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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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幼き少女、お別れの挨拶をする。

 完成した革のコートは、以前のものとさほど変化は無い。いくつかの要望を通して改良してもらいはしたが、デザインはほとんど同じ物だ。半ば自分のトレードマークにもなっているコート(これ)を今更変えるのも、なんだか気恥ずかしい。
 弟の結婚式も無事に見届け、目的のものも完成した。
 それはつまり、そろそろクロイツに帰る時が来たと言うことだった。

 そうなると急に慌ただしくなっていく。帰る準備が手早く進められた。クロイツを出発した時には春の初めであったというのに、既に季節は移りつつある。
 『元の生活』もある。目的を果たした以上、ゆっくりと逗留している訳にもいかないのだ。


「おせわになりました」
 コルネリオの元で学ぶ最終日。ラティナはそう言ってぺこん。と頭を下げた。
「いや。なかなか楽しかったよ。学ぶ意欲のあるものの姿はこちらも襟を正す思いになるからね」
 穏やかな顔のコルネリオは、ちいさな教え子を見た。デイルの言う通り、とても賢く利発な少女だった。コルネリオが見るところ、何事かを色々と秘めているようではあったが、自分の教えがその一助になっていれば良いとも思う。
 過酷な重荷を負った教え子(デイル)の助けになってくれるならば、とも思ってしまう。
 この少女がコルネリオに望んだことは『(デイル)を理解すること』だった。「いつかデイル自身から聞きなさい」と、デイルの『能力』については語らなかったが、その代わりデイルのルーツである『ティスロウ』については、様々なことを教えた。
 コルネリオが教えはじめて間もなく、この少女は、ティスロウが領主と反目していることにまで、推測に至った。
 流石のコルネリオも瞠目した。
「ラティナがりょーしゅさまだったらね……ティスロウはすごく『怖い』ところだと思うよ」
 そう言った彼女に試しに幾つか尋ねれば、困った顔で答えを探した。正しい解答に至るとは限らなかったが、幼い少女の『視点』ではない答えも多い。ひとの上に立つ者としての素養すら感じさせる。それもこの少女の秘め事に関わることだろうか。
「……でもね、ラティナ。戦うのとかしないでくれた方が良いなぁって思うの」
「戦いたくなくとも、攻められる時だってあるだろうね。その時、蹂躙されるのを良しとするのかな」
「……ラティナ、相手のひとも、ケガしたりするのイヤだな。……でもね。大切なひとは守りたいな。ぜんぶのひとはムリだけど、大切なまわりのひとのことは、守れると良いなぁって思うの」
 そう答えた後で、少女は自分の胸を押さえて言うのだった。
「ラティナのせいで、みんなをひどいことにあわせたりするのは、絶対にイヤだから」
 --賢い彼女にしては、少し違和感のある返答だった。だが敢えて問いただすこともしなかった。
 かねてより感じていた、何かの一端に触れたような感覚を覚えたからだ。その一言は、きっとこの優しい少女の負う『しがらみ』からでているのだろう。そう、推測出来たからであった。
「ラティナはね。デイルみたいに、やさしいおとなになりたいの」
「そうかい」
 教え子(デイル)がこの少女を慈しみ、溺愛している理由がわかる気がする。外見だけでなく、性根も『美しい』少女だ。
『清らか』ではないだろう。完璧ではないだろう。だか不完全だからこそ、きっと彼女は周囲を強く惹き付けるのだ。


 いつものように、ヴェン婆の部屋でちょこんと座っていたラティナに向かい、ヴェン婆が言い出したのは突然だった。
「帰る前にラティナちゃんに土産でもやろうかね」
「なあに?」
 ラティナは、そう答えてヴェン婆を見る。
 すっかり見慣れた『いつもの』光景が、『いつもの』ものではなくなってしまうまでは、後、ほんのわずかだ。
「嵩張るもんじゃねぇから、土産には丁度良いだろ。バカ孫呼んで来い」
「ん?」
 不思議そうに首を傾げて、ラティナは、とぺとぺとちいさな足音をたててデイルを呼びに向かう。彼は帰りの旅の為に準備の最終確認をしているはずだった。
「なんだ? 婆。あんまりラティナを甘やかすなよ」
「おめぇがそれ言うんか」
 ほどなくしてヴェン婆の部屋を訪れたデイルは、そう言って眉をしかめた。
 そんなデイルを笑い飛ばしたヴェン婆は居住まいを正す。
 いつもと様子の違う祖母の姿に、デイルも表情を改めた。
「ティスロウ当主として、『名』を授ける」
 厳かなヴェン婆の言葉に、デイルとラティナが驚きで声を失う。
 デイルだけではなく、ラティナもまた、ティスロウの『役割名を与えられる』という意味を知っている。
「……ティスロウはいつでも一族を受け入れる。これで、ラティナちゃんは、いつでも『ティスロウ(ここ)』に帰って来ることができっからな」
「おばあちゃん?」
「俺が死んだ後も、バカ孫がいなくなっても、今『ティスロウ(ここ)』にいる奴等が皆代替わりしてもな。ここから別の処に移住したとしても、『ティスロウ』は『一族』を何より大事にしとる。いつでも帰って来て良い」
 ヴェンデルガルドはそう言って、デイルがよくするように彼女の頭を撫でた。
「本当なら『名』は、大人になった時に授けるもんだ。だがそん時、俺がラティナちゃんの近くにいるとは限らねぇ。だからそれまで大事にこんなかに持って置いて、意味は成人した(そ ん)時にデイルに聞けば良い」
 そう言ってトンと一度、ラティナの胸を指先で示す。

 ティスロウの『役割名』を授けるのは、一族当主の役割だった。そして名を授かることこそが、この一族にとっての『成人の儀』、一人前になった証なのである。
 現在のティスロウの中で、ヴェンデルガルドのみに認められている権限だった。

 ティスロウは、外部の者を『一族』として受け入れることを禁じてはいない。
 繁栄を司る神の祭司の一族にして、多くの知識を有する彼らは、血筋に固執し、狭い環境で代を重ねる事が及ぼす不利益を理解している。淀み濃くなることの無いように、『一族』に新しい血脈を迎えることも、一族繁栄の為には欠かせないことであるのだ。
 フリーダのように婚姻によって迎えることが一番多いが、それだけとは限らない。唯一にして絶対とも言える最大の掟は『一族としての矜持を持って生きること』だ。それを受け入れることができる者を迎え入れること。更にはそれができる者を見極めることもまた、『当主』に求められる能力だった。

 名の意味を尋ねることを禁じたのは、別に秘匿するべき慣習があるわけではない。彼女の目指す道と心根から、『この名』を与えることに迷いは無いが、それを今伝えてしまえば、まだまだ多くの可能性を持つ幼い少女の今後の生き方を縛ってしまいかねない。それはヴェンデルガルドの本意ではなかったからであった。
 デイルに問うことを禁じるのも同じ理由だ。
 孫が彼女の『名』に引きずられて、可能性を狭めないでいられる確証は無いのだ。まだまだヴェンデルガルドから見れば、孫は青く若い。

 彼女が大人になった時に、『名』と違う生き方をしていても、それはそれで良いだろう。一族の一員として役割を与えられ、認められていることこそが必要なのだ。
 少なくとも、『ティスロウ』は、自分の孫が懐に受け入れたこの子を、護る存在にはなれるだろう。帰って良い場所にはなれるだろう。
 生まれ故郷に帰ることが出来ずとも、新たな場所で、自分の居場所を作れるということを肯定することは出来るだろう。

 孫が望んでいても、当主ではない彼には与えることの出来なかった『それ』を、祖母は彼女に与えるのだ。
 重たい役割にもがき苦しみながらも、それでも一族の矜持を持って生きている孫に、祖母としてしてやれる贈り物だった。

「バカ孫が嫌んなったらすぐに言え。な? 俺がもっと良い奴見つけてやっからな」
「デイルが、いちばん、だよ」
 ラティナは涙声で、そう言って笑った。
「デイルのおかげで、ラティナ、おばあちゃんにも会えたんだよ。デイルはいつも、ラティナの欲しいもの(・ ・)。たくさん、たくさんくれるんだよ」

 涙ぐむラティナをよしよしと撫でながら、ヴェン婆は普段の様子で朗らかに笑う。
「ラティナちゃんは大人になったら、きっと良い女になるからなぁ。絶対だ」
「ラティナ、おばあちゃんみたいな、おばあちゃんになりたいな」
「え? いや、ラティナ。それは考え直せ」
 ラティナの言葉にデイルは本気で慌てた顔をする。全力で首を横に振るデイルの姿にヴェン婆ははっきりと舌打ちし、ラティナはきょとんとした顔をした。

「さぁて、今日はご馳走だ。ラティナちゃんが『次に帰って来るまで』暫しのお別れだからな」
「うん」
 泣き顔ではなく、笑顔で夕食の席を囲み、こうしてティスロウで過ごす最後の一日は過ぎていく。

 かたちのあるものだけでは無い、たくさんの『土産』を抱えて、二人はクロイツへの帰路につくのだった。
故郷編これにて終了です。
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