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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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白金の姫と、黄金の魔王。遠き地にて。

「"人間族の軍が、『七の魔王』と対したか"」
「"はい、陛下"」
 配下の報告に、玉座と呼ぶべき壇上の御簾の向こうで、『黄金の王』の(あざな)を有する存在は眸を閉じて黙考した。

 ヴァスィリオは、ラーバンド国よりも乾燥した暑い気候の土地にある。
『魔人族』は、絶対数が人間族よりもかなり少ない。彼らの盟主たる『一の魔王』が居城を置くこの街が、最大の都市であった。
 白亜の石と日干し煉瓦で築かれた街並みは、整然と清められており、生活感よりも厳かさを感じさせる。それは街の中心にある巨大な白亜の石造りの神殿の存在により、その印象を強めていた。
 そこは神殿であると同時に、王城だった。
 ヴァスィリオは、『一の魔王』が元首として治めている国家である。だが『魔王』とは、神によって資格ある者が成る存在。在位期間が数百年と続く場合もあれば、王の不在の期間もあり得た。『魔王』不在の期間は、『紫の神(バナフセギ)』の高位神官たちが中心となって統治機構を維持することとなる。神殿こそ(まつりごと)の中心であり、王と神を迎える人心の集約する場所でもあるのだった。
 この大神殿を有する街を中心にして、小規模な町もしくは村といった集落が周辺に点在していた。地理的環境により、他国と隔絶されているこの地域は、鎖国政策を取ることが容易となっていた。

 この世界では、全ての土地が、国家として区分けされている訳ではない。
 国と呼べる場所というのは、あくまでもひとが支配する領域だけだった。未開の土地も数多にあり、魔獣の生息域であるためひとの立ち入りを拒む土地は、どの国にも属していない場合がある。
 幻獣や七種存在する『人族』とは異なる人型の生物--亜人族--などが支配する土地もまた、人族の国家としては数えられることはない。
 条件の良い場所には、複数の国家がひしめき合い、領土争いをしているものだが、空白の地域というものも広く分布しているのであった。

 ヴァスィリオにとって最も近い国家はラーバンド国となるが、両国間は、魔獣の生息領域で隔てられている。ヴァスィリオは他の方向には、広大な砂漠を有しており、過酷な環境は、種として強い力を有する魔人族でなければ、住み続けるのには困難が伴う。
 他国の侵略を受けることなく、ただ平穏を望んで同じ暮らしを営むには、障りのない土地であった。

 ヴァスィリオの大神殿は、幾重にもなる区域を以て築かれていた。神殿内部だけで、小さな町程の規模があるかのような錯覚すら覚える広大な敷地である。中心に向かうにつれ、立ち入る事が出来る者が限られる重要な区域となっていく。

 離宮は、その中心の区域の中にあった。

 乾燥したこの土地で、最も貴重であるはずの清流が、澄んだ響きを奏でていた。細い糸のような湧水の滝が、浅く玉石を敷き詰められた人工の泉に注ぎ込んでいる。その泉の中に、離宮は築かれていた。
 大きさこそ小さいものの、雅やかさだけを集めたような美術品の如き建物だった。見た目の派手さや豪華さではなく、細やかに施された彫刻のひとつひとつや使われた材質に、見る者が見れば、全てが最上級の品である事がわかるという建造物である。
 それもその筈で、この離宮は先の『一の魔王』が、寵愛した妃の為に、富と技術の粋を集めて造らせたものであったのだった。

『魔王』が代替わりしたことで、この離宮も主を失ったが、今は再び美しい姫をその内に抱いていた。

 フリソスは、奧の宮と呼ぶべき神殿の中心区域を歩んでいた。
 薄布を重ねた衣服は、風通しが良く、この土地の気候に適している。その衣類の内に、冷たい空気がふわりと通った。
『寵妃の離宮』と呼び表されているこの場所は、温くなることのない湧水に冷やされ、どれだけ暑い日でも冷たい風が通っている。離宮に続く渡り廊下を歩むフリソスの姿に気付いた女官たちが、頭を垂れて王を迎える。
 この離宮に立ち入る事を許されているのは、離宮の現在の主である『姫』に仕える限られた女官と、王たるフリソスだけであった。
 フリソスが入った離宮の中には、最低限の家具しかない。元より魔人族は、多くの家財や装飾を積み立てることを良しとする文化を有していない。人間族の『王』のような絢爛豪華な風俗は、魔人族には無いのだった。
 その部屋の大部分を占める寝台の上に横たわる女性が、ひとの気配に身動ぎした。薄く目を開けると、灰色の眸が気配の主を認めて優しげに緩む。
「"フリソス……"」
「"起きていたのか、プラティナ"」
 フリソスの声に応えようと、身体を起こそうとした彼女は、すぐに力尽きたように、ぱたりと手を寝台の上に戻した。
「"無理をするでない。まだ動けるような状態ではない筈だ"」
「"ごめんなさい……"」
 ぐったりと身を投げ出したまま、彼女--ラティナは、ようやく聞き取れる程度の弱々しい声を絞り出した。
「"少しは、目を覚ましていられるようになったの……フリソスのお蔭だね"」
「"綻びがあったとはいえ、『封印』を無理に突破するとは……無事で済んだから良かったものの、無茶をする"」
 そう言ってフリソスは、ラティナの額に掛かる髪を指先で払うと、そのまま彼女の折れた角の根元のあたりをそっと撫でた。
 魔人族にとって、『角』は種族の特徴であり、神性視されているものである。そこに触れるということは、非常に親しい相手にしか許されていない行為であった。
「"もう二度と、余に其方を失う選択をさせてくれるな……"」
 苦し気なフリソスの表情と声に、ラティナもまた、表情を曇らせた。
「"ごめんなさい……フリソス……"」
「"良い。其方が戻っただけで、何よりだ"」
  フリソスは微かに笑みを浮かべると、ラティナの額にその手を置いた。その途端、ふわりと周囲の『空気』が変化する。
 弱々しく苦し気に、浅い呼吸を繰り返していたラティナが、深く息をつく。元より白い肌を、不健康そうに青ざめさせていた顔に、血の気が微かに戻った。

 ヴィントによってヴァスィリオに連れて来られたラティナは、僅かな時間、フリソスとの邂逅を果たすと、そのまま意識を失った。
『八の魔王』としての彼女を縛る呪は、強力なものだった。
 ラティナはそれを不完全な形で突破する代償に、多くの力を『玉座』の元に置いて来た。
 その結果、ラティナは自らが存在する力--生きる力そのものすら、ほとんど失いかけてしまったのだった。
 それを自らの魔王としての力で補い、支え、整えたのが、フリソスだった。
『一の魔王』とは、最も『魔王』らしい力持つ魔王。神の末席としての『魔王の力』を操る術に、最も長けた存在だった。フリソスが、力操る術に長けた『一の魔王』でなければ、不可能なことであった。
 そのフリソスでも、ラティナと同じように『封印』を突破出来るかと問われれば、不可能だと断言せざるを得ない。力操る術に長けているからこそ、ラティナがどれだけの無理をおして、あり得ぬことを成してしまっているのかを理解していた。

 フリソスによってラティナは少しずつではあるが、回復の兆しを見せ、一日のほとんどを横になって過ごしてはいたが、ヴァスィリオに着いた当初のような危機的な状況は、脱していた。

「"私、フリソスに話さないと……いけないこと……いっぱいあるのに……"」
「"良い。余に全て委ねよ。其方は、自らのことだけ考えておれば良い"」
 深い睡魔に誘われて、ラティナの身体から力が抜ける。
 規則正しい寝息が聞こえて来たことで、フリソスはラティナの額から手を離した。

「"話さねばならぬこととは、自らの『眷属』のことか? プラティナ"」
 夢の中にいるラティナに声が届かぬことは承知の上で、フリソスは感情の籠らぬ声で呟いた。
「"余から、其方を奪おうとするとは……どのような輩か、まみえる時を心待ちにしておるよ"」
 やっと自らの元に戻った最愛の存在。
 何年もかけて捜し求めてきた。やっと再会出来たと思った矢先に、再び別離を体験することになるとは、思っても--理性では理解していても、受け入れたくは--なかった。
 彼女を失った時は、半身を抉られたような苦しみを味わった。
『一の魔王』としての自分は、『八の魔王』を封印しなくてはならなかった。最愛の彼女を殺させない為には、そうせざるを得なかった。
 それでも、その選択は、血を吐くような苦しみを伴っていたのだ。

 再び自らの傍に、最愛の姫たる彼女を取り戻した以上、もう失うような真似はしない。全身全霊を以て護ってみせる。
 フリソスは、そう決意を胸に秘めながら、語り掛けるように、此処にはいない存在へと声を発した。
「"のう、『白金の勇者』よ"」
GWの書き溜めで、対魔王話を書ききりました。カウントダウンは始まっております。後暫し、お付き合い下さいませ。
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