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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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前日譚番外編。青年、初夢を見る。(後)

なんとか書き上がりました……
(魔王と向き合った時よりも怖ぇ……っ)
 それが率直な現在のデイルの心境であった。

 眼前の男性は、ラティナとフリソスの父親という割には、あまりぱっとしない容姿をしていた。穏やかで理知的な容貌はしているが、美形というのとは大きく異なる。
 デイルが『彼』と会ったのは、彼が既に故人となって時を経て、生前の面影を失った後のことである。こうして顔を見たのは初めてとも言えた。

 今デイルの前で微笑む彼に、険はない。
 それでもデイルは、自らの気負い故にか、素直にそれを友好的な態度と受けとることが出来なかった。
「っ……初めまして、俺は……」
「ラグっ」
 気を取り直して挨拶をと思った瞬間に、ラティナが笑顔で男性の元に駆け寄って行った。彼にぎゅっと抱き付き、幸せそうに目を閉じる。
 魔人族は青年期が長い種族であるため、ラティナと父親の外見上は、年齢差がそれほどあるとは思えない。
 それでもデイルは、嫉妬を覚えることもなく、ラティナが彼に甘える様子を見ていた。
「ほう。動じぬか」
「俺のことどんな風に思ってるんだよ……」
 ニヤニヤと笑うフリソスに、ため息まじりで応じる。
 嫉妬の権化のように思われて然るべしな、言動が常態化しているデイルであるが、ラティナが父親のことを深く慕っていることはよく知っている。こうやって(・ ・ ・ ・ ・)再会することが出来たのならば、甘えてしまうのも仕方ないだろうと受け入れていた。

「ラグ、私、ちゃんと幸せだよ」
「そうだね。きちんと笑えている君を見られて、心からそう言えるのだろうと思えるよ。……よく頑張ったね、ラティナ」
 涙の浮かんだ目尻を拭いながらも、ラティナは父親に撫でられて、嬉しそうな笑顔になった。
 そんなラティナを見るスマラグディも、とても幸福そうな表情になっている。優しい声と微笑みに、この人は確かにラティナの父親なのだろうなという相似を感じた。
「それも、君がラティナを慈しんで護ってくれたこそだろうね。ぼくの娘を救ってくれたこそ、本当に感謝している」
 穏やかな笑みと共にデイルに向けられたのは、感謝の言葉だった。

 緊張のあまり礼を欠いていた己を、デイルは恥じた。即座に表情と姿勢を正し、スマラグディに真っ直ぐ向き合う。
「こちらこそ、ご挨拶が遅くなったこと、大変申し訳ありません。デイル・レキです。初めてお目にかかります」
「ぼくはスマラグディ……人間族は、所属を示す家名というものを持つのだったかな。魔人族の家名に近いものは、母親の名を用いて、誰それの子、と区別するものだけど、人間族の君にはあまり関係がないからね」
 弁舌爽やかな姿には、彼が他者に物事を教えることに長けている様子が窺える。
 外見は若々しいものの、故郷にいる恩師を前にするような気分に、デイルは正した姿勢をそのまま維持することになった。

「そんなに緊張しなくても良いと思うんだけど……」
 首を傾げたラティナは、手土産に持参した焼き菓子を卓の上に並べていた。
 そんなラティナの隣では、デイルも面識のある紫色の長い髪の女性が、焼き菓子をじっと見詰めていた。しばらく観察すると、おもむろに手に取り、隅からかじりつく。そのまま無言でもぐもぐとしている。なんだか小動物のような仕草だった。
 以前会った時には、毅然とした凛々しい女性だという印象を持っていたのだが、ちまちまとマドレーヌを両手で持って食べている姿は、ラティナの雰囲気とよく似ている。
 一つめを食べ終えると、彼女は黄金色の眸で、じっと娘の前の菓子を見た。苦笑いしてフリソスが、自分の前のマドレーヌを母親に差し出す。
 遠慮することなく彼女は差し出された菓子を両手で持ち、再びもぐもぐと咀嚼を始めた。

「……なぁ、フリソス」
「なんだ?」
「俺、第一印象でラティナが父親似で、お前が母親似なんだなぁって思ってたんだけどさ……もしかして逆か?」
「常々プラティナは、モヴに似ていると言われていたな」
「だよなぁ……」
 姉とデイルの会話を、ラティナは不思議そうに首を傾げたまま聞いていた。当人に自覚はないらしい。

(それにしても……てっきりもっと敵意丸出しな感じで、出迎えられるのも覚悟していたんだが……)
 思っていたよりもずっと、スマラグディが発する気配は友好的で穏やかなものだった。
(たかだか、何人か魔王を討った程度の勇者には(ラティナ)はやれん! ……って言われるかなって思ってたし……俺なら言うし)
 過去の歴史を紐解いても、魔王をほぼ皆殺しにしたのは、デイルが初である。それは世間的な基準にはならない。
 デイルはそんな風に、思考を巡らせているだけで、口には出さなかったのだが、スマラグディは微笑んだままデイルの疑問に答えるように口を開いた。

「まあ、もしも君が、幼気(いたいけ)なラティナに、無体なことやよからぬことをしたのならば……どんな手段を講じても、黄泉(こちら)へと引き摺り込んだけれどね」
 笑顔のまま、さらりとえげつないことを言い切ってきた。
「君がラティナを望んだ以前に、ラティナが君を望んだからね」
 体感温度が下がる錯覚がする。笑顔も声のトーンも変わらないのに、歴戦の勇者であるデイルが気圧された。
「ぼくの可愛いプラティナ()、袖にされることなんてあり得ないからね」
「それは同感です」
 即座にデイルは応じた。

 そうなのだ。デイル自身がどうこうというよりも、これだけ可愛いくて、誰よりも大切にしたいラティナの初恋が実らない--すなわち失恋するなんてことが、起こって良い筈がないのである。
 そんな不届きものは、地獄の責め苦を味わうべきなのである。

 なんて矛盾したことを考えてしまう程度には、デイルの思考回路は末期であった。

「プラティナを今後、不幸な目になんて合わせたりしたならば、安らかな天寿をまっとう出来るとは思わないでくれるかな」
 --祟られる。と、反射的にデイルは思う。『規格外勇者』であろうとも、そういったアプローチの攻撃はどうやって防ぐべきか専門外である。デイルは一応神官位であるが、『橙の神(コルモゼイ)』に関する神事は、不死者に強い訳ではない。
 そしてそんな妨害をもろともせず、あっさりと突破して祟ってきそうだとも思った。
「……全力を尽くします」
「そうして貰えると助かるよ」
 強ばったデイルの表情に、スマラグディは笑みを浮かべ、言う。
「プラティナは君ではないと、幸せにはなれないなんて言うのだろうからね。あの子は親に似て頑固な子だから」

 その間もずっと、もぐもぐとマドレーヌを食べていたモヴは、ごくりと口の中身を飲み込んで、デイルを見た。
「いずれ子が生まれる際に、男と女どちらが生まれるか、知りたいか?」
 何の脈略もない突然の発言であった。ラティナがぽふん。と頬を赤くする。
 デイルは少し苦笑して、モヴに答えた。
「『いずれ生まれる』それだけで充分な『言葉』です」
「そうか」
 稀代の『紫の神(バナフセギ)』の予言者の『言葉』には、それだけで黄金以上の価値がある。魔人族は子を授かり難い種族であるが、その言葉があれば何年でも待つことが出来た。時間はこれから幾らでもあるのだ。
 デイルの返答に微笑んだモヴは、ラティナが淹れた茶をとても上品な仕草で口元に運んだ。先ほどまでの子どもっぽい動作とは別人のようである。そんな二面性を隠そうともせずに、モヴはゆったりとした笑みを浮かべ、スマラグディに擦り寄った。
 スマラグディも、モヴを娘たちに向けるものとは異なる優しい顔で見ている。ラティナはこんな両親に慈しまれて育ったのだと、理解出来た気がした。

「ラティナのことは、俺が護ります」
「……フリソスのことも気にしてあげてくれると助かるかな。あの子も、しっかりしているのだけれど、やっぱりどこか母親と似ているところのある子だからね」
 そう言うスマラグディが少し困ったような顔で微笑んだのが、デイルの知覚した最後の光景だった。


「あー……」
 まだ暗い部屋の中で、デイルは呻くような声を発した。
(途中から、夢だって意識なくなってたなぁ……)
 えてして夢とはそういうものであるのだが、何だかはっきりと『夢』だと切り捨てることが出来ない夢であった。
「……ラティナ連れて、今度、墓参り行こう……」
 そして、これはフリソスの意見も聞きたいが、あんな森の中ではなく、遺体だけでも故郷に帰すべきか話し合おうなんてことも考えた。グレゴールに連絡をとって、彼女たちの母親の遺体を共に葬ってやるべきだなんて考えたのは、夢の中の二人が、とても睦まじく優しい関係であったからだった。

「んー……」
 だが、そんなことよりもと、デイルは自分の隣で健やかな寝息をたてるラティナを腕の中に囲い込んだ。すぴゅすぴゅという、妙な音程の寝息に頬を緩める。
「いっぱい幸せにするように、努力するからな」
 今後の抱負とばかりに眠るラティナに囁いて、デイルは目を閉じた。

 しばらくして目を覚ましたラティナが、起きようと試みても、がっしりと抱きすくめられている自分の状態に、もぞもぞと身動ぎすることを楽しむ為の狸寝入りである。

 それもこれも、誰よりも早く彼女と、新しい年に言葉を交わす為でもある。

「今年も一年宜しくな」と、言うことを楽しみに、デイルは愛しい彼女のぬくもりを感じながら新しい年を迎えたのだった。
あけましておめでとうございます。本年も拙作にお付き合い頂ければ幸いと存じます。
良い一年でありますように。
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