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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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前日譚。拾、橙の神の豊穣祭にて。(後)

 ヴァスィリオは、塗料が塗られていない日干し煉瓦と石造りの家が並び、派手な色彩を持たない街並みが広がっている。主要な道は、乾いた土が舞い上がらないように石畳で舗装されており、常に清められていた。そんな印象から、まるで街全体が神殿の延長のように見える街だった。
 街のあちこちには人工的に造られた泉があり、それを生業にするものによって魔法により満たされている。雨の少ない乾いた土地でありながら、街に住む人々は、水を巡って争うことは必要としないのだった。
 冷たい水に冷やされた風が通る泉の側は、憩いの場所となっており、多くの人々が足を止めている。日中の暑さを避ける意味もあって、ヴァスィリオでは、夕暮れ時のこの時間が最も街が賑わう。

 本来の理由以上に今の泉は、街行く者の足を止めさせていた。
 泉の水面には、純白の花が幾つも浮いていた。権能の一部でありその恩恵の象徴として考えられている故に、『橙の神(コルモゼイ)』へと捧げられたものだった。
 神殿の中庭では、咲くことのない大輪の華やかな花の姿に、お揃いのフードを被ったフリソスとプラティナが驚いた顔をした。
 ぱちゃぱちゃと二人で水面を叩いて、浮いた花弁が揺れる様子に声をあげて笑う。
 両親が穏やかな顔でそんな自分たちを見守っていることを、背後を振り返って見て、ますます笑顔を楽しげなものにする。
 初めて外に出たことに対する不安など、全く感じていない笑顔だった。二人にとっては、絶対的な信頼を寄せる両親が側にいる状態に、不安を抱く必要がないのだった。

 スマラグディが泉の側で籠を持つ人を呼び止めて、小銭と引き換えに四輪の花を受けとる。
「毎日の糧への感謝を込めて、泉に入れるんだよ」
 スマラグディがそう言いながら泉に純白の花を浮かべると、娘たちは素直にそれを真似をした。だか、モヴは少し躊躇った様子でスマラグディから受け取った花を胸に抱いていた。
「モヴ?」
「神事だから、仕方がないことはわかっている」
 困惑したようなスマラグディの声を聞いてから、彼女は泉へと花を流す。しばらくしてスマラグディは、自分の行動を思い返して納得した。
「そういえば君に、一度も花の一つも送ったことがなかったね」
 図星であったらしい。モヴが気まずそうに、表情を子どもっぽい拗ねたようなものにする。スマラグディはそんな彼女を否定することはなく、ただ抱き寄せた。
「ぼくが悪かったよ。モヴはどんな花が好きなんだい? 聞いたことがなかったね」
あの中(・ ・ ・)では、そういったものに触れる機会もないから……」
「そうかい。なら、どんな花がモヴに似合うか考えないといけないね」

 笑うスマラグディは、モヴの腰に回していた腕をそのまま彼女の手へ伸ばす。
「君も街中には不案内だから、はぐれないようにね」
 微かに頬を染めて、モヴはそのまましっかりと彼の手を握った。ちいさな娘たちの手は、空いた手でしっかりと握る。母親と父親それぞれと手を繋いだプラティナとフリソスは、にっこりと両親を見上げた。
 今日の街は、街角のあちこちに花輪が飾られ華やかな雰囲気を作っている。夕日の色を受けて、赤く染まった壁に伸びる影すら、楽しげに街を彩っていた。

 やがてたどり着いた先には、『橙の神(コルモゼイ)』の神殿があった。彼女たちが常に暮らす『紫の神(バナフセギ)』の大神殿とは比べものにならないほどに、慎ましやかな神殿だった。
 金属で出来た装飾が、建物のあちこちに施されていることも特徴的である。初めて見たそんな図案化された意匠の数々に、子どもたちは指を向けて興奮気味な声をあげた。
「ラグ、あれ、なあに?」
「ああ、あれは『橙の神(コルモゼイ)』の恩寵を意味している図案だね……この国にはない植物もたくさん描かれているんだよ」
「もっと見たいのっ。ラグ、抱っこして、抱っこっ」
「落ち着いて、リッソ。ああ、ラティナもそんな顔で見ないで」
「ラティナも。ラティナも抱っこっ」
 同時に抱っこをねだる娘たちに、スマラグディは苦笑しながらも幸せそうな顔をしていた。すくすくと成長している娘たちは、細身のスマラグディでは、二人同時に抱き上げることが日々難しくなっている。それでもこんなおねだりを拒むことなど出来はしなかった。
「すごいねぇ」
「あっちにもあるのっ、ラグ、あっちっ」
 きゃっきゃっとはしゃぐ娘たちを抱き上げたまま、ゆっくりと歩く。スマラグディの両腕は娘たちに独占されてしまったが、そのぶん距離を縮めて、モヴは彼にそっと寄り添うように隣を歩いた。
 はしゃぐあまりに落ちそうになったフリソスのフードを、モヴは優しい手つきで被り直させる。
 どこから見ても、そんな彼女は、優しい母親の姿だった。

 ぐるりと建物のまわりを歩む。いつもは人の姿もあまり無い静かな神殿なのだが、今日は祭りとあって多くの人々が訪れていた。
 神殿の壇上には、豊穣祭ということもあり、今年とれた収穫物が積まれている。
 環境が厳しく、とれる作物も限られているからこそ、神への感謝が純粋な信仰のかたちとなった神事であった。

「そろそろ始まるかな」
「ん?」
「なに?」
 呟いたスマラグディの声に、娘たちが彼の両腕に抱かれたまま首を傾げる。モヴもまた不思議そうな顔をしていることに、スマラグディは微笑んで、少し人混みから離れた位置に彼女を招いた。
「奉納舞が始まるんだよ。ここから出て、街のあちこちの泉を回って舞いを披露して行く。泉での舞いの方がより華やかで人を集めるからね、ゆっくり見るならこっちの方が良いんだよ」

 スマラグディが説明して間もなく、神殿の中から幾人もの神官たちが姿を見せた。『紫の神(バナフセギ)』の神殿で耳にするものとは大きく異なる、荒々しいほどの打楽器と笛の音が薄闇を払うほどの音量で周囲を制した。
 大きな音に驚いて父親に抱き付いた双子の娘たちも、華やかな装いの巫女が姿を見せると、引き寄せられるように視線が釘付けになった。またたきすることも忘れたように、じっと巫女の優雅な舞いに見入る。
 スマラグディが隣のモヴを見れば、彼女は舞いよりも、夢中になっている娘たちの姿を愛でているらしい。スマラグディの視線に気付いて彼を見上げ、優しげな微笑みを交わし合った。
 演奏にかき消されて、言葉を交わすことは難しい。
 そうスマラグディが思った時に、モヴは自分から彼の腕に自らの腕を絡めた。娘たちを抱き上げているスマラグディは彼女に応じることは出来なかったが、近付いた距離に少し恥ずかしそうに頬を染めるモヴを見る。

「……君と出逢えて良かったよ」
 聞こえなくても良いと思いつつ呟いたスマラグディの声に、モヴは幸せそうな笑みで応じた。
「この先……何があったとしても、ぼくのその思いは揺るがないよ」
「……うん」
 眸を閉じて、モヴはスマラグディの肩に自らの頭を乗せた。彼女のぬくもりが微かな重さと共に伝わる。
「私も、共に在れたのがスマラグディで、本当に良かった」

 娘たちの歓声に視線を舞いへと戻す。
 神殿での舞いが、クライマックスへと至っていた。ピタリと揃った動きをしていた数人の舞い手が、動きに僅かな時間の差をつける。波たつように細い金環をつけた繊手が翻り、鮮やかな神の色(だいだい)に染め上げられた揃いの衣装が花のように広がった。

 夕日は既に砂漠の向こう丘陵の向こうに消え、星のまたたきが天に広がってる。
 つい先ほどまで観ていた舞いの興奮が覚めやらぬように、跳ね回る娘たちが、暗がりに躓いてしまったりしないように、モヴがそっと魔法の明かりを灯す。
 楽しげな二人を見守りながら、スマラグディとモヴは手を繋いだままゆっくりと歩んだ。
 今頃、神殿の中は大騒ぎになっているだろう。それでも少しでも長くこの時間が続けば良いと、願ってしまう。

 --モヴはその加護(ちから)を十分に発揮して、あっさりと神殿の奥に戻った。居住区の何処にもいないモヴと双子の姿に、騒ぎにすることは出来ないながら、それでも捜し回っていた侍従たちをさっくりと無視する如き彼女の能力だった。
 遊び疲れた双子たちを寝付かせている所を発見されたモヴは、飄々と叱責も追及もまともに取り合おうとはしなかった--

 そんな制限つきながらも幸福な日々は、ある時、急に終焉を迎えた。
 最高位の大神官としての責務をモヴに譲りながらも、未だ大きな影響力を持つ先代の大神官エピロギが、託宣を下したのが、終わりのはじまりだった。
「我等の未来を照らすのは、太陽の光」
 詩の断片のような、神のことばは、それでも人々の知りたい未来を綴っていた。
「月の光は、王を破滅へと導くだろう」

 黄金を意味する文字に含まれるのは、太陽。
 そして、白金を意味する文字に含まれるのは--月だった。
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