死なないのかもよく知っていましてよ」
 何度も、何度も。切り刻む。

 男の悲鳴に隠れるようにしても、しっかりと届いた、少女の声音で紡がれた音。それが何であるのかに気付いたローゼが、更に顔色を悪くする。
「回復魔法……っ」
 それもかなり強力なものだ。二の魔王は回復魔法を使いながら、相手を切り刻んでいた。治しながら、殺さないようにしながら、--死ぬ事が出来ないようにしながら。
 男が絶望に満ちた声音で呟いた「殺してくれ」との言葉が出るまで、ずっとその行為は続いた。

 自分を支えるように背後に立つ女性がいなければ、ローゼも自分を保つことは出来なかったかもしれない。
 ほんの僅かな時間に過ぎない出来事でありながら、とうにその感覚は失っていた。
 ローゼ以外の者が全て屍となった後、鮮血を浴びた愛らしい少女はローゼを見た。視線を向けられたローゼはびくりと震える。それでも生来の矜持を奮い立てて負けじと前を向いた。

「あら?」
 首を傾げた二の魔王が、ローゼを見て不思議そうな声を上げ、無造作に近づいて来た。
「あらっ、美しい色。まるで瑠璃のようね」
 嬉しそうに言う少女は、無邪気そのものだった。
 この眼前の惨状を引き起こした張本人だと言うのに。その事自体が非常に歪でおぞましい。
「……我が君。この者は、髪も魔力形質の持ち主です」
「まあ! どんな色? 見せて頂戴」
 賊が、ローゼが目立つことを嫌い、用意していた栗色の(かつら)。それを着けたままであったというのに、紫色の魔人族の女性は、まるで知っていたかのように淀みなく、そう告げた。
 ローゼは大人しく自分の本来の髪が、露にされるに任せた。
「まあ、本当に美しい色! もっと見せて!」
 単純なローズピンクではなく、光の加減によって複雑な濃淡に見えるローゼの髪は、魔力形質の中でも珍しく美しい色だ。
 触ろうと、二の魔王は細い腕をローゼへと伸ばした。

「我が君」
「なにかしら?」
「下郎の血で、汚すことを厭われるのでは?」

 その瞬間かけられた女性の言葉に、少女は自らの両手がべったりと血糊に汚れていることを、未だ大振りな刃を手にしていたことを、思い出したようだった。

「そうね。こんなに綺麗なもの、汚すのは勿体ないわ!」
 ぱっと手を引っ込めると、二の魔王は笑顔でくるりと踵を返した。
「湯浴みをしてくるわ」
「ごゆっくりなさいませ」
 屋敷の奥に二の魔王が向かうのを見届けると、ローゼはくたりと、床に崩れ落ちそうになった。
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