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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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後日譚。黄金の娘、駄々をこねる。肆

 使節団がクロイツを出た後は、王都への旅路を辿ることになる。
 デイルにとっては幾度も通ったことのある道だが、以前王都に行った際は、ヴィントに乗るという行動を取ったラティナにとっては、初めての道である。

『森』を抜け、物資の補充の心配が不要になったことで、魔獣が牽く美しい車は、本来の役割である貴人の運送を担っていた。
 姉妹にとっては、外界から隔たれたプライベートな空間で、非常に気楽な空気を醸し出していた。それは、当たり前のように着いてきたわんこが、座席の足元で寝転んでいることも影響していた。
 時折ぱふんと尾を揺らす忠犬は、有能な護衛も兼ねており、他者が同乗する必要がなかったのである。

「"うーん……やっぱり難しいなあ……"」
「"確かに難解ではあるが、法則性を覚えると多少は楽になるぞ……プラティナ、此にて合っておるか?"」
「"えーと……ここの綴りがちょっと違うよ……語学の勉強もなかなか面白いね。これを機会に、私も『東方辺境語』の勉強してみようかな……"」
  そんな車の中で、双子姉妹は、お喋りに花を咲かせるだけでは勿体ないと、勉強会を開いていた。
 ラティナは魔人族語を話すことが出来るが、読み書きは出来ない。フリソスも人間族の言葉である『西方大陸語』を巧みに使うが、文字については勉強途中だった。
 二人は互いに教え合うことで、文字勉強を始めたのである。

 それを聞いたグレゴールは勉強熱心だと感心していたが、デイルは呆れた顔になった。

 デイルとグレゴールの二人は護衛が主任務である為に、騎馬で一行に随伴していた。
 ラーバンド国内は街道が整備されている。魔獣の襲撃を終日警戒する必要のあるクロイツまでの道のりとは異なり、此処からは馬車が使えた。それ故現在は、双子姉妹以外の使節団の面々も、ラーバンド国が手配した馬車に分乗している。
 護衛の兵の存在と、ただでさえ目を惹く美しい『車』もあって、どう見ても一般の商隊とは異なるものだった。

 懸念されていた、反友好派による襲撃の気配はなかった。
 国賓を迎えた場で、そんな醜態を晒すことなど、グレゴールの実父であるこの国の宰相閣下が許す筈もない。

 襲撃者が知ることではないのだが、襲撃が起きれば、『白金の勇者』というオーバーキル気味の生物兵器による殲滅が起こるだけである。
 無駄な人死にを出さないことからも、公爵閣下は人道的に正しく手を回していたのである。

 むしろ野営の方が気楽で良いと、ラティナが願ってしまうほど、道中の立ち寄る町々では歓待続きとなった。
 国賓を迎えるラーバンド国側としては、当然の応対である。
 そこに心底、庶民的思考となっている『姫』がまじっていることの方が、想定外の事態であるだろう。

 お蔭で、王都に一行が到着した頃には、ラティナはぐったりとしていた。
 肉体的な疲労ではなく、精神的なものである。

 歓待を受ける度に、固まった微笑みを貼り付けるラティナであったが、当人の思っている以上に周囲の評価は上々であった。
 デイルから見れば、ラティナは、緊張の極致にいる結果として強張った微笑みで座り込んでいるだけなのだが、それを知らない者からすれば、儚げな雰囲気ながらも物腰の柔らかな大人しい姫君である。
 隣のフリソスが、堂々とした、王としてのカリスマ性を強く放っているのも大きい。よく似ていながらも、全く雰囲気の異なる姉妹であることと、『英雄譚のヒロイン』に相応しい可憐な姿で、周囲は勝手に彼女を深窓の姫君であると思い込んでいくのであった。

 宴の席の隅で物思いに耽っている姿など、多くのラーバンド国側の男性客の庇護欲を煽った。
 隣に名高い『白金の勇者』がいなければ、信奉者を自称する人びとが列を成して頭を垂れたとしても不思議はないだろうと思われた。

「……デイル……鍋磨きしたい」
「流石に、周囲に聞こえるかもしれないところで、その発言をするのは……どうかと思うぞ」
「"お鍋ごしごし磨きたい……お掃除でも良い……床に雑巾掛けしたい……あそこのメイドさんたちにまざって、厨房と往復するのでも良い……"」
「俺も、言語としての『魔人族語』学ぶ必要があるとは思っているんだけど……ラティナが何言ってるか、知らないままでも良いような気もしてなぁ……」
 現実は、やはり周囲のイメージとは大きく異なるものなのである。

 王都では、ラティナのよく知る人物が待ち構えていた。
 彼女にとって、礼儀作法の師匠でもあるローゼである。

 疲労の極致にあり、周囲に咎められることもなかったことから、へたれていたラティナは、すっかり惚けていた。
 そしてローゼは、デイルのように彼女をひたすら甘やかす訳ではない、厳しさも持った女性である。
「ラティナさん」
「ふぁいっ」
 ローゼの声に潜んだ冷気に気付いたラティナが、裏返った声で返事をし、背筋をピシッと伸ばす。
 隣にいたデイルは、軍部の上官と部下に通じる問答無用の関係を二人の間に感じた。

「この場では、敢えて『ラティナさん』とお呼び致します。今後、陛下との謁見も控えているというのに、そのような腑抜けた様子であってはなりません」
「あの……あの……っ、ローゼさま……」
「姉王様は、ラーバンド国のマナーについて、ご存じありません。それを無知と侮る輩もいることでしょう。その姉王様を隣で御守り出来るのは、ヴァスィリオとラーバンド、両国について知る立場に在るラティナさんしかおりません」
(そんな責任重大なの……無理です……)
「泣き言を言っている暇はありません」
「はいっ」
 途中のラティナの独白にも、わかりやすく顔に出ている様子から内容を察知して制したローゼは、ぴしりとそう言い切った。完全に『先生』のモードになっていた。彼女は若干スパルタ気味の厳しい師匠なのである。
「そこで、グレゴール様のお姉様であらせられるファーニャ妃殿下のお茶会に、ラティナさんと共に御伺いしようと思っております」
「え?」
「安心してください。ファーニャ様は、私に礼儀作法を教えてくださったお方ですし、ラティナさんの事情もある程度御存じです」

 幼い頃からエルディシュテット家に出入りしていたローゼを殊更可愛いがっていたのが、グレゴールとは母親が異なる姉のファーニャだった。
『勇者』であるデイルが溺愛する養い子としてラティナの名は、ヴァスィリオの妹姫であることが判明する以前より、エルディシュテット家の周辺には広まっていたのである。

「ファーニャ様にも、ラティナさんの『おさらい』に付き合って頂きましょう」
「ふえっ……え……っ、あの、ローゼさま……」
 これは逃げ場がないと、察知したラティナは左右に視線を走らせた。そんな妹をちらりと見て、フリソスはあっさりと言った。
「余は、これよりラーバンド国側との打ち合わせと、最終調整に入る故、プラティナとは暫しの別れとなるな」
 表向きには『西方大陸語』がわからないことになっているフリソスとしては、ある種当然の対応だった。

「……確か、お前の姉上のファーニャ妃殿下って、皇太子妃だったっけか?」
「一応、まだ陛下は、後継者を指名してはいらっしゃらないので、第二王子妃ということになっているがな」
「色々キナ臭い話がありそうだからなぁ……」
「実質的に、王妃殿下に次ぐ、女性では第二位の権力者と言われているな」
 デイルとグレゴールによる人物説明は、ラティナの心を落ち着かせるのとは全く真逆な働きとなった。
 超大物に引き合わされるということを理解して、ラティナはおろおろと動揺を露にする。

 それは減点対象の動きだった。
 ローゼは完璧な淑女の笑みを浮かべたまま、ラティナを真っ直ぐ見据えた。
「しっかりと、おさらいする必要がありそうですね?」
「ふぇ……っ、え……、あ……お願いします……」
 こうして突然のスパルタマナー特訓を受けることになったラティナであったが、彼女が失念していることはもう一つあった。

 グレゴールの姉ファーニャは、愛らしかった幼いローゼを、着せ替え人形の如く飾りたてていた前科のある人物である。
 ドレスを着た上での立ち振舞いという名目で、自分がどんな目に遭うのか--ラティナはこの時点では、全く想像もしていないのだった。
『うちの娘』ドラマCD化が決定致しました。
書籍版六巻特装版に付属するドラマCDと、単体版ドラマCDの内容は別のものとなります。
このような機会を頂けましたのも、お読みくださる皆さまのお蔭に存じます。本当にありがとうございます。
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