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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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薔薇色の姫君、紫の巫女と再会する。

 ラーバンド国が有している飛竜の部隊は、決して少なくない。だが、現在多くの飛竜は、遠方の『七の魔王』との戦に駆り出されていた。飛竜は魔獣に分類される竜種ではあるが、単体の攻撃能力だけをみれば特出したものはない。討ち取るのは簡単では無いが、戦況をひっくり返すような強大な力は有していないのである。
 飛竜部隊の最も重要な役割は、ひとや物資の運搬だった。空路を行ける存在というものは限られている。簡単に不足を補える存在でもない。前線に出して失えば、代わりを担う存在がないのだ。安易に戦闘に関わらせるのはリスクを伴うのである。

 そのラーバンド国が有する一体の飛竜が、悠然と翼を羽ばたかせていた。
 大型の雄の飛竜は、背に御者である緋色の装備の兵士を乗せていたが、更に自らの身体の下に大型の箱状のものを抱えこんでいた。一見するとその箱は、船にも似ている。それはひとを運搬するための、客室にあたる部分なのであった。
『船』を運ぶ飛竜の前には、一回り小型の飛竜が先導していた。輸送している乗客たちを護る為の、護衛だった。

「……閣下は、何をお考えなのでしょう」
 その飛竜が運ぶ『船』の中で、ローゼは首を傾げた。私的な時間に於ては、エルディシュデット公爵のことを『小父様』と砕けた様子で呼ぶローゼなのだが、今は公人としての立場を崩さなかった。
「私たちには、何も。ただ、ローゼ姫をお守りするようにとのご命令でしたので」
「そうですか……」
 ローゼの周囲に侍るのは、公爵が、個人的に契約を結んでいる冒険者たちだった。デイルと同様に、魔王や魔族の討伐に赴くこともある、実力と素行に信頼のある者たちである。侍従も連れることを許されぬ、護衛のみの道行きであるのは、『船』に乗ることの出来る人数には限りがある為であった。
 普通の貴族子女であるならば、拒んでも無理のない不自由な旅路であるが、元々下級貴族の出自で、旅に慣れたローゼは顔色ひとつ変えることはなかった。
 数人の冒険者のうち、ローゼの隣に侍るのは、女性の冒険者たちだった。一行に女性の割合が多いのは、護衛対象であるローゼが年若い女性である為だと思われた。

(小父様は、何を考えておいでなのか……このような時に……)
 ローゼに命を下したのは、エルディシュデット公爵であったが、今ラーバンド国では、『四の魔王』が残した爪痕により、『藍の神(ニーリー)』の高位神官であるローゼの仕事は数多にあった。この時に、飛竜を使ってまで遠き地に赴かせる理由が、ローゼには見当が付かなかった。
(グレゴール様は、ご無事でしょうか……)
 戦地で兵を率いるグレゴールを思うと、ローゼの表情は曇る。無事であることを祈ることしか出来ぬ己がもどかしい。
 窓の外は、穏やかな風が流れる蒼空であったが、ローゼの心は、その美しさにも晴れることはなかった。

 飛竜は夜間の飛行に適していない。
 それは、夜目が発達していない飛竜は、夜間の視野が大きく制限される為である。御者もまた、人間族であるからには暗視の能力は有していない。よほどでなければ、地上に降り、休息を取ることを求められた。

 飛竜が降りることの出来る土地は、ある程度の広さが求められる。適切な場所を見定めた頃には、すっかり陽が落ちていた。明かりの魔術で視界を確保し、兵士たちや冒険者たちが、夜営の準備を始める。

 --その時だった。
 護衛である冒険者たちから、大きく距離を取った訳ではない。そしてローゼもまた、不用意に気を緩める質はしていない。
 それであるのに、確かにローゼはその時、単独で行動を取っていた。
「この時を待っていました」
 だからこそ、唐突に闇の中から聞こえた声を聞いたのは、ローゼひとりだけであった。
 その声に、ローゼは常の冷静さを失った。
 聞き覚えのある声だった。忘れる筈がない。
「貴女は……っ」
 闇に目を凝らし、問う。その中でゆらりと気配が動くのを察して、ローゼは反射的に闇の中に踏み込んだ。

 視界が悪い中である為に、体感での距離はかなりのものであったが、実際には夜営地から離れていることもないだろう。
 林の中を進んで行った先を行く気配は、やがて足を止め、手のひらの上に小さな魔術の明かりを灯した。
「やはり貴女は……」
 相手の顔を確認したローゼから出た声は、複雑な心情をうつしていた。
 整った美しい顔。明かりを反射して淡く輝く金色の角。そして何より忘れることの出来ない長く艶やかな鮮やかな紫の髪。--かつて『二の魔王』の元より、ローゼを救った魔人族の女性であった。
「私は、『この時』を待っていたのです。薔薇の色持つ貴女と、この場所で(まみ)えるこの時を」
「……っ」

 ローゼは、眼前の女性が『紫の神(バナフセギ)』の高位の神官であることを知っていた。彼の神がひとに与えし異能とは、『予知』である。ならば、彼女の言葉の意味も、ローゼは自ずと理解してしまう。

「貴女は……私と、『今』、会うことを知っていたのですね……」
 だからこそ、あの『二の魔王』との邂逅の際に、彼女はローゼが生き残ることが出来ることを『知っていた』のだ。更にその先の未来で会い見えるのならば、それは確信へと至るだろう。
「……我が神の『予知』とはいえ、全てがその通りになるとは限りません。私が『この時』に貴女と出会う『未来』は、私にとって待ち望んだ『未来』の途中にありました……私は、ようやく……この『未来』にたどり着くことが出来た……」
 紫色の女性は、微かに声を詰まらせたが、ローゼを静かな眸で真っ直ぐに見た。

「『白金の勇者』は、『七の魔王』を討つでしょう」
 畏怖すら感じさせる、揺るぐことない声音で、預言者は告げた。
「その時、未来は確定する。『二の魔王』はこの地にいることになる」
 そう言った彼女がローゼへと手渡したのは、簡易な地図だった。紙の切れ端に走り書きで綴られた線は、ラーバンド国の外れの地理を描いていた。
「『二の魔王』は、在所を気紛れに変える存在。『白金の勇者』が、行方を捜しても、通常の手段では相対することさえ難しい……だからこそ私は、『この時』を待っていたのです。薔薇の色持つ貴女に、この地図を渡すことで、この未来は『白金の勇者』の元に至る……ならばこれで私の役割も終わる」

 ローゼには、『紫の神(バナフセギ)』の加護の在り方はわからない。だが、女性の言葉に何か胸騒ぎを覚えた。彼女の言葉には、苦しい程の決意があった。

「……貴女は以前仰いました。『魔王の眷属は、自らの生殺与奪の権利を主に委ねている』と……『二の魔王』が滅べば、貴女は救われるのですか……?」
「ある意味では」
 問いかけたローゼに答える女性の声は、静かなものだった。
「『我が君』が滅べば、眷属たる私も殉じることとなるでしょう」
 息を呑んだローゼに、微笑みさえも向けて、彼女は言葉を継いだ。
「それを知っていて私は、『我が君』のもとにくだったのです。全て覚悟の上のこと」
 彼女には、感情の揺らぎすらなかった。
 もう、とうに決断してしまった者の、達観にも似た気配を有していた。
「この機を逃せば、『我が君』はまた、多くの者を殺めるでしょう。私の母国も、『我が君』によって大きな犠牲を出してきました」
 それが自らの仕事だとばかりに、彼女はあくまでも毅然として告げる。美しいとすら感じてしまう、揺るがない姿だった。
「貴女ならどうしますか。自らの命を賭けても護りたい存在を、自らの命を賭けさえすれば、護れることを知っているのならば」
 その言葉に、ローゼは答える言葉を持たなかった。
「きっと貴女も同じ選択をするでしょう」

 女性が背を向けて、闇の中に歩んで行くことを見届けたローゼは、しばらくして踵を返した。夜営地は、魔術の明かりが煌々と照らしている。見失うことはない。
「デイル様に……これを委ねれば……」
『二の魔王』は、神出鬼没に殺戮を楽しむ悪鬼。デイルは『二の魔王』の討伐に向かうことになるだろう。居場所が杳として知れない『二の魔王』を討つことの出来る機会は、そうそうにあるものではない。
 それは同時に、ローゼにとって恩人である『彼女』の死をも意味する。
 手の中の紙片を見詰めたローゼは、一度目を瞑り、短い間黙考した。

 ローゼが『彼女』ならば。
 最大の好機を自らの命で購えるのならば、それを安易な同情で無為にして欲しくはなかった。
 彼女は、おそらくはずっとその為に生きてきたのだ。
 自らの信念の元、役割を果たそうとする彼女の矜持を、汚してはならない。

 きっと『自分』も、『彼女』と同じ選択をするというのならば、そうだった。

 目を開き、夜営地へと戻るローゼの足取りには、既に迷いは払われていた。
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