41 子爵領の運営 3
第一回領民会議から1カ月。
店と工房が完成した。
安全のため平屋である。大半が素人である村民が作るので、王都で専門家に建てて貰うようには行かない。
空き地だらけで土地は充分あるので、広さは確保してある。
金属加工職人のランディは、最低限の機材は王都から運んで来ていたため、早速、炉や機材の設置にかかった。まだまだ不足している機材は多いが、それは発注して取り寄せる。
…ということになっているが、重くて嵩張る荷物は輸送に手間と時間がかかって高くつくので、ミツハが仲介を引き受けて、こっそり転移で運ぶつもりであった。
「ランディさん、素材持って来たんだけど、こんな感じでいいかな?」
重そうな荷物を持って突然やって来たミツハに、ランディは驚いた。
当然である。誰が、領主様自らが重い金属塊を担いで、ひとりで工房にやって来ると思うだろうか。
収入が無く行き詰まっていたところを拾って下さった、大恩ある子爵様。しかも、あの、救国の英雄である雷の姫巫女様である。いくら人付き合いが苦手とは言え、常識というものがあるランディは、大慌てで飛んで行った。
「も、持ちます! 私が持ちますからっ!」
急いで荷物を引ったくる。
重い……。
「それ、うちの国の金属素材なんだけど、もし問題があったら言ってね。もっと硬いの、柔らかいの、色々あるから」
そう言われて荷物を開いてみると、様々な金属のインゴットがはいっていた。見本用なのか、ひとつひとつはそう大きなものではない。識別用に、何やら記号らしきものが付けられている。
いくつか取り出して、じっくりと調べてみるランディ。
領主であるミツハを立ったまま待たせているが、それに気が付かないところが、ランディである。
「え……」
おかしい。
何だこれは。
似たようなインゴットであるが、ひとつひとつが微妙に違う。打ち付けてみると、どうもそれぞれ硬さが違うようであった。それも、かなり固い。
そして、中に混じっている、異様に軽い金属。本当に金属なのだろうか、これは……。いや待て、まずはもう少し調べてから……。
どうやら待っていても無駄らしいので、ミツハはランディを放置してそのまま帰った。とりあえず作ってみて欲しいものがあったのだが、また後で来ることにした。
ランディがそのことに気付いて青くなるのは、まだ暫く先のことであった。
塩田は、まだ工事中。枝条架を用いた流下式なので季節や天候の影響を受けにくいし、労力が少なくて済み、場所も他の方式より狭くて済むと、良い事尽くめである。
これで、遠方から運ばれる岩塩が中心の塩の流通業界に殴り込む……、と、色々ありそうだから、とりあえずは領内消費と塩漬け製品の製造に使う予定であった。
塩漬けがたくさん作れるようになるだけでも、経済効果は大きい。この領の経済規模は、元々非常に小さかったので。
学校は、既に稼働状態にはいっている。
元々人口が少ないので、子供の数もそう多くはない。なので、場所は子爵邸の一室を使用している。その方が、教えるのにも、昼食の準備をするにも都合が良い。
また、使用人も、コレット達子供勢だけでなく、大人でも希望者には授業を受けさせたので、それにも子爵邸を使用するのが都合が良かった。
読み書きが出来ない使用人は恥ずかしい思いをしていたらしく、皆、やる気充分である。
教師は、読み書きが出来る者で手の空いている者や、ミリアム、ラシェル、そしてミツハが行った。特にミツハの金儲け講座や敵を叩き潰すためのえげつない手法、東急ハンズで買ってきた科学実験セットによる授業等は大好評であり、執事のアントンまでが聞きに来る始末であった。一部、子供には不向きな授業内容もあったが、細かい事は気にしないミツハであった。
子供達は、通学を嫌がるどころか、同年代の子供達と楽しく遊びながら『明らかに自分の将来のためになる』と実感できることを学べること、そしてお腹一杯食べられる美味しい昼食に心を奪われ、2日に1回では少な過ぎるのでは、と言い出している。
そして、お店である。
王都のお店の数倍の売り場面積を持ち、今までの商店にあったもの、つまり領地で獲れた獣の肉や山菜、魚介類、野菜や穀物等の食料品や、布地、農具の金属部分等の生活必需品等は全てそのまま揃っている。しかも、魚は買い取り制であった。
そう、今までは、魚は傷みが早いため、売れ残ると商店が丸々損失を被るというリスクを避けるために、魚は売れた分だけ後払いで仕入れ代金を払い、売れ残った分は返品されていたのである。
そうしないと、リスクを恐れてごく少量しか仕入れられなくなるので、別に商店が卑怯というわけではない。委託制であれば、漁師は好きなだけ商品を置いて貰えるので、運が良ければたくさん売れる。その代わり、売れなければ稼ぎは少なく、傷む寸前の魚を持ち帰って漁村のみんなで食べることになる。
夕方になっても、売れ残りを投げ売りしたりは絶対にしない。もし夕方に投げ売りをすれば、翌日から、夕方になるまで誰も魚を買わなくなるので。
しかし、新しい店では、完全買い取り制。
なので、値引きしようが安売りしようが、店の自由であった。
そして、加工して、つまり、煮たり焼いたりと、調理したものも売った。付加価値をつけて、利益率を上げたのである。魚の調理を面倒がる独身者層の需要を掘り起こすのである。それに、加工すれば、多少鮮度が落ちたものも新しい商品に生まれ変わって消費期限が延びる。
更に、売れ残った生魚は閉店と同時に処理を開始して、干物や塩漬け等に加工した。
これらにより、魚の完全買い取りを実現。
漁師達は、獲っただけ確実に収入になると知ってやる気を出した。
しかも、店には日本製の漁網と釣り道具が並べられていた。その威力は、既に領主様直々にデモンストレーション済みである。
…ちなみに、日本の小さな漁村に出向いて、暇そうにしていた年寄りに投網の投げ方を教わったミツハは、面白がってわらわらと寄ってきた老人連中に逃がして貰えず、筋肉痛になるまで特訓を続けさせられたのであった。
貝や海藻を乾燥させる場所も整備した。昆布、ワカメ以外にも、あおさと呼ばれるひとえぐさ、海苔等の採取・加工を開始。更に、新造船の建造準備が始まった。
女性や子供達も、海藻の採取・加工や、岩場からの釣りによる漁獲ならば、収入に大きく貢献できた。
漁村は、村が出来てから最大の熱狂に包まれていた。
農業は漁業と違って手間と根気と時間をかけるものであることは、農村の全員が充分承知している。そして、領主様の指導に従った漁村の状況を見て、次の収穫期における自分達の実験の成果、そしてそれを元にした収穫増の未来を夢見て希望に燃えていた。
…そしてどんよりした山村の状況に、居たたまれなくなったミツハは日本産の鋸や斧を何挺か寄贈したのであった。
このように、従来の商品は全て継承し、更にその数倍あるスペースに、ミツハはペッツさんから仕入れた品と、日本の商品を大量に並べた。
リンスインシャンプー、使い捨てライター、カロリーメイト、袋ラーメン等の王都の店でお馴染みの定番商品に加え、各種激安缶詰、日保ちするお菓子、鉄製農機具、漁具、工具、食器、LEDライト、文具、便利用品等々。
購買力が上がった領民にも売れるであろうが、本命は、近隣の領からの客であった。店の売り上げが目当てではなく、領内への人の流れをつくること。それに伴い商品の流れ、カネの流れが出来てゆくことである。
領民向け以外の商品は、しばらくはあまり売れないかも知れないが、中々傷まないものばかりなので問題はない。
『ヤマノ子爵領の店を知っているか』
近隣の領地で、しだいに噂が広がり始めていた。
あの雷の姫巫女が、故国から届いたものを売っているらしい。
王都の店より品数が多くて、安いらしい。
運が良ければ姫巫女様と会えるらしい。
姫巫女様から商品を直接手渡されて、ゆ、指に触れた奴がいるらしい!
海に面した領地なのである。船で運ばれた故国からの品が、王都より安く、沢山出回っても不思議はない。……はずである。
しだいに増える他領からの客に、宿とメシ屋も改装した。
宿は常時開いて、雇った従業員が常駐。風呂も造った。
メシ屋は、ボーゼス領から呼び戻した息子に子爵邸でヤマノ料理を教え込み、少し高めの値段でメニューに載せた。
少しずつだが、順調に進む領地の発展。
……山村を除いて。
仕方なく、ミツハはシイタケの菌を日本から持ち込んだ。
山から切り出した原木に沢山の小穴を開けて、湿らせたおが屑と菌を混ぜたものを詰め、蝋を溶かしたものをスポンジにチョイと付けて穴にポンポンと触れて封をする。菌とおが屑が乾燥するのを防ぎ、虫が入り込むのを防ぐための、先人の知恵である。
あとは、陽が当たらず、じめじめとした場所に並べておく。
シイタケは、焼いて良し、煮て良し、ダシの素としても良しの、使えるヤツである。何より、干せば軽くて日保ちする、というのが良い。
買い物に来た客に食べさせて、他領へとじわじわ広めて行くつもりであった。ヤマノ子爵領の特産、独占販売である。
タケノコも、日保ちするから…、って、ダメか。竹林くらいどこの領地にもある。自然薯も、木の実も……。
やはり、木炭と製鉄しかないか。砂鉄の収集を始めさせよう。て、磁石が必要? 強力なネオジム磁石を用意するか。永久磁石界で最強、というその口上が本当かどうか、試してくれよう!
海岸や川岸に堆積した漂砂鉱床を探すか、残留鉱床である山砂鉄を探すか、どうするか…。
幼い子供の、良い小遣い稼ぎになるかな? いや、幼い子供の稼ぎとは言え、家計を支える重要な収入か。村人の生活は、まだまだそう甘いものではない。税率軽減の恩恵が現れるのは、次の収穫期が来てからなのだから。
……とりあえず、磁石を用意して貸し出そう。




