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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
25/202

ちいさな娘、その『事件』の後日談。

 ぱちん。
 と軽い音が響いた。

 叩かれた当の本人のラティナは、きょとんと目を丸くしていたが、叩いた側であるクロエは涙を浮かべていた。

 --あの『事件』から数日。
 治療院はすぐに退院できたが、大事をとって療養していたラティナの元に、クロエが訪ねて来た。
 そして、ラティナがしたこと--自ら『角』を折り、たくさん血を流したこと--下手をすればラティナが命を失っていたかもしれないという事を聞いたクロエの行動が『それ』であった。

 ぼろぼろぼろと泣きながら、クロエはもう一度ラティナを叩いた。
 男の子たちを捩じ伏せるクロエにしてみれば、力が入っていないも同義のその行為であったが、ラティナは驚いて声も出ない。
 クロエは今まで、ラティナを暴力から庇ってくれたことがあっても、暴力を振るった事などなかったのだから。

「バカ! ラティナのバカ! なんて事したの! 」
 そして、暴力を振るった側であるクロエの方がずっと辛そうな顔をしていた。
「キレイな角だったのに! そんなのあってもなくても、ラティナはラティナなのに! それに……」

 そして、ラティナはクロエが泣く姿を見るのは初めてだった。
 男の子たちより勇敢で逞しい『親友』の辛そうな顔に、ラティナも泣きたくなっていた。

「ラティナ……死んじゃうかもしれない事……するなんて、大バカだよっ! 」
 とうとう声を上げて泣き出した親友(クロエ)の姿に、ラティナはようやく理解した。

 自分が怖くて、恐ろしくて、仕方がなかったその感覚を、大切な親友(ともだち)に味あわせてしまったということを。

「ごめんなさいっ……ごめんね……クロエ……」
 途中から声が詰まり、ラティナもまた大粒の涙をこぼした。
 後は二人で抱き合って、声を上げてわんわんと泣くだけだった。

 --階段の下で、少女二人が泣く声を聞いたデイルは、そのまま踵を返して階下に降りて行った。
 ラティナに、こんな『親友』が居てくれて本当に良かったと思う。
 今の所ラティナの『いちばん』は自分だが、頑張らなければその座を守ることも難しいだろう。
 学舎でクロエ(かのじょ)が率先してラティナを守ってくれたことも聞いている。『男前』な少女だとつくづく思う。


 この後、『保護者』と『親友』という大切な存在二人の前で、感情を出し尽くしたラティナは、憑き物が落ちたかのように、すっきりとした顔になった。
『事実』は覆ることはない。そのことは賢い彼女は充分理解しているのだ。だが『受け入れたくない』と思う『感情』に振り回された結果だった。
 それもラティナは飲み込むことができた。
『受け入れたくない』と願う彼女の感情ごと、受け入れてくれる存在を実感したから。


「ラティナは、しあわせなんだよ」
 ぽつりと呟いたラティナは髪を下ろしている。
 飾り布(リボン)が無い状態だが、その頭にはもう『角』は無い。
 よくよく見れば、髪に隠れた角の付け根が確認できはするが、一目では、もう彼女が『魔人族』だと見分けるのは難しい。
ラグ(・ ・)がしんだとき、もうラティナもしぬんだとおもった。デイルが見つけてくれて、いっしょに来てもいいって言ってくれて、すごくうれしくて、リタやケニスもやさしくて、クロエたちにあえて、まいにちすごくたのしくて……ラティナ忘れかけてたの」

 ぽすん、とデイルの胸に抱かれたラティナには、先日のような感情の高ぶりは無い。
 本当に賢い少女だと思う。
 デイルに髪を撫でられると、静かに嬉しそうな顔をした。

「しぬのは、お別れ(・ ・ ・)は、かならずなんだよって、ラグ(・ ・)おしえてくれたこと。……ラティナずっとこのままがいいって、おもっちゃったから、お別れ(・ ・ ・)がこわくなったの」
「誰だって怖いさ。俺だって、ラティナが大怪我したって聞いて、心臓が止まるかと思った」
「クロエもね、ないてた。……だからね、ラティナしあわせだなっておもったの。クロエもね、ラティナとお別れ(・ ・ ・)したくないっておもってくれてて、すごくうれしかったの」
 ラティナはそう言うと、歳に似合わぬ大人びた微笑を浮かべた。
 幼さが目立つが、それでも美しい顔に、幸せと感謝を込めて、デイルに向けられる。

「ラティナ、この街(クロイツ)にこれてよかった。みんなにあえてよかった。……ラティナが今しあわせなのは、ぜんぶ、デイルがラティナを見つけてくれたからだよ。ありがとう、デイル」


「ラティナにそんな事言われて、俺、泣くかと思った」
 珍しく薄められていないワインをあおりながら言う、デイルのその言葉は、半ば自慢のようでもあった。
 ドンとつまみの皿を置きながらケニスは呆れた顔をしてみせるが、ラティナが怪我をした後無事に落ち着いた姿を見せるまで、ケニスもまた、充分すぎる程に混乱した様子を見せていた。
 まあ、今回は、あのリタでさえ、仕事が手に付かなくなったり、普段やらないミスを起こしたりしていたのだ。ケニスをどうこう言えはしない。
 この『踊る虎猫亭』で、もうラティナは、『いるのが当然な大切な存在』なのだから。

「今日はラティナの快気祝いだからーっ 俺が全員に一杯奢ってやるーっ! 」

 デイルがそう店内に声を張ると、一斉にブーイングが返ってきた。
「ケチくせぇなっ! 」
「そういう時は、全額持つっちゅう所だろう? 」
「うっせぇ! お前等に、んな事言ったら、俺が破産するまで呑むだろが!! 」
 ブーイングに負けじとデイルが叫ぶと、店内が爆笑の渦に巻き込まれた。
「ちげぇねぇっ! 」
「リタ、この店で一番良い酒、全員に回せっ!」
「とっておきがあるわよ? 」
 と、凄く良い笑顔のリタ。
「なんで、普段売らない酒出そうとすんだよ? 」
「普段は高くて出しても売れないからに決まってるじゃない」
「せっかくだから、ウチで一番デカイジョッキに注いでやれ」
「ケニスっ!? こういう酒、普通、ジョッキで出さねぇよなっ!? 」
「何を言う。店主がありと言えば、ありなのだ」
「そうよ」
「この、夫婦はぁっ! 」
 彼等のやりとりに、更に大きな笑い声が起こる。

 こんなどんちゃん騒ぎに、普段はこの店ではご法度の、吟遊詩人のリサイタルが始まる。無論、おひねり無しの儲け無しだが、代わりに飛び込みの喉自慢が始まった。

 陽気な気配は、更に陽気さを呼び、いつもはどちらかと言えば、静かな『踊る虎猫亭』が、例の無い賑やかさに包まれる。

「どうしたの? なんかにぎやか」
 そんな騒ぎに、部屋で眠っていたはずのラティナが、目をこすりながら姿を見せた。
 一斉に巻き起こった、厳つい野郎どもによるラティナコールに、さすがの彼女もビクッとする。
 だが、無法者と化した酔っぱらいどもに、そんなことを斟酌する余地は無い。

「主役の登場だーっ! 」
 の叫び声と共に、店の中心に担ぎ込まれる。
「なに? なに? 」
 キョロキョロするラティナに答える者はなく。一斉の拍手に目を白黒させる。
 普段は止める側のリタですら、笑顔で大量の酒杯を運んでいる。デイルやケニスも笑顔であることに、ラティナは驚きながらも、大人しくされるがままだった。

 陽気なメロディーが奏でられる。
 周囲の人々が皆、笑顔であることに、ラティナも嬉しそうな顔になった。
 臨時のステージと化した店の中央で、誘われるままに、音楽に身体を任せる。

 そして、この日新たな事実が発覚する。

 なんでも器用にこなしていたラティナであったが、彼女に音感とリズム感はなかったのだった。

やっと終わりました……
痛い話は、難産でした。想定以上に文も増えてしまいました。

とはいえ、当方、ハッピーエンドと救いのある話が信条でありますので、そのあたりはご安心の上、お付き合い下さい。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
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