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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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幼き少女、海に行く。

 ハーゼを出発した後、数度の野営と宿場町を経由して、二人は港町クヴァレに到着した。

 クヴァレは今までの町と趣が異なる。
 赤い鮮やかな屋根は他の町とも共通しているが、全ての建物の壁には白い漆喰が塗られており、鮮やかな青の紋様が描かれている。
 ラーバンド国の主神『赤の神(アフマル)』だけでなく、商業を守護すると同時に海洋を司る神でもある『青の神(アズラク)』の守護も願っている為だ。
 その為に、潮の香りに満ちたクヴァレの町は、非常に鮮やかで独特の風景を持っている。

「海だぁーっ」
 ラティナはクヴァレに入ってすぐ、海が見えると大喜びで歓声を上げた。
「デイル、デイルっ! 海、海っ、行っても良いっ!?」
「落ち着けってラティナ。まずは宿を取って、荷物下ろしてからな」
 苦笑しながらデイルは、傍らのラティナにもう一匹の『同行者』を指し示す。
(こいつ)も、休ませてやらないといけないしな」
「そうだった……ごめんね、ブラオ」
 ラティナはそう言いながら、馬の鼻先を撫でる。
 デイルの知らない間に、ラティナは馬に名前を付けていたらしい。
 この旅が終われば手放すつもりであったのだが、それまでにラティナは情を移してしまうかもしれないなどと、後れ馳せながら思い至った。

 デイルはクヴァレでは、今までよりも高額な宿を選んだ。
 施設や部屋のグレード的には、今までの宿と大差は無い。金額の差は、ひとえにセキュリティの値段だった。
 各部屋には魔道具の鍵が使われており、安全を売りにしているだけに宿の人間の意識も高い。
 それは今までの宿と違い、荷物を置いたまま外出しても、ある程度の安全が保証されているということでもある。

 クヴァレでは三泊する予定だった。
 疲れもそろそろ出てくる頃だ。観光だけでなく、しっかりと休息も取らせたいとの思惑からの決定だ。

 荷物を置き、籠手は外す。コートとロングソードはそのままだ。そうしてからデイルがラティナを見れば、彼女は背中のリュックとナイフを外して身軽になっていた。
 きちんと隅に寄せて置くあたり、几帳面な性格が出ている。
「ねえデイル。この町からなら、お手紙クロイツに出せる?」
「定期便が出てるからな。大丈夫だぞ」
「それならね。後で、クロエとリタにお手紙かくのっ」
 うきうきと笑顔のラティナはそう宣言した。
「じゃあ……手紙に書けるように、クヴァレを探索しないといけねぇなっ」
「うんっ!」

 デイル自身も『観光』は久しぶりの行動だ。頻繁に旅には出ているが、大抵は仕事だ。少々新鮮さも感じる。
 何より、これだけ旅を喜び、嬉しがってくれている可愛いラティナと一緒なのだ。
 デイル自身も浮かれ気分にならない筈が無い。

 クヴァレは不思議な景観の町だ。
 それは多分建物だけではない。異国との窓口であるこの町は、ラーバンド国でありながら、何処か異国の空気を感じさせる。それが相まってこの町の『雰囲気』を作り上げているのだろう。
 道行く人もそれに大きく関わっている。服装も装飾もこの国では見たことのない、独特な物を纏う人々と時折すれ違う。

「ふあぁぁ……」
 口が空いたままのラティナの姿に、デイルが表情を緩める。
 クヴァレの中心部を抜け、二人は港に来ていた。
 陽光にキラキラ煌めく水平線にも大興奮のラティナだったが、今は丁度港に入ってきた大きな商船に見入っている。
 見上げた姿勢でいるためにか、先程からずっと、口がぱかりと開いているのだ。
「すごいねえーっ。デイル。このお船、どこからきたのかなぁ」
「ん? ほら、あそこに旗を掲げてる。あの紋章は……」
 デイルが指さして教えれば、ラティナはこくこくと頷いた。
「遠くの国だねーっ」
「ああ。そうだな」
「すごいねっ。ラティナはじめてばっかり!」
 身を乗り出して船の様子を眺めるラティナに、そっと落ちてしまったりしないように手を添える。
 そんな気遣いをするようになった程度には、もう彼は立派な『保護者』だった。


 磯の一角で、フナムシが一斉にざわめく姿にラティナは目を丸くした。
 確かにこういった光景は、街中ではあまり見ない。
 ラティナはわざわざ物陰に向かい、フナムシが移動する様子を観察している。
(……虫とか、全然大丈夫なんだな……)
 まあ、ラティナは魔獣相手でも平気なのだから、虫位どうってことはないのだろう。
(……でも、素手で捕まえるのは……止めておけ……)
 意外にラティナはワイルドだ。


 昼食を食べに行く前に、ラティナたっての希望で市場を覗きに行った。
 さすがに港町だけあり、魚介類が豊富に並んでいた。
 クロイツでも、時折海の魚は売られている。
 保冷の魔道具を駆使し、輸送されて来たものだ。輸送費の分だけ値段も高く、庶民はめったに口にしない高級食材となっている。
 それが比べものにならない種類の多さで、ずらりと並ぶ様子はなかなかに壮観だ。

「お魚いっぱいだね」
 ラティナは目を丸くして、魚を見て歩いている。海の生き物というのは個性的な形状のものも多い。巨大なのっぺりとした魚が地面に置いてあるのに、ラティナが驚いてびくっと跳びはねる。
 かと思えば、次の瞬間には隣の店先にぱたぱたと走り寄った。
「うわあ……これ、どうやって食べるの?」
 硬いトゲに包まれたウニをつついてみながら、ラティナは首を傾げた。
「中身を食うんだよ」
「へえー……」
 ウニはまだ生きていたらしくトゲが緩やかに動いた。その様子に完全に興味を奪われながら、ラティナは頷いた。

 市場の中にあった一軒の店で昼食にした。
 折角これだけの魚介類があるのだ。それを食べない手はない。
 熱せられた網の前に座り込み、皿に山盛りで運ばれて来た新鮮な海の幸を焼いていく。
 トングを片手に、ラティナはウキウキしている。
 多分犬の尾でもあれば、ぱったぱったと振られているに違いない。非常に楽しそうだ。
「デイル。これ、どうやって食べれば良い?」
 彼女がはじめて目にした灰褐色の硬い固まりは、火にかけると蓋のようになっている部分がぐらぐら沸いてきていた。
 デイルが当たり前のように調味料らしき液体をそこに注ぐ。
「あのな……ここに串を刺して中身を抜き出すんだ」
 デイルが言いながらやって見せ、ぶるんっと貝の身を取り出すとラティナから喝采が浴びせられた。
「すごいっ! おもしろいねっ」
「ラティナもやるか? 熱いから気を付けろよ」
「うんっ」
 彼女は真剣そのものの顔で、慎重に貝の中に串を差し込む。見よう見まねで串を引き出した。
「出たっ!」
 しばらく手こずっていたようだが、ラティナは無事に貝の中身を出すことに成功した。デイルの姿を真似て先端をかじる。
「ふぁっ! 苦いねっ……」
 予想外の苦味にラティナが驚いた顔をする。デイルは微笑んで
「先っぽは肝だからな……苦手なら残せよ?」
 そう言ったのだか、ラティナはキリッとした表情をした。
「これもべんきょうだから、だいじょうぶ!」

(……本当に、本職(プロ)の料理人も真っ青だなぁ……)
 どこまでプロ意識が高いのだろうか。この子は。

 魚や海老の塩焼きも堪能する。
「ラティナ、最初にデイルにあったとき、お魚もらったね」
「そうだったな」
 ラティナは網の上で魚を返しながら笑顔を向ける。
「今日はラティナがやいたお魚、デイルにあげるのっ。食べてね」
「ああ。どんどん焼いてくれな。ラティナの焼いた魚なら、たくさん食べられるからなぁっ」

 今日も彼は通常仕様であった。


 満腹になった腹を抱えて店を出ると、市場の散策を再開する。

 港から次第に離れると、魚介類を扱う店の数は減っていく。その代わりに目立つようになったのは、異国より集められた様々な品物の数々だった。
 多種多様な香辛料を色鮮やかに並べてみせる店があるかと思えば、ラーバンド国内の好みとは明らかに異なる不思議な紋様の織り込まれた布地を陳列する店がある。
 器の店を覗けば、筆致も独特な鮮やかな絵付けがされていた。

 ここは、混沌とした『異国』だ。
 この国の物ではない雑多な物が溢れている。旅人や異国人、商人が行き交う。独特な世界と空気に満ちた『非日常』な世界だ。

 ラティナは始終目をきらきらさせていた。
 好奇心旺盛なラティナにとっては、全てが彼女の興味を惹くのだろう。無理もない。
 デイルは笑って彼女を呼んだ。
「ラティナ」
「なあに?」
「人も多いし……迷子になったら困るからな。手ぇ出せ」
 差し出された小さな手をしっかりと握る。
 少し驚いた顔をした後で、ラティナはデイルを見上げてにっこりと笑った。

 そして二人はこの後、手を繋いだまま市場を見て回ったのだった。

執筆中、サザエのつぼ焼きが無性に食べたくなっていました……デイルが注いでいた調味料が何であるかはご想像にお任せします。
話の展開に関係なければ、設定とかは書かなくてもいいかなーと思ったりします。
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