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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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幼き少女、雨音を聴く。

 翌日は雨になった。
 
 むしろ都合が良い。あちこちを見て回りたがり、じっとしていないラティナをゆっくりと休ませる良い機会だ。
 そんな風にデイルは思う。

 部屋の中で雨音を聴く。
 激しい雨ではなさそうなので窓を開けて見れば、薄灰色に煙るクヴァレの町が静かに広がっていた。
 ラティナはそんな町の様子を眺めている。
 何かを見つけたのか時折身を乗り出してみたり、じっと一点に夢中になったりしている。それはそれで、この静かな時間を楽しんでいるようだ。

 デイルはこれを機にじっくりと荷物の点検をすることにした。
 食料のなどの消耗品の補充量だけでなく、道具類も劣化などしていないか確認する必要がある。野営や一泊程度の宿泊では後回しにしがちの為、こういう機会は貴重だ。

 互いに会話をする訳でもなく、近くで存在を感じながら同じ時間を過ごす。
 穏やかで、閑かな、それでも悪くはない時間だった。

 昼食も買ってきたもので簡単に済ました後、二人は並んでとろとろと午睡をした。雨音の中、緩やかな時間が流れていく。


『寡黙な鴎亭』から伝言が来たのは午睡の後、ラティナが便箋を前にしてウンウンと唸っていた頃だった。書きたい事が多すぎて、便箋に収まりきらないと難しい顔をしている。
 デイルは渡されたカードを確認して、使者に心付けと共に返答を委ねる。
「……では、明日伺うとお伝え下さい」
「かしこまりました」

 使者が立ち去った後、隣を見れば、いつの間にかラティナが佇んでいた。彼を見上げて尋ねる。
「今の人、昨日のお店のひと?」
「ああ。昨日の奏者の人に言付けて貰ったら……明日の夜の営業の前なら時間があるらしい。話が聞けそうだ」
「やっぱり『まじんぞく』だった?」
「そこまでは聞いてねぇけどな……銀の腕輪について話を聞きたいと伝えたら応じて貰えたよ。少なくとも、何か近い風習については聞けるんじゃねぇかな」
 ラティナはその言葉に少し考えて
「ラティナ……知らないこと、いっぱいだね。『まじんぞく』のことも全然知らない……大人になるまでには、わかるようになるかな」
 そんな風に言う。

「俺も知らないことだらけだよ。だからさラティナ。一緒に知れば良いんじゃねぇかな」
「べんきょうといっしょかな?」
「そうかもな」
 微笑みを交わす。

(……まだ、ラティナよりは、物事を知っていないといけねぇよなぁ……俺も、うかうかしてらんねぇ……)
 その裏でデイルは内心で汗をかきつつ、そんな独白をしていた。この賢い少女はうっかりしているうちに、自分より先に行ってしまいそうな恐ろしさを持っている。
『保護者』として、彼女に幻滅される訳にはいかない。せめてまだ、もうしばらくは。
  (ケニスも……こんな心境なのかな……)
 日々レシピ開発と研究に勤しんでいる『兄貴分』の気持ちを痛感する瞬間だった。

 夕食も宿の一階で済ませ、早々に休む。
 雨音は、いつの間にか途絶えていた。


 翌日は曇りだった。
 消耗品の買い出しに向かう為に準備をしていると、ラティナのきらっきらした眸と目が合った。期待に満ち満ちている。
「デイル、デイルっ! あのね。お魚欲しいのっ」
「……生魚は駄目だぞ?」
「干し魚! クロイツにはあんまり無いけど、干したお魚もたくさんあるんだって! ケニスに使い方教わってきたの!」

 ラティナらしいとは、思う。
 だが普通、この位の少女なら、土産物とか雑貨等が気になるのでは無いだろうか。
 そんな事を考える。

(まぁ、良いか。ラティナ嬉しそうだし)
 ぴょんぴょんと跳ねるようにして歩く、上機嫌のラティナの姿の前では、些末なことであった。

 買い物と昼食を終え、買って来た物を宿の部屋に置いた後、約束の時間が近づいていた。
 二人は『寡黙な鴎亭』を再び訪れていた。昼食時を過ぎ、客の姿が少なくなっている。そんな客席の隅に一昨日の奏者は座っていた。

 派手な華やかさは無いが、涼しげな印象の女性だ。
 今はごくありふれたシャツとロングスカートを着ていた。頭にはコロンとした形の帽子を乗せており、角の有無は確認出来ない。
 デイル一人なら警戒されたかもしれないが、こちらにはラティナがいる。幼さを残す愛らしい少女が、少し緊張したようにデイルの背中に半分その身を隠すさまは微笑ましい。
 彼女もラティナを見て、表情を緩めていた。
 二人は勧められた前の席に腰を下ろす。

「お時間を作って頂き、ありがとうございます。デイル・レキと申します」
「いいえ。私に聞きたい事があるとか?」
「はい。貴女が今も身に付けていらっしゃる、その腕輪のことなのですが……」
 デイルは彼女が今も左の二の腕に嵌めている銀の腕輪に視線を向ける。
 彼女はゆったりと微笑みながら、首を傾げた。
「……そんなに珍しいものでは無いと思いますけれど?」
「俺の知り合いもよく似たものを持っているのですが、何か謂われがあるものならお伺いしたいと……」
「あのねっ」
 デイルの言葉を遮って、ラティナが声を上げた。
「ラティナ、『角』折られたの。まじんぞくなの」
「……っ、ラティナ……」
「……まあ」
 ラティナのその言葉に、デイルと女性は同時に驚いた顔で彼女を見た。彼女は自分自身で髪をかき分けて、折れた角の付け根を露にする。
「でもね。ラティナ子どもだから、わかんないこといっぱいあるの。教えてほしいの」

 彼女はデイルが自分の事を思い量って、その事実を隠そうとしていてくれていたことは察していた。
 だからこそ自分から口にしたのだ。

 デイルは、その事実がラティナにとって危険や不利益をもたらすことを知っている。だがこうなってはもう隠そうとする方が不自然だ。そう腹を括る。

「こんなに幼いのに、そんな事が……?」
「……俺にも詳しいことはわかりません。この子は親と死に別れていた所を俺が保護しました。その時のこの子は今より幼く……手にしていた物は唯一、貴女が持つ物と似た腕輪だけでした」
「これは……」
 彼女は小さく呟いて、顔を上げると帽子を脱いだ。

 ラティナとは形の異なる、横に垂直に伸びる角が左右に生えていた。

 やはり彼女は魔人族であった。
 彼女はそうして、まずこう告げた。
「この腕輪は、私の故郷では父親から子どもに贈られる物……そのひとのルーツを示すものですわ」


 彼女はグラロスと名乗った。
 ラティナのように追放されて魔人族の集落を離れた訳ではなく、人間族の土地を旅していた後、人間族の夫と結婚してこの土地に定住したのだという。
「まずお伺いしたいのですが……あなた方は魔人族のことをどの程度ご存知なのですか?」
「ほとんど知らないと言って良いと思います。この子も幼すぎて、何も教えられていないまま故郷を出たようですから」
「そうですわね……魔人族も、幼少期は人間族とほとんど成長度合いに変わりはありませんもの。見た目通りの幼さですわ。そんな歳の幼子が角を折られるなんて……聞いた事がありません」
 グラロスの表情も痛ましいものになる。
 彼女から見ても、ラティナの状況はかなり異常なものであったらしい。

「私の故郷はこの地より遥か南西。『一の魔王』が治める国『ヴァスィリオ』。魔人族の最大の勢力圏であるその国の片隅です。魔人族は、ヴァスィリオ以外にも世界各地に独自の集落を作っていますが、国と呼べる程に確固とした政治形態を持ち、統治されているのは『ヴァスィリオ』だけです」
「『魔王』は、やはり魔人族の王なのですか?」
「いいえ。人間族の言う『国王』と同じようなものは『一の魔王』だけ。他の『魔王』は国家を治めているわけではありませんもの」
 グラロスはそう答えた。
「ヴァスィリオの風習では、子どもは母親の元で育てられます。人間族のように男女が結婚して共に暮らすという習慣はありませんの」

 デイルにとってそれは初めて耳にする話だった。隣のラティナを見れば、彼女は何か思い当たる節があるのか、はっとした顔をしていた。

「けれども魔人族は子どもが授かりにくい種族。男親にとっても子どもは歓迎する存在です。ですから男親は生まれた我が子に自分の名を刻んだ腕輪を贈るのです。その子の生涯を祝福するという意味を込めて」
 グラロスは自分の腕輪をするりと外して彼等に裏側を見せる。デイルの見たことの無い記号のような模様が刻まれていた。
「これが魔人族の文字。……人間族の文字とは、だいぶ異なるでしょう? ここにはこう刻まれています。『我が名はコリダロス、我が愛し子グラロスに此れを贈る。我が愛し子に幸多くあれと願う』コリダロスは私の父の名。それと私の名グラロス。そして祝福の文句を刻むのです」
 グラロスは文字を指で辿っていく。
 ラティナは腕輪の中を食い入るように見つめていた。
今週は更新が今回含めて二回程度かと。
あまり執筆出来ておりません。ちょっとゆっくりペースとなってしまいますが、宜しくお願い致します。
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