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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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白金の娘、逢う。

「何かラティナ雰囲気変わった?」
「え?」
 久しぶりに会ったシルビアの一言に、ラティナはびくり。と、反応する。思い当たる節は色々(・ ・)とあるのだ。
「そうかな……?」
「まあ。とうとうはっきりしたんだしねぇ。ちょっとは変わるかぁ」
 にやりと意地悪く笑うシルビアは、ラティナの嵌める婚約記念の腕輪を見ていた。その果実と花が共存する美しい細工は、ティスロウの伝統的な『結婚』を意味する意匠だった。
「ラティナの花嫁姿見れないのは、残念だけどねー」
「まだ、全然そういう予定は決まってないの」

 今二人がいるのは、『緑の神(アクダル)』の神殿に程近いオープンスタイルのカフェだった。寝食を忘れて仕事に没頭しがちな緑の神(アクダル)の神官たち御用達の店のひとつだった。
 ラティナがデイルと正式に婚約したことを聞いたシルビアが、話と惚気を聞くという祝いの席を設けたのである。
 そして、シルビアの『旅立ち』も近付いていた。

「シルビアは、まずは何処に行くの?」
「初めは、先輩に付いて近場からだね。旅そのものに馴れないといけないし」
 長年『緑の神(アクダル)』の神殿で訓練を積んできたシルビアも、正式な神官として、旅に出る日が近付いていた。
 待ち望んでいたその時を間近にして、シルビアの表情も輝いている。
「気をつけてねって言いたいけど、シルビアがずっと頑張っていたことも知ってるから、おめでとうって言っておくね。楽しんで来てね」
「もちろん」
緑の神(アクダル)の加護持ち』にとっては、知らぬ土地に向かい知らぬものを感じるという、自らの欲求を満たすことは、何に代えることも出来ない至上の喜びなのである。

 二人がそんな会話をしながら、飲み干したお茶のお代わりを貰おうと視線を上げた瞬間だった。
 異国の服を着た帽子を被った男が、二人を--正確には、ラティナを--見ていることに気が付いた。シルビアは初め、そのことに注意を払わなかった。親友たるラティナの美少女ぶり--最近はそれに女らしさが加わった美人ぶりには、道行く多くのひとが目を留める。それが異性ならば、ますます珍しくもない。
 ラティナは、何故見られているのかと、少し首を傾げただけだった。

 だが、次の瞬間--男がラティナの前に膝を付いて頭を垂れた時、さすがに二人は驚きで顔を見合わせた。
「ふぇっ!?」
「な……っ、ラティナ、知り合いっ?」
「し、知らないひとだよっ!?」
 そう答えたラティナだったが、男が発した声にびくり。とする。

「"白金の姫君"」

「……っ!」
 ぱっと、再び男の顔を見たラティナは、やがて、大きく目を見開き、顔色を蒼白にした。震える声は、懐かしい()で絞り出された。
「"貴方は……"」
「"覚えていて下さいましたか。スマラグティ導師は、貴方様を無事、護られたのですね。今、導師はどちらに?"」
「"ラグ……スマラグティは、……もう、ずっと前に……"」
「"そう、でしたか……姫神子様の神託は、やはり成立してしまわれたのですね……"」

「ラティナ?」
 シルビアの声に、ラティナははっとしたように、友人の顔を見た。
「シルビア……あのね……」
「"白金の姫"」
 困惑し、戸惑うラティナの姿に、異国の姿の男は再び彼女を呼んだ。
「"『我が主』がお出でになっております"」
「っ!?」

 男の言葉に、ラティナはシルビアの存在を忘れた。
 愕然とした表情で、男をただ、凝視する。
「……何で……」
 掠れた声で、呟いた。
「何で、フリソスが……?」

 そうしてラティナはふらりと、前に進んだ。シルビアが慌てて肩を掴む。
「ラティナ? 誰か呼んできた方が良い?」
「っ! シルビア……」
 シルビアは状況がわかっていない顔をしていた。ラティナは、自分が無意識のうちに『故郷の(なつかしい)言葉』を発していたことに気が付く。
 ようやくシルビアのことを思い出したラティナは、膝付きの姿勢から立ち上がる男に視線を向ける。そして再びシルビアに、沈痛そうな面持ちで向き直った。
「ごめんね、シルビア……私、行かなきゃいけない……」
「ラティナ?」
「……お願い、今日のことは、誰にも言わないで。私が『このひと』に、付いて行くことも……誰にも、言わないで」

 ラティナがわざわざ念を押す以上、『それ』が、彼女の最愛のひとも含まれるだろうことを察したシルビアは、眉を寄せる。

 だが、シルビアは頷いた。
「わかった」
「ありがとう、シルビア」
「大丈夫なんだよね、ラティナ?」
「うん……私に、危険なことは、ないよ」
 ぎこちなく微笑んだ友人が、見知らぬ男の後を追いかけて行くのを見送ったシルビアは、小さく疑問の声を上げた。
黄金(フリソス)……?」
 そして、音もたてずに、椅子から立ち上がった。


「……"何故、フリソス……『黄金の王』が此処に?"」
「"主は、スマラグティ導師と共に、ヴァスィリオを離れられた貴方様の行方をずっと捜しておられました"」
 異国の男が向かうのは、西区の方だった。ラティナは普段あまり来ない地域であるのに、道を確認しながら歩くことすら忘れて、男の背中を追いかける。
「"そして、貴方様を、我らは見付けた"」
「……っ!」
 ラティナはその答えに、一度びくり。と身を引く。唇をぎゅと噛んで男を見上げた。
「"何で……?"」
「"貴方様のお姿を見誤る筈が御座いません。この街に(・ ・ ・ ・)貴方様が(・ ・ ・ ・)居るのが(・ ・ ・ ・)わかった(・ ・ ・ ・)以上(・ ・)、見付ける事が出来るのは、時間の問題であると、主には報告致しました"」
 男はそう言いながら、ラティナを見た。

 痕跡を見付けたのは、偶然だった。
 この街の住人が手にしていた『角』の欠片。ヴァスィリオにある筈の『姫君』のものと同じ魔力を纏う欠片だった。捜すそのひとが、非業な立場に在り、奪われたにしては、角が纏う魔力は、穏やかな温かな気配のものだった。
 ならば、過程はわからないが、姫君は自ら己の角の欠片を、ひとに譲ったのだろう。そしてその『魔力』は、そう長い時間を経ていない程に、色濃く残っているのだった。
 同時にこの街には、詳しいことはわからぬが、『白金の姫』の噂が出回っている。今まで回ったどの土地よりも、捜しひとの居る可能性は高かった。

 真っ青になって、かすかに震えるラティナは、どう見てもこの邂逅を喜んではいなかった。それも仕方がないだろうと、男は考えた。この『姫君』は、『主』の前に再び姿を現す気はなかったであろうということは、彼にも察する事が出来たからだ。

 かつて自分を初めとする多くの者を、教え諭す立場であったスマラグティ導師のことは、彼もよく知っていた。あのひとならば、娘であるこの『姫君』に、言い含めていたに違いない。
 主の望みは、『姫君』を連れ戻すことだ。
 そして『姫君』と導師はそれを望まなかった。『災厄をもたらす予言の姫』として、国に、王に、仇なす存在になることを望まなかったのだ。
 彼とて、稀代の姫神子が残した災厄の予言に、恐れを抱いていないという訳ではない。だが『主の命』はそんな自らの感情よりも優先される。
『王』が予言など恐れぬと言う以上、その言葉に逆らうことは、主の力を疑うことでもあるのだから。

一の魔王の国(ヴァスィリオ)』を導く、太陽の如き黄金の王。
 全ての民が待ち望んだ。輝かしい未来を照らす、光そのもののような存在の言葉を、疑う必要など無いのだ。

 西区の一軒の屋敷の前で、男は足を止めた。
 火の入っている気配の無い何処か寒々しい様子から、ラティナはここが、ひとの住まぬ空き家であることを察する。
 だが男が扉に鍵を差し込む姿に、正規の方法でこの館を借りていることにも想像が至った。彼らは宿ではなく、この館を借りて仮の住居としているらしい。
 中は、しんと静まりかえっていた。だが目に入る空間は埃を払い清めているらしい。生活感は無かったが、荒れ果てた気配もまた無かった。
 先導する男の後を付いて、階段を上がる。扉の前で男は立ち止まり、扉を開いてラティナを通した。

 開け放たれた扉の向こうで、目映い程の陽光が入る窓を背にして、その人影は佇んでいた。
「…………っ!」
 声に出来ない思いを飲み込んで、ラティナは立ち竦んだ。
 見間違い様が無い。
 幼い頃の面影を色濃く残すその顔に。『現実(ここ)』ではない『場所』で邂逅したそのままの姿に。
「"フリソス……"」
「"プラティナ"」
 彼のひとは、若い外見には似つかわしくない、低い威厳のある声音でラティナを、かつて呼ばれていた名で呼んだ。既に遠い、幼い頃の記憶の中で、両親以外の大人たちから呼ばれていた名前だった。

 立ち竦むラティナは、気がついた時には、息も出来ない程に強く抱きすくめられていた。
 自分のものでも、慣れ親しんだひとのものとも異なる香りに包まれる。ラティナは困惑する表情のまま、自らを拘束せんとする腕から逃れようと身を捩る。

「"離して、お願い、フリソス……っ"」
「"何故だ? やっと逢えたのだ……我が愛しのプラティナ。もう離さぬ。即位した今なれば、もう余に命じる者はおらぬ。そなたは余が全ての力もて守ってみせる……"」
「"……っ! フリソス、離して……っ、私はもう……あの国には戻らない、私の居場所はもう別のところにあるのっ!"」
 その返答に、ラティナを抱きすくめる腕に更に力が籠った。感情を示す様に、眸が昏く翳る。
「"余はこの時をどれだけ待ち望んでいたことか……"」
「"私だって……私だって……"」
 会いたかったという言葉を、ラティナは飲み込んだ。いくら本心からそう思っていたとしても、自分はこのひとと共に、故郷に向かうことはできないのだ。
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