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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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青年、幼き少女を前に想う。

この度、書籍化が決定致しました。詳しくは活動報告に記載しております。
皆さまお読み頂き、誠にありがとうございます。
 儀式が終わった後の祝宴は、文字通りの宴会と化していく。
 老若男女問わず、山盛りのご馳走に舌鼓をうち、この時とばかりに当主秘蔵の酒瓶を空けていく。
 すでにマクダや女衆の幾人かは、エプロンを身に付け忙しく立ち働いている。そんな活気溢れる人びとの中、ヴェンデルガルト婆の隣にちょこんと座り、取り分けてもらった川魚のパイ包みをもぐもぐしていたラティナは、デイルの姿が無いことに気付いた。

 右を見る。ヴェン婆が肉のハーブ焼きを噛み千切りながら、酒盃をぐいぐい空けている。その奥では、酒に酔ったらしく、ふらついている新婦のフリーダを労るヨルクの姿がある。
 左を見る。酒が入るにつれ村の人びととの討論に、次第に熱の入ったランドルフがいる。とはいえ討論の内容は、初孫は男が良いか女が良いかという、議論するにはあほらしい内容だ。
 前を見る。たくさんの人びとが宴を楽しんでいる。今、マクダが新しく運んで来た大皿の料理は、ラティナも手伝って作ったものだ。自分が作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは彼女もとても嬉しい。

「……デイル?」
 けれども、そこに彼の姿が無いことが、途方もなく寂しく感じられた。

 ラティナがキョロキョロとデイルを探していることには、ヴェン婆もすぐに気付いたようだった。

「ラティナちゃん」
「ふぁ?」
「馬鹿孫なら外だろ。追いかけるなら、ちゃんと暖かい格好するんだぞ」
 ヴェン婆は手近にあったストールを渡しながら言う。ラティナはしばらく考えると、ぺこんと頭を下げ、ストールを巻いて大勢の人びとの合間を縫って外に出た。

 屋敷の外に一歩出ると、人びとの熱気に火照っていた顔に当たる夜風が心地良かった。
 中の賑やかさが嘘のように、静寂さが漂っている。
 そこに彼はいた。
 ラティナはほっとしながら近づいて、何処かいつもと違う彼の様子に困惑した。
「……デイル?」
 その呟き声に気付き、顔を上げた彼は、いつもと同じように笑顔を浮かべてみせた。
「……」
「どうした、ラティナ? 外は寒いから、中に入ってろよ」
「デイル、おしえてくれたよ。……笑いたくないときは、笑わなくていいんだよ?」
 彼女の言葉に、驚いた顔をした後で、彼は笑みを苦みの混じったものに変えた。
「……大丈夫だよ、ラティナ。心配かけちまってすまないな」
「……デイル……さびしいの?」
「今日は祝いの席だぞ……そんな訳ないだろ?」
 否定するデイルに彼女はぎゅっと抱きつく。

  (……ラティナがもっと大人だったら、よかったのかな? そしたらデイルのこと、もっと助けてあげられるのかな)
 ほんの少し悲しくなって、ラティナは潤みかけた眸をまたたいた。
 いつも彼が自分にそうしてくれているように、自分も彼の救いに成れたら良いと、願った。
 自分がもっと大人だったら、きっと、こんな辛そうな微笑みを見なくて済んだのかもしれないと思った。それでも、せめて、自分が彼にしてもらえて『救われた』ように、抱きしめてあげようと思った。

「ラティナ……早くおとなになれたら良いのにな……」
 そう呟けば、デイルは今度こそ『いつものように』苦笑した。
「ラティナはもっとゆっくり、大人になれば良いと思うぞ? 頑張り過ぎるなよ」
 ラティナを撫でようとした彼は、彼女が泣きそうな顔になっていることにも気付いたようだった。
 髪を撫でた手のひらを、そっと頬に滑らせる。
「本当に……優しい子だな、ラティナは……」


 ラティナにこんな風に『見抜かれる』とは思っていなかった。
「寂しい」のかと問われて、自分の感情がそれに近いのだと自覚した。
 弟の婚礼。祝いの言葉を次々告げる大勢の村人たち。一族の更なる繁栄を願う声。
 その中心に居るのは自分ではない。自分が知らない時間を、皆が語り合っている。
 自分が故郷(ここ)にいない間も確実に時間は流れて、自分がいなくても、この後も続いていくのだろう。
 割りきったはずなのに、寂寥の思いが胸を占めた。

 物心付いた頃から、一族の当主を継ぐのは自分だと思っていた。周囲もそういう視線で自分を見ていたし、そういう風に扱われていた。
 一族の為に生きるのを苦痛だと思ったことはない。父も祖父母もそのまた前も……代々の当主たちが守ってきたものを継ぐことは、自分の根幹を為すものだ。

 その『当主』に連なる座を弟に譲ったのもまた、一族の為だ。

 一族を、『ティスロウ』を守る為に、自分は故郷(ここ)を離れた。
『レキ』の名を負い、故郷(ここ)を外から守る道を選んだ。

 それでも思う時はある。
 こんな『加護(ちから)』なんて無ければ、自分はずっと故郷(ここ)に居られたのかもしれないと。
次期当主の座(あ そ こ)』に居るのは、自分だったはずなのにと。


「ちょっと……酒に酔ったんだよ。少し酔いざましに散歩でもするか?」
「……うん」
 手をつないで歩くのも、いつの間にか当たり前の行動になっていた。
 このちいさな少女が隣に居てくれることが、当たり前であることが何より尊い。


 ティスロウは昔から、この周辺の土地の『領主』に疎まれている。
 自分たち一族は、独自の文化と掟を以て生きる者たちだ。本来の意味では『ラーバンド( こ の )国』にすら属していない。
 それでも反乱分子として排除されてこなかったのは、ひとえにティスロウの技術が高く独自のものであるためだ。

『ティスロウ』を名乗る集落は他国にも存在している。
 過去、その地を権力者たちが求めたことがあった。その地のティスロウは、徹底して抗戦し、最後には一夜にして村から一人残らず撤収し、もぬけの殻となっていたという。
 一族が最も大切にしているものは『一族』自体だ。そのためには土地を捨てることも選択の一つにしてしまう。
 ティスロウが去った土地は、その潤沢な『加護』も失われ、比類なき肥沃な土地もすぐに普通のものへと戻ってしまう。ただの辺鄙な山の中の土地に過ぎなくなってしまうのだ。
 強固な土地の利を活かした守りを破る為に消耗戦を強いられ、ティスロウの一族という優秀な戦士にして魔法使いたちと戦い、最後に得られるものは捨てられた村が一つ。割りがあまりに合わない。

 ティスロウは流れた先で、新たに村を興すことも苦にしない。
 地属性魔法は、土地の開墾に大きな力を持っているのだから。
 そしてどんな土地でも、ティスロウの『技術』は大きな商品価値を持っている。魔道具の独自技術とは、それこそ金の卵を産む鶏のような存在なのだから。

 この国でも、領主は『ティスロウ』のことを疎んじている。--それは無理もない。この周辺地域の村々などは、すでに領主よりも『ティスロウ』を重要視している。
 高い知識と知恵を持ち、豊かな土地がもたらす収穫量も食料の備蓄も、非常時に籠城戦を行えるものであるのと同時に、周辺の集落すら支えることが可能な量を確保していた。
 魔法使いも多い。『地属性』魔法は、回復魔法が使える属性である。そして薬草類もまた大地の一族にとっては近しいものだ。田舎の集落では致命的な怪我も病も、この一族ならば、救うことの出来る可能性を持っていた。
 権力者が疎まないはずがない。それほど『ティスロウ』という一族の力は大きいのだ。

 だが、国の中核にいるものたちにしては『ティスロウ』が他国に去られては困るのだ。
 貴重な魔道具の製造元を失い、国内の魔道具が不足する事態になどなっては国策にも関わる。『ティスロウの魔道具』がラーバンド国にもたらす利益もまた、無視することは出来ない。多くの流通業や販売業に過大な影響を与えることになるだろう。
 そして土地を捨てた『ティスロウ』が他国に移住先を定めれば、それほどの利益を生む『ティスロウの魔道具』も他国のものとなる。それだけは避けたい事態と言って良いだろう。
 中枢の権力者たちにしてみれば、現状を維持してもらうことが何よりも『最善』だった。

 長らくそんな関係を続けてきた『ティスロウ』と『ラーバンド国』、『地方領主』の三者だが、領主が代替わりし、新たに周辺地域を治め始めたその者が、『ティスロウ』への反発を隠そうとしなくなったことで、均衡は揺らぎ始めた。

 一手を打ったのは、ティスロウの当主たるヴェンデルガルトだった。
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