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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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塔の魔王。(後)

 生き残ること、それが今の彼女の思考の最優先事項だった。
 その為には、眼前の『勇者』をなんとか説得しなくてはならない。彼の望むものを全て差し出すことも厭わない。知識を司る魔王たる自分が差し出せる主なものは『情報』だろう。

 そう思考を巡らせる彼女には、目の前の勇者を打ち倒して生き残るという選択肢は既に除外されていた。
 いくら対存在とはいえ、『勇者』であれば無条件で『魔王』を討てるということは無い。『勇者』の持つちからは、あくまでも『魔王を護る運命』というちからを無力化することだ。その先は、純然たる互いの能力が雌雄を決することとなる。
『五の魔王』たる彼女は、眼前の男を討ち果たすだけの力が、自分に無いことを理解していた。
 自分よりも純然たる戦闘能力に秀でた多くの眷属たちを、打ち倒し無力化してこの塔に侵入したにも関わらず、無傷であるこの『化け物』には、抗う力など無い。

 ()んでしまえば、知識の追求という自らの願いは全て絶たれる。
 眷属はまた追々増やせば良い。

「私は、『五の魔王』……人間族の勇者が、何用か?」
 男は無言のまま、自らの左腕を口元に寄せた。視線も剣先も微塵も彼女から動かさず、腕を包む籠手の金具を、口を使い幾つか外し緩めていく。
 男の行動の理由がわからないまま、息を詰める魔王の前で、彼は、左手の手袋を外した。
「……ひっ」
 男の手の甲を見て、『五の魔王』は息を呑んだ。
 それは、先程彼女が『可能性』として考えて、あり得ない存在として除外したものである証明だった。
「あり得ぬ……そんな、そんなこと……」
『魔王の眷属』となる『勇者』がいるなど、あり得ないことだった。勇者の本質とは、神によって定められたものだ。それが『魔王を削ぐ』という本来の理から、歪められ逸れた時には、神による加護も失われる。あり得る筈がない。
『可能性』としては思い浮かんでいた。
 魔族として強大なちからを授けている自分の眷属を、圧倒した存在。どんな英傑でも武術の達人でも簡単に成せることではない。ならば、自分の眷属よりも大きなちからを与えられている『魔族』の行動とも考えられた。
 だが、それ(・ ・)と勇者は両立しない概念だ。
 だから可能性を除外し、存在を理解出来ないと混乱した。

 そこで彼女は、気付いてしまった。
 魔王であっても、『勇者』の存在と相反することの無い唯一の存在に。
 血の気が失せる。
 その事実は、決して自分にとって状況を好転させるものではない。

「は……八の魔王の、眷属……かえ?」
「何故そう思う」
 男の声には、疑問を挟むことを許していない、冷たい拒絶の意思が感じられた。だからこそ彼女は、問われた言葉の回答のみを絞り出す。恐らくはこれが、男の目的だろう。男が求める問いに応じることだけが、今の自分を少しでも延命させる手段であるのだ。
「『勇者』を、眷属と出来る可能性を持つ存在(もの)は、『八の魔王』のみだからじゃ」
「……『八の魔王』とは、なんだ」
 男の問いに、疑問を感じつつも、声を震わせながら彼女は答えを継いだ。眷属でありながら、自らの主が何であるかを知らないことなどあるのだろうか。
「『八の魔王』とは、神が魔王のちからを削ぐ為に作りし玉座の主……永遠を約束された魔王のいのちの時間を、有限のものにする……魔王を喰らいし存在じゃ」
 彼女のその答えを聞いた後で、男は表情を少し緩めた。笑みと呼ばれる表情への変化であるのに、彼女は自らの体温が数度下がる錯覚を覚えた。
 そして男は、再び問いを口にした。

「……俺の『主』を奪ったのは、お前か?」
「ひ……っ!」

 襲撃は、誤解でも勘違いでもない。
 正当な理由に基づいた復讐だ。
 その瞬間、彼女は男への説得が不可能であることを理解してしまった。
 自分たちによって、『八の魔王』は封印され、外界への干渉が出来ぬようになっている筈だ。ならば、この男、『八の魔王の眷属』は、支配されていることによって、主の為に動いているのではない。自主的な判断だ。何処からその忠誠心が出ているかもわからない状況で、それを覆すことはまず不可能だ。

「私だけではない……っ」
 咄嗟に出たのは、その言葉だった。
「『八の魔王』を封じたのは、魔王の総意……っ! 私だけで為したことではないっ! 私だけの力で封じたのではないっ」
 自分に掛けられた責任を、転嫁する為の言葉を重ねる。他の魔王にこの男の憎悪が向くことなど、知ったことではなかった。
 ただ、眼前の恐ろしい存在から逃れたかった。
「何なのじゃ? お前は何なのじゃ……っ! 『八の魔王』は幾人の眷属を生み出しておったのじゃ……っ!?」
「……安心しろよ……俺は、俺の『主』にとって唯一の眷属だ」

 男の声音には、揶揄いが籠められていたのだが、彼女はそれには気付かず、言葉の内容を理解して、真に絶望した。
「なんと……」
『八の魔王』はなんという『化け物』を生み出していたのか。『八の魔王』が何を考えているのか、全く理解出来なかった。
 従順に自らの滅びを受け入れる様子を示していながら、このような眷属を用意していた理由が、全くわからなかった。

 魔王が、眷属を生み出す為のちからというのは、限られている。
 制限なく眷属をつくることは出来ないのだ。
 そのちからを使い切った後で、回復するまでには、途方もない時間が必要となる。『魔王』といえど、自らの眷属たる『魔族』を使い捨ての道具にするには、リスクが大きなものとなるのだ。
 多くのちからを与えれば、より強大なちから持つ魔族となるが、従えることの出来る個体の総数が少なくなる。あまりにも多数を魔族とすれば、個々の能力は低いものとなる。
 無論全ての眷属に同じちからを与えなければならないということは無い。それらの配分も含めて、各々の魔王の個性となっていくのだ。

 その、眷属を生み出す全てのちからを、唯一人に。

 それならば、全て納得してしまう。戦闘能力に秀でた自分の眷属を圧倒した力にも。魔王である自分をこれほどまでに威圧する、存在感にも。

「あ……あ……」
 間違えた、のだ。自分たちは間違えたのだ。
『命を惜しむ』のであれば、『八の魔王』を排除する為に動くのではなかった。『八の魔王』から離れるべきであった。決して触れてはならなかった。
 自分たちの天敵は、『八の魔王』ではない。--この男の方だ。

 黒いコートの男が降り下ろした刃が煌めくのを、ひどくゆっくりと感じる刹那の間で眺めながら、『五の魔王』は、自らの長い生の終わりを、その思考で締めくくったのだった。


『塔』を出ると、冷たい風が頬を撫でた。自分の国ではそろそろ夏を迎えるというのに、季節が異なるこの土地では、まだ春は先の事だという。
 幾つも重なる屍に鼻先を向けて、生死を確認していた巨体の灰色の獣が、彼の気配に視線を向けた。
「どうであった?」
「やはり、予想通りだった」
 獣の発した問いに、短く答える。
「ラティナを奪ったのは、魔王たち(・ ・)だ。……俺の敵は、全ての魔王だ」
 その男--デイルの言葉に、獣--天翔狼という種族の群れを率いていた(・ ・)巨体の『彼』は、低く喉を鳴らす。この凄惨な光景の中とは思えぬ含み笑いにも似たその声に、デイルは訝しげに眉を上げる。
「良かったではないか」
 ヴィントの父であり、ハーゲルと仮の名を呼ぶことを許した天翔狼は、デイルに低い声で言った。
「憎むべき相手が、我等の敵が、明らかとなった」
「……そうだな」
 ハーゲルは立ち上がると、翼を広げ身体を伸ばした。
「『魔王』が相手か。不足もなし。命を賭けるに値する(いくさ)として興に乗る相手よな」
「……付き合ってくれるのか?」
 ほとんど表情の動かなかったデイルが、ハーゲルの言葉に、さすがに驚きを面に出した。ハーゲルは、再び含み笑いのように喉を鳴らした。
「我が群れのことは、次代に継いできた。一生に一度くらいは、自らの力を無我の境地で試すことも面白い」
『彼』は、自分の祖母の『友人』だ。あるいは祖母の代わりに自分の行く末を見守るつもりなのかもしれない。
 デイルはそんなことも考えたが、何を言っても野暮になりそうで、唯、謝意のみを伝えた。
「……感謝する」

 屠った魔族の遺体を塔の中に放り込み、ハーゲルの魔術で火を放つ。『彼』は、更に風の魔術で塔の内部に、新鮮な酸素を送り込んでいった。塔は瞬く間に、炎が渦巻き、赤く輝く一本の柱と化した。
 内部に蓄えられていた大量の蔵書の中には、失うことすら世界の損失と言われる希少な物もあるのかもしれないが、知ったことではなかった。
 焼き付くしてやりたいという衝動を、堪える必要性が見出だせなかった。

 正義、などではない。
 全ては自分の思いの為に。
「必ず、取り戻すからな……」
 彼女がそこ(・ ・)には在ないことを理解していても、燃え上がる塔の炎が天に向かうのを見上げたデイルは、蒼天に呟きをもらしたのだった。
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