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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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塔の魔王。(前)

 何が起こったのか、彼女には理解が出来なかった。

 数多の年月を、知識の追求に費やしてきた。その貪欲なまでの執念にも似た欲望こそが『鍵』となり、彼女は『永遠』ともとれる時間を手に入れた。
『魔王』は、衰えて死ぬことは無い。
 魔王が滅ぶ時とは、対存在である『勇者』の干渉を受けた時だけだ。
 その力を得るということは、老いどころか寿命も超越するということ。世界中の万物を知る為には、長寿種と呼ばれる自らの本来の時間(じゅみょう)でも到底足りることはなかった。彼女は知識を得る為に、喜んで差し出された『魔王というちから』を手にしたのだ。


 もつれそうになる脚を動かして、階段をのぼる。螺旋につながる階段は彼女の居城である『塔』の壁に沿って上へ上へと延びている。
 普段急ぐことのない、--何せ時間は悠久に持っているのだ。急ぐ必要など無い--彼女にとっては、階段を息を乱しつつ走ることなど起こり得ないことだった。階段の左右の壁は大量という形容では収まらない膨大な書籍が収められた本棚となっている。そこに視線を走らせることもなく、ただひたすら上へ上へと階段をのぼる。


 意味の無いことだと数えることを止める程の時間を経て、世界に七つの魔王が揃った時、彼女にとっての『日常』は、綻び始めた。
 魔力が、流出する感覚。
 正確には、『魔力』ではないだろう。自分を『魔王として定め魔王として在る』為のちから。それが水瓶の底に空いた小さな穴から水が溢れていくように、少しずつ流出しているような感覚を覚えた。
 それが意味することを悟った時、恐怖した。
 この『ちから』が全て流出した時、自分は恐らく『魔王』として存在していることは出来なくなる。
 --それは、まるで『寿命』のようではないか。
 限りのある時間から逃れ、自らの望みの為に魔王となったというのに、再び時間の制約に縛られるのは、許容できることではなかった。

 原因を探した。
 自分は、知識を集めし『魔王』だ。得られぬ知識などある筈がない。その一心で膨大な知識の奔流の中から、自らが求める情報を取捨選択した。
 そして、見つけ出した。『八の魔王』--全ての(一から七までの)魔王が世界に現れた時のみを、発生の条件とする八つめの『玉座』。そこの主--の情報を。
『七色の神々』は、世界の均衡を司どっている。神々は、魔王の力が強くなりすぎることも望まないのだ。対存在である『勇者』だけでは魔王の力を削ぎきれなかった時、新たな魔王の制御機構として『八の魔王』を遣わせるのだ。

『八の魔王』は、『魔王の存在するちから』を奪う。何をする訳でもなく、唯在るだけで、『魔王の命の時間』を限らせる。

 理の数(一から七までの)魔王と同種の、『魔王』と呼ぶ以外に無い存在でありながら、限りなく異質な存在。それが理の外の魔王という存在だった。

『八の魔王』の存在を許すことは出来なかった。

 だから、本来一同に会することなどない、全ての『理の魔王』を玉座の元に召集したのだ。本来同じ目的を持つことなどない魔王だが、共通の害悪相手ならば、それにも変化があるだろう。
『神』が自分たちを世界から排除する為に用意した『八の魔王』を、先にこの世界から排除する為に。


 下に居る自らの眷属たちは、役目を果たすことが出来るだろうか。
 息を調える為に、階段をのぼる速度をおとしながら考える。
 それでも脚を止めることが出来なかったのは、恐怖の為だった。
(なんだったのだ……あれ(・ ・)は……)
 思い返しただけで怖気が走る。
 彼女にとって、『理解出来ないもの』程、恐ろしいものは無い。
「……っ! ひっ……!」
 喉に引っ掛かったひきつった声を上げたのは、自らの呼吸音の合間に、遠くから響く足音を聞き分けたからだった。
 決して少ない数ではない眷属たちがどうなったのか、考えたくも無かった。
 自分は『魔王』であるが、能力は知識を追及するという在り方に特化している。彼女自身の『戦闘能力』というべきものは皆無だった。その代わり、眷属たちには、戦うことを得手とする者たちを従えている。『二の魔王』や『七の魔王』のような戦闘特出型の魔王が直々に来たならば難しいだろうが、他の魔王の『魔族』相手だとしても遅れを取ることは無い。

 あれ(・ ・)は、何だ?

 その『可能性』は、彼女は膨大な知識の中から回答を導き出している。だが、否定する。あり得ない。そんな存在(もの)が居る筈がない。
 自らの知識を自らで否定するという愚行を理解していても、呼吸に応じるように乱れた彼女の心は、そうあって欲しいという願望を答えとしたのだ。

 塔の最上階は、がらんとした空間になっていた。
 ここまで上がって来る者はめったにいない。使われた様子の無い数点の家具が、なんとか部屋としての体裁を保っている寂れた空間だ。従僕が清めていることもあり、埃が舞うことだけは無かった。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
 乱れた息を必死に調える。こんな風に追い詰められる心情になることすら理解が難しい。
 扉を塞ぐなどと、無駄な行為はしない。障害物を積んだとしても一瞬で魔法によって蹴散らされるだろう。時間稼ぎにもならない行動に労力を費やすことは意味が無い。
「"冥が司るものよ静謐たる安寧を護りしものよ闇よ、我が名のもと我が敵を討つちからとなりて我に従え"」
 言葉を重ね、時間の許す限り魔力を最大限までに練る。これが自分に出来る最大限の抵抗だ。眷属によって手負いであるならば、討ち取ることも出来るだろう。戦闘を不得手とする自分でも、相手が向かって来る場所がわかるこの場所であれば、仕損じることなく事が成せる筈だ。
「"星を縛りしちからを……"」

 その彼女の算段は、あっさりと覆された。
「……ひっ」
 息を呑む。
 何が起こったか、理解出来ない。瞬きする程の間で、自分の喉元に冷たく光る刃が突き付けられていた。
(わざと……)
 遅れて気付く。大きく足音をたてて、追っ手の存在を自分に気付かせていたのは、自分を威圧する為ではない。距離を誤認させ正確な間合いを見失わせる為だ。
 自分と異なり、見るからに強靭な体躯を持つ眼前の『存在』が、階段の途中で自分に追い付くことなど、簡単に出来ることだった。
 相手にとっては、自分が動きを止めた場所を、終点であると察することなど容易いだろう。そこで一気に足を早めるだけで、自分は簡単に手玉に取られてしまうのだ。
 後から気付いても全ては無駄なことだった。

 ごくりと唾を飲み込み、彼女は必死に脳を働かせる。刃の先端がチリチリと喉を掠めるが、それ以上、突き入れられることはない。
 どうやら、予想の通りらしい。相手の目的は直ぐさま自分を殺めることではなく、この塔の魔王たる『五の魔王(じ ぶ ん)』に用があるようだ。

 彼女は、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻して、眼前の侵入者を観察する。
 黒い革のコート姿の若い人間族の男だ。黒い眸に感情の揺らぎは感じられず、ひどく静かに冷えた輝きを灯している。
(……人間族、なら)
 条件を満たすと彼女は考えた。魔王を生む一族たる魔人族以外の人族なれば、『勇者』の発生条件を満たしている。
 魔王たる自分に届く刃を握る存在は、対存在である『勇者』以外にはあり得ない(・ ・ ・ ・ ・)

 人間族の国に、自分は害を成した記憶は無い。
 他の魔王と、思い違いをしているのではないだろうか。『魔王』という存在を畏れ敬うが故に、誤った流言が罷り通っていることも知っていた。
『魔王』だからといって、全てが人間族と敵対している訳ではないことを、伝えるべきだろう。
 先ずはこの窮地を乗りきらなくてはならない。
 人間族の言葉の中から、この塔の在る地区で主に使用されている東方諸国語を選んで声を出す。
「何が、望みだ?」
「……東方語か」
 男は同じ響きの言語で低く呟くと、ほんの少しだけ刃を引いた。これで、声を出しただけで喉を裂かれる心配はなくなった。だが男は刃を納める気はないようだった。今も、自分が僅かなりとも意に沿わぬ行動を取れば、簡単に命を奪えるとばかりに、ぴたりと冷えた眸で見据えている。

 よく見れば、刃には血と脂の曇りがある。黒いコートで見極めることが難しいが、コートから流れ落ち、床に滴りを作る血潮を見れば返り血を相当量浴びているようだ。
 極度の緊張から麻痺していた嗅覚が、視覚に応じて血の臭いを嗅ぎとる。
 自分の眷属たちの末路を悟っても、怒りや憎悪を抱くよりも、恐怖が全ての感情を駆逐した。

『魔王』を害せる者は、魔王と勇者以外には存在しない。
 彼女は、『自らの命の危機』というものを魔王となってから初めてひしひしと感じていた。『八の魔王』に対する恐怖の比ではない。いつか来るであろう未来への不安と、直前に突き付けられた死そのものを比べることなど出来ないのだった。
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