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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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白金の娘、--消滅る。

本日三巻発売日です。ですが、今回からしばらく、ほのぼのを封印したシリアス要素ましましでお送り致します。
当方のハッピーエンド主義だけは、曲げる気がしないということだけは、主張しておきます。
 --その日が来たのは、突然だった。
 少なくとも、『その日』が来ることを知らない人びとにとっては、前触れもなく訪れた出来事だった。

 フリソスとの邂逅の後、ラティナは思い悩む様子で塞ぎこんだ。

 数少ない故郷での、『良い思い出』に繋がる知己であるフリソスとの再会は、その意にそえぬ事がわかっていても尚、嬉しさも感じるものである筈だった。
 これが、永久の別れでさえなければ。
 悲しんでくれる存在が故郷にいることに、喜びのようなものも感じながら、ラティナはフリソスと別れた。
 最後の最後までそれに納得した様子では無かったフリソスだったが、扉の外で待っていた部下のひとりである魔族--ラティナをここまで連れて来た男性だった--が、室内に入って来たことで表面上は冷静さを取り繕った。内心の激しい感情を隠して、ラティナを抱く腕を離した。

 まだ即位して間もない『魔王』である以上、部下の前でも気を抜くことは出来ないのだと察して、ラティナは表情を曇らせた。
 その内面をさらけだすことを許される唯一の存在として、自分は求められていたのだろう。
 自分の選択は、大切なひとたちを苦しめてしまう。共に生きることだけを願った愛するひとを裏切り、幼い頃の約束を守ってくれたひとの願いを叶えることも出来ない。
「やっぱり、私は、災いをもたらすんだね……モヴの『予言』通りに……」
 稀代の姫神子と呼ばれた、故郷でも最高位の神官の下した神託。
 それに抗うことは出来なかったのだと、ラティナは背中にフリソスの視線を感じながら、涙を溢した。


 ラティナの様子がおかしい事には、『虎猫亭』の人びとも気が付いた。だが現在の彼女の状況から、多少塞ぎこんでいても、マリッジブルーではないかと、納得される面もあったのだった。

 デイルだけは、ラティナの様子が明らかな異常であることに気が付いた。デイルが何度問い掛けても、ラティナは当たり障りのない返答を重ねてはぐらかそうとする。それを看過出来る筈がなかった。

 その夜デイルは、二人きりになった部屋で、厳しさすら感じる声音で問い掛けた。
「ラティナ、何があった?」
「デイル……」
 幼い頃から、彼女は嘘を付く事が下手だ。
 表情や仕草のひとつひとつから、確信することが出来る位には、デイルは長年彼女を見て来たのだ。
「お願いだから、言ってくれ」
「……大丈夫だよ、デイル……心配しないで」
「ラティナ!」
 デイルの強い口調に、ラティナの肩がびくりと上がる。怯えたような表情に罪悪感を覚えても、ここで引き下がる訳にはいかなかった。
「お前が隠し事をしている位、わかるから……だから、お願いだから言ってくれ。お願いだから……っ」
「デイル……」
 ラティナの表情が歪んだ。潤んだ眸から、大粒の涙が溢れる。
「ごめんなさい……デイル、私、私……」
「謝って欲しい訳じゃない、話して欲しいだけだ、だから……っ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 それでも頑なに、ラティナは『理由』については語ろうとしなかった。ただ謝罪だけを繰り返す。

 ラティナはぎゅっと唇を噛んだ。
 言う訳にはいかなかった。
 言ってしまえば、自分は彼にすがって頼りきってしまうだろう。大丈夫だと抱き締めてくれるぬくもりに、全てを委ねてしまうだろう。
 そうする訳にはいかない。彼を、デイルを、自分の破滅に巻き込みたくない。
 共に生きたいと望んでくれただけで、満足だ。
 それが、ただの自分の我が儘であることはわかっている。
 それでも自分は、彼がこの世界からいなくなるのは嫌なのだ。大好きなひとたちと大切な場所。自分が何に代えても護りたいそれらの中でも、一番にそう願うのは、他の誰でもなく愛しい彼なのだから。
 だからラティナは頑なに口を閉ざす。

 自分が、他の魔王たちに滅ぼされてしまうことを、受け入れてくれ--デイルは、きっと、そんな自分の望みを伝えても、許してくれることはないだろう。
 だからこれは、ただの自分の我が儘だ。

 それでもと再び口を開いたのは、伝えたい言葉があったからだった。
 直ぐ後ろに感じる『破滅』の気配に、今を逃せばもう伝えることが出来なくなることを悟ったからだった。
「デイル……私……」
 涙に濡れた灰色の眸で、彼を見上げる。
 本当は微笑みたかったけれど、うまく出来なかった。きちんと彼の顔を見ておきたかったのに、視界が滲んでよく見えない。
「デイルに逢えて良かった。私、本当に幸せだったよ」

 彼女の言葉に、デイルは寒気のようなものを感じた。何故、今そんなことを言うのか。何故、その言葉が--過去形なのか。
 デイルは反射的に腕を伸ばした。抱き締めようとした彼の腕が、彼女に触れる寸前--
 反転する意識の片隅で、ラティナは、最後に抱き締めてもらえば良かったな、と考えた。


 再び取り戻した意識の前に広がる『空間』は、慣れ親しんだ暖かい場所ではなかった。それが実際ではないはずなのに、心身を凍えさせる冷気に充たされているように感じる。だがそれも、気のせいでは無いのかもしれない。
 全ての光(しろ)全ての色(くろ)で創られた世界。その中心に存在するちいさな華奢な『玉座』。その上に座る『理の外の数』を冠する魔王は小さく震えた。どうしても手放すことが出来なくて、『自らの象徴』として定めた宝石細工の腕輪を、お守りのように胸に抱く。
 そうでもなければ、呑み込まれてしまいそうだった。

 自らの周囲に配置されている七つの『玉座』。そこに座する『王』たちの存在感に。

 周囲全てから向けられるものの多くは、観察するような視線と、明確な敵意だった。
 はっきりと他の『王』の姿を見分けることは出来ない。ただ、そこに存在しているという気配を感じるだけだった。
 唯一、『一つめ』の玉座に座る王の気配だけが自分を気遣うものであることに気付く。だからこそ彼女は、そちらに視線を向けることはなかった。自分たちが知己であることを、他の王たちに気付かれてはならない。自分に向けられる害意を、彼の王に向けさせる訳にはいかない。
『声』であるけれど、そうではないもの。自分の意識が理解しやすい概念として『声』であると認識する、他者の放つ思念を理解する。

『これが、理の外の……『八の魔王』』
『『魔王』でありながら、魔王を蝕み魔王のちからを削ぐ、『神』が用意した存在』
『嫌、死ぬのは、嫌。魔王となって死から逃れられたのに』

 重なる幾つもの『声』に、彼女は腕輪を握る手に力を籠める。自分の我が儘で、彼を欺き、裏切ってしまったも同然であるのに、弱い自分は、最期の最期まで彼にすがってしまうのだなと、心の中で呟く。
 彼のように、強く優しい大人になりたかった。少しだけでも、そんな理想に近付けていたら良いと願って、毅然と振る舞うことを決める。
 渦巻く怨嗟の『声』は、彼女の『破滅』を望んでいく。
 質量すら感じる程の敵意に晒されて、息をするのも苦しい。

『私が直々に殺して差し上げましょう。なかなかない機会ですもの』
『面白い。儂も一口乗ろうか』
 届いた『声』の内容を理解して、顔をあげる。
『隠れもしないの? 逃げて逃げて、逃げ惑ってくれても良いのに』
 彼女は口を開き『声』をあげた。そんなことはしない、私は此処にいると声高に告げる。
 破滅するのは、自分だけで良いのだ。誰ひとりとして巻き添えにはさせない。弱い自分のそれが唯一の矜持だった。

『厄災の魔王』が動けば、屍が積まれ街は焼き払われる。彼女にとって大切なひと、大切な場所、それらは恐らく優先的に狙われることだろう。街を、国を滅ぼすことすら、災禍の化身たる『厄災の魔王』にとってそれは容易いことだ。ひとつの魔王だけでもそうだというのに、複数の魔王たちに狙われてしまえば、きっと自分の大切なものは、ひとは、痕跡すら残らず奪われてしまう。
 だから彼女は自らの身を差し出すことを選んだ。抗うことなく、断罪されるこの場に、召喚されることに応じた。

 私の破滅を望むならば、そうすれば良い。

 毅然とした彼女の『声』に、幾つかの気配がたじろぐのがわかった。だが、獰猛な獣が舌舐めずりをするように、甘い毒そのもののような『声』が嬉しそうに答える。
『あら。ならば、この『玉座』の上で死になさい。私もこの『場』で殺めるのは初めてのこと。楽しみだわ』
 更に自らの死の気配が強くなる。震える身体を叱咤して、俯くこともせずに前を見続けようと、腕輪を強く握った。

『滅ぼすことは、最適であるとは思えぬ』
 響いた静かな『声』に、場の空気が変わる。一つめの玉座の主が、悠然と王たちの視線を受け止めた。
『どういうことかしら?』
『『八の魔王』は、他の魔王たちが揃うことで生まれる存在。今、この場でこの者を滅ぼしたとしても、時間を経ずに次の者が玉座に座ることだろう』
 あくまでも静かな調子を崩さないその声を聞き、彼女は、必死に堪えていた涙腺を緩ませ熱いものを滲ませる。
『『八の魔王』を疎うのであれば、我等は滅ぼす以外の方法を用いるべきであろう』
『次代の『八の魔王』が、今代のように従順であるとは限らない。与し易い者を制するべきでは?』
 賛同の『声』が他の魔王からも上がったことで、場の意見がそちらに流れていく。

 声を出さないようにして、彼女は泣いた。
 自分の滅びを望まない彼のひとが、自らの立場を変えることなくそれでも自らの意思を通した、それが最大の譲歩であったのだろう。
 滅ぼしてくれと願った自分を、微かな可能性で在っても救う為に。自らの国を預かる身では、表立って『厄災の魔王』と敵対することは出来ない。守るべきものが重すぎて、私情の為には生きられない。
 それなのに、守ろうとしてくれたのだ。

『ならば、我等の名の元に封印を』
 重なる幾つもの『声』が、その結論へと至る。
 彼女はいよいよ近付く自らの『終わり』の時に、涙に濡れた灰色の眸を閉じた。
 抗うことなく、受け入れるつもりでいても、恐怖に心が重いものに占められそうになる。
 だからこそ彼女は--

「本当に、幸せだったの」
 そう、呟いた。
「最期にラグが願ってくれたように……私は幸せになれたよ。
 行く場も無い私を救ってくれた、赤の神(アフマル)を奉る国で、本当に毎日幸せだったの。もう生まれたあの国よりも、長い時間を過ごしたこの国が、この街が、私にとって、もう一つの『故郷』だって言えるくらいに。
 橙の神(コルモゼイ)の元での結婚式……花嫁さん綺麗だったな……たくさんお祭りも見に行ったの。神殿の奥で暮らしていた頃には、思いもしなかった位に、キラキラしたもので世界は溢れていたの。
 黄の神(アスファル)の学舎で、毎日皆と過ごせたことも、勉強も出来たことも楽しかった。
 旅に出て、本当にたくさんのものが見れた。知らなかった広い綺麗な世界を知ることが出来た……緑の神(アクダル)の旗の元で暮らした毎日に、可愛いがってくれたお客さんたちに、色々なお話聞けたことも凄く嬉しかったの……私がいなくなったら、心配してくれるかな……ちゃんとお別れ言いたかったな……
 ラグは、青の神(アズラク)の司どるお仕事を、大人になったらって言ったけど、私、もっと早くからお仕事するようになったんだよ。ケニスもリタも、凄く優しくしてくれたの。たくさん教えてくれたの。……テオやエマが大きくなるの、見たかったな。ヴィントが私の分まで二人を守ってくれると嬉しいな……
 自分で角を折ったことも後悔していないの。藍の神(ニーリー)の治療院で抱き締めてもらった時に、私は全部決めてしまったんだもの。私はあの時にはもう、『魔人族』としてではなく、『人間族』と共に在ることを選んでしまったんだもの。
 紫の神(バナフセギ)の巫女たる、モヴの予言通りに、私は災厄を招いてしまったけど……モヴが私を案じてくれてたこともちゃんとわかってる。
 ……私は本当に、幸せだったの」
 恐怖に心が折れてしまわないように、自分にとって大切なものを、大切な思い出を心に浮かべる。そして、何よりも--

「デイルに逢えて、幸せだった」

 手を組んで祈るのは、最愛のひとのことだった。憎悪でも、哀しみでも無いもので心を満たし、最後の最後まで自分が、『彼が好きだと言ってくれた自分』のままで在る為に。
「本当に、私は、幸せだったんだよ」
 だから、せめて、自分が存在し()なくなっても、幸福になって欲しいと祈る。何のちからも持たないちいさな存在である自分だけれど、『神』の末席に連なる者であるならば、願いを叶えることは出来ないかと、祈った。
「……それに……本当に、ごめんなさい」

 意識が色の無い世界へと沈む瞬間、彼女は最後にそう呟いた。



 --抱きしめようと伸ばした手が、宙を切った。
 あり得ないことが起こったことに、彼は目を見開いた。
 忽然と、そこにいた筈の白金色の少女は、姿を消していた。髪の一筋も残さずに、そこにいたことすら、無かったことのように。

 この瞬間、この『世界』から、彼女は消滅(きえ)たのだった。
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