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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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灰色のわんこ、くりくり幼児と暗躍する。

(ここ、どこ……?)
 うまく働かない頭は、現実味のない風景と相まって、彼女に現状を把握する力を与えてくれなかった。再び落ちてしまいそうなまぶたを精一杯の努力で抉じ開けて、何が起こったのかを思い出そうとする。

「デイル……どこ……?」
 無意識のうちに溢れ出た名前に、少し意識がはっきりとした。
 それは、自分にとって大切なひとの名前。誰よりも大好きな--何に代えても守りたかったひとの名前だった。
 そこまでを思い出すと、ラティナはようやく自分の状況を思い出すことが出来た。
(わたし……なんで……)
 自分は『理の魔王』により、封じられた筈だった。自分も含めた全ての魔王の総意により成された呪縛は非常に強力なもので、再び目覚めることは、ないものだと思っていた。
 何故、今自分の意識はあるのだろうか。
(なんで……?)
 その時、霞む視界に入った、あるひとつの玉座の様子に、ラティナは息を呑んだ。
 意識を失う前に見た、枯れた樹が絡みつく玉座。その樹が大きく裂けていた。無惨なものだと背筋に冷たいものを感じるほどに、酷く痛々しい姿になっていた。
(な……なに……?)
 うまく動かない身体を、もどかしいほどにゆっくり起こし、ラティナは他の玉座も視界に収めた。
 その玉座だけではなかった。その隣の玉座に置かれていた分厚い書物はびりびりに裂かれ、頁は散乱し、表紙の一部には焦げた跡があった。
 その更に隣の玉座に置かれていた巨大な刃は、途中で滑らかな断面を見せて断ち切られている。玉座の上に落ちた柄の様子に、何故だかぶるりと震えた。
(なにが、おこったの……?)
 あれからどれだけの時間が経ったのかもわからない。
 だか、何か異常な事態が起こってしまったのだと、そんな気がした。

「デイル……」
 不安な気持ちのままに、呟くと、それが答えであるように思う。
 自分は、彼以外に、彼以上に、何かをしてしまいそうなひとを知らない。

(どうしよう……)
 考えようとしたが、頭はうまく働いてくれなかった。夢の中にいる時のように、脳内に何重にも霞みがかかって、筋道をたてて思考することが出来ない。
(どうしよう、どうしよう……)
 混乱したまま、それでも視線を動かして目的の玉座を見つけ出す。一つめ(・ ・ ・)の玉座は、意識を失う前と変わりなくそこに佇んでいる。すっと真っ直ぐ在る王笏は、かすかな傷も、歪みも見つけることは出来ない。
「フリソス……」
 無事を確信して、安堵する。
 そして彼女はすぐに再び混乱していった。
(どうしよう……デイル……フリソス……)
 二人を争わせたくなかった。ラティナにとって最愛のひとは間違いなくデイルだったが、フリソスも大切な存在だった。ラティナにとって二人の立ち位置は異なり過ぎて、同じ価値ではかることは出来ない。
(どうしよう……まもらなきゃ……まもらなきゃ……)
 ぐるぐると回る思考の中で、それだけを繰り返す。

 デイルが、自分の為にフリソスを傷付ける。それだけはさせてはならない。ラティナにとって、二人とも守りたいひとだった。大切な二人を争わせたくないと、動かない頭で必死に考える。

 身体を起こす。
 自分のものとは思えないほどに重たい身体を動かし、ラティナは玉座の上から天を見上げる。
「ここから……でなきゃ……デイルを、とめなきゃ……」

 ラティナは自分の『魔王』としての力も能力も、未だほとんど把握していない。彼女が欲してしまったのは、『魔王として得られる大きな力』ではなく、魔王と成ることで得られる『眷属をつくる力』だけだった。他の能力に興味はなかったし、そのうちに、長い時間をかけてゆっくり知っていけば良いものだとも思っていた。
 それでもラティナは、知っていた。
 自分の中に在る『力』を制御して、思うままに扱う能力。自分が本来持っていたものではない、自分の魔力とは異なる魔王としての魔力を選別して練り直す。精緻としか言えない精度のコントロールを繰り返す。
 動かない頭でも、感覚的に行えるそれは、ラティナにとって最も得意とする類いのものだった。

 魔王としての力の多くを、自分から切り離す。
『八の魔王を封じる』という呪に、自らのほとんどの力を委ねて、ラティナは自我を浮上させた。


 目が開けられなかった。
 重たい。身体も、まぶたも、重たくて動かすことが出来ない。
 息をうまくすることが出来なかった。吸っても吸っても、うまく酸素が入ってこない。
 やらなければいけないことがあった筈だった。沈んでしまいそうな意識を、その一念だけで繋ぎ止める。
「デイル……フリソス……」
 二人のところに行かないといけない。そう思うのに、身体は言うことを聞いてくれない。
 動かないまぶたの裏がじんわりと熱くなる。鼻の奥がつんとする。どうしてこんなに自分は何も出来ないのだろうと、涙が溢れた。

 どれだけの間、そうしていたのかもわからない。
 涙が何かに拭われる感覚がして、ラティナはほんの少しだけまぶたを開けた。
 灰色の柔らかな毛皮の感触が頬にあたる。
 お日さまのにおいがする。
「ヴィント……?」
「わん」
 変わらない声が答えてくれて、ラティナは再び涙を溢れさせた。ヴィントが涙を拭うように舐めてくるのを、そのまま受け止める。
「ヴィント……デイル……デイル、どこ?」
「デイルいない」
「なんで……いつ、かえって、くる……?」
「わからない。ずっとかえってこない。みんな、わからない、いってる」
 再び思考がぐるぐる回る。
 どうしようと、それだけを繰り返す。
 何処にいるのかわからないデイルを、どうやって止めれば良いのかもわからなかった。
 今、自分がいる場所すら曖昧なラティナは、心の中に残されていたもうひとりの大切な人物の名を絞り出す。
「フリソス……」
「わふ?」
「ヴィント……おねがい、フリソスのところに……ヴァスィリオに、つれていって……」
「わん」
「ヴァスィリオに……」
 意識が混濁する前に、ラティナはそう繰り返して、ヴィントの毛皮に顔を埋めた。
 デイルの居場所がわからないのならば、後は居場所のわかるフリソスの元に行くしかない。動かないラティナの頭は、その結論を導き出すのが精一杯だった。
 階下にいる(・ ・ ・ ・ ・)、大人たちの誰かが、今の彼女の言葉を聞くことが出来たならば、ラティナにもっと適切な方法を提示しただろう。きちんとした精神状態のラティナであれば、助けを求めることが出来た筈のことだった。

「わん」
「ヴィー、ぼく知ってる。ねぇねの生まれた国、あっちなんだよ」

 だか、彼女のその言葉を聞いていたのは、忠実なわんこと、黒髪の幼児だけであったのである。

『踊る虎猫亭』の屋根裏部屋に、突然現れたラティナの気配に、いつものようにテオと過ごしていたヴィントはすぐさま駆けつけた。
 放り置かれておかんむりになったテオは、慌ててその後を追いかけたが、行方不明になっていた大好きなラティナの姿に、ヴィントに対して怒ることは直ぐに弾け飛んでしまった。
 抱き付いて、何処に行っていたのか聞きたかったが、具合の悪そうなラティナの様子にそれは我慢する。
 テオは、大好きなお姉ちゃんのお願いは、叶えてあげるべきだと思った。あんなに苦しそうで、泣きながらお願いしているのだ。いつも自分に優しくしてくれるお姉ちゃんに、自分も優しくしてあげるのだ。
 幼いながらも抱く責任感で、テオはヴィントと協力して事を成す為に動き出した。
 テオが屋根裏部屋の窓を開けると、ヴィントはそこから顔を出して鼻をフスフスと動かした。テオの指した南の森よりも更に先の方向のにおいを嗅いで、何かに得心したように頷く。
「わかった。あっち」
「ヴィー、ねぇね、おんぶする?」
「わふ」
 ぐったりとしているラティナを、ヴィントの背に乗せる。五歳のテオにとっては大仕事だったが、なんとかやり遂げることが出来た。テオはしばらく考えて、ラティナが落ちてしまっては大変だと、紐でヴィントの身体と結びつける。妹のエマを母親がおぶっている様子などを見ていたから、なんとなくうまくやることが出来た。
「ヴィー、まどから出れる?」
「むり」
「そっか」
 テオは、少し考える。そして先に自分が降りて行って父親の姿がないことを確認して、合図を出すことに決めた。
 お姉ちゃんのお願いを叶える為には、父親たちに見つかってしまう訳にはいかない。毎日の幻獣との遊びで身体能力が向上していた五歳児は、機敏にその諜報活動をやってのけた。

 翼を広げて空に舞ったヴィントに向かって、テオは大きく手を振る。
「いってらっしゃいー」
 ラティナの魔法の補助がない状態では、ラティナを乗せて空を飛ぶことはヴィントにとって大仕事だが、全く不可能ということではなかった。
 何度も休憩すればなんとかなるだろうと、深いことは考えずに、マイペースわんこは目的の方向に羽ばたきはじめた。
 そんなひとりと一匹を裏庭で見送っていたテオに、店の掃除をしていたケニスはようやく気付いた。
「どうした、テオ?」
「ヴィーに、いってらっしゃいしてた」
「……ヴィントに? 何処かに出掛けたのか?」
 息子は、何かをやり遂げたような、満足そうな顔をしていたのだが、ケニスはその理由にまではさすがに気付くことは出来なかった。

 大人たちが必死に行方を捜している、白金色の少女は、こうやって一匹のわんことひとりの幼児の活躍により、ヴァスィリオへと向かって行ったのであった。
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