43 懇談会 1
「え……。あの、勇者イワノフが、この世界の人?」
「そ、そうです! その名、先程の言葉、我が国の者に間違いありません!」
ミツハの言葉に興奮する、某国エージェントの男達。
「で、では、勇者様が持っていたと言われている、伝説の3種の神器、あぶとまっと・からしにこふよんじゅうなな、とかれふ、そして神の雷あーるぴーじーせぶん、というのは……」
「ええ、ええ、ええ!」
もう、泣き出さんばかりの男達。
「これも、御先祖様と我が国の英雄のお引き合わせ! 是非、我が国との友好条約を!」
「……ちょっと良いですか?」
テーブルに身を乗り出してミツハの手を握ろうとした男を、新たな男性の声が制止した。
振り返り、せっかくの勢いに水を差した男を睨み付ける、某国エージェント。
どうやら、急に盛り上がった様子に危機感を抱き、先を越されるのを邪魔する気になったチームが居たらしい。
「姫様、是非我々も話に加えて戴きたいのですが…」
横入りした男性の言葉に、ミツハはにっこり微笑んで答えてあげた。
「はい、どうぞどうぞ! 同じ話を何回もするのも面倒ですし、一度で済ませられるなら……」
ぎりぎりと歯噛みする、先約の男達。
それを見て、他のグループが一斉に席を立った。
そして、ぞろぞろとミツハ達の席を取り囲む。
少女を取り囲む大勢の怪しい男達に、さすがに見過ごせず、店のあちこちで一斉に操作される携帯電話やスマホ。もちろん、官憲への通報である。
いくつかの席では、いざとなったら少女を助け出すべく、ケーキナイフやフォークを握り締める女性達の姿があった。
ミツハ達に意識を集中させており、背後でのそれらの動きに気付かない各国のエージェント達。
殆どの一般市民は自分に無関係の面倒事にはかかわりたくなく、大抵のことは見て見ぬ振りをする。それに、自分達は別に怪しい真似や非合法なことをしているわけではないし、と。
そういう考えが染みついている彼らには、ここがどういう客層の店か、自分達が取り囲んでいるのがどう見える人物かということを失念していたのである。
11~12歳の少女を大勢の男が取り囲むというのは、充分に怪しい行為であったし、通報事案であった。
「あ~、これはちょっと人数が多過ぎますよねぇ…。場所を改めて、また後日、お話しした方が良さそうですね。
じゃ、みなさん、改めて後日こちらから連絡しますので、連絡先をお教え戴けますか?」
ミツハの言葉に、慌てて名刺やらアドレスのメモ書きやらを用意して手渡す各国のエージェント達。
忌々しそうな顔をしながらも、まだ、余計な連中を追い払ったあとに話を続けて再度こっそりと会う約束を取り付けるか、このまま場所を変えて条約の仮締結を、と考える某国のエージェントは自分達の優位性を信じていた。何しろ、先祖の恩人である勇者の母国なのだ。
一応、他国の者と一緒に連絡先を手渡した男がそう考えていた時、それはやって来た。
「通報があった店は、ここですか!」
そう、多数の通報によって駆けつけた警察官、12名。
同時に多くの通報があった事と、少女が多くの男達に取り囲まれているとのその通報内容から、数台のパトロールカーが現場に向かった結果であった。
店内の様子を見て、殺気立つ警官達。
「お前達、そこを動くな! お嬢ちゃん、この人達は知ってる人かな?」
警察官の言葉に、ミツハは明るく答えた。
「ううん、知らない人。さっき声をかけられて、お話がしたいからクルマに乗りなさい、食事を奢ってあげる、って言われたけど、なんか悪い予感がしたから、このお店になら行ってもいい、って言ったの…」
嘘はない。正直そのものである。
おお、と、少女の機転に感心すると共に、自分達の行為が大正解であったことを喜ぶ通報者達。
えええ~っ、と驚愕に眼を見開く各国エージェント達。
そして、怖い眼をして男達を睨み付ける警官達。
エージェント達が警察官に連れて行かれ、現場での簡単な事情聴取のあと解放されたミツハは、通報してくれたお姉さん達にひとりで出歩かないようきつくお説教された後、パフェを奢って貰った。
警察で色々と事情聴取され、身元を調べられ、指紋を採られ、散々な目に遭った各国のエージェント達。
ミツハに声をかけてあの店に連れ込んだのは最初の某国エージェントだけで、その他の者はたまたまそれを見掛けて心配になりついて行っただけ、という説明を主張し続けることによって何とか解放されたが、あからさまに怪しいため公安に連絡されてしまった。
欣喜雀躍の公安達。公安に眼をつけられてしまっては、エージェントとしての価値が大幅に低下してしまった。
まぁ、本当の事も言えず、少女の連れ去り未遂犯としてこってり絞られた某国エージェントに較べればまだマシであったが。
ある日、そのエージェント達の許に、電子メールによる懇談会の招待状が届けられた。
(王女様、あれ、本気だったんだ……)
てっきり、警察が来るまでの時間稼ぎかと思っていたエージェント達は驚いた。
確かに、王女様が警察官に言ったあの説明は、嘘ではなかった。警察官を呼んだのも他の客で、王女様が呼んだというわけではなかったようだし…。
(もしかして、警察官の質問に素直に答えただけで、全然悪気は無かった?)
……勿論、そんなはずがなかった。
某国のエージェント達も、ほぼ同じように考えていた。
王女様が警察官に喋ったことは、事実そのままであった。
この世界のことには疎いから、それが我々に何をもたらすかを認識していなかっただけなのだろう、と。
何しろ、我が国は大英雄の母国なのだからな、と、自国の優位を疑ってもいなかった。
「3日後、あの傭兵団のベースで、か……」
そして招待メールの配信から3日後。
傭兵団ウルフファングのベース、作戦会議室。
団員全員が集まれるだけの広さを持つその部屋は、ほぼ全ての席が埋まっていた。その大半は各国のエージェント、あとはミツハの護衛を務める傭兵団の団員である。あのスイーツ専門店に集まった国だけでなく、ミツハが選んだいくつかの国にも招待と事情説明のメールが出されており、それらの国も参加している。
急な話であり、また非公式なものであるため、国の要職たる大臣等が参加しているところはあまりなく、多くの国は情報畑のトップ達が腹心の部下と共に参加していた。勿論、かなりの裁量権を持たされて。外務官僚の出番は、まだこの先であった。
「皆様、本日は遠いところ、よくおいで下さいました。これより、我が領地と国交を結びたいとお申し出頂きました皆様との懇談会を開始致します」
ミツハの仕切りで、懇談会が開始された。
「まずは、招待状に書いておりました通り、朝貢の儀を」
本来、朝貢とは下位の国から上位の国に貢ぎ物を贈り、そのお返しとして上位の国はその数倍のものを下賜する、というものである。しかしミツハはそれを自分に都合の良いものに変更していた。
自分と交渉したい各国の代表が、競って貢ぎ物を出す。そしてミツハはそれを全て受け取り、その中で最も気に入ったものを貢いだ者にのみお返しを渡す。それも、選ばれたという名誉が主体で、お返しの品自体には金銭的価値は殆ど無い。所謂、『記念の品』程度である。また、それによって交渉が有利になるという事もない。
……はっきり言って、詐欺であった。
しかし、各国は王女様の歓心を得るためにこの贈り物勝負に勝つ気満々であった。
宝石。ドレス。名誉爵位。様々な贈り物が続く。
某国がドヤ顔で出してきた、AK-47アサルトライフル、トカレフ自動拳銃、RPG-7の3点セットには、各国代表から失笑が漏れた。全て時代遅れの旧式武器である上、金額にすると微々たるものである。しかし、自信満々の某国代表。
だが、いずれの品にも、王女様が心を動かされた様子はない。
そして、とある小さな開発途上国の番となった。
「人力で漕ぐ、全長13メートル、全幅3メートルの、中古の木造船2隻の目録です」
再び列席者の間から失笑が漏れた。しかし。
「えええっ!」
王女様の激しい反応に驚く代表達。
「そ、それは本当ですか! ど、どうして私がそれを欲しがっていると…」
「はい、お金も特産品も何もない我が国ですが、せめて少しでもお喜び戴きたいと思い傭兵団の方に色々とお話を伺いましたところ、以前に木造船を欲しがっておられたとお聞きしまして……」
「うん、うん、欲しい! 欲しかったよ! ああ、これで地引き網が始められる。網漁用の新型船が自力で建造できるまでの繋ぎになるよ……」
ミツハの食い付きに慌てた大国の代表が『我が国からも、大型の船を提供します!』と叫んだが、自分達で維持や修理ができない動力船を貰っても仕方ないこと、そして自力建造の参考にならない、等と切って捨てられた。
そして結局、返礼の対象に選ばれたのはその木造船を贈った小国となり、生きたままの角の生えたウサギの番い、地球で似たようなものを見たことがないおかしな金属で作られた装飾品、そして2泊3日の異世界旅行券2枚が贈られた。
ミツハにとってはタダ同然の品々であったが、各国の代表達は『持ち主を殺してでも奪い取る!』と言わんばかりの眼でその贈り物を凝視していた。
彼らは贈り物に宝石やドレスを選んだ自分達が根本から間違っていたことにようやく気付いたが、後の祭りである。
しかし、ミツハも別に宝石を貰って嬉しくないわけではなかった。換金物としてはそれなりに役に立つので。ただ、今は、現金よりも領の発展に直接役立つものの方が嬉しかっただけである。
こうして儀式が終わり、いよいよ、話し合いが始まった。




