07 仕込みと保険
光波は家に戻り普段着に着替えると駅へと向かった。そして米軍基地がある某市方面へ向かう電車に乗る。
光波が乗った車両には、米兵か基地で勤務しているらしきアメリカ人数人の姿がある。どうやら基地のある街まで行く必要は無さそうである。
「エクスキューズミー」
中でも一番知的そうに見える男性に話し掛け、この電車が某市で止まるか訊ね、礼を言って離れる。そしてそのまま隣りの車両へと移動。次の駅で降りると、元の駅へと引き返した。
これで、英会話と筆記の能力をゲット。一番知的そうな人物を選んだのは、この能力が『相手の言語知識をスキャンして』得られるものだからである。普通ならば大勢と話すので段々とその言語の知識が集積されるが、今回はひとり分だけで色々と行うため、選択肢の中でなるべく頭の良さそうな人物を選ぶのは当然のことであった。
そのまま自宅へと戻った光波は、ネットで検索を始める。検索ワードも、次々と表示させる画面も、全て英文字である。光波は次々と検索画面を開き続けた。
「隊長、来客です」
部下がドアを開けてそう告げる。
「今日は客の予定は無かったはずだが」
「飛び込みの依頼だそうで。会いますか?」
今は大きな仕事がはいっていない。小さな仕事でも数をこなせば部隊の維持費の足しにはなるだろう。
「すぐ行く。応接室に通せ」
「了解。へへ、多分驚きますよ」
「何だ。飛び切りの美女とかか?」
「う~ん、ま、そんなとこで」
そんな女がこんなところへ来るかよ。
カケラも信じず応接室に向かい、ドアを開けた。
たまげたことに、奴の言葉は本当だった。
確かに驚いた。そして確かに飛び切りの美しい女だった。
但し、『美』と『女』の間に、『少』の文字がはいるが。
「初めまして、ミツハと申します。御依頼したいことがありまして…」
そこには、流れるような綺麗な黒髪、神秘的な黒瞳、人形のような整った顔の美少女が座っていた。小学生の。
「依頼内容は、小火器の操作法、射撃訓練、ナイフとショートソードによる格闘訓練、そしてそれらの武器の購入代行、ですか…」
まだ若干の動揺が残る俺の確認に、少女は頷いた。
「とりあえず、急ぐのは拳銃です。護身用に常時隠し持てる小さいもの、威力があり装弾数が多い主力拳銃、弾詰まりに備えてのあまり重くないリボルバー、それとそれぞれの装着用のものを。それとその訓練をお願いします。他はその後で構いません。
ナイフと剣は、気休め程度で結構です。どうせ私ではまともに使えませんから。威嚇用とでもお考え下さい」
「…で、その後、マシンガン、アサルトライフル、狙撃銃、手榴弾、ロケット砲、擲弾筒の使い方、ですか…。
いったいどこの組織に殴り込むつもりなんですか、お嬢さんは!」
いかん、つい声が荒くなってしまった。
「え、ただの護身用ですよ。私の国、治安状況が少し悪くて…。あ、勿論お支払いは前払いで結構ですよ」
どこの国だよ! チンピラが戦車にでも乗ってるのかよ、あんたの国では!
「あ、今、エンが少し余っているんです。お支払いは日本の通貨、エンでもいいですか」
「そりゃ、エンなら元やウォンに較べりゃずっとマシだから構いませんが。但しドルに換えるための手数料分は引かせて貰いますよ」
「ああ、それは当然ですよね。勿論構いません。あ、そのうち金貨でもお支払いしたいんですけど、いいですか?」
金貨…。何者だ、一体。
「別に構いませんが、何金貨で? クルーガーとか何か?」
「いえ、名もない国の、無名の金貨です。ただの金含有量の地金の値打ちのみと考えて下さい。後日サンプルをお持ちしますので、どこかの両替商に鑑定して貰って下さい。但し…」
「但し?」
「後々、数千枚から数万枚単位での両替を引き受けて下さるようなお店だと助かります」
少女は帰った。
怪しい、いや、おかしいとは思いながらも、俺は少女の依頼を受けちまった。部隊の維持にはカネがかかるんだよ!
そう開き直るが、なぜかタバコを持つ手が少し震えている。
あとは、あの少女の後をつけるよう指示した部下が戻るのを待つのみか。
「隊長、戻りました」
指示を出した部下が戻ったが、少しばかり早すぎる。
「結果は?」
「すみません、見失いました」
こいつの尾行を振り切るだと?
「ベースを出てすぐ、最初の曲がり角を右に曲がり、私がそこを曲がった時にはもう、姿がありませんでした…」
「何を言ってる? あそこを曲がった先は直線路だろ!」
「………」
「…………」
とりあえず、銃の用意をしなきゃならんことだけはようく分かった。
机の上に無造作に置かれたエンの札束と、ホルスターの準備のために計測したあの少女、ミツハとやらの測定値をメモした紙切れをぼんやり眺めながら、俺はそう思った。
……Aサイズかよ。
ミツハはとある傭兵組織のベースを後にした。尾行がつくかも知れないけれど、関係ない。最初の角を曲がってすぐに転移する。
あの傭兵組織は、色々と調べ回った結果選んだものだ。大小様々な組織があり、まともなものから悪辣なクズの集団まで千差万別である。まぁ、傭兵という時点ですでにまともではないのかも知れないが。
ミツハはそれらの中でも比較的まともで誠実だと言われているものを選んだつもりである。もしハズレならばさっさと切り捨てる。二度と姿を現さなければそれで済むことだ。
もしミツハを捕らえようとかおかしなことをするようならば、潰す。
ある日突然、武器庫の中が空っぽになっていたり、資金や重要な書類が金庫ごと消え失せたりすれば、組織の維持さえ困難となるだろう。転移能力を持つミツハは、怪盗として、そして恐らく暗殺者やテロリストとしても超一流であろう。
まぁ、良い関係が築けるよう期待しよう。
あ、どうして外国に転移出来たかと言うと、実は気付いてしまったのですよ。
最初、転移には行き先のイメージが必要だから一度行ったところでないと駄目だと思い込んでいたんだけど、モノは試しとやってみました。『外国のドラマや映画、ニュース番組とかで流される現地の写真や動画映像をじっくり見て、衛星写真で位置情報を確認。現地に行ったのと同様の、いや、それ以上のイメージをもって転移に挑戦!』
結果、大成功! 今では何カ所かの国外ポイントへも転移できます。
但し、これ、地球限定。だって異世界では写真も衛星画像も無いんだもの、
仕方無い。一度は移動が必要。がっくし。
お金がガンガン減っていく。両親が残してくれた大事なお金が……。
しかし、これは初期投資。必要経費なのだ、仕方無い。
目の前のテーブルの上には、真珠のネックレス。それも最高級品レベル、10ミリ径の100万超え。しかし、これは最も重要な武器、安物では意味がない。
その横にはガーバーのフォールディングナイフ。兄の形見ではなく、ミツハが新たに購入したものだ。スイスアーミーナイフもある。あと、ランドールのハンティングナイフ。衣装掛けには高そうな、いや、『高かった』ドレスとヒール。他には、少々の着替えと小物がいくつか。
それら全てを大きなバックパックに丁寧に詰め込んで、着替えを済ませたミツハは装備品を次々と身につける。
よし、出撃だ!
ミツハは大きな扉を前にして大きく息を吸う。そして吐く。遂にこの時が来たのだ。扉に付けられたノッカーを握り締めて軽く叩きつけると、コンッ、コンッと軽快な音が鳴り響く。
ミツハは心の中で叫んだ。
(たのも~!!)