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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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白金の乙女、ある一日の光景。

少しおっきくなりました。
 朝起きたら、まず髪を結ぶ。
 長く伸ばした髪は、ちょっとした自慢でもあるので、毎日手入れは欠かさない。それでも仕事の邪魔になったりしないように、きっちり束ねる必要があるのだ。
 規則正しい寝息が聞こえるから大丈夫だと思いながらも、衝立の陰に行き、手早く着替えを済ませる。
 大きな音を立てないように階下に下りるのも、もう慣れた行動だった。

 店の裏手で顔を洗い、洗濯ものを済ませる。溜め込む前に片付けているので、そんなに時間はかからない。パンと、皺を伸ばす音が小気味良く響いた。うまく音が鳴るとなんだか嬉しい。
 厨房の中に戻ると、ケニスが食物倉庫から野菜の桶を運んでいるところだった。
「おはよう」
「ああ。おはよう」
 挨拶だけを交わして、それぞれ桶の前に座る。『いつも』の仕事だから余計な会話は必要ない。まだ、スピードは『師匠』にはかなわないけれど、丁寧かつ遅くならないように作業を進めていく。

 ケニスが店用の大量の仕込みをする横で、自分たち用の朝食を作りはじめる。卵を片手で割るケニスの姿が格好良いと思うのに、手の大きさの関係からか、思ったようには上手くいかない。
 軽く味付けをして、バターでふんわりと焼き上げる。
 思った通りの形のオムレツを、失敗なく作れるようになるまでは、だいぶ時間がかかった。
 具沢山のスープに、トーストしたパンを添えた頃、聞こえてきた足音に笑顔を向ける。
「おはよ、ラティナ」
「おはよう、デイルっ」
 顔を洗いに行くデイルを見送って、二階のリタたちを呼びに行く。三歳のテオドールの世話だけでも忙しいのに、お腹の中に二人目の赤ちゃんがいるリタは本当に大変だと思う。

「おはよう、リタ、テオっ。朝ごはんだよ」
「おはようラティナ」
 嫌がるテオを布団から引きずり出しながらリタが笑う。この光景も毎日のことだからもう驚かない。
 くるり踵を返して一階に戻る。ゆっくりする時間はない。
 そして、この時間を逃すと、『仕事』に行くデイルとの時間も取れなくなってしまうのだ。

 待っていてくれたデイルの隣。昔から変わらない『定位置』に座り、「いただきます」の声を同時に発した。
「今日も『森』での魔獣退治?」
「ああ。あんまり深いところまではいかねぇから、結構早く帰れるかな」
 お金に困っている様子もなく、生活に余裕のあるデイルが、頻繁に仕事を受けて『森』に行くのは、腕や勘を鈍らせない為だということを教えてもらえたのも、最近のことだった。
 デイルが強いことは知っている。でも、心配するのは仕方がないことだと思う。
 そんな感情を呑み込んで、笑顔を作った。
「無理しないで、気を付けてね」
「大丈夫だよ」
 返してもらった笑顔に、嬉しくなりながらトーストをサクリと噛む。
 パンの上にジャムをたっぷりとのせるのは、『朝』だからだ。今日もこれから忙しくなる。元気の素をお腹に入れておかないと倒れてしまう。

 リタとテオが下りて来た頃には、朝食も終わっていた。デイルの分の食器も手にして流しへ運ぶ。
「ケニス、どこからやれば良い?」
「スープの仕込みは終わった。今、芋を煮てるところだ」
「わかった」
 簡潔に進行を聞いてから、ケニスと替わる。幼いテオの面倒をみながらの食事は本当に大変であるということもあって、リタとケニスは二人がかりで自分たちの食事をしながらテオの世話をしている。だからこそ親子揃って食卓を囲む時間を作る。それも『仕事』のうちの一つだ。

 鍋の様子を確認して進行状態を把握すると、その間に出来る作業を始める。大量の玉ねぎはスクランブルエッグに入れる為のもの。涙が溢れるのを時折拭いながら、リズミカルに包丁を振るう。ボウルの中に山盛りの玉ねぎを入れた頃、芋が煮えるタイミングがやってくる。
「"冥なる闇よ、我が名のもと叶えよ、星の縛りを断ち切り給え《重力軽減》"」
 口ずさむように簡易式の魔法を唱えて大鍋を持ち上げると、中身をザルへと空ける。視界が一瞬真っ白になるほどの湯気があがる。
 お湯をきってボウルに移し、熱いうちに潰し始める。バターを入れて更に潰しながらまぜる。毎日やっているがかなりの重労働だ。ケニスが、いつも自分がやると言ってくれるのだけれど、大変だからといって避けてしまうのは、何だか違う気がするのだ。
 ミルクを入れて柔らかく伸ばして味付けをする。自分で味を確認した後、朝食を終えたケニスのところに小皿に入れて持って行く。
 味を見たケニスが一つ頷いてくれる。合格だ。毎日の儀式のようなものだけれど、やっぱり緊張する。

 テオがケニスの持つ小皿に手を伸ばす。テオにはこの毎日のやりとりのお芋が特別なものに見えるようで、欲しがるのだ。だから『味見』に必要な分よりも少し多めに盛りつけている。
 父親の真似をして、厳めしいような表情でお芋を食べるテオの姿に、緩みそうな顔を引き締める。
 赤ちゃんの時から毎日見てきたテオは、弟みたいな存在だ。イヤと言ってくる時すら可愛いらしい。
(デイルもこんな気持ちで、()のこと、育ててくれてたのかな)
 たっぷり愛情を注いでもらった自覚はある。

 今の自分があるのは、大切なひとたちと、大切なこの場所。そして何より一番大好きなひとの存在あってのものなのだ。

 お客さんたちが徐々に入店して来ると、フロアの担当が自分の仕事だ。ケニスのようにたくさんのお皿をいっぺんに運ぶことはできない。そのぶんテーブルの間をクルクル行き来する。
「お待たせしましたっ」
「おう、嬢ちゃん。今日も元気だな」
「ジルさんも、だねっ」
 そう常連さんと笑い合って、隣のテーブルに笑顔を向ける。
「こちら、お下げしてもよろしいですか?」
「ああ、構わねえぞ」
「失礼しますっ」
 空の皿をお盆にのせたところで、リタの声がかかる。
「ゴメンね、ラティナ! 傷薬の在庫取って来てくれる?」
「うん、わかった」
 厨房に戻り、皿を流しに置きながらケニスに声を掛ける。
「ちょっと屋根裏(うえ)に薬取りに行って来るね」
「わかった」
 ぱたぱたと足音を鳴らして階段を上る。
 毎朝がこんな感じで過ぎていく。忙しいけど、だからこそやりがいのある毎日。

 朝のピークをやり過ごし、店の裏庭を覗く。
「テオ」
「ラティナねぇ」
 声を掛けると、遊んでいたテオドールがこっちを見た。『(ねぇ)』と呼んでもらえるのは、照れくさいような幸せなような気持ちだ。
「ヴィントもありがとう」
 テオの面倒をみてくれていたのは、大切な『友だち』だ。本当の名前は違うらしいけど、『ひと』には発音出来ない()だというから、通称のようなものだ。
「わん」
 一言答えて、黒いしっぽがぱたぱたと揺れる。
 一年前、急に『虎猫亭(ここ)』に来た『彼』は、もうすっかりここに馴染んでいる。テオにとっても良い遊び相手だ。
 幼いテオを任せても安心出来る、頼れる『お兄さん』だ。
 ヴィントが来た当初はデイルもケニスもびっくりしていたけど、一緒に暮らすことを良いよと言ってくれたのもあの二人だ。

 テオを抱き上げて絵本を読んだり、一緒に遊んだり。『お姉さん業』も少しは板に付いてきたかな、と思う。

「ラティナ、買い出し頼めるか?」
「うんっ」
 少しだけ、食材の買い出しなども任されるようになってきた。生鮮食品なんかは値段の交渉もある為に、ケニスと一緒の時だけだったが、
 値段の変動の少ない品物は一人で行くようになっている。まだ『おつかい』の延長のようなものだけど、任されるのは、とても嬉しい。
 ケニスがテオを抱き抱えると、ヴィントが隣に寄ってきた。
「今日も一緒に来てくれるの?」
「わん」
「ありがとう」
 ふかふかの毛並みを撫でてから、エプロンを外し上着を羽織る。
「じゃあ、ケニス。行って来ます!」
「おう。気を付けてな」

 大きく声をあげてから、東区の方に向かって歩いて行く。今日は良い天気になりそうだ。
思春期編は、少し今までよりも『娘』視点も増えるかなーと、思います。今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。
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