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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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後日譚。黄金の娘、来る。参

「甘いものっていうのは、子どもも好きだっていうこともあるように、一番受け入れやすい味なんだって。苦いものとか酸っぱいものは、傷んだ食べ物の味に通じるから、本能的に苦手に思うものなんだよ」
「そういうもんなのか……」
「だから、初めは甘いものから慣れていくことが良いかなって思ったの。ケニスも、子どもだった私に、栄養があって優しい味付けのものから出してくれてたから」

 そう言いながらラティナは、目の前の皿に出来上がったばかりのフレンチトーストを盛り付けた。卵液が中まで沁みて、トロトロになるように焼き上げたこの甘いパンは、彼女の子どもの頃からの大好物の一つである。
「はい、エマの分。テオの分はこっちね」
 そう言いながら兄妹の前におやつとして皿を置く。テオだけでなくすっかりラティナに懐いたエマも、ラティナお手製のおやつに相好を崩した。
「それで、フリソスの分はこれ」
「うむ」

 子どもが三人に増えているかの如き光景である。

 デイルは生温かい視線でそんな光景を眺めていた。
 だが、皮肉のひとつを口にする前に、その中の誰よりも幸福そうな顔でテーブルにつくラティナに視線が吸い寄せられる。
「私の分はこれ」
「ラティナは、本当、幸せそうに食うよな……」
「必要なことだからだもん。私が食べているものなら、フリソスも心配しないで食べることが出来るから……」
「む」
 言い訳するように言葉を発したラティナと、頷くフリソスは、同じような仕草でフォークを使っていた。双子であるということが、なんだか納得できるシンクロ具合である。
「見たことの無いものであったとしても、プラティナが余に出すものが、害となるものである筈がなかろう」
「相変わらず、ぶれねぇよな」
 他人に対しては、自分のことを棚に上げて突っ込みを入れるデイルである。
「でも、フリソスがそう言ってくれるなら、それを利用するのが一番良いんじゃないかなって思うの」
「まぁな……トップであるフリソスが躊躇なく食ってるもんを、部下が拒むことも出来ねぇもんな」

 政治的だけでなく、宗教的にも絶対的な権力を握る『魔王』である。その命とあらば、使節団の面々は、毒の皿であろうが闇鍋であろうが、笑顔で完食を強いられるのであった。
 そこに人権的な配慮はない。
 とはいえ、フリソスに心酔する腹心たちは、彼女が無体を強いることが無い公正な人物であることも理解している。大きな反発が起こることは無かった。

「だから、極力、フリソスには色々な料理に接して貰おうって思うんだけど」
 そんな風にデイルと会話をするラティナだが、場の空気を読まない幼子が割って入って皿を差し出す。
「ねぇね、おかわり」
「食べ過ぎると、ご飯が入らなくなるからダメだよ、テオ」
「む」
「フリソスも、食べ過ぎると気持ち悪くなっちゃうからダメ」
 幼子と同じように皿を示した姉にも、ラティナは同じような返答をした。
「やっぱり……子どもが増えたみてぇだよな……」
 もぐもぐと、夢中でおやつと格闘するエマのコップに茶を注いでやりながら、デイルは呆れた顔で溜め息をついた。

「そういやアデリナたちはどうしたんだ?」
「今はお店の方で休憩してるよ」
 ラティナに言われ、厨房から店内の方に移動したデイルが見たものは、精根尽きた表情をしているアデリナとパウラ、エルヴィーラの三人だった。
「……えーと……大丈夫か?」
「……あ?……あ……デイルさん……お疲れ様です……」
「です……」
「いや、どう見ても疲れているのはお前たちの方だよな」
 ぐったりしていながらも、格上であるデイル相手に姿勢を正して挨拶をしようとした三人を、デイルは苦笑して制する。
「えーと……あー……うん……フリソスが、迷惑かけて悪いな……」
 婚約者であるラティナの姉ということで、自分にとっての身内であるという判断を下したデイルは、彼女たちの疲労の根源に対して謝罪の言葉を発した。
 そんなデイルに対して、三人はわかってくれるのかとばかりに顔を上げる。

「護衛の仕事がこんなに大変だなんて思っていませんでした……」
「……たぶん、一般的な護衛依頼の相手とは勝手が違うとは思うぞ……」
 他国の国主がお忍びで、しかも侍従の一人も連れずに他国を訪問する事態など、度々起こる筈がない。
「何だか、常識があるんだかないんだかもよくわからない行動ばかりで……」
「ハウスキーパーらしきひとが家事はやってくれるんですけど、そのひとたちがいつ現れたのかもわからないし……」
(一応、ヴァスィリオ側の人員がいるのか)
 そうは思ったデイルだったが、フリソスの素性を明らかに出来ない以上、諜報員かもしれない『ハウスキーパー』についての説明をするのは憚れた。
 だが、知らない間に家事の類が終了しているという状況は、事情の知らないアデリナたちにしてみれば、怪奇現象以外の何物でもない。
 デイルは冷や汗を一筋垂らしながら、アデリナたちに同情した。

「護衛されて当然って反応をしてたって思えば、護衛のことを気にせずいなくなるし……」
「この間も突然いなくなって捜したら、野良猫の前でしゃがみ込んでて……思わず子どもかって叫ぶとこでした」
(それはラティナもやるやつだな)
 興味のあるものの方に突き進んで行ってしまう、好奇心旺盛な彼女が迷子になったりしないように、デイルは常にラティナの手を引いて歩んでいたのである。
「それなのに、下町のごちゃごちゃした所に行きたがるし……」
「東区の職人街でいなくなったと思ったら、勝手に工房に入りこんで、そこの親方とお茶飲んでましたし……」
 とりあえず、もう数日の滞在にして、フリソスは色々とやらかしているようだった。

「……あー……とりあえずこの店の中にいる時には俺が面倒みるから……今は遠慮せずに休んでくれ」
「お言葉に甘えて……」
「そうさせてもらいます……」
「です……」
 ぐったりしている三人組を見ながらデイルは、『護衛』では無くどう考えても『お守り』の方だよなと言う感想を、心の中に仕舞うのだった。

 厨房へと戻ってきたデイルをちらりと見て、フリソスは悪びれることの無い声を出した。
「国賓として招かれたのでは見ることの出来ぬものこそ、余が此度で見たいものであるからな」
「……得るものはあったか?」
「興味深いものばかりだ。技術や文化。見るもの全てが面白い。そして同時に、我が国にしかないものを見極める機会でもあるのだがな」
 そのフリソスに対しては、ラティナが小さく首を傾げる。
「やっぱり魔法の技術はヴァスィリオの方が凄いよね? 昔、ラグは、凄く色々なことを簡単にやってたような気がするの」
「……ラグは、わが国でも有数の魔法の使い手であったのだぞ。プラティナ」
 フリソスの返答で、デイルは『ラティナにとっての常識』がそのあたりでもずれていたことを納得した。
「とはいえ、魔法理論などはやはり我が国に一日の長がある。鉱石の加工技術も、我が国は独自のものがあるようだ」
「それは少し興味があるな」
「交易を開始するということは、そういうことだろう?」
 そう言って微笑むフリソスは、確かに国主という上に立つ者としての顔をしていた。

 だが、それはそれである。
「だからといって、あんまり振り回してやるなよ」
「案内役としては役に立っておるぞ。余は、この街の地理などには疎いからな。欲を言えば、もっと経済や流通に詳しいものであれば……」
「それは国賓として来た時に、学者でも招けよ」
「私もフリソスも、『勇者』相手じゃなければ、大きな危険は起こらない筈だから……『他の魔王』は今は存在しないし。デイルはフリソスのことを色々言っても、危害を加えようとは思っていないでしょ」
 ラティナに純粋な信頼が籠められた視線で見上げられてしまうと、デイルは気恥ずかしさがあっても否定をすることも出来なかった。
「う……」
「だから、『護衛』としての仕事は本来発生しない筈だから……」
「あのな、ラティナ。お前はもう少し自分の影響力ってのを考えた方が良いぞ」
「え?」
 溜め息混じりで口を挟んだデイルに対して、ラティナは不思議そうな顔で首を傾げた。

 確かに命の危険はないだろう。
 この街で、明らかな『妖精姫』の関係者であるフリソスに手を出せる者はまずいない。

 それは、それだけ多くの『構成員』がこの街に散らばっているという状況も大きな影響を与えているのだ。
 今も、『踊る虎猫亭』の店の方では、常連たちが殺気に似たような気配を放ちながら、厨房(こちら)の様子を窺っているのである。
 常連連中が愛でてやまない『妖精姫』と、瓜二つの姉君。
 常連たちはフリソスの身分を承知しているからこそ、今回の機会を逃せば、麗しの双子姉妹のツーショットという眼福の光景を見ることが出来ないことを理解しているのである。
 デイル自身も、可愛いラティナと同じ顔をしているフリソス相手では、どんな問題を起こされても心の底では許容してしまうのだった。彼の場合、そこは業が深い。

 そして今回のような場合、殺気を向けられているのは、双子姉妹を独占しているデイルに対してであった。
 そのあたりのことを全く気にしていないらしいマイペースな双子姉妹に、デイルはもう一度溜め息をつく。
「ねぇねだから仕方ないよ」
「ちかたないの?」
 その隣で、訳知り顔のテオが妹相手にうんうんと頷いているのであった。

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