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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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閑話。『橙の神』の豊穣祭。

皆さまのお蔭により、明日、書籍版三巻発売です。毎度変わらずの、店舗特典SSつながりの閑話となります。
時間軸は思春期編(14歳夏)よりも少し前。『娘』13歳の秋となります。
 ラーバンド国、ひいてはクロイツに於て主神として大きな信仰を集めるのは『赤の神(アフマル)』であるが、他の神々が蔑ろにされているということはない。
 その中でも『橙の神(コルモゼイ)』などは、他の神よりも深く信仰を集めていると言えるだろう。青の神(アズラク)藍の神(ニーリー)のように、神殿が人びとの生活に密に関わっていないにも関わらず、恩恵を賜ろうと神殿を訪れるひとが絶えることはない。
 それは、橙の神(コルモゼイ)が、豊穣を司る神であり、子孫繁栄、安産祈願を司る存在であることが大きい。目に見えることはないが、頼りすがることを求める事象である。本来的な意味の宗教として、人心を集める存在であるのだ。

 どんな小さな村でも、『橙の神(コルモゼイ)』の社は築かれているものであるし、彼の神を奉る祭礼が行われるものである。
 それは大都市クロイツに於いても、例外ではなかった。

「今年も来やがった……」
 デイルがため息をついて放り投げたのは、橙の神(コルモゼイ)の神殿からの依頼書だった。
 こう見えてデイルは、定期的にクロイツの橙の神(コルモゼイ)の神殿を訪問している。加護を有し、神官位を持つ彼は、故郷で神官としての所作をしっかりと叩き込まれていた。立場上彼は、一端の高位の神官なのである。
 彼の故郷は、『橙の神(コルモゼイ)』の神域扱いされている深き恩恵を受ける場所である。同じ神に仕える者たちにとって、決して田舎扱いして蔑ろにして良い場所ではなかった。その土地出身のデイルは、それなりに下には置かれぬ扱いを受けていた。
 とはいえデイルは、クロイツの神殿とは、一定の距離を保っている。それは彼の信仰心云々ではなく、多くのひとが集まる組織である以上発生する、派閥やら利権問題などに、全くもって関わる気が無い為であった。

 それでも時折要請が届く。
 この豊穣祭が近付く時期に於ては、以前は一神官に対しての、祭事への参加要請だった。だが、この数年はそれに別の要請が加わっている。
「毎年断ってるのに、懲りねぇよな……」
 その要請は、他でもない彼の大切な養い子たるラティナに対するものなのである。
「初めに来たのって、ラティナが十歳の時だったっけ?」
 リタが首を傾げるのに、苦々しい表情を隠さず、デイルは答える。
「そうだったな。その時から毎年断ってるのに、もう三年目だよ」
「まあ、ラティナなら……『華娘』の舞台映えしそうだものねぇ。噂の『妖精姫』を呼ばずして、何が『華娘』かって話も出てるって聞いたわよ」
「余計な噂広げやがって……」

橙の神(コルモゼイ)』の豊穣祭に於て、重要な役割を務めるのが、『華娘』と呼ばれる少女たちであった。
 神殿で行われる祭事でありながら、『加護』の有無を問わない市井の人びとから人員を求めるのは、それが元々は年頃の娘を着飾らせて御披露目する、婚姻の為の習慣から行われるようになった祭事であるからだった。現在でも地方の村々等では、そうやって一種の集団見合いをする風習が残っている。
 クロイツのような大都市の『華娘』は、地方のそれとは、少々意味合いが変わってくる。
 大勢の人びとの前で奉納の儀を行う少女は、衆目を集めることになる。
 ならばそれが、見目麗しい少女を選ぶようになっていくのも、道理であった。

『華娘』に選ばれる少女とは、美少女の代名詞なのである。

「ただでさえ最近、ラティナの周りに『害虫』が増えてきてるのに、わざわざ面倒ごと起こさせる訳ねぇだろ……」
 当初『華娘』の打診を断ったのは、異なる理由であったのだが、最近はこちらの理由の比重が大きくなっている。
 余計なことをする必要がわからない。わざわざ表に出して、彼女を『御披露目』する必要など全く無いのだ。
「この店ん中だけでも、ラティナ目当ての糞野郎ども増えてきてるだろ」
「ラティナ、そろそろ年頃だもの。まだ子どもっぽさの方が目立つけれど……そんなこと言ってられるのも、後ちょっとでしょ」
「いいや、まだまだ子どもだから! ラティナは、このままで良いから! このまま俺のそばに居れば良いんだから!」
「また馬鹿言って……」
「嫁になんてやらんっ!」
「…………」
「嫁になんて、絶対にやらんからなぁっ!」
 そのデイルの声には、悲壮感すら滲んでいた。

 何だかんだと言いつつ『橙の神(コルモゼイ)』の神官として、しっかり修めていたりするデイルにとっては、『橙の神(コルモゼイ)の豊穣祭』の元来の意味である、『集団見合いに於る若い女性の御披露目の儀』というのを無視することが出来ないのである。
 その儀式に、自分がラティナを出すということは、自分がラティナの結婚相手を募集しているという意味になってしまうではないか。
 絶対に認められることではなかった。

「ラティナに『華娘』なんて、絶対に駄目だっ!」
 だが、デイルのその心境と、『クロイツに暮らす少女』の心境は異なるものとなる。

「……『華娘』?」
 通りかかったラティナが、リタとデイルの会話を聞き止めて足を止めていたのだった。
「ラ……ラティナ?」
「…………」
 ラティナの表情が曇ったことにデイルが気付いた時には、彼女は、デイルが放り投げていた神殿からの書状に、視線を留めていた。
 さっと書状に視線を滑らせて、ラティナの表情が更に暗くなる。
「……『華娘』……無理だよね、私じゃ……」
 しょんぼりとそう呟いたラティナの姿に、デイルはようやく自らの失言を悟る。

『クロイツに暮らす少女』たち、すなわち、デイルのような神官位の者とは異なる一般的な人びとにとっては、『華娘』は、あくまでも祭りの為に選抜された『美少女』の代名詞だ。
 と、なれば、自分の今の発言は、彼女が『華娘』を務められる『美少女』ではないと自分が思っている、と取られても致し方ない。

 そんなことが、ある筈ないというのに。
 ラティナ程、可愛くて可愛くて仕方のない美少女は、この街どころか国中を探してもいる筈がない。
 ラティナのことを可愛くないとでも言う輩がいたなら、連れて来い! その目ぇ腐っているに違いないから、俺が見てやろう。いや、もしかしたら目じゃなくて、腐っているのは性根かもしれないよな。うん、やっぱり俺がしっかりと見て矯正してやろう。
 なんてことを、今すぐにでも大通りの真ん中で声高に宣言できる程である。だが、実行に移すとそれはそれでラティナに怒られてしまったりするのだ。解せぬ。

「う……うぇえぇ……」
 微妙にも過ぎる情けない呻き声を上げたデイルは、消沈したまま下を向くラティナを前に、おろおろと視線を泳がせた。
 だからといって、「ラティナを今年の『華娘』として神殿に推す」ということが出来ないのもまた、デイルの本心なのである。彼はそういったところで、自らを曲げることの出来ぬ業を背負っているのだ。
 デイルはなんとか助けてくれないかと、この場にいるもう一人であるリタに、すがるような目を向けた。
 リタは呆れ返ったまま、溜め息をついて、ちょいちょいとデイルを招いた。愛らしいラティナならともかく、いい年した野郎に棄てられた仔犬のような目を向けられても、嬉しくとも何とも無いのである。

「真面目に誠意をもって、本心を伝えれば大丈夫よ」
「そ、そうか?」
「……茶化しちゃ駄目よ、あくまでも真面目に。……そうね、それでいつもみたいに抱き締めて、謝ってみたらどう?」
 リタの言葉に、デイルは再び不安そうに視線を泳がせる。最近のラティナは、幼い頃のようにぎゅーっと抱き締めて頬擦りしたりすると、明らかに困惑するような仕草をしてくるのだ。決してそれが、『自分に対する拒否の仕草』であるとは認めない。認めたくない。
 それなのに、こんな機嫌を損ねたラティナ相手に、更に微妙な行動をとって、大丈夫なのだろうか。
 悶々と悩み、なかなか実行に移さぬデイルに向かい、リタは笑顔を作り、ジェスチャーで簡潔に意を伝えた。
 早く行け--リタのその笑顔は、デイルには、まるで死刑宣告のようにも見えたのだった。

 背中側から腕を伸ばして抱き締めると、びくんっ。と、肩が上がった。華奢な細い体躯は、両の腕を回すとすっぽりと簡単に収まってしまう。
「ラティナ」
 大きな声を出せば驚かせてしまうだろうと、囁くように名を呼べば、更に腕の中の身体は震えた。
「ごめんな。勘違いさせて……ラティナを傷付けたい訳じゃないんだ」
 出来るだけ優しい声で、きちんと謝る。
 年下の彼女相手に、素直に謝罪の言葉を紡ぐことが出来るのは、歳が本当に離れているからこそだと思う。下手に意地を張る必要がない相手なのだ。間違いを犯した時には、ちゃんと謝らなくてはならないと、躾けたのも自分だ。大人である自分がきちんと彼女の手本となるようにと、心掛けて過ごしてきたそんな習慣もあるだろう。
 悪いことをした時は、しっかりと叱る。だが、そこに必要以上に自らの感情を入れて『怒る』ことはしない。知らず自分が意識していたのは、やはり故郷にいる父親の在り方だったのかもしれないなんて、思う。

「ラティナは、凄ぇ可愛いぞ。でも、『華娘』はやらせたくないんだ。それはラティナに理由があるんじゃねぇ。ただの俺の我が儘だ」
「な……何で?」
 消え入りそうなちいさな声も聞き逃さずに、デイルは更に腕に籠める力を強めた。声の調子をみるに、ラティナはそれほど機嫌を悪くしていない。折角の彼女との触れあいの機会だ。堪能したいと思ってしまうことの何が悪いのか。
「ラティナは、俺のラティナでいれば良いから。『華娘』なんてやって、他の奴等に見せたくねぇからだよ」
 しばらくそのままデイルに抱き締められていたラティナは、彼の腕に軽く触れた。
「デイル……もう、大丈夫だから……離して」
「本当にごめんな。怒ってねぇか?」
「怒ってないよ。本当だよ」
「そっか」
 ほっと安堵の笑みを浮かべるデイルは、ようやくラティナから腕を離した。安心した後で、今度はきちんと神殿と話を付けなくてはならないことを思い出した。来年からは、もうこんな寝言を言うことが出来ないように、きっちり関係者の目を醒まさせてやらねばならないだろう。
 すっきりした心持ちで、デイルは鼻歌交じりに部屋へと向かう。
 神殿に行くには着替える必要までは無いが、 普段使うことのない聖印は必要になってくる。何処にしまったのだったかと記憶を辿った。

 そんな風に、上機嫌で踵を返したデイルがいなくなった後、ラティナはぺたんと床に座り込んだ。
「本当にあいつ、どうしようもない馬鹿よねぇ……」
 リタの呟きに反応することも出来ずに、ラティナは真っ赤になった頬を押さえる。手のひら位では、この熱を冷ますことは出来ない。
「ふえぇ……」
 本当にちいさな情けない声を上げて、リタを見たラティナの灰色の眸はうるうると潤んでいた。
 ラティナは、デイルの言葉が『ちいさな可愛いうちのこ』への他意の無いものだと、ちゃんとわかっている。そこに特別な感情が含まれているなんて、勘違いして図に乗ることはしない。

 それでも、彼女が欲しい賛辞の言葉は、『彼からの』ものだ。不特定多数の称賛なんて必要無い。唯一人だけから「可愛いよ」と褒めてもらいたいのだ。
 デイルに他意が無いことを理解していても、彼の体温を感じながら、両の腕に抱き締められて、優しい声で求める言葉を囁かれる--のは、恋する乙女には少々刺激的に過ぎるのである。

「本当に馬鹿よねぇ……?」
「ふえぇ……」
 呆れたリタが繰り返した言葉には、優しい響きが含まれており、ラティナは再び情けない声で応じながら、火照りの冷めない頬を押さえたまま、下を向くのであった。
 

橙の神(コルモゼイ)の豊穣祭』当日、デイルはラティナと共に見物客に紛れて『華娘』の奉納舞の舞台を見上げていた。
『話し合い』の結果、今年は神官としての参加も免除されたデイルは、人混みにはぐれないように手を繋ぐ、可愛い養い子を隣にして、非常に上機嫌であった。
 きらきらと美しい装飾の衣装に身を包んだ『華娘』たちが、舞台上に姿を見せると、周囲の見物客たちと同時にラティナも歓声を上げた。
 舞の伴奏が聞こえてくると、デイルは無意識のうちに指先でリズムを取り始めた。故郷の祭事でも使われる曲に反応してしまうのは、やはり染み付いた習慣のようなものなのだろう。

「綺麗だね」
「そうか」
 幸せそうなラティナを見ていると、少々罪悪感のようなものを覚えた。
「……やっぱりラティナも、『華娘』の舞台に、のぼりたいか?」
 彼女なら、あそこにいるどの少女たちよりも、大きな称賛を得られるだろう。美しい装束に憧れを持つのも、年頃の少女には当たり前のことだ。
 その機会を、自分の我が儘で奪うことは、『保護者』として決して褒められる行為ではない。
 だがラティナは、デイルの言葉にきょとんとした顔をした後で、にっこりと笑顔になった。

「私はね、舞台の上でよりも、デイルの隣でお祭り見る方が嬉しいんだよ」
 やっぱり彼女は、世界で一番可愛いかった。
 抱き締めたい衝動を堪えて、繋ぐ手に力を籠める。
 そんなデイルの行動に不思議そうに首を傾げたラティナは、照れ隠しに微笑んだデイルと目が合うと、再び笑顔になった。
 デイルが、優しい時間をくれた『奉ずる神(コルモゼイ)』へと、感謝を籠めて呟いた祈りの言葉は、大勢の人びとのざわめきの中に紛れて他に聞く者はいなかった。だがデイルは、神の元にはちゃんと届いただろうと、そんな敬虔な信徒らしいことを考えてみたりしたのであった。
重い展開直前に投稿しようと思ったら、反動で、いつも以上に甘口となりました……
当方……重い展開終わったら、また甘々書くんだ……
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
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