挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
29/202

青年、旅立つ前の前日譚。

 デイルが仕事を離れて旅に出る事を決めたのは、必要に迫られての事だった。

 彼の一張羅の革のコート。優秀な防具でもあるそれが、少しきつくなっていた。
(うーん……身長も、まだ少し伸びてるかな……)
 自分ではよくわからないが、おそらくそうなのだろう。コートは余裕を持って作られ、あちこちのベルトで調整も出来るようになっていた。その為、何年も愛用していたのだが、それも限界らしい。
(今更、普通の鎧着るのもしんどいしなぁ……)

「しばらく帰ってねぇし……新しいの作りに帰るか……」
 その独白が、事の起こりであったのだった。


 いつもは飛竜で往復する王都だが、今回は彼の私的な要件の為に、移動には馬を走らせた。
 騎馬で最短三日、馬車などではおよそ一週間かかるクロイツと王都の距離であるのだが、彼は二日程で王都にたどり着いていた。
 馬はもちろんへとへとである。
 体力回復の回復魔術を、騎乗のまま馬へと定期的に行使し続けたのだ。魔法使いのみが行える方法だが、かなり酷い方法ではある。

 先に公爵家に連絡は入れていたが、すぐさま目通りが出来る訳でもない。いつも王都に滞在する際は、公爵家の一室を使うデイルだが、今回は自分で宿を取った。

 彼は契約があるため、私的な用事で普段拠点としているクロイツを離れるには、公爵の許可を必要としていた。
 ほんの数日ならそんな必要も無いのだが、彼の郷里はラーバンド国の外れの外れにある。
 片道に数週間は余裕でかかるそんな土地だ。往復では、一ヶ月以上の旅程となってしまう。
 行き先も告げずに旅に出れば、要らぬ腹を探られるだろう。
 権力者相手に、それはさすがに遠慮したい。

 とはいえ、既に書簡で公爵相手に打診はしてある。断られる事はまず無い。だが、それでも契約上、直接会いに来る必要があった。
 内心では面倒だとも思いながらも、彼が今回王都を訪れたのは、里帰りの為の、正式な許可を貰う為だった。


(ラティナの旅の支度も必要だよなぁ)
 ぷらぷらと王都を歩きながら、デイルはそんな事を考える。
(外套も、女の子らしいものが良いよな。ラティナ、ピンクとか赤とか好きだもんな。あんまり地味なのだと可哀想だし。……魔法の防具にすれば、防御力だけでなく汚れにくいから、実用的でもあるな。……うん、やっぱり、ラティナの防具を奮発するのは、悪くないよな! )
 さすが、大国ラーバンドの首都。クロイツよりも様々な品物が集約している。流し見る店の様子だけでもそれはよくわかる。
 その分値の張る品も多いが、その価値は充分にあるだろう。

「背負い袋と……一応、自分の身を守れるように(ロッド)もあった方が良いな……後は……」
 無意識のうちに口に出して呟いていた時だった。

「あら、デイルじゃない。どうしたの? 仕事? 」
 そう、声を掛けて来たのは見知った顔だった。
 豊かなブロンドを編み上げ、すらりとしたうなじを見せているのは、自分の魅力を熟知しているからだろう。
 すっきりとした服装も、何処か扇情的だ。それが、自分のプロポーションに自信が無ければ着る事の出来ないタイプの服であることには、同性ならば気付けるかもしれない。
 デイルに声を掛けたのは、そんな碧の眸の美女と呼んで良い人物だった。

「ヘルミネか」
「あなたが呼ばれるような仕事の噂は聞かないけれど? 良い話でもあるの? 」
「……ちょっと買い物に来ただけだ」
 露骨に顔をしかめはしなかったが、内心で汗をかく。
 デイルは少々この相手を苦手としている。
 ヘルミネは己の武器の一つとして『女である事』を、躊躇なく使う人間だ。
 彼も以前、痛い思いをしている。忘れてしまいたい過去だ。
 魔法使いとしての能力は高く、度々仕事を共に行っている間柄だが、得手不得手は別問題だった。
「買い物?」
 にこりと微笑むヘルミネを前にして、デイルは一つ腹をくくった。

 可愛いラティナの為には、出来る限り最良の物を用意してやりたい。
 だが、彼は魔法は使えても、主とするのは物理攻撃である『戦士』だ。ラティナの為に用意するべき、『魔法使い』向きの物品の目利きに自信は無い。
 ここで、優秀な魔法使いと会えた以上、その助言を求めるのは、最良の行動だろう。
 全てはラティナの為だ。

 彼はヘルミネに微笑みを向ける。
「ここでヘルミネと会えたのも、幸運だな。時間があったら、付き合ってくれないか? 」
「あら、あなたから誘ってくれるなんて珍しい」
「そんなことはないだろう」
「じゃあ、そういうことにしておきましょうか」
 クスクスと鈴の音のような笑い声も、デイルには、大狐か何かの唸り声にしか聞こえなかったのだが。

 とにかく、彼は『可愛いラティナ(う ち の こ)』の笑顔を脳裏に描きながら、頑張ることを決めたのだった。

 ラーバンド国の主神は赤の神(アフマル)、戦の神だ。
 その為軍事国家という程ではないものの、武芸や魔術は盛んに奨励されている。豊かな国力も相まって、王や諸侯が抱える軍備も相当のものだ。
 そんな国の王都であるからこそ、武具や防具、それに魔道具なども一流のものが集まる。建ち並ぶ商店は、手頃な価格のものを扱う店から、庶民には一生縁の無い、高価で特殊な物品を扱う店まで様々だ。

 デイルはヘルミネとそんな中の一件を訪れていた。
 魔法使いの好むローブが、色もデザインも様々に陳列されるその店は、ヘルミネが勧める一押しの店らしい。
 確かに、あまり魔法使いの装備に詳しく無いデイルにも、この店の商品が、なかなかに凝ったデザインのものであることはわかる。
 重い防具で身を守る、体力や筋力の無い魔法使いたちは、その分魔力の付加で防御力を高めた『魔法のローブ』を好んで身に纏う。
 未だ幼く、女の子であるラティナにも最適の防具だろう。

「デイル? ずいぶん小さなサイズのものを見ているのね」
「……知り合いの子どもの物を買って来るように頼まれたからな。言った筈だよな? 」
「ええ。聞いたわ。でも、その割(・ ・ ・)にはずいぶん熱心だから」

 ころころ笑うヘルミネに、デイルはひきつった笑いを浮かべる。
 ケニスや友人(グレゴール)などにも言われたが、どうやら最近の自分は、ラティナの事を考えている間は、緩みに緩みきった表情になっているらしい。

 ラティナは今の自分の最大の『弱点』だ。こんな女狐に知られないで済むのならば、極力教えたくもない。

(でも、仕方ねぇじゃん! こっちのローブも悪くねぇけど、ラティナにはこういうケープの方が可愛いとかって思ったりするのはさっ! )
 ラティナの為に選んでいるのだ。脳裏の彼女に当てはめて想像するのは仕方のない行動だ。
 と、デイルは思う。
(実際来るまでに考えてたのより、ずっとこっちの方が良さそうだし……動きやすそうだしな……うーん……)

「それも悪くはないけど、子ども用なら、こちらの方を勧めるわ。 値段は少し高いけど、外から見ただけでは『魔道具』だと分かりにくい造りになっているから」
 自らの思考の内にいたデイルが、ヘルミネの声に顔を向けると、彼女は、今デイルが思案しているのよりも、少々シンプルなデザインのケープを手にしていた。
 渡されてよく見てみれば、守護の術式は裏地に刻まれているらしい。
 表地はシンプルだが、裏地は色合いも明るく、女の子が好みそうだった。

「『魔法のローブ』なんてものを着てる子どもなんて、誘拐して下さいと言っているようなものよ? それだけ裕福だって言っているようなものだもの。だから、こうやって、一見そうは見えないように造るの」
「確かに……」
「逆に、何処から見ても『魔法のローブ』らしい品物もあるけどね。ああいう子ども用のものは、お金持ちの貴族の子弟なんかが、周囲に喧伝するために着させるものよ。『まだ子どもなのに、この子はもう魔法の才能があるんです』『我が家はこれだけの物を、幼い子供に着せる事が出来るのです』ってね」

 上品な笑い声交じりに言っている割には、その言葉の毒は強い。

「あなたは、女の子の為の物を探しているのね? 」
「……急になんだ? 」
 脈絡の無い言葉にドキリとしたが、極力表情に出さないように聞き返した。だが、ヘルミネは
「だって、今私が渡した物を、すんなり受け取ったもの。男の子用だったら、こういう可愛い裏地のものは避けるでしょう? 」
 さらりと鎌をかけていたことを白状する。
 デイルは背中にどおっと汗をかいた。


『魔法使い用の(ロッド)』を買い求めた頃には、すっかりヘルミネに、ラティナという名前以外の情報の多くは流出してしまっていた。
 彼女自身がそうは言っていないし、デイルも直接問い質してはいない。だが、そうとしか思えなかった。

(ロッド)』に関しては、デイルは少々不本意で、子どもが扱い易いサイズのものとは、練習用の補正能力が緩いものしか無いのだという。そうでなければ、特注する必要があるそうだが、今回はそれだけの時間の余裕は無い。
 最良のものをラティナに買い求めたかったデイルはしぶしぶ、『練習用』の中から最も高額のものを買うというところで妥協したのだ。

 そんな買い物を終了した別れ際に、ヘルミネはこう、言ったのだ。

「じゃあ、デイル。今度会う時に、その女の子紹介してね。そんなに幼いのに魔法を使いこなしているなんて、同じ魔法使いとして興味深いわ」
 ひらひらと手を振って「じゃあね」と笑うヘルミネの背中を見ながら、デイルは自問した。
 --確かに、自分一人では思い至らぬ良い買い物は出来た。だが、これが最善の行動であったと、言い切れないのは何故であろう--と。

 そして、何とも言えぬ敗北感を、感じていたのであった。
いつもお読み頂き誠にありがとうございます。
ポイントやブックマークが増える度に、ニヨニヨ致しております。当方の大きな励みです。
今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ