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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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白金の娘、向き合う。

 初めて知る情報に、混乱の極地に追いやられたラティナは、しばし寝台の上で倒れたままだった。
 ぐるぐると視界が回る感覚を覚えながらも、なんとか上体を起こす。
「失礼しました、ローゼさま……びっくりしちゃって……」
「どうやら本当にデイル様は、ご自身が『勇者』の能力をお持ちのことを、ラティナさんに伝えていられなかったのですね……デイル様が、小父様の元で行っている『仕事』とは、魔王とその眷属に関するものですから、てっきりラティナさんはご存知のことだと思っていましたの」
「私、デイルのお仕事の話は聞かないようにしていたので……国の偉いひとから受けた大切な仕事ってことは、漏らしてはいけない機密事項が含まれているかもしれないって思って……」

 現にラティナは、デイルの契約主がラーバンド国宰相エルディシュテット公爵であることも、デイルが病に倒れ、王都に向かうことにしたその時まで知らなかった。
 グレゴールの素性を知ったのもその時で、ラティナは直前に直接会ったグレゴールの自己紹介を、何の疑問も持たずに受け入れている。
 ラティナのこの思考も、幼少期、ヴァスィリオの最高位の神官たる母モヴと、教育者として大きな発言力を有していた父スマラグディという両親が、その立場上知り得た情報の管理に厳格であった姿を見ていたことも影響していた。
『普通の町娘』とは根本的な思考が、ラティナの場合、少しずれているのであった。

「デイル……『災厄の魔王』……倒しちゃったんですね」
「デイル様の偉業は、世界中で有名になっていますわ。『二の魔王』のことは、現状では小父様とヴァスィリオしか知らないことですが、『四の魔王』や『七の魔王』をデイル様が中心となって討ったことは、他国にも知れ渡っておりますから」
「デイル……無事で良かった……」
 呟きながらラティナは、『理の魔王』に消滅(ころ)されたのではなく、封印されるに留められたことで、自分の『加護』が、デイルに残っていたのではないかと、思い至った。

『神』が、ひとに与えた『力』の一端を『加護』と呼ぶのなら、『魔王』という下位の神が自らの眷属に委ねる『力』もまた『加護』と呼べるものなのかもしれない。
 ラティナがデイルに委ねたのは、祈りに似たものだった。
 彼の無事への願い。自分の持つ力全てを用いても、彼が何物からも護られるようにという、常にラティナが抱いていた想いだった。

『魔王』が臣下に与えるものとは、次元の異なる規模の力を籠められた結果、デイルが規格外の『魔族』と化していることまでは思い至らずに、ラティナは自分の力が、少しは彼の助けになっていたなら良いと、そっと息を吐いた。

(でも、あの『玉座』の様子は……デイル、『災厄』以外の魔王も……?)
 デイルが『勇者』であるならば、『魔王』である自分を害したのが、勇者の力ではないことに、デイルは直ぐに気付いてしまったのだろう。『勇者』以外に魔王を害することが可能である存在が、他の魔王であることは、ラティナ自身が彼に伝えたことだった。
(私の封印が緩んだのは、『勇者』の力によって封印が揺り動かされたから……?)
 朧気な意識を振り返ってみれば、ラティナが意識を取り戻した時に、既に三つの『玉座』の主は壊されていた。半数近い魔王が討たれたことにより、封印の効力は低下していたのだろう。
 元より、『八の魔王を封じる』という共通の目的のもと突貫で組み上げられた封印式である。『勇者にして魔族』というイレギュラーな存在によって、少なくはない影響を受けることになったのだった。

「『災厄の魔王』は、急に活性化したんですか?」
「ええ」
「理由は、わかりますか?」
「いいえ。ですが、元々『災厄の魔王』は、自らの思惑のみで周囲に仇なす存在。幼子の癇癪のような行動に、理由を求めることが出来ないというのが、多くの方の解釈です」
「……」

(私のせいなのかな……そうじゃなきゃ、あんなにデイルとフリソスが、私に知られたくないって思うことはないもの……)
 優しいひとたちが、誰よりも自分を大切に想ってくれていることを知るからこそ、ラティナは自分のその考えに胸を締め付けられた。
「『災厄の魔王』による……犠牲者は……たくさん、出たんですね……」
(それだけじゃない……災厄以外の魔王も、私のせいで……何もしていないのに……私のせいで……)

 酷い顔色になったラティナを見て、ローゼはそっとその背を撫でた。びくりと跳ね上がったラティナは、泣き出す寸前の子どものような表情をしていた。
 ラティナの手を包み込むようにしてローゼは握る。
 温かいローゼの心まで、手のぬくもりと共にじんわりと伝わってくるようだった。優しい藍色の眸が、近い距離でラティナを見ていた。
「私は、何故そこまでラティナさんがご自身を責めているのかがわかりません。話してくださりますか?」
 少し口を開きかけて、ラティナは口をつぐみ、左右に首を振った。
 ラティナのその反応も、予想の内であった為、ローゼは微かに苦笑して握る手に力を籠めた。
「私に話せないことならば、デイル様や魔王陛下に話してみたら如何ですか? お二方はきっと、ラティナさんに頼られることを望んでらっしゃると思いますよ」
「ローゼさま……」
 掠れた声が出たのと同時に、ラティナは大粒の涙を溢した。
 ラティナはその後、何も聞こうとしないローゼの優しさに甘えて、泣きじゃくるだけだった。

(きっと……私……『予言』の通りに、たくさんのひとを不幸にしたんだ……)
 やはり自分は罪人であったのだと、罪人とされるに相応しい存在なのだと、ラティナは自責の念に、息も出来ない程に押し潰されそうだった。

 そう考えてしまったからこそ--ラティナはある意味では、自分を糾弾してくれる存在を待ち望んでいたのかもしれなかった。

 ぐすぐすと幼い子どものように泣いていたラティナは、自分を酷く静かな視点で見ている存在に気が付いた。
 ぶるりと、怯気にも似た感触に総身を震わせながら、視線の元に、涙で滲む視界を向ける。
「ヘルミネさん……」
 掠れたちいさな声は、自分で思っていたよりも怯えを含んでいた。

 侍女のひとりも連れずヴァスィリオを訪れたローゼは、同性のヘルミネに、それに準じた仕事も任せているようであった。また護衛でもあるヘルミネは、常にローゼに付き従っている。
 だからこそ、ラティナの現在の私室であるこの離宮の隅で彼女が静かに控えていることは、咎める理由にはならない。

 だが、ヘルミネに、それこそ何も出来ない子どものように泣いている姿を晒していたことに、ラティナは頬に朱を走らせた。
 精神的にも体力的にも弱っている現在のラティナだが、それでも、苦手な人物の冷静な姿に、生来の矜持の高さを取り戻した。
 ぐしぐしと、反射的に、頬に流れる涙を両手で拭う。
 このひとの前では、情けない姿を晒したくないと、負けん気の強さが頭をもたげた。

 ヘルミネはそんなラティナの様子も、酷く冷静な視線で見詰めていた。
 彼女のことが、ラティナは苦手だった。
 悠然とした、歳上の女性。大人になりきることの出来ない自分に無いものを、たくさん有している綺麗なひと。
 彼女を前にすると、ラティナは、どうしても自分の足りないものを突き付けられるような気分になる。
 いくら自らでもわかっていることでも、自分のそういった部分を直視させられるのは、心が重くなった。

 そして何より、自分の知らないデイルのことを、知っているひとだった。
 彼女にだけは、負けたくない。
 その一心で、顔を上げたラティナに、ヘルミネはどこか酷薄な印象の微笑みを向けた。
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