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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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戦乱の魔王。

 不穏な空気は、クロイツの街の中にも漂っていた。
 クロイツには直接的な被害はなかったが、ラーバンド国内で起こった『四の魔王』による疫病の話題は、この街まで届いている。『魔素』という目に見えないものへの恐怖と言うのも大きい。旅人という外部から訪れる者に寛容な街であるが故に、知らず病を持ち込まれているのではないかという不安はどうしてもつきまとう。
『四の魔王』が滅びても、世の全ての病が姿を消す訳ではない。魔王によって『魔素』が活性化することはなくなる為、広大な範囲で迅速な流行ということは起こらなくなるが、病自体が無くなるということはないのだ。

 人心が乱れれば、本来なら起こり得ないトラブルも多発する傾向となる。
 それでもそれが『不穏な空気』で済んでいるのは、治療院としての役割を持つ『藍の神(ニーリー)』の神殿と治安維持を担う憲兵隊。そして旅人の代表格である冒険者たちが何よりも規律を以て街の警護をしていたからだった。

「『四の魔王』の次は、『七の魔王』の討伐に向かうことが決まったみたいよ、あの馬鹿は」
『踊る虎猫亭』でそう言ったリタの言葉の響きには、呆れと不安の感情が滲んでいた。デイルが姿を消してから、彼の動向を『虎猫亭』の皆に伝えているのは、『緑の神(アクダル)の伝言板』を扱うリタだった。本心からどうでも良いと思っていれば、わざわざそんなことはしない。妻の口の悪さの裏にある心配に、夫であるケニスは苦笑だけで応じた。
「『七の魔王』は、ラーバンド国からは離れているとはいえ、幾つかの国を滅ぼしただろう。東の方では、難民で混乱しているって話も流れて来ている」
「流通にも影響が出て来ているわね……いつになったら、落ち着くのかしら」
 リタは不安を抱いた表情のまま、腕の中で眠る愛娘を見詰めた。すやすやと穏やかな寝息をたてる娘の姿に、胸の中の不安は大きくなる。
 それは親であるからだった。
 我が子がこれから生きる世界が、穏やかな平和なものであって欲しいと望むことは、当たり前の心理だった。
「あの馬鹿に、全部負わせたくなんて、ないんだけどね……」
 ぽつりと呟いて、リタは溜め息をついた。
 客の数も少なかった為か、ちょうど途切れた会話の間、しんと静まった店内に、裏庭で遊ぶテオの歓声が響く。変わらず健やかに育ってくれる息子のことは、親である二人にとって、紛れもない安堵できる『良い話題』であった。

「おかえりー」
「わふぅっ」

「ん?」
「あら?」
 息子の声に、ケニスとリタが同時に声をあげた。
 暫く姿を見せず、声も聞いていなかった何者かが、返答していたような気がする。
 顔を見合わせた夫婦は、更に続いた息子の声に、同じような顔で硬直した。

「ねぇね、ふるさと、つれて行けたのー?」
「わんっ」
「おつかれーっ。ヴィーすごいねぇ」

 息子は何を仕出かした!? そして何を知っている!?--と、互いの顔色だけで意志の疎通を交わした『虎猫亭』の夫婦ではあったが、あまりにも急な状況に、問い質す言葉に迷った。
 何が起こっているのか、少々理解に苦しむ。自分たちの息子が『ねぇね』と呼ぶ相手が、唯一無二に限られることを知っていても尚である。
 そんな大人の常識など知ったこともないとばかりに、テオの言葉は続いた。

「ねぇねのふるさと、ヴァスィリオって言うんだよ。ぼく知ってるもん」
「わんっ」
「ねぇね今、そこにいるの?」
「わふっ」
「ぼくお手紙かくねー。ヴィー、はこんでくれる?」
「わふっ」

「……」
「……」
 現実逃避は、するべきではない。夫婦は無言のまま、その結論へと至った。
 事実をそうやって呑み込むと、ケニスは店内の数少ない客相手に声を張った。
「状況が変わった! ジルヴェスターを呼べ!」
「シルビアにも、声を掛けるわねっ」
「っと、その前に、テオ! テオっ! お前、一体何を知ってるっ?」

 幼児とわんこが共謀していたことを大人たちが知るのは、この直後のことであった。
 罪悪感の欠片もなく胸を張る幼児の前で、大人たちが--泣く子もひきつけを起こして泣き声を失う程の強面たちも含まれる--項垂れるという、世にも珍しい光景に、たまたまそのタイミングで『踊る虎猫亭』を訪れた一般の客が、びくりとするなんて一幕もあったりしたのであった。

 余談だが、ヴァスィリオで意識を取り戻すこととなったラティナも、心底混乱した。彼女は、朦朧とした意識の中で、自分が発言した言葉をはっきりと把握はしていなかった。その上、口に出したからといって、それが実現しているとは思ってもみなかった。
 ヴィントは、ただのわんこではなく、幻獣たる天翔狼、最強の個体ハーゲルの総領息子わんこであったのであった。



 クロイツで、そんな阿鼻叫喚な騒ぎが起こっていることも、遠き地にいるデイルには、届くことはなかった。
 今のデイルにとって、『踊る虎猫亭』は辛すぎる場所だった。彼方此方に、ラティナとの優しい思い出が残っている。彼女が過ごした痕跡が残っている。それを見ることは、今のデイルには出来ないことだった。
『虎猫亭』の人びとと距離を取ったのも、似た理由だ。あの店はデイルが『自分のままでいられる場所』だった。兄貴分であるケニスと、喧嘩友だちであるリタのいる、自分の感情を無理に圧し殺す必要のない場所だった。ラティナと出逢う前のデイルが、自分の仕事に心を磨り減らしても、心折れることがなかったのは、あの店があったからだった。
 だから、今は帰れない。
 今の自分は、『自分』ではいられない。
 そして、そんな自分を、あの店の人びとに見せたくはなかったのだった。

 まさかそこの、更に幼児と仔狼が自分の求める最重要な情報を握っているだなんてことは、デイルは全く予想もしていなかった。

『七の魔王』は、戦乱の魔王。戦そのものを愛し、圧倒的な武力で蹂躙することを望む存在。
 そこには確かに支配欲もあるだろう。だが、彼の魔王には、自らの領土を安寧を守る為に統治しようという考えは無い。あくまでも領土は自らの軍の糧として、搾取する為だけに存在することを許される。
 目的からして破綻しているのだ。
 領土を拡げる為に戦を起こすのではない。自らの支配欲を満たす為に戦を起こすのではない。領土が拡がることも、支配者として君臨するのも、結果でしかない。目的はあくまでも戦乱そのものだった。
 だから『七の魔王』の領土は、皆、疲弊し、荒れ果てている。滅ぼされることを回避する為にその軍門に下っても、食い荒らされるのを待つだけの絶望の中に身を置くこととなるのだ。

『魔王』の対存在としては、反則級の力を有する今のデイルでも、『七の魔王』と対するには、独りで事を成すことは困難だった。
 相手は『軍』だ。
 個人の能力で雌雄を決するのではなく、大軍を相手にしなくてはならない。戦いではなく、戦争をしなくてはならない相手だった。

『四の魔王』を討った、白金の勇者と呼ばれる対存在を擁するラーバンド国は、周辺諸国と連合して対『七の魔王』の軍を興した。
 ラーバンド国に比べ小国であり国力の低い諸国は、このまま『七の魔王』の軍が攻め入れば、蹂躙されるのを待つだけになる。
 ラーバンド国も、自らの領土内で、彼の魔王との決戦を行いたくはなかった。
 各国の思惑が絡み合う中で、協定が素早く結ばれたのは、もう一刻の猶予もなかったからだった。

「名目上は、お前は俺の配下となる。単独行動は控えてくれ」
「わかってるよ」
 エルディシュデット公爵家の者として、一軍を預かる身であるグレゴールに、デイルはかすかな笑いを向けて答えた。
「お前も大変だな」
「……別に、ラーバンド国貴族として、こういう機会は何時かあるとは思っていた」
 騎乗してグレゴールの隣で言葉を交わすデイルは、象徴としての仕事をこなす為に今日も白金の鎧に身を包んでいる。
 ハーゲルは、その存在が軍馬を怯えさせるので、距離を取って同行していた。いくら勇猛な軍馬とはいえ、強力な肉食獣たる幻獣のプレッシャーは荷が重いのであった。
 そのデイルの姿に、周囲の騎士や歩兵の士気は明らかに上がっていた。過剰な程の周囲の期待に、容易く応じる生きる伝説。日に日に高まる期待と名声に、デイルは重圧を感じている様子はない。
(……違うな、重圧を感じていないのではなく、自らの評価に興味が無いのか)
 内心で嘆息したグレゴール は真っ直ぐ前を向いて馬を進めた。

 自分たちの煩悩を、周囲の兵たちに気取られてはならない。
 自分たちの役割は、象徴だ。揺るぎなく人心を支える象徴として存在しなければならない。

 自分たちの心を支えてくれる存在を求めることは罪だろうかと、考えながら。
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