挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
22/210

ちいさな娘、その『事件』。

 どうして様子を見に行ったのか。と、尋ねられれば、ケニスは返答に困っただろう。

 その直前に会ったラティナの顔色が酷く悪く、心配になったというのも大きい。
 だから、普段なら聞き逃してしまうような、小さな異音に気付く事が出来たのだろう。そして、それが気になって、様子を見に行ったのだ。

 それが『ベター』では、あった。
 --『ベスト』は、兆候に気付いて、事前に止める事が出来ること。……だったのだが。



 クロイツの街は秋を迎えていた。

 ラティナは友人たちと共に、街の中心部にある『黄の神(アスファル)』の神殿に併設されている学舎に通いはじめていた。
黄の神(アスファル)』は学問を司る神。クロイツのようなある程度大きな街には、どこでも神殿があり、就労前の子どもたちに、最低限の教育を行うことを担っている。
 クロイツの場合は、八歳になる年の秋からの二年間がそれに充てられている。

 ラーバンド国内の識字率は、街住みの者に限れば悪くはない。
 商売人などに限らず、街中で『情報』は文章で示される。労働者たちや冒険者たちにとっても必要な能力だった。


「ラティナ、なんか元気ないか? 」
「ううん。だいじょーぶ。げんきだよ」
 学舎に行く準備をしながら、どこか沈んだ表情をしたラティナの様子に、デイルが不審な顔をする。
 だが、ラティナはすぐに表情を取り繕い、笑顔を作った。

 彼女は学舎に通いはじめた当初は、毎日本当に楽しそうにしていた。
『新しいことを学ぶ』こと自体が楽しいのだと、デイルにも弾んだ様子で報告していたのだった。

 それが、ここ数日変だった。

 ぎゅっとラティナを抱き締めると、彼女は不思議そうな顔をした。
「最近……学舎で何か変わったことでもあったのか? 」
 びくん。と、ラティナの体が小さく跳ねた。
 下を見て小さな声で答える。
「……あたらしい女の先生が、きたよ」
「何かそいつとあったのか? 」
「ううん。みんなは、まえの先生のほうが、べんきょうおもしろいって言ってるけど、それだけ」
『それだけ』とは、とても思えないラティナの様子に、デイルは眉をひそめる。だが、なかなかに頑固なラティナの口を割らせるのは、容易な事ではないのだった。

「ラティナ、心配かけるのは、悪いことじゃないからな。俺は本当にお前が大切なんだから……ちゃんと甘えてくれよ? 」
「デイル……だいじょーぶ。ラティナ、ちょっと先生のこと……こわい(・ ・ ・)だけだから……」

 --この時に、もっと気にかけるべきだった。と、デイルは思う。
『踊る虎猫亭』で暮らし、荒くれものの『冒険者』と接しても、笑顔を絶やさず、臆することもないラティナが、『怖がる』ことの意味を考えるべきだったと--


 更に数日が過ぎ、ラティナはますます沈んだ様子を見せていた。
 友人たちと過ごす時間は楽しいらしい。新しい友人も出来たのだと言う。毎日を、そう報告していた。
 だが、ラティナは『先生』の事にだけは、触れようとはしなかった。
 彼女自身、苦手に思って避けているのかもしれない。
 そんな風に大人たちが思っていた矢先の事だった。

 真っ青な顔をして、ラティナは帰って来た。

 酷い様子だった。
 いつものように出迎えたケニスが、声を失う程に。
 倒れてしまうのではないかという程に、顔色は悪く、服や髪が乱れて、 片方の飾り布(リボン)はほどけかけていた。

 けれどもそれ以上に、ケニスが胸を突かれたのは、彼女の表情だった。
 途方にくれたような。
 大切なものを全て失ってしまったような。
 ラティナの『絶望』した表情に。


 --ケニスが初めてラティナと出会った時から、この子は笑顔を見せていた。
 森の中で、唯一頼りとするべき肉親を喪い、それでも独りで生きていた少女。
 大人でも耐える事が出来ないような、幼い彼女が背負うべきではないような、辛く悲しい苦しい思いを抱えていて、それでもラティナは笑っていたのだ。

 そのラティナが、彼女の心の奥にある『柔らかい部分』を表に出している。--咄嗟に思ったのは、そんな事だった。

「ラティナ……? 何があった? 」
 ケニスの声に、ラティナはビクリと大きく震え、泣き出しそうに大きく顔を歪めた。けれども
「……なんでも、ない」
 ラティナは絞り出すようにそう答え、くるりと背中を向けて階段を上っていった。

 --このとき、ケニスではなく、デイルが出迎えていたならば、また違っていたかもしれない。
 デイルが留守にさえしていなければ。


 頭上から、『異音』としか言い様のない音をケニスが聞いたのは、それからそれほど時間を経なかった後の事だ。
 過去、耳にした覚えのない鈍い音。
 空気が重く震えた気がした。
 ただ、ただ不吉な予感のする音だった。

 反射的にケニスは階段を駆け上がった。
 二階を抜け、屋根裏に上がる。

 そこに、ラティナが倒れていた。

 窓から差し込む光だけでは、屋根裏(ここ)は薄暗い。
 彼女に何が起こったのか、一瞬わからなかった。
 一歩近付いて、ケニスはラティナの頭が血溜まりの中にあることに気付く。白金の髪が、鮮血に染まっていた。
「ラティナっ! 」
 元の稼業上、血も怪我も見慣れているケニスが、それでも動揺したのは、この場にいるのが『ラティナだけ』だからだ。
 これは『ラティナ自身』が行ったことになる。

 ケニスは近くの汚れていない布--デイルの部屋から取って来た--を彼女の『傷口』に押し当てながら、彼女を抱き上げ、階段を駆け下りた。

 見る間に布が赤く染まる。
 押さえた位では、出血は止まらないのだ。
 一刻も早く回復魔法をかけるか--もしくは、彼女の『傷口』を焼く位しか方法がない。

 ラティナは、自分で、自分の、残っていた『角』を折っていた。

『魔人族』の象徴でもあるその部位には、血管も神経も通っている。
 見た目の硬い無骨な印象に比べて、繊細な器官だった。
 損ねれば、手足をもがれるのと何ら変わりのない、苦痛と出血が襲ってくる。


 意識のないラティナはぐったりしたまま動かない。
 ケニスは『踊る虎猫亭』の店内へと、ラティナを抱いたまま駆け込んだ。
 鬼気迫るケニスの様子に、店にいたリタや、雑談中の常連たちがぎょっとする。

「どうしたの、ケニ……」
「こんなかに、回復魔法使える奴はいるかっ!? 」
 ケニスの言葉の意味を理解するのと、ケニスの腕の中のラティナが血の色に染まっていること。気付いたのは、どちらが先だったのだろうか。

「ラティナっ!? 」
「嬢ちゃんが怪我したのか? 」
 リタが悲鳴を上げた。彼女らしくないほどに、血の気が失せている。
 がたんと椅子を蹴って立ち上がった髭面の常連は、自分の連れを押し出した。ケニスの元に駆け寄った初老の男は、ラティナの頭へと掌を向ける。
「俺の魔法じゃ、大したことは出来ないぞ」
「構わん。とにかく血を止めてくれ」

 癒しの魔法が行使され、止まらなかった血の勢いが弱まる。
 ケニスはその間にリタの方を向いた。
「念のため『藍の神(ニーリー)』の神殿の治療院に連れて行く。デイルが帰って来たら、そう伝えてくれ。酒場(みせ)は今日は休みだ」
「わ、わかった。……ケニスっ、ラティナに何があったの? 」
「俺にも詳しいことはわからん。とにかく、今は治療が先だ。行ってくる! 」
 ラティナを抱え直し、ケニスは『藍の神(ニーリー)』の神殿の方へと全力で走り出した。



 --後になって知った事だ。
 ラティナには、『自分を害する存在(もの)』を漠然と察する能力があるのだという。
『あの森』の中で、幼いラティナが独りで生き抜いていた理由だった。
  --毒を含む動植物も多い中で、彼女は『食べても大丈夫』なものだけを、見分けられていた。
 --自分に危害を与える獣が近くに来る前に、身を隠す事が出来ていた。
 --デイルと会った時に、彼は、自分を害したりしないと、感じていた。
 全ては、無意識下の、その能力の成せるわざであったのだ。


 --ラティナは『本能的に』自分の『敵』を見抜く。
 彼女のその『本能』は、今回(・ ・)も正しくはたらいていたのだった。
書いててしんどいエピソードでした……
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ