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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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閑話。赤茶の髪の本の虫、来襲する。

本日、書籍版五巻発売日につき、感謝も籠めての閑話投稿となります。
毎度お馴染みな、店舗特典SSネタ合わせとなっております。
 ラーバンド国は、都市部に於て高い識字率を誇る国である。『黄の神(アスファル)』の神殿という、基礎教育を受けさせる施設が普及しており、国民のほとんどがその恩恵に与ることが出来ることがその理由であった。情報などの周知も文章によって示され、アウトローの代名詞たる、冒険者相手の依頼書すら文章で掲示されていることからも、その一端は窺えた。

 そんなラーバンド国であるからには、書物を読むという行動も、娯楽の一種として確立していた。
 だが、書物というものは、庶民が娯楽の為に買い集めるには高価なものとなっている。元々発行部数が限られていることに加え、印刷、製本の全工程に於て、職人が手を掛ける必要のある品物になっている故である。本とは、手工芸品であるのだ。革の表紙に飾り文字が施された、見るだけでうっとりとするような装丁のものとなれば、芸術品の一種に数えても良いだろう。簡易な装丁のペーパーバックならば比較的安価であるが、書物とはそういったものであるからして、ペーパーバックは専門の職人に頼み、己好みの装丁に仕立てて貰う前提のものなのである。

 ならば、庶民が娯楽として本を手にする機会がないのかと言えば、そうということもなく、一つには『黄の神(アスファル)』の神殿が有する図書館がある。蔵書が学術書や資料集に偏っている上に、基本的に持ち出すことは禁止されていたが、金銭を費やすことなく、書物に触れることが出来た。
 そしてもう一つは、『貸本屋』という商いを利用することであった。
 こちらは、『黄の神(アスファル)』の図書館とは異なり、娯楽に主目的を置いており、小説や伝記、紀行文なども数多く扱っている。

 デイルがクロイツで利用している貸本屋は、『ホルスト貸本店』という初代の店主の名をそのまま用いた、飾り気もない店で、中央広場近くの西区にある。
 クロイツで営業する貸本屋の多くは、扱う品が品であるからして、火事を警戒し、下町である東区と南区を避けて営業しているのである。
 幼いラティナを初めて『ホルスト貸本店』に連れて行った時などは、彼女は天井近くまで陳列された蔵書の姿に、興奮してくるくる回って歓声を上げるほどであった。

 デイルが『ホルスト貸本店』を、本好きなラティナに紹介したのにも理由がある。この店は顧客の元を定期的に巡回して、返却と新しい本の貸し出しを担ってくれるのだった。幼い頃のラティナでも、わざわざ西区まで向かわずとも、本を借りることが出来たのであった。

『踊る虎猫亭』を訪れる店員は、ゾフィという赤茶の髪の女性で、半妖精族(ハーフエルフ)という出自故に、初代店主の時代から店に座する、現店主よりも蔵書を知り尽くす女性であった。

 その日もゾフィは、本の詰まった木箱を背負って『虎猫亭』に姿を見せた。
 テオが興味を惹きそうな子ども向けの英雄譚(サーガ)として、最新のヒット作だと『妖精姫と白金の勇者』の物語を差し出すという嫌がらせを交えながら、彼女は本題を切り出した。
「商売柄、作家志望の奴に会ったり、資料として書き付けみたいなもんを買い取ることもあるんだけどさ」
 遠慮なく『虎猫亭』の客席に座り、ゾフィはデイルに語り出した。

 商売道具である木箱は、テーブルの上に置いたままだが、故郷で長い間娯楽を断たれていたラティナが、貪るように中身を検分していた。
「新刊が……新刊がこんなに……っ。あっ……こっちはこのひとの新作……どうしよう……」
 それでも全部を借りてしまうと、時間を忘れてしまい仕事に支障が出てくる。そんな自らの業を知るラティナは、何を優先して借りるべきかに、頭を悩ませているのである。

 その木箱とは別に肩に掛けている鞄から、ゾフィは擦りきれた手帳を取り出した。
「こんなのを最近手に入れたんだけど……デイルなら、これに書かれているのが、創作なのか真実なのか、判断出来るんじゃないかなーって思ってさ」
「どういうことだよ?」
「『二の魔王』についての記述文なんだ。とある商人の手帳って体なんだけどさ。実際に『二の魔王』の姿を見た奴ってほとんどいないし……それに対して、噂の方は多いんだけど」
「あー……だから、直接対峙した俺のところに……」
「うん。本物なら、これを資料に面白いもんが書けるんじゃないかってね」
『二の魔王』は、噂に対して、当人を知る者は少ない。出会ったら最後、犠牲となるのがほとんどとなる。それが理由であった。

『二の魔王』の討伐を行った英雄と称されているのは、デイルの他には、貴族であるグレゴールとその庇護下にある神官たちである。伝手を辿るのも難しい。

 ゾフィの言葉に納得して、デイルは手帳を繰る彼女の次の言葉を待った。
「この手帳には、『二の魔王』の外見は『愛らしい少女の姿をして、豪華な金の巻き髪を揺らし、純白の角を有していた』ってあるんだけど……本当?」
「愛らしい……?」
 そこに引っ掛かるという顔をした後で、デイルは「ああ」と頷いた。
「確かに顔立ちは整ってたかなぁ……外見の年齢は、人間族なら十代前半ってとこで……でも『愛らしい』ってのは、ラティナみたいな娘のことを言うだろ」
「何でいきなりっ!?」
「そこで急に惚気るんだ」
 デイルによる突然の爆撃に、新刊をパラパラ捲っていたラティナが、ぎょっとした声を出した。
「容赦なく、ぼこぼこに出来る程度の、何処にでもいる魔王だよ」
「うん。デイルが、『二の魔王』が、大嫌いなことはよくわかった」
 笑顔で言い切るデイルの様子に、ゾフィは何らかを悟ったようだった。
「ここには他に、『魔王の傍には、美しい紫の髪持つ女性が侍っていた』ってあるんだけど……」

 ゾフィのその言葉に、びくり。と反応したのはラティナであった。
「モヴ……」
 と、ちいさな声で呟きを漏らす。悲しい顔をしたラティナは、具体的な母親の最期を知らないながら、母親が既にこの世の者ではないことは悟っていた。
「……ああ」
 デイルも敢えてそれを否定しようとはしなかった。

 そんなしんみりとする二人の様子に気付かぬまま、ゾフィは手帳を更に繰った。
「『女性は、自分に言った。自分はこの場から逃れることが出来ると。その言葉は事実となった』……これって、この女性が、『紫の神(バナフセギ)』の神官であるって解釈で正しい?」
「……そうだな。かなり高位の神官だったよ」
「へぇ……じゃあ、これって本物と見て良さそうなんだ……」
 嘆息したゾフィは、あっけらかんとした顔を二人に向けた。

「いやぁ……本物かどうか、かなり悩まされたんだよ。なにぶんこの後の記述は『女性は、生き残る為に、全てを差し出すように命じた』……ってあるんだけど」
 母親が、強奪まがいのことを他人に強いたという事実に、ラティナの表情は更に曇った。だが続けられたゾフィの言葉に、それが驚いた顔に転じる。
「後ろの頁の、商売上の損失の欄と照らし合わせると……『二の魔王』に差し出したものって、焼き菓子とチョコレート。メレンゲ菓子。他は紅茶と砂糖みたいなんだよね」
「あー……」
『二の魔王』の幼児性と、ヴァスィリオの飯マズ文化を知るデイルは、なんだかその言葉に納得してしまった。

「他に、『女性の美しい顔は感情に揺れることなく、溢れる言葉は淡々としていた』って続くんだけど、その後みっちりと書かれているのって、その女性の『二の魔王』への愚痴でね」
「……モヴ……」
 なんだかラティナの表情が、いたたまれないようなものになっていった。「うちの母が、ご迷惑を……っ」とでも、今にも言い出しそうである。
「手帳の持ち主は、そりゃあもう淡々と、怨嗟まがいの『二の魔王』への愚痴を聞かされたらしいんだけど……その内容を意訳すると、『この根性悪の糞餓鬼、死にさらせ』って感じかな?」
「あああぁぁぁ……間違いなく、モヴだ……っ」
「え!? 確信しちまうのか、それでっ!?」
 頭を抱えて、声を発したラティナに、今度はデイルがぎょっとする。
「モヴなら、それくらい言うもの……っ」

 亡き母が聞いていたならば、突っ込みを入れるであろう、娘の言い草である。
 だが、その母の突っ込みも、「表情に出さずに、相手を扱き下ろすのは、スマラグディ直伝である」といった感じとなり、父親の穏やかで優しい姿しか見ていないラティナの、『知らない両親の姿』となるのであった。

「え? ラティナちゃんの知り合いになるの?」
 目に好奇心の輝きを灯すゾフィの姿に、ため息をひとつついて、デイルは、ぱたぱたとゾフィの前で手を振った。
「そこのところは、俺もラティナもこれ以上は喋らない。だが、触れないでいてくれるなら、『二の魔王』の絵姿を作れる程度には、詳しく話すし協力する。それでどうだ?」
「んー……」
 デイルの提案にゾフィは、後世への資料としての観点も含めて、挿し絵の有無の有益性を考える。そして、にかりと明るく笑った。
「まぁ、私の目的は、この資料が本物かどうかってことだし……そこは深く聞かないよ」
「じゃあそういうことで」
「画家の手配が出来たら、その時は宜しくね」

 協力してくれた礼だと、今回の本の貸し料金は無料にすると言い残して、ゾフィは木箱を背負って帰って行った。
 なんだかぐったりとしているラティナを横目で見ながら、デイルは思うのである。
(俺の印象だと、何処か儚いとこがある……それでも毅然とした神秘的な美人だったんだけど……)
 何処か、ラティナと似たところがあるとは感じていた。
 それでも、天然ほややん娘であるラティナとは異なる印象を持っていたのである。
(もしかしたら……俺の印象と……ラティナの記憶の中の母親の姿って……だいぶかけ離れているのかもなぁ……)

 なんだか改めて聞き出すのも恐ろしい気がして、デイルは少し遠くを見たのだった。
ゾフィさんと『娘』の初対面の際の様子は、活動報告『書泉さんは本屋さん』にて書いております。
当方の活動報告は、SS未満のネタが時折投下されているのでございます。
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。
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