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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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後日譚。黄金の娘、白金の娘と詣でる。弐

「時と場所を選ぶという言葉を、其の方たちは存じておるのか?」
「ごめんなさい……」
「ラティナと俺がいちゃつくのは、時も場所も関係なく常日頃からのことだぞ」
「反省という言葉の意味も、余が直々に教える必要があるのやもしれぬな……」
「わふぅ」
 フリソスに季節外れの吹雪を浴びせられても、デイルの表情に悪びれた様子はなかった。わんこにすら、残念なものを見る視線で見られてしまうものの、彼の表情に省みるという色は全く見えない。

 睨み合う二人は、ある意味ではいつも通りである。そんなやり取りに、しょんぼりとしていた表情を微かに緩ませて、ラティナは持参していた荷物を開けた。
「デイルもフリソスも、喧嘩は止めてお昼にしよう?」
「にくー」
 真っ先に返事をして、ぱたぱたと尾を振るヴィントが、ラティナにぐいぐいと頭を擦り付ける。
 そこで残りの二人は、出遅れたことに気付いた。
 既に当たり前のような態度で、ヴィントはラティナの周囲をくるくると回っている。『ラティナの隣』というポジションは、忠実なわんこに独占されてしまっていた。
 同時に肩を落とした『シスコン』と『元親バカ』は、微妙な距離を取って隣あって座る。ラティナの向かいという位置を同時に選択するあたり、やはりこの二人の思考回路は似ていた。

「お弁当作って来たの」
「にくー?」
「ヴィントの分は、おやつ程度だけどね」
 そう言いながらラティナは、ヴィントの前にハムに似た肉のスライスの包みを広げる。それはラティナが、わざわざヴィントの為に塩分を加えず作ったものだった。
「私たちのは、こっち」
 ラティナは、てきぱきとピクニックのように荷物を広げ、包みを各々に配る。『水』の魔道具である水筒から、冷たい水をコップに注いで配る様子も、手慣れていた。
「なんか荷物持っているって思ったら、これだったか」
「なんだか楽しくなっちゃって、はりきっちゃった。帰りの荷物は少なくなるからいいかなって」
 にこにこと笑うラティナは、確かにとても楽しそうだった。

 フリソスは、ラティナが水を注いだ水筒を手元で回しながら興味深そうに見ている。
 フリソスとラティナは、持つ魔力量こそ異なるものの、使える魔法属性は同じものだった。そんなフリソスであるからこそ、ラティナが『水』の魔法を使うことが出来ないことは、誰よりもよく知っている。
「……魔法を使えぬ者も、属性を有さぬ者も、『水』魔法を使えることは大きいな」
「まぁ、それ(・ ・)で出来るのは、『水を出すこと』に限られている訳だけどな。使用回数にも限度があって、ある程度で買い換える必要もある」
「それでも、飲料水の運搬が不要というのは、大きいだろう。魔人族といえども、『水』魔法が使えるとは限らぬ。……だが、広まれば広まったで、別の問題も出てくるか……」
 ぶつぶつと自分の思考に入り込んだ姉の様子に苦笑しながら、ラティナは自分の弁当の包みを開けた。パンにたっぷりの野菜と燻製肉を挟んだサンドイッチが、包み紙の上に姿を現す。

「フリソスと私のぶんは、デイルのより小さいけど、食後に食べようって焼き菓子も持って来たからね」
「うむ」
「それにしても、ずいぶん贅沢に具を挟んだな」
「はりきっちゃった」
「旨そうだぞ」
 和気あいあいと、賑やかに食事をする。

 デイルは半分ほどを食べたところで、ぺろりと口の回りのソースを舐め、そのまま左手の籠手を動かした。
 ちらりと視線を動かして、二発ほど魔力の矢を放つ。
 そして流れるような動作で籠手を元に戻し、何事もなかったかのように食事を再開した。
 ぱたぱたと尾を振るヴィントが、デイルが矢を放った方に向かう。

 その間ラティナとフリソスは、デイルの行動にも気付かずに、和やかに会話を続けていた。ラティナが持参した焼き菓子の入った箱を前に、どんなものがあるかの話になっている。
「ラティナ、それ、なんだ?」
 デイルに聞かれて、ラティナは指された菓子を取り上げる。
「果物のコンポートを焼きこんであるの。その分生地の甘さは控えたんだけど……デイルには甘いかも」
「そうか」
「こっちはドライフルーツの甘さだから、デイルも平気だと思うよ」
「おう」
「本当に其方らは、油断も隙もなく、いちゃつきおるな」
「?」
 両手で持った焼き菓子を食べながら据わった目をするフリソスの言葉に、ラティナは首を傾げていた。
 ラティナにとっては意識もしていない通常通りの言動が、既に熱々甘々であることは、フリソスも理解していた。だがそれはそれである。

 いつの間にか戻ってきていたヴィントは、せっせと毛繕いに勤しんでいる。
 ヴィントが満腹そうな顔をしていることには、デイルは何もツッコミを入れることは無く、ラティナに差し出されたドライフルーツの菓子を口の中に放り込んだ。

 小川からそう距離が無い所に、純白の巨石は静かに佇んでいた。
 幼いラティナが父親と死に別れた後、それでも何とか生き抜くことが出来ていたのは、水場の近くだったからではないかと、デイルは考えていた。
『天』属性と『冥』属性しか使えないラティナは、魔法で飲み水を得ることは出来ない。いくら魔人族が強靭な種族であっても、渇きは死に直結する事態である。
 また、『天』属性の回復魔法の汎用性の高さは、当時の幼いラティナでも、自力で自分の不調に対処できたということでもある。
 それらのことを考えれぱ、『病』で自分の死期が近いことを察していながらも、最期の最期まで、娘が助かる可能性を模索した。そういうひとだったのではないだろうかと、思えた。
「……お前たちの父親だもんな。凄いひとだったんだろ?」
「……うん」
「無論だ」
 つい先日周辺を清めたのだが、茂る草が背丈を伸ばしていた。ラティナは亡父の墓が埋もれてしまったりしないように、草を刈るべくナイフを抜こうとする。
「ん。ちょっと待てラティナ。ヴィント、お前ならなんとかできるんじゃねぇのか?」
「わふ?」
「墓石には傷をつけるなよ」
「わふ」
『風』魔法に関してだけは、父狼からもお墨付きを得ている仔わんこなのである。
 ヴィントの魔法によって刈り取られた草を、デイルはまとめて放り捨てる。
 振り返ってラティナたちに声を掛けようとしたところで、デイルは言葉を呑み込んだ。フリソスが凛と背筋を伸ばして、『唄』を諳んじ始めたのを見たからだった。少し遅れてラティナが、フリソスよりもたどたどしく同じ音の言葉を綴っていく。
 魔人族言語であるそれは、デイルには全ての意味が拾えるものではなかったが、『橙の神(コルモゼイ)』の神官位を有するデイルは、それが一種の神事に通ずるものであることはわかった。

(ラティナとフリソスは、『神官』じゃねぇが……神殿で生まれ育ったんだもんな……)
 儀礼や神事に詳しい様子を見せても、何ら不思議なものではなかった。ただ、人間族の街ではほとんど信仰の無い『紫の神(バナフセギ)』の神事は、デイルにとっても馴染みがなく初めて見るものである。
 それでもその唄が、死者を悼み、冥福を祈るものであることはわかった。
 祈りの歌が終わった後も、姉妹はそっと寄り添った姿勢のまま、顔を上げようとはしなかった。

 やがてラティナとフリソスは、どちらかともなく顔を上げた。いつの間にか手を取り合っている二人は、それがあまりにも自然な姿になっている。幼い頃の二人は、こうやっていつも共に在ったのだろうと思わせる姿だった。

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