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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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前日譚。肆、導師、金銀に勝る宝を腕に抱く。

 高齢だったエピロギが、神殿の最高位の座を後進であるモヴに譲ったのは、その数年の後のことだった。
 その頃になると、スマラグディは神殿の奥まったところにあるモヴの私室を、表だって訪れるようになっていた。
 人間族のような結婚形態を持たない魔人族は、子を為すだけの間柄になった場合、妻問い婚の形式となるのが一般的だった。女性が男性の元を訪れる場合も無いこともないが、母系社会を主軸にすることもあり、男性が女性の元に通うのが、更に一般的である。

 その過程でモヴは、スマラグディへの認識を少々改めさせられた。

 彼女と契る相手として、名乗りをあげていた男性たちは、いくらモヴ自身が選んだとはいえ、スマラグディに対してかなり手酷い反応を見せた。中傷や嫌がらせはもとより、かなり直接的な攻撃に出た者もいる。
 穏やかで他者と争うことなど全く無いようなスマラグディであったが、己とモヴの敵になると見なした相手に対しては、にっこり笑顔のまま、しかと反撃に転じた。
 彼の生来の魔力の低さをあげつらった相手--
 自らの血筋を傲る者--
 増長した男たちの自意識のかたちは様々であったが、スマラグディはその誰にも媚びることも、下手に出ることもなかった。
 生まれ持った強大な才は無いと自覚した上で、努力を以て、才持つものと並び立てるだけの己を確立したスマラグディは、並大抵の男ではなかったのである。
 毒を多分に含んだ反論を返し、時には実力行使で黙らせた。保有魔力こそ平均並だが、繊細な制御を得手とするスマラグディは、魔法を使わせれば最小の力を最大に活用することが出来る。
 更には、彼を師と仰ぐ教え子たちは、魔法学に於てかなり上位の域に達した者たちばかりとなる。教育者仲間も含め、神殿の内外に彼の人脈は大きく影響力を持っていた。
 スマラグディは、本気で怒らせると、少々どころではなく、多分に危険な人物であったのだった。

 そして、スマラグディに敵意を表立って示していた者が、軒並みへし折られた頃、モヴは彼の子どもを身籠った。

 月満ちて、モヴが産み落としたのは、双子の娘たちだった。

『王となる』という予言と、空位であるたったひとつの魔王の座に対して、生まれた子が二人。その事実に『神殿』の者たちは、大きく揺れた。
 それは突き詰めれば酷く単純な議論であり、二人の娘のうち、どちらが『王』となるのか、というものである。
『王』の候補となるモヴの子は、神殿の奥で、厳重に秘匿されて育てられることが決まっていた。かつて『二の魔王』に、候補とされた子が殺められた過去の出来事を踏まえ、より厳重に、よりその存在を知られないようにと育てることになる。モヴ自身、妊娠したことは、傍仕えを含めて最低限の者しか知られぬように、配慮がなされていた。

「どちらが『王』になっても良いよ。健やかに育ってさえくれれば」
 そんな騒がしさとは無縁の静かな部屋で、スマラグディは生まれたばかりの我が子と、対面を果たしていた。
 産褥期に臥せるモヴの額の汗を拭い、スマラグディは穏やかに微笑んだ。聞く者を安堵させるような優しい響きに、モヴは甘えるように手のひらに頬を擦り寄せる。
「二人もいるなんて……考えても、いなかった……」
「全てを見通す姫巫女と呼ばれていても、モヴにもわからないことだってあるさ……よく頑張ったね」
「うん……頑張った」
「ありがとう、モヴ。可愛い娘が二人も得られるなんて、思ってもいなかったよ」
 率直な感謝の言葉に、モヴの表情が緩む。

 慣れない子育てのことを考えてみて、それが一気に二人となると想像も全くつかない。だか、すやすやと並んで穏やかに眠る娘たちを見ると、そんな苦労のことは考えなくても良いような気分になる。

「髪は、ぼくの色と同じだね……角はちいさいけれど、ちゃんとモヴと同じ形になっている」
「生まれて間もない間は、角も柔らかいと聞いていたが……本当にそうで、驚いた」
「強く触るのは、怖いくらいだ……角の色もぼくの色を継いだんだね……こうやって見ると、本当に不思議な気持ちになる。本当にぼくは父親になったんだね……」
 娘たちのちいさな指先に、ちいさな爪がちゃんとあることも確認して、面映ゆいように表情を崩す。
 むぐむぐと、片方の娘が唇を動かす。一拍遅れてもう一人も同じ動きをしたことに、スマラグディは堪えきれずに破顔した。

 激しい恋愛感情があるとは言い切れないという中、モヴと結ばれたスマラグディであったが、こうやって二人の娘を得た今はまた心境が異なっていた。
 娘たちを愛しく思う気持ちは、生まれる前に想像していた以上のもので、この大役を無事に果たしてくれたモヴに対しても、感謝だけでは言い表せられない感情に満たされている。

「ありがとう、モヴ」
 新米の母親は、今だけは甘えるのは自分だけの特権であると、労いの言葉を再びくれたスマラグディに、頭を撫でられると、嬉しそうに目を細めたのだった。

 生まれたばかりの時は、見分けもつかなかった瓜二つの娘たちだったが、やがて目を開くようになると、二人の眸は色が異なることがわかるようになった。
「黄金の眸……これは遺伝ではなく、モヴと同じように魔力形質が出たと考えて良いのかな……?」
「たぶん……親と子で、同じ魔力形質が出るというのは、無いこともないと聞いていたが……」
「こちらの子は、灰色だね。ぼくの家系は翠の眸の者が多いし……灰色が本来のモヴの血筋の色なのかもしれないね」
 ぷくぷくの娘の手に指先を触れさせると、ぎゅっと掴む。その様子が愛らしいと、スマラグディは表情を緩ませ、繰り返し娘に自分の指先を掴ませている。
 なんだかそれが面白くないとばかりに、モヴは金色の眸の娘を抱いたまま、スマラグディの隣に擦り寄るように腰掛けた。
「名前は、どうする?」
「『神殿』は何も言わないのかい?」
「父親が子どもに名を贈ることに、文句なんて、誰にも言わせない」
「モヴも、昔に比べてだいぶ強くなったね」
 可笑しそうにスマラグディは笑い、娘のぬくもりを感じながら、そっと視線を宙に向けた。

黄金(フリソス)白銀(アスィミ)……いや、白銀(アスィミ)よりも白金(プラティナ)……かな」
 やがてスマラグディが呟いたのは、その二つの単語だった。

「フリソスとプラティナ……これは、どうかな?」
「スマラグディが決めてくれたものなら、私はそれが良い」
「ちゃんとモヴの意見も聞きたかったんだけどね……」
 断言したモヴの様子に苦笑して、スマラグディはモヴが抱く娘に手を伸ばした。そっと、自分と同じだが、自分よりも遥かに柔らかな白金色の髪を撫でる。
「フリソス」
 そして、自分の指先を未だ、にぎにぎと弄んでいる娘に視線を向けた。
「プラティナ」
 とてもちいさな、自分のかけがえのない娘たち。
「頼りない父親であるけれど……これから宜しくね」
 約束されている終わりの時までに、自分はこの子たちに何を残すことが出来るのだろうか、と考えながら彼は微笑んだ。

 というよりも、この子たちの為ならば、そりゃあ自分は命くらい懸けるだろうと、思えるようになるまでもたいした時間は必要としなかった。

 痩せ型のモヴであるが、母親の務めとばかりにその身体は、授乳の役目を果たせるようにと『嵩』を増していた。
 --が、生まれた我が子が二人であった故に、吸われる量も時間も倍になった。
 日に日に、全て吸いとられてしまうのではないかと、モヴは戦々恐々としていた。そんな彼女を、穏やかに笑っていなしながら、想定の倍の苦労となった子育ての為に、スマラグディは神殿の奥に、居住するようになっていた。
 時間が限られているのであれば、少しでも長く、我が子たちと共に過ごしたかったと思ったこともある。

 そう、スマラグディが思ってしまうのも致し方ないほどに、娘たちは可愛かった。

 先に首が座り、お座りが上手に出来るようになったのは、フリソスの方だった。プラティナは少し遅れて出来るようになったが、よくコロンと転げた。布団の上でのことであり、痛みはない筈だが、驚いたのか灰色の眸をぱちぱちと瞬いた後で、大きな声で泣き出す。
 そんなプラティナに釣られてフリソスも泣き出し、泣いた拍子にフリソスもコロンと仰向けに転がったりするのだった。
「元気な泣き声だ。二人とも元気だねぇ」
「……っ」
 泣き止まない娘を前に、あわあわと無言で右往左往するモヴを尻目にスマラグディはフリソスを抱き上げ、ぽんぽんと手慣れた様子であやす。少し落ち着いたフリソスをモヴに預け、今度はプラティナをあやしはじめた。
「……何故、スマラグディならば、こんなに簡単に泣き止むのだろうか……?」
「どうしてだろうねえ」
 眉根を寄せて考え込むモヴに苦笑を向けて、スマラグディは既に泣き止んで新たな興味を得たとばかりに彼の角に手を伸ばすプラティナの様子に目尻を下げる。
「あーうー」
「ご機嫌になったねラティナ」
「あーあー」
「リッソもぼくの方に来るかい?」
 モヴの腕の中から、彼の方に腕を伸ばす娘に表情を緩めてスマラグディはそれぞれの腕で娘たちを抱き取った。
 娘たちは彼の腕の中で、互いに顔を見合わせて、きゃきゃと、上機嫌な声をあげる。
「……二人はぼくが見てるから、モヴは公務に戻っても大丈夫だよ」
「……」
 少し寂しそうな顔をしたモヴの様子に、スマラグディは少しだけ優越感に似た感情を抱いた。
「ラティナもリッソも、モヴにお仕事頑張ってって……ね。モヴの仕事が終わるのを、ぼくもちゃんと待っているよ」

 この新米の母親が、娘たちに自分の甘える相手を独占されていることを少々寂しく思っていることは、スマラグディは、ちゃんとわかっているのだった。

「もうー」
「うー? もう?」
「モヴ、ラティナとリッソがモヴの名前を呼んだね……二人とも、ぼくのことは?」
「うー?」
「う?」
「…………」
 それなのに何故か、娘たちは二人が二人とも、「ラグ」ではなく、「モヴ」という母親の名前の方を先に覚えたことに、彼は人生最大のショックを受けたりするのであった。
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