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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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前日譚。弐、導師、紫の姫巫女と過ごす。

駆け足気味でお送りしておりますので、今話内で、数年ほど経過致します。
 同時に、教え子がこれほどまでに彼女の『魔法学』の教師を探していた理由も、スマラグディは理解していた。
『魔力形質』と呼ばれる、本来、人という種が持たない色彩の発現が、複数の色で、複数の箇所に出ているということは非常に珍しい。魔力が高い者全てに魔力形質が表れるとは限らないが、魔力形質を有する者は全て、生まれ持った魔力が高い。
 強い力は扱いが難しい。だが、制することが出来なければ己の力に振り回されることになるだろう。
 幼い頃より訓練を受けさせることは、彼女の力が大きいからこそ、必要なことだった。それほどに魔人族にとって、魔力を扱い魔法を使うことは、日々の生活にも密接に関わってくる事柄である。

「はじめまして」
「……」
 スマラグディの声に、困惑したかのように、姫巫女は表情を動かす。
 死の運命を宣告されて拒絶されても、尚穏やかに微笑む彼が、理解できないようであった。
 スマラグディは、姫巫女のその様子以上に気にかかることに、表情を曇らせた。
「とはいえ……ぼくのような外部の者を、すんなりと姫巫女付きにするとは思えないが……」
「それには心配することはないかと」
「アスピダ」
 嘆息まじりのスマラグディの呟きに答えたのは、教え子だった。
「導師が姫巫女付きになることは、複数の『紫の神(バナフセギ)』の加護持つ神官によって承認されていますので」

 アスピダのその言葉に、スマラグディは微かに眉を潜めた。
 ちらりと姫巫女を見れば、彼女もアスピダのその言葉には、疑問を抱いていないようにも思える。
(これが『神殿』の考え方か……先王が崩御されてから、長く神殿による統治が続いていたが……このような歪みを抱えていたとは……)
 スマラグディには『加護』はない。
 神殿と神によって選定される魔王によって統治されているヴァスィリオは、他の国よりも民衆の信仰が深い。
 それでも、スマラグディは市井に暮らす者だからこそ、神の意志を全てに優先する在り方に疑問を抱いた。
 そして何よりも、神の意志であれば、何に対しても疑問を抱こうとしない、神殿の者の在り方に、危惧を抱いた。

(神の力による予言を全てと……会ったこともない人物を無条件で信用するなど、普通ではあり得ないというのに……それを疑問にも思ってもいない……)
 それは、逆に『予言』されてしまえば、何事を起こしていない存在であっても、断罪されてしまう危険性を含んでいるようにも思えた。
 この眼前の少女は、高位の加護持つ神官として、今後の神殿を担う存在となるだろう。
 ならばそこに、神殿の者とは異なる価値観を与えることも、教育者としての自分に出来ることかもしれない。
 スマラグディは穏やかな表情の奥で、自分が彼女の生き方に関わることで、何を為せるかを考えるのだった。

 姫巫女の名は、モヴと言った。
『紫』という意の語句である。
 彼女の年齢を聞いたスマラグディは、少々驚いた。モヴは外見を見る限りではもう少し幼く見えた。逆に表情は酷く大人びて、実年齢よりも上に見える。
 魔人族は長寿の種族であり、幼年期と老年期は相対的に短く、大人の期間である青年期が長い。まだ老年期に入るには早いが、長く青年期を生きてきたスマラグディには、幼年期の者の姿は、ずいぶんと微笑ましく思えるものだった。
「モヴは、ずいぶんと覚えが良いね」
「……」
 スマラグディに穏やかに言われて、モヴは少し俯いた。
 出会いの時から拒絶の意思を見せた彼女は、彼に心を開いてくれたようには思えないが、教師としての能力は認めているようだった。

(才能と呼ぶものならば、モヴの方がぼくよりも遥かに大きいものを持っているね……ぼくは彼女よりも長く生きているぶん、扱い方を心得ているだけだから)
 独白するのは卑下ではなく、スマラグディの本心だった。
 身体が強い方ではなく、魔力も平均以下しか有していない自分は、魔人族という種の中で、決して秀でていない。スマラグディはそう考えていた。状況を冷静に判断する力を持っているからこそ、的確に現実を見据えていた。
 とはいえそれで卑屈になることなく、自らの持つ力を有益に使いこなす方向に意識を向け、深い知識を得るに至ったことも、才能には違いなかった。そして、挫折や才能豊かな者への羨望も知るからこそ、彼は他者に物事を教える術に長けているのだった。

 モヴを教えるにつれ、スマラグディは彼女の身に起こった出来事についても詳しく知ることになった。
 高位の加護持つ神官であるモヴだが、彼女はこの神殿の奥で、とある幼子の側付きを勤めていたらしい。
 年齢が最も近いということがその理由であったようだが、『姫巫女』とも呼ばれる貴人である彼女が仕える(・ ・ ・ ・)相手というのが『誰』であったのか、スマラグディにも想像はつく。
 そして、想像がつくからこそ、それを安易に口にすることが出来ないことも理解していた。

 その幼子が、『二の魔王』の犠牲となったらしい。

「私は、何も出来なかった……姫巫女などと呼ばれていても……私はたった一人、護ることも出来なかった……」
 ぽつりと漏らしたモヴの言葉に、スマラグディは、彼女が負った傷がどれだけ深いものであるのかも、察することが出来た。
 彼女は、殺戮の現場という恐ろしい記憶だけでなく、己の力に対しての不信感や無力感にも苛まれているのである。
 スマラグディは緩やかに微笑んで、彼女の弱音も愚痴も全て聞き入れることにした。風の通る涼やかな神殿の奥の一室で、二人だけの時間は静かにゆっくりと流れていった。

「……モヴは、ずっと『神殿(ここ)』にいるのかな?」
 問いかけに、こくりと頷いたモヴを見て、スマラグディは彼女の髪を数度撫でる。
「そうか……頑張ってきたんだね」
 優しい声に、モヴは俯いたまま、スマラグディの服の裾をきゅっと掴んだ。これは最近の彼女が、時折見せるようになった仕草だった。
「……確かにモヴは、ぼくよりも遥かに強い力を持っているだろうし、神殿の誰よりも、強い加護を持っているのかもしれない……でも、君はまだ子どもだからね」
 スマラグディの翠の眸も、声も、どこまでも柔らかく優しい。
「大人は、子どもに甘えられることを喜ぶものだよ」
「……」
 魔人族にとって、角に近い場所に触れるという行為は、親しい間柄の者にしか許さない行動である。だが、それに拒否反応を示さない程度には、彼女はスマラグディに心を開いている証拠であった。
(この子は……まだ幼いというのに、一人の神官としての責任を負わされているように思える……)
 思わず出そうになるため息を呑み込む。
 それはこの眼前の少女に見せるべき姿ではない。

 出した課題に順調な成長を見せる彼女の様子に、教育者としての手応えも感じながら、彼はゆっくりと彼女の心を癒していったのだった。
 それがはっきりと示されたのは、数年を経て、スマラグディがモヴに、穏やかながらもはっきりと告げた時だった。
「モヴに、ぼくが教えることが出来ることは、もうあまり無いのかもしれないね」
 別離を意味する言葉に、あまり感情を強く面に出さない彼女に、驚きの表情が浮かぶ。
 辛そうな彼女の様子に、少し決意は揺らぐが、スマラグディは彼女の様子に危惧も抱いていた。
「……もう、昔ほど女性に対しても怯えることはないだろう?」
「……でも」
「ぼくだけではなく、君はもっと、色々なひとから学ぶべきだよ」
 ぎゅっと、自分の服の裾を握るモヴの様子に、スマラグディも表情を曇らせた。振り払うような真似はせず、彼女の手をそっと握った。
「君は、多くの人びとの声を聞き、たくさんのひとと関わることになる。いくら『神殿(ここ)』が閉じた狭い世界だと言っても、ぼくとだけしか関わらないように、自分から世界を狭めないで欲しい」

 心に深い傷を負ったモヴが、それを見守り癒すことに尽力したスマラグディに依存してしまうことは、彼も予測できたことだった。
 切り捨てるような真似はしたくない。
 だが、彼女はこれから、神殿で大きな権力を持たされる子だ。誰かに依存して、その言葉に全てを委ねるようなことはしてはならない。
 彼女は、幼さが抜け、大人の女性へと変わりつつある。それを鑑みても、今がひとつの区切りだろう。
 スマラグディのその判断は、間違ったものではない筈だった。
 スマラグディ自身も、恩師として彼女に関わり続ける心積もりでいる為に、定期的な神殿を訪れることはやめなかった。

 それでもそれは以前までのような、二人きりの親密な時間ではなく、訪問する者と迎える者、双方の距離を明確に示したものだった。
 モヴが成長するにつれ、彼女を経て権力を握ろうと邪推されることもスマラグディにとっては本意ではなかった為、聡明に成長していくモヴを見守ることが出来る今の状態は、彼にとっては適度に感じる距離感だった。

 それが揺らいだのは、モヴが完全に青年期に入り、成長の止まった数年後だった。

 とある深夜だった。
 市井で暮らすスマラグディの家に、訪いを告げる声が響いた。
 声の主に想像がついて、愕然としつつ彼は扉を開ける。そこには、夜闇の中でも室内の淡い光だけで美しく煌めく紫の髪を、薄紗で覆ったモヴが立っていた。
 神殿の奥深くで、秘匿されている筈の彼女が、供も連れずに街中にいること、時刻が夜半であること、自分の家を知っていたこと--問い質したいことは数多くあった。
 それでも彼は、その言葉を全て呑み込んだ。
 幼い頃の彼女にそうしていたように、穏やかに微笑み、優しい声音で名を呼ぶ。

「……どうしたんだい、モヴ?」
 たったその一言で、大粒の涙を目尻に溜めていた彼女は、声を上げて泣き出した。
 角に下げた銀細工に飾られた貴石が、溢れる涙と共に、きらきらと光を含んで煌めいた。
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