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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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幼き少女、花に彩られる村の中にて。

本編再開になります。
 デイルの弟であるヨルクの婚礼が近づくと、ティスロウ全体が何処かそわそわとしてきた。
 田舎であるこの村では、娯楽は限られる。やはり普段とは異なる大きなイベントは村人総出の『ハレの日』なのだ。
 しかも今回の主役は当主家の者だ。盛大なものになることがわかりきっている。
 村の各家では、晴れ着の虫干しが行われていたり、祝いの品の準備が始まっていたりと、あちこちに華やかな気配が漂っているのだった。

 ラティナの晴れ着はデイルの実家にあったものを手直しした。
 元々頻繁に作り直したりせず、体型の変化や成長に応じて調整のきくようになっているつくりである。ブラウスはかなり丁寧な直しをしたが、それ以外は少し丈を詰めただけだった。
 ちくちくちくちく--と。
 無心で針を運ぶラティナは、今日もヴェン婆の部屋にいる。
 夜はデイルと同じ部屋かリビングで過ごす彼女だが、日中は台所かこの部屋にいることが定番化したようだった。
 因みに今のラティナは一人でデイルの隣の部屋で眠っている。眠る寸前に隣に移動し、おやすみまで三秒という生活スタイルが確立したのだった。

「できた!」
「どれどれ……」
 ラティナは晴れやかな顔で、縫い上げたスカートをヴェン婆に差し出した。ヴェン婆も彼女の縫い目を確認し、フムと合格点を出す。
「なかなかだね」
「ほんと?」
「ああ。誰に教わったんだい? ウチの馬鹿孫じゃできんだろ?」
「友だちのおかーさんにだよ」
 ぐしぐしと撫でられているラティナは誇らし気な良い笑顔だった。
 ヴェン婆は彼女のことを甘やかしてはいるし、ある意味ではデイルより寛大だが、締めるところは締める人間でもある。
 デイルは彼女のしたことを基本的に褒める。褒め称える。それはそれで嬉しいことではあるが、向上心溢れるラティナにとっては、ケニスやヴェン婆のような合格点の厳しい人間に褒められることの方が、より嬉しいことであるらしい。
 彼女は増長したりせず、冷めた判断ができる子なのだった。

「花よめさん、どうやって来るの?」
「下の村から来た後、村の入り口んとこの家を借りて準備を整えさせるのさ。ウチにはウチのやり方があるからね。一族の一員になるからには、ウチの流儀に合わせて貰わねばならん」
「そうなの。ラティナ、クロイツで、橙の神(コルモゼイ)の神殿でやっているの見たことあるよ」
 ラティナが少し遠くを見るようにして記憶をたどる。
 ラーバンド国の主神は『赤の神(アフマル)』であるが、『橙の神(コルモゼイ)』は豊穣を司る神というところから子孫繁栄を願う神でもある。そこから派生して、結婚を司る神としても考えられているのだった。
 加護を持つ神官が居なくても、ほとんどの町や村に橙の神(コルモゼイ)を祀る物が設けられているのはそのためでもある。
 結婚の為の施設でもあるのだ。
「街のやり方とも少し違うかねぇ」
「楽しみっ!」
 合格の出たスカートを胸に抱いて、ラティナは嬉しそうだった。

 ティスロウの文化は独自のものだ。
 その風習だけでなく、服装にもそれは反映されている。
 厚手の布地のスカートは、裾に刺繍飾りのリボンが縫い付けられた装飾が施されている。儀礼の時以外はその上にエプロンを付けることが多い。
 男女共にブラウスやシャツの上に、ベストを着て、精緻な刺繍を施した帯を締めるのが正装となっていた。
 大地の神を奉ずる民であるため、正装のための衣装の刺繍の図案は草花の意匠のものと決まっていた。一朝一夕に作ることのできないそれらは、各家で引き継いできたものであったり、長い時間をかけて母が我が子のために仕上げていくものでもある。

 見慣れぬ衣装を纏えることも、楽しみのひとつのようだった。彼女もお洒落に興味のある『女の子』なのである。
「ラティナ似合うかなあ? 変じゃないかな?」
「ラティナちゃんは可愛いらしいからな。よう似合うだろ」
 そのコメント自体は、祖母も孫と大差はなかったようだ。


「ラティナは本当に可愛いなぁ」
「うむ」
「ウチの一族の衣装もラティナが着たら、特別みてぇだよなぁ」
「うむ」
「花嫁より、主役みてぇだよなぁ」
「うむ」
「そこの馬鹿兄貴。婆ちゃんもいい加減にしろ」
 そんな似た者同士な孫と祖母に、ヨルクが突っ込みを入れたのは、いよいよ花嫁が輿入れする当日のことだった。

 ラティナは、自分で直したティスロウの服を一式身につけていた。更に正装の決まりとして胸元に大きな宝石のブローチをつけている。工芸師の一族であるティスロウでは、宝飾品も身近な存在であるのだ。ラティナのそれは勿論借り物だが、当主家の格にふさわしい立派な一品だった。
 未婚の男女は更に生花を飾る。女性は主に髪に差し、男性は帽子に差している。未婚と既婚の差は腰に巻く帯にも表れており、未婚の者は花の意匠。既婚の者は実りの意匠と定められていた。
 本日の主役であるヨルクも衣装の形式自体は、他の男性と変わりはない。ストールを宝石飾りで留めているのも、腰にナイフをさげているのもティスロウの様式にそったものだ。
 唯一彼が主役だとわかるのは帯の紋様だ。花婿だけはその意匠が花と果実両方が縫いとられているのだ。

「お前はまだ『花付き』か。弟に先を越されたな」
 というのが、主役の兄であるデイルが、本日受けとる祝辞なのである。

 親バカな台詞も出てしまう程に、ラティナは愛らしい。
 白金の髪に色鮮やかな生花はよく映える。ティスロウの民族衣装という見慣れぬ姿だと言うのも、新鮮な驚きを感じさせた。
「デイルもかっこいいよ」
「『花付き』なのが情けないけどな」
 軽口を交わしていられたのは儀式が始まるまでで、遠くから先触れが鳴らす鈴の音が聞こえて来ると、どこか緊張した空気に切り替わる。

 先触れとして鈴を鳴らして歩くのは、花嫁の親族だ。
 ティスロウの流儀に慣れぬその人が、酷く緊張した様子でぎこちなく鳴らす鈴に応じて、道の左右で迎えたティスロウの人びとが道に花びらを散らしていった。
 結婚の儀式は、雪に閉ざされる冬以外の季節を問わず行われるが、やはり春に行われる儀式が最も華やかだ。本格的に春を迎え、咲き誇る花の種類も多いこの時季は、祝福を込められて撒かれていく花びらもたっぷりとしている。

 先触れが花婿の家の前にたどり着くと、更に鈴の音を高らかに鳴らす。花婿の家族が外に出たのはこの時で、ラティナは、ティスロウの中に描かれた、色鮮やかな一本の道に目を大きく見開いた。
 黄色、赤、桃、白……濃淡も含めれば、そんな単純に言い表せるものではない、数多くの色彩によって、これから花嫁が通る道が塗り替えられているのだった。
 風に花びらが舞い上がると、芳香もあたりに漂った。

「きれいだね……」
 嘆息する彼女の視線が、吸い寄せられるように一点に向かう。
 ティスロウの男たちが担ぐ棒に装飾の成された座席が吊るされ、そこに花嫁が座っていた。
 複雑な刺繍が美しい衣装と豪華な装飾品で飾られた花嫁は、橙色の帽子を頭にのせている。橙の神(コルモゼイ)の色だ。そこにもふんだんな生花が飾られていた。
 ゆるゆると。花嫁を乗せた駕籠は、花の道を進んで来る。
 その後には、ティスロウの衣装とは異なる数人の人びとが続いていた。花嫁の親族なのだろう。
「花よめさんだ……きれい……」
 ラティナは頬を薔薇色に染めて、憧れの眼差しでその様子を見ていた。

 デイルといえば、その花嫁の後ろに、ティスロウとの婚儀という村にとっての慶事を村長という立場として喜びながら、それでも複雑そうな表情の『花嫁の父』に、軽い自己投影をしていた。
 ラティナが『花嫁』に憧れてしまうなんてどうしよう。このひとと結婚しますなんて、何処の馬の骨かもわからない輩を連れて来たら、文字通り骨にしても構わないだろうか。少なくとも自分より優れた奴でないと許さない。でも、反対したら、それはそれでラティナに嫌われてしまったりするのだろうか。
 どうしよう。泣きそう。

「何でお前がそんな顔になっているんだ」
 ランドルフの突っ込みは的を射ている。

 先触れが持っていた鈴をランドルフが受け取り、互いに一礼で応じる。門扉は大きく開け放たれて、花嫁を乗せた駕籠は花婿の家族の先導で中に入った。
 屋敷の中に足を踏み入れる花嫁の履く布靴には、かすかな土の汚れもついていない。ティスロウにとって、大地は畏怖する存在である神そのものだ。この一連の儀式は、花嫁を神に奪われることなく花婿の家まで送り届けるという儀式なのである。

 その後は、祝宴が始まる。
 雛壇に並んだ新郎新婦の元には、入れ代わり立ち代わり村人たちが祝福に訪れる。大人たちは祝いの品を持っているが、それ以外に全ての人びとが花を一輪持参していた。
 ラティナも薄桃色の花を胸に抱いて、はにかむようにしてお辞儀をした。
「おめでとうございます」
 彼女の差し出した花を受け取った花嫁は、緊張したような笑顔で応じ、背後に設けられた脚付きの台の上にそれを置いた。数多くの人びとが訪れたことを証明するように、もう溢れるほどに山盛りとなっていた。

 最後にこの花--周囲の人びとからの祝福の証--を、橙の神(コルモゼイ)の神前に供えて、儀式は終了するのだ。
 ティスロウの文化は、花の存在がとても重要視されているのだった。
まだ色々忙しく、更新頻度を元に戻せるとは断言できないのですが、最低でも毎土曜日には投稿したいと思っています。
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