挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
144/202

殺戮の魔王。(後)

 眼下で繰り広げられている生死を賭けたやり取りを、娯楽物の演劇の舞台でも楽しむように眺めていた少女は、扉が開く音に背後を振り返った。
 扉の先にいる人物の姿を認めると、その愛らしい顔に驚愕という感情が浮かぶ。たちまちそれは、憎悪に歪んだ。

「モヴ……っ」
 少女の姿をした魔王は、他の眷属たちと異なり紫の巫女(モヴ)には、最低限の制約しか課していなかった。
 それは、自分を『裏切る』余剰を残す為だった。
 魔王が眷属を縛る制約とは異なり、『約定』には、強制力はない。それはあくまでも互いに交わされた約束事に過ぎない為である。
『二の魔王』は、モヴと約定を交わしていた。
 それは、彼女が自分を裏切らない限り、『彼女の娘』には不干渉の立場でいるというものだ。

 だからこそ、魔王はモヴに『自由』を与えた。彼女が自分を裏切る。若しくは束縛からの解放を願えば、自分は彼女の最愛の『娘』を殺すことを許されることとなる。
 ただ殺すことよりも、ずっと心躍らせる遊戯だった。

 それが、裏目に出た。
 そして何よりも魔王の怒りに火を付けたのは、『そのこと』が意味することを理解したからだった。

「わたくしを侮るなど……っ」
紫の神(バナフセギ)』の高位神官たるモヴが、自分を裏切り、この男を自分の元に送り届けた。--この男を此処に送り届けたのは、モヴ以外には、あり得なかった--それは、この男を自分の元に送れば、彼女が護りたい存在は喪われないということだ。
 それは--この男ならば自分を殺せるということを、『予言』したということだった。

 一瞬で距離を詰め、白金色の半身鎧の男に向かい二振りのナイフを振り下ろす。
『二の魔王』は、小柄な体躯もあり、扱い易い短い長さの得物を好んで使ってきた。皮膚や骨を断ち切る感触が伝わる、手に持つ得物を好んでいた。
 体格で勝る、大人も男も屠ってきた。
 相手が『勇者』という、『神』に定められた対存在だとしても、殺める自信があった。

 金の長い髪が軌跡を描き、重力に従いふわりと降りる。甲高い金属音を認識した時に、魔王は自分の一撃が男の籠手で防がれたことを知った。
 勇者の視線には、畏れも怯えもなかった。
 真っ直ぐに射抜くような視線を向けられて、魔王は微かに動揺を覚えた。
 すぐにそんな自分を否定する。
 魔王と成ってから、全ての者は自分に畏れおののく弱者であり、自分は絶対的な強者だった。そんな自分が、いくら相手が『勇者』とはいえ、心乱すことなどあり得ない。
 銀の煌めきだけを認識出来る程の鋭い剣筋で、幼い少女の姿をした魔王は、勇者の命を刈り取るべく、その刃を振るった。
 自らの心を鼓舞するかのような、その反応を、魔王は決して認めていなかった。

 息をつかせぬ程の剣戟を、デイルはひたすらに捌いていく。『二の魔王』の幼い容姿に惑わされることはなかったが、これだけ小柄な相手は、勝手が違ってやり難かった。短いリーチを活かした素早い動きは、その外見からは予想出来ない程に、一撃一撃が酷く重い。
 永き時、殺戮に耽っていた魔王の剣筋は、洗練されている。殺すことを突き詰めた結果の、恐るべし冴えだった。
 だが、その全てをデイルは捉えた。全てに応じてみせた。
 魔族となって得た力は、魔王の攻撃を見切る目も、それに反応出来る身体も与えてくれていた。
 そして故郷謹製の防具は、魔王の一撃すら耐えてくれている。それはデイルが力をただ受けるのではなく、巧みに受け流しているという技量があってのことでもあった。

「は……っ!」
 攻撃のスピードが緩んだ瞬間に、腹部に叩き込まれたデイルの籠手での殴打に、魔王は身体の中の空気を吐き出した。
「あ……」
 その一撃で、ガクガクと足が震える。
 膝を付き、手に馴染んだ刃が床に落ちるのを呆然と見る。
『魔王』は、永き時の間、絶対者だった。
 幼い容姿は、この年齢の時に『二の魔王』としての資格を得て覚醒したということだった。
 それまでも、それからも、魔王は自らの痛みという感覚に無縁で過ごしてきた。
 それでも絶対者としての自我が、跪く自分を、見下ろす存在を許せなかった。だから再び刃を掴み、勇者へと躍りかかる。

 その明らかな隙を見逃された(・ ・ ・ ・ ・)ことに、気付いてしまったからこそ、激昂に我を忘れた。

 デイルは一連の魔王の反応で、外見通りの幼児性を相手が有していることを理解していた。
 剣筋の冴えや、残虐性は、幼い姿には似つかわしくないものだろう。
 それを取り払えば、後は自らの力に溺れた傲慢さしか残らない。確かに恐ろしい程の腕前だが、『六の魔王』との戦いの中にあったような高揚も感じられなかった。
 金の髪を乱し、愛らしい顔を紅潮させ碧の眸に涙を浮かべた少女--という容姿にも、何も感じることはなかった。

 ただ冷静に、見下ろし、観察する。
 その視線こそが、少女の姿をした魔王の矜持を深く傷つけていた。

 デイルの殴打を受けて以降、明らかに魔王の動きは鈍っていった。
 そこに彼は、容赦のない追撃を与える。剣すら抜かない殴打だけの攻撃であるということに、魔王は身体に受ける痛苦以上の憤りに、彼を憎悪の籠った視線で睨む。
 幼い少女を一方的に殴打する大人という光景である。何も事情を知らぬ者ならば、デイルの方を糾弾することだろう。それほどにいたぶられる少女は可憐であったし、デイルには容赦の欠片もなかった。

「この程度か」
 倒れ伏した少女に向かい、初めて口を開いたデイルの声は冷えきっていた。浮かべた侮蔑の表情も合わせて、どちらを『魔王』と称して良いのか判別に困る程のものである。
 そこでゆっくりと彼は、剣を抜いた。
 少女の眸に、明らかな怯えの色が過る。認めたくはないが、自らの死の気配に気付かぬ程、愚鈍ではない。
 魔王は自らの容姿が可憐であることを知っていた。それを用いて獲物を油断させて屠ってきたこともある。自らの矜持よりも、今はこの状況を覆す為に、潤んだ目を男に向け、殊更憐れを誘う声を出した。
「ゆるし……」
 だがそんな少女の頭を、彼は容赦なく踏みつけた。
 更なる屈辱を魔王が感じた時、彼は最終宣告とも言うべき死刑通告を述べた。
「ならば、ここまでだな」
 それでもと、悪あがきをする暇もなく、『災厄』と呼ばれた少女の意識は闇に堕ちた。

「……」
 冷静では、あっただろう。
 それでも必要以上に相手をいたぶった行動を取ったのは、怒りの感情が自分にあったからに違いない。
 デイルは、自分の感情をそう分析して息を吐いた。
 動かなくなった少女の躯をもう一度蹴り付けたのは、死んでいるのを確認するのと同時に、自らの憤りをぶつけたからでもあった。

 紫の色を持つ女性。彼女を救う術はなかった。
 それでも、彼女に手を掛けざるを得なかった--その状況に追いやったこの『魔王』を、許せる筈がなかった。

 魔王が最初に居た金属の柵のある場所へと向かうと、そこは舞台を眺める桟敷に似た風情の場所であった。階下を見下ろすデイルの視界に、グレゴールたちの姿が見える。戦闘の名残がある荒れた室内の中、倒れた幾人もの魔人族の特徴を持つ人びとの姿も見えた。
 デイルの視線に気付いたグレゴールが視線を上げ、デイルに声を掛けた。
「終わったのか?」
「ああ」
 その短いやり取りだけで首尾を確認すると、グレゴールは静かに剣を納めた。

『二の魔王』がデイルに討たれるのと前後して、グレゴールたちが戦っていた魔族たちは、その命を喪うことになっていった。
 主を喪い、それに殉じることを強制されていた眷属たちの表情は、それでも酷く穏やかなものだった。

 館の外に出ると、入口で番をしていたハーゲルが、薄く夕暮れに染まりつつある空を見上げて、緩く尾を揺らしていた。
 それが『彼』が、考えことをする時の癖であること程度は気付けるようになっていたデイルが、疑問の声を出す。
「どうした?」
「いや……」
 ハーゲルには珍しく、考えあぐねているようだった。
 デイルを見て、彼に強く纏わりついている血の臭いに、更に悩むように唸り声を発する。

「御子が……」
 やがてハーゲルが発した言葉に、デイルの表情が変わった。
「御子の気配(ニオイ)が……遠き地にある」

「何処に……っ? ラティナが、何処にいるんだっ!?」
 激しい感情を露にするデイルに、ハーゲルは困ったように視線を少し反らした。
「……我よりも、遠き地の気配(ニオイ)を探る術は、我が仔の方が長けておる。我はそこまでは詳しく追えぬ」
「ヴィントなら……っ」
 苦々しそうに、顔を歪めたデイルに向かい、グレゴールが静かな声を響かせた。
「落ち着けデイル」
「これが、落ち着いて……っ」
 沸騰しそうな自分の感情を、デイルはなんとか押し留める。それは、グレゴールの静かな視線に、自分を微かにでも客観視することが出来たからであった。
「俺の元にも、気になる情報がある。まだ、確かなものとは言えないので黙っていたのだが……」
「なんだ?」
「今、ラーバンド国は、ヴァスィリオの開国宣言を受けて、正式に国交を開始する準備を初めている」
 グレゴールの言葉に、デイルは隠しきれない焦りと憎しみのようなものを表情に覗かせた。それにも怯むことなくグレゴールは言葉を続けた。
「ヴァスィリオの元首は、『黄金の王』と呼ばれているらしい。彼の王は……」
 グレゴールの声には、高ぶりは全く感じられなかった。それに対してデイルは、抑え切れないように、激情をより露にする。
「『白金の姫』と呼ばれる麗人を寵愛しているとか」

 グレゴールの表情に、ハーゲルのものと同様の困惑が滲んでいることに、常のデイルなら気付いただろう。
 デイルは一行に無断で、ハーゲルと共に夜更けに姿を消した。
 グレゴールは、そのデイルの動きに気付いてはいても、止めることもせずに見送ることを選んだ。止めようとしても、今のデイルは止まることはないだろう。
(この不自然さは……デイルを招いているということか……?)
 グレゴールは、月を見上げて溜め息をつき、『赤の神(アフマル)』の祈りの文句を呟いた。
次回11日(土)の更新後、少し変則的な投稿となります。詳しくはその際、活動報告にてスケジュールを出しますので、ご了承ください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ