62 海からの来訪者 2
王様との協議の結果、全権を委任されたよ。
いや、どうして、たかが新米子爵如きに国の全権を委任するかなぁ…。
まぁ、『ミツハ以上に状況や彼我の力関係を把握出来ている者はいない』って言われれば、それはその通りなんだけど。
でも、あまり無茶や勝手は出来ないから、色々とシチュエーションごとの対応をフローチャートにして大体の方針は相談したよ。
……かなり過激な方針になっちゃったけど。
まぁ、相手が侵略目的だと分かったら、容赦する必要はないよね。
平和目的であることに期待しよう。
期待薄だけど。
明日にはアイブリンガー侯爵が手勢を率いて王都を発つらしいけど、全員騎馬で輜重隊なしで、4日で来られれば良い方か…。
さて、次はうちの領主軍の準備だ。
そろそろみんな集まったかな?
「諸君、実戦だ」
集まった領主軍、士官5名、兵士36名、計41名。
招集番でない者は集めていない。今の当番の者だけだ。
我が領主軍の全力を必要とするほどの事態ではない。
「見ての通り、沖合に他国の船が停泊している。恐らく、明日の朝には上陸して来るだろう。友好的な使者ならば良いが、もし侵略目的や法外な要求を強要するようなら、武力の行使も有り得る。国王からもその許可は戴いている。
ただし、その場合も、決してこちらから先に手を出してはならない。必ず、相手に先に手を出させる。喧嘩を売った悪人の役は、向こうにお願いするんだ、分かったな!」
皆、黙って頷いた。
戦争というものは武力だけでなく世論や大義名分、他国へのアピール等も大事であることは新兵教育の時に座学で教え込んでいる。
「私の指示があるまでは、決して攻撃するな。私が指示を出せない状況に陥ったら、指揮官であるヴィレム少佐の指示に従え。指示が出るまでは、こちらにも兵力があるのだという威嚇効果としてのみ存在し、何があっても平然としていろ。決して驚くな、狼狽えるな、無様な姿を晒すな。分かったか!」
「「「「おお!」」」」
今度は、返事が返ってきた。
うむ。
「では、本日はこれでいったん解散する。明日、日の出前にここに再度集合する。解散!」
兵士達は皆、少し不安そうな、しかしそれ以上にわくわくしているかのような顔をして散って行った。
怖くはないのかなぁ……。
まぁ、みんなに本当に殺し合いをさせるつもりは無いんだけどね。
さて、あとは、残った士官達、ヴィレムさんと元傭兵の4人との打合せ。
翌朝。
日の出の2時間前に起床。
兵が集まった時に領主が寝ぼけ眼では示しがつかないからね。
それから1時間後には、兵の殆どが集まっていた。皆、やる気充分だ。
いや、日の出前、というのも、かなりの余裕を見て言ったんだけどなぁ。
敵も、そんなに早くは出発しないよ。
…って、私も『敵』って決めつけてるなぁ。
何て呼ぼうか。『奴ら』でいいか、もう。
兵たちの大半の者が食事もせずに来たらしいので、とりあえず何か作って食べさせよう。料理人さんも見習いのネリーちゃんももうとっくに起きて朝食を作り始めているから、追加を頼もう。
突然2倍以上になった食事量に呆然としているネリーちゃん達。
いやいや、ちゃんとした食事でなくていいから! メイドさんを手伝いに回すから!
おかずとか無くても、何かお腹に入れられて、温かい飲み物でもあれば充分だからね。それと、私も同じ物を食べるよ。
戦場では、士官も兵士と同じ物を食べる。これが結構大事なことなんだ。
日の出と共に、漁村の者に町へ避難するよう指示を出した。
これは昨日のうちに予告してあるので、皆スムーズに避難していく。
家財道具を持って領地から逃げ出すわけじゃないから、身軽なので混乱はない。交渉の結果がどうあれ、多分昼までには戻れるだろう。
日の出から約2時間後。
双眼鏡で見ていると、船の方で動きがあった。
短艇を降ろしている様子と、舷側に開いたいくつもの穴。
うん、艦砲だね。やはり積んでいたか……。
初対面の相手に対して、交渉の使者を出す前に砲を出して威嚇するということは、やはりアレの可能性が高いなぁ。ま、予想はしていたけど。
とりあえず、連絡しておこう。
情報の共有は大事だからね。万一ということもある。私に何かあっても、なるべく対処が遅れないように…。
「チェックメイトキングワン、チェックメイトキングワン、こちらホワイトルーク、オーバー」
『姉様、様子はどう?』
王様を呼んだのに、サビーネちゃんが出たよ。あなたはキングセブンでしょうが……。
「王様は?」
『居るぞ。全員揃っとる』
ああ、サビーネちゃんの部屋、作戦室みたいになっちゃってるのかな…。
「動きました。陸との往復用の小型船を降ろしています。そして、やはり砲を積んでいました。片側に20門くらい、こっちに向けて突き出してます。恫喝する気満々ですね」
『やはりそうか……。では、昨日決めた通りに頼む。決して無理はするなよ! 船はそのうち母国に戻るであろうし、そうすれば占領に充分な兵力を置いて行けるとは思えぬ。一時的な占領を許しても、すぐに取り返せるのだからな』
それは許容できないよ。
一度領地を占拠した船が戻る時。それは、食料や財宝、そして大勢の奴隷を手に入れて凱旋する時だ。
財宝? 誰のだ? 奴隷? 誰のことだ?
許せるものか!
「無理はしませんが、無茶はしますよ。うちには、奴隷に差し出していい領民はひとりもいませんから」
また、返答が無い…。
何か相談しているのかな。
まぁいいや、続けてこちらから送信。
「王様、これからは、私のことは名前ではなく秘匿名で呼んで下さい。通信の時も、そちらで話をされる時も。そうすれば、誰かに通信や会話を聞かれても、相手が誰なのか、誰のことを話しているのかを知られずに済みますから」
『わ、分かった……。で、何と呼べば良いのだ?』
頭の中に、お兄ちゃんと一緒に観た白黒画像のDVDが甦る。
祖国のために戦場で戦う、渋いおじさま達の物語。
主役を務めたあの人は、その後、映画の戦争シーンの撮影中にヘリの事故に巻き込まれて亡くなったと聞く。
皆は事故死だと言うけれど、私はそうは思わない。
あの人は、戦場で戦死したのだ。
祖国のために戦い、自分の戦場で壮烈な戦死を遂げたのだと。
あの人の代表作の役名と、私の『雷の姫巫女』の名を掛けて、この国を護る私の意思を示すためにこの名を名乗ろう。
「……軍曹。サンダー軍曹とお呼び下さい」
そして無線機の操作を執事のアントンさんに任せ、外へと向かう。
たたたたったた~




