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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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殺戮の魔王。(中)~紫の巫女~

書籍版四巻の告知など、活動報告の方にあげております。二人の甘々空間の表紙イラストで、残りのシリアス期間を乗り切ってくださいませ。
「"巫女姫……"」
「"後、僅かです。私たちは、呪に縛られている。けれども心は売り渡しはしなかった"」
 かつて、王無き魔人族の国家(ヴァスィリオ)で、民を導く立場にあった女性は、毅然として託宣を告げた。
「"私たちの役割は、この場に『我が君』を留め置くこと。玩具と呼ばれようと耐えてきたのは、この時の為。私たちの命は私たちのものです"」
 彼女の周りには、数人の魔人族の男女がいた。どの者も、身体の一部が失われ、傷が塞がっていないのか、血が滲んでいる者もいた。
 けれどもその眸には、力があった。
 彼等を支えてきたのは、この美しい紫の色持つ女性であった。彼女の予言によって、彼等は絶望に心折れることなく、自我を保ってきた。仇敵に報いる時を信じて、生き抜いてきた。
 皆、同じ思いだった。
「"決して、『我が君』に殉じる為のものではない"」
 それは、一つの戦いの形だった。


 デイルたち一行が、たどり着いた先には、白壁の豪華な館があった。
 田舎町にそぐわないという程には、派手派手しさはなく、上品に周囲に溶け込んだ趣味の良い館だった。
 繊細な飾りが施された鉄製の柵の内側には、緋色の薔薇が咲き乱れている。
 それなのに感じる不快感に、デイルとグレゴールは眉を潜めた。
「なんだ……これは」
「血の臭い……後は死臭だな……」
 香しい薔薇の香りに混じる微かなその臭いこそ、違和感の正体だった。
 デイルたちが知るよしもないことであったが、この美しい庭園や館の彼方此方で、『二の魔王』による『玩具』による『遊び』は、何度となく繰り返されてきた。隠しきれないその残虐な行為が、この館に何処か暗い陰を落としていた。

「よう、お出でくださいました」
 敵陣で唐突に掛けられた声に、デイルとグレゴール、そして他の同行者たちが身構えたのは無理がない。デイルたちも内心では狼狽していた。これほど近い距離で、自分たちが気配を察しないことなど、あり得ない。此処は『敵陣』だ。常よりも警戒は怠ってはいなかった。

(……え?)
 ふわりと靡いた紫の色彩に、隣のグレゴールの力が少し緩む。自分たちは『この女性』を知っていた。話に聞いていた、ローゼを救ったひとだと察するには充分過ぎる、美しい魔力形質の(いろ)だった。
(でも、なんだ?……なんだか……)
 ふわりと微笑む彼女には、周囲を安心させる気配がある。小動物のようにそばに在ることが自然過ぎて、溶け込んでしまう。毅然としている時はどんな誰よりも存在感を放つというのに--と、自分の抱く感覚に、デイルは戸惑った。この女性を自分は知っている気がした。
「薔薇の色持つ姫は、私の願いを聞き届けて下さったのですね。お初にお目に掛かります。『白金の勇者』よ」
 そう言って彼女は、見慣れぬ作法で頭を垂れた。
「どうぞ『我が主』を、討ってくださいませ。それが我等にとっても悲願の成就と成ります」
「ローゼを介して……この場のことを内通したのは、貴女か?」
 グレゴールの言葉を、紫の女性は静かに肯定した。
「その通りです」
 相手が『二の魔王』の眷属であり、その者に招き入れられた以上、まず疑うべきは罠である可能性だった。
 デイルもグレゴールも、ローゼの伝聞でしか目の前の女性を知らない。他の同行者にとっては、信頼するべき理由も見出だせないだろう。
 ローゼを救ったことすら、何かの奸計である可能性も、否定するべきではなかった。

 それなのにデイルは、目の前の女性を疑うことが出来なかった。
 そんな自分に微かな動揺を抱きながら周囲を見れば、彼女に無条件の信頼を委ねようとしているのは、自分だけであるらしい。
 どうやら『央』魔法などで、惑わそうとしている訳ではないのだと判断する。
 その行動の過程でデイルは、ハーゲルの様子に気付いた。
 自分と同じように微かな戸惑いを浮かべつつも、彼女に対して敵意を表そうとはしていない『彼』の姿に、デイルは自分の直感を信じることに決めた。

 時間を無駄に使うことは出来ない。
 次に好機が訪れる事があるかも、わからないのだ。
 そう決めてデイルは、彼女の提案を受託した旨を伝える為に口を開いた。


 紫の女性は、デイルだけを館の隠し通路に案内した。
 貴族の館というのは、往々にして彼方此方に通路を設けているものだった。秘密裏の脱出用に限らず、使用人のみが使うものもある。それを確実に把握している『二の魔王』に対して、侵入者たるこちらの分は悪い。

「『我が君』にとっては、全てが遊び。今は自らの『玩具』と侵入者の命のやり取りを眺めていることでしょう」
 デイルと別行動となったグレゴールたちは、正面から侵入を果たした。今は『二の魔王』の眷属たちと交戦になっている筈だった。
「自分を心から憎んでいる者たちに、自らの身を守らせて、悦に入っているのです」
「……悪趣味だな」
「ええ。その通りです」
 相槌など入れるつもりもなかったのだが、デイルは半ば無意識に言葉を発していた。そんな自分に驚く。
 紫の女性は、自嘲めいた微笑みを浮かべて、眼前の壁に触れた。開ける為の仕組みを、複雑な手順を踏んで動かしていく。
「それを、『眷属(あのもの)』たちも承知しております。『我が君』の命に逆らうことは出来ませんが、少しでも長く『我が君』の興味を惹くように、素晴らしい剣舞を舞ってくれることでしょう」

 手を抜けば、『二の魔王』に気付かれることだろう。だからこそ、双方命を賭けて、真剣勝負を演じるのだ。
『白金の勇者』の剣を、確実に『二の魔王』の元へと届ける為に、その時間を稼ぐ為に。

「『我が君』は、この先に」
 壁の向こうには、薄暗い通路が続いていた。その先は飾り気のない扉で行き止まっている。
「なんだ……?」
 静かな眼差しで自分のことを見る彼女に、デイルは戸惑ったような声を出した。その目(・ ・ ・)に、自分はとても弱かった。
 纏う色彩(いろ)は、何れも異なるというのに、目元が、笑い方が、彼女(・ ・)をどうしようもなく思い出させる。

「貴方は、『八の魔王』の眷属ですね」
 それは、確信している言葉だった。
 グレゴールもローゼも知らない筈の情報を、目の前の女性が知っている事実に、デイルは動揺することもなく推測を口にした。
「それは……『予言』で知り得たことか?」
「はい」
「『二の魔王』は、このことを知っているのか?」
「いいえ」
 彼女の返答を聞き届けると、デイルは左手の手袋を外し、彼女に自らの『証』を示した。そこに刻まれた『名』を見ると、落ち着いていた様子だった彼女は、初めて驚きの表情を浮かべた。
(そんな表情をすると……よく……)
 浮かんだ感傷に蓋をして、デイルは彼女を見る。

「……お願いがあるのです」
「何だ?」
「私を殺して下さいませんか」

 手袋をはめなおすデイルの様子を見届けた後、ほんの少し躊躇するようにして彼女が切り出したのは、自らの死を望む言葉だった。デイルはその言葉に驚かなかった。彼女は『それ』を望むような気がした。
「『二の魔王』が滅べば、私もそれに殉じることになるでしょう」
「『命』を、縛られているんだな」
「はい」
 デイルの『主』である『彼女』のように、眷属の何も縛らずにおく存在の方があり得ない。『主』亡き後、眷属の命もまた喪われるという制約を掛ける位、『災厄の魔王』ならやりそうなことであった。

「私は……最期くらいは、自由になりたいのです。『我が君』に殉じるなど……望まない」
 悔しげな感情を呑み込んで、彼女は静かに声を発した。
「私は、『我が君』に刃を向けることと、自ら命を絶つことを禁じられています。……ですが、無理にとは、申しません」
「……それは……貴女にとっての救いなのか?」
 わかっていても、デイルはそう問いかけた。
「はい」
 彼女の返答には、微かな迷いも感じられなかった。
「他に……貴女が助かる術はないのか?」
「『理』を歪めることは出来ません。それこそ、七色の神の御業でもない限り」
「そうか……」

 デイルは自嘲めいた微笑みを浮かべた。
 ここで自分が直接手を下さなくとも、眼前の女性は死ぬ。『二の魔王』を自分が討つとはそういうことだ。
 最期まで、『魔王の玩具』ではいたくはない。その、彼女の尊厳と矜持を守る為の唯一の願いを叶えるには、そうするしかなかった。

「俺は、無力だな」
「そんなことはありません」
 優しい微笑みに、取り戻したい女性(ひと)の面影がかぶる。
「貴方は、私にとって希望でした。貴方の進む道の先に、私の望む未来があった。……それに、最期に『貴方』に逢えた」
 彼女の声もあまりに優しくて、デイルは息苦しいような感覚を覚えた。それでも彼女を救う為に、『左手』に力を籠める。

「私の最後の『予言』です。貴方はあの娘(・ ・ ・)と、もうすぐ逢えますよ」

 剣を振るう必要がなかったことが、デイルにとっては救いだった。

 彼女は、『二の魔王』の力により、『不自然な状態』で『生かされていた』。
 デイルの中に宿る『八の魔王』の力の断片で、その力を打ち消すだけで、彼女から急速に生気が失われていった。
 デイルの腕の中で、彼女は静かに眸を閉じた。苦しみもない、安堵を感じさせる穏やかな表情だった。彼女は確かに『救われた』のだと、思わせてくれる姿だった。
 目覚めることのない眠りに落ちる直前、彼女は混濁した意識の中、微かな声で呟いた。
「……ありがとう……スマラグディ……」
 それは、感謝の言葉だった。
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