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31 大掃除

 歩いて町にはいった。この先は少し先で海に出るため、旅人が通りがかることなど滅多にない行き止まりの町である。なので旅人が珍しいのかジロジロ見られる。

 あ、ワンピース姿の子供がひとりで現れたからですか、そうですか。

 お腹が空いたので食堂、というか、メシ屋で食事。情報収集のためもある。

だから自宅では食べて来なかった。適当に定食を注文。その時に町の名前を聞いたら、『町』と言われた。そうですか、ミツハ式の命名ですか。『村』じゃありませんでしたか、そうですか。


 海が近いだけあり、定食のメインは魚。うん、いかにも『魚定食』って感じだね。感想、以上。

 小さな町の小さなメシ屋だし食事の時間帯を外れているため、他に客の姿はない。世間話にかこつけて前領主の評判を聞いてみるが、おかみさんの口は重い。まぁ、お取り潰しという不名誉だし、次の領主がどんな人物かも分からない。名を落とした領地に良い領主が来る可能性は低い。気安い者との愚痴ならばともかく、知らない者に話したいことではないだろう。それ以上聞くのはあきらめて、領主館の場所を聞いて店を出た。


 領主館は、町の外縁部にあるお屋敷らしい。小さくて建物がまばらなため、すぐ見えてきた。うん、領主館と呼ぶのは禁止しよう。まぁ、領主邸、かな。

流石に領主宅とか領主長屋とかは悲しいものがある。荷物を背負ったまま玄関へ。割と立派なドアノッカーを叩いた。


「は~い、どなたですかぁ」

 16~17歳くらいのメイドさん登場。

 うん、前領主は貴族籍没収で貴族家お取り潰しになったけど、別に使用人に責任があるわけじゃない。次の領主も使用人が必要だし、家臣ならばともかく、使用人を前領地からそのまま連れて来ることもできない。前領地の使用人はそこに家族が住みそこの領民なので置いて来なければならないのである。

 かと言って、知らないところでいちから募集しても、領主も使用人も勝手が分からない。そのため、自ら望んで去る者以外は、そのまま領主邸に残り次の領主に仕えるのである。


 勿論、次の領主を見てから、自分に合わない、気に入らないと思った時はその時に辞める。また、逆に新領主の方が気に入らない使用人をクビにすることもある。

 一般的に、余りに「前の領主の時はこうだった」等と言う者は追い出される可能性が高い。まぁ、そういうわけで、使用人の大半がまだ残っており、ミツハを迎えてくれるのであった。

 流石に、家臣や係累の貴族等は残っていないが。

 とにかく、これは私の使用人である。少なくとも、現時点においては。


「あ、ミツハです」

「は? ミツハさん?」

 分かっていないらしいメイドさん。

「ここの領主になった、ミツハ・フォン・ヤマノです」

「え、あ、はい。え、えええ~~っ!!」

 うん、普通は、領主がひとりで歩いて赴任してきたりはしないよね。それが12歳に見える女の子であるかどうかは別として。


「すぐに使用人全てを集めて下さい。みなさんに着任の御挨拶を行います」

「は、はいっっ!!」

 メイドさんは飛んで行った。



「使用人の皆さん、私が新領主のミツハ・フォン・ヤマノ子爵です。領地の広さは変わりませんが、今日からここは男爵領ではなく子爵領となります」


 使用人達は驚く。男爵家と子爵家では、文字通り家格が違う。給金の増額等、待遇の向上が期待できるし、『男爵家の使用人』と『子爵家の使用人』では同じ使用人でもやはり格が違うのだ。転職するにも結婚相手を探すにも、その名の威力はテーブルナイフと新品のショートソードくらい違う。


 先日、国から新しい領主様が近々赴任されるという知らせは受けたものの、爵位やどのような人物かは聞いていなかった。爵位のことも、新領主の性別、年齢、外見等も。

 それは意図的なものである。使用人が事前に偏見や固定観念等を抱かないよう、新しい領主について事前に教えることはしない。全ては本人の到着後、本人を直接見てから考えれば良いことだからである。

 そのため、一部の使用人たちは浮かれた。子爵領への格上げ。温厚そうな少女領主。うまく煽てて取り入れば甘い汁が吸える。都合の良いことを吹き込んで操れれば……。


「そういうわけで、よろしくお願いしますね。初めての領地運営で何もわかりませんので、色々と教えて下さい。なお、先程申しました通り、後日皆さんおひとりずつ順番に面接を行います。では、お仕事に戻って下さい」

 ミツハは挨拶を終えた。優しく、丁寧な言葉遣いで。優しそうな新領主に、安心し喜ぶ者。甘く見てほくそ笑む者。領地の将来を考えて顔を顰める者。様々な思惑が18人の使用人の胸に渦巻く。


 夕食。使用人と同席するはずもなく、ミツハはひとりで食卓に座り食事を摂る。海辺の町であるが、並ぶのは肉料理ばかり。ミツハは美味しいと絶賛しながら残さずに食べた。普通は余って残るように出されるので、明らかに食べ過ぎである。


 入浴後、ミツハは寝室に内側からカギをかけると自宅へ転移、用意していた小振りの段ボール箱を持ってすぐに領主邸の寝室へと戻った。それからカギをあけて寝室を出ると、屋敷のあちこちを見て廻り、使用人の勤務状況を見て激励し、寝室へと戻る。そしていつの間にか中身がかなり減った段ボール箱から色々な防犯装置を取り出すと、ドアや窓辺に設置した。



 ピー

 小さな電子音に、ミツハは目を醒ました。ドアの前に設置した防犯装置のレーザー線をなにかが遮った時の警報音である。毛布の中で右腿のワルサーを握りドアの方に目をやると、昨日ミツハを迎えたメイドの姿があった。

「おはようございます。もうお目覚めでございましたか」

「おはよう。昨夜はよく眠れたわ。朝食の用意は?」

 ミツハは銃から手を離し、にっこりと微笑んだ。


 朝食後、ミツハは再び屋敷を見て廻った。そして部屋に戻ると、施錠してドアの取っ手に布を被せて鍵穴を覆い、ポケットから数個の電子装置を取り出した。

 秋葉原で購入した、超小型録音機。音を感知すると録音が始まり、最後に音を感知してから一定時間が経過すると停止する。先程別のものと交換して回収した、昨夜に仕掛けておいたものであった。

「さて、何がはいっているのかな……」

 ミツハはにっこりと微笑んだ。



 ミツハは温厚で優しい領主であった。笑顔を絶やさず、使用人を労い、ひとりで領内の漁村、山村、農村を回り領民に声を掛けた。病弱なのか、昼間に床に就くことも多かった。

 一部の使用人はミツハの様子に安心し、経費の水増し、商人との裏取引等を再開した。新領主の様子を確かめるまではと一時的に控えていたものを、堂々と再開したのである。また、部下や後輩に仕事を押し付けて仕事場を抜け出す者、村人の少女にちょっかいをかける者、屋敷のものをこっそり持ち出す者、等々…。


 危機感を抱いた執事がミツハに苦言を呈しても、ミツハはただにっこりと微笑んでいるばかりであった。

 真面目で誠実な執事はあせった。このままでは一部の不心得者のせいで領内が乱れる。なんとかせねば……。


 そんなある日、ミツハはぽつりと呟いた。

「そろそろいいかな」

 そしてミツハは再び使用人を招集した。



「…で、この6名は本日付で懲戒解雇とします」

 使用人を招集したミツハの突然の解雇宣言に、名指しされた6人は激昂した。

「そんな馬鹿な! どうして私が!」

「いったい何の冗談ですか! いくら子爵様とは言え、理由もなく一方的な解雇などと!」

 叫ぶ使用人に、ミツハは落ち着いた表情で冷たく6人を見た。


「馬鹿? 馬鹿なのは誰だ?」

「え……」

「馬鹿なのは誰だと聞いている!」

 その男は温厚だと思っていたミツハに怒鳴りつけられ言葉を失う。


「ハンス。私はずっとお前の出す料理を褒めていたな」

「え……、ええ」

 料理人であるハンスはとまどったように答えた。

「毎日、美味しいと言っていた。すると、次第に味が落ちていった。普通、褒められればやる気を出してより美味しくならないか?」

 黙り込む料理人、ハンス。


「なぜかな? 理由が解るか?」

 しだいにハンスの顔色が悪くなる。


「それはな、私は子供舌でどうせ料理の味など判らないとでも思ったお前が、素材の質を落としたからだよ。どんどん安物になっていく素材。でも、なぜか仕入れの代金は変わっていないんだよな。なぜだろうな、不思議だよな、なぁハンス」

 蒼白になり黙り込んだハンス。

 次にミツハはその隣りの男に話しかけた。


「なぁグンター。小麦の計算、おかしくないか?」

「え…」

「前回の納税の小麦、村からの納入量とうちから商人への販売量、数字が変わってるよな。誰かが書き換えてるよなぁ。誰かなぁ、そんなことするの。誰も気がつかなかったのかな。担当者、誰だっけ?」

「あ………」


「そんで、ティルデ、一昨日の午後、雑役メイドに自分の仕事を押し付けて、どこへ行っていた? 我が家の香辛料をたくさん持って? また、町の、あの妻子持ちの仕立屋のところか?」

 へたへたと座り込む雑役メイド頭。

「お前達も、理由が聞きたいか?」

 残りの3人に向かって放たれたミツハの言葉に、誰も言葉を返せない。

 温厚で優しく気弱なお人好しと思っていたミツハの、態度も言葉遣いも一変した激しい追及。


「私がなぜ子爵なのか知らないのか? 別に爵位持ちの親が早死にしたってわけじゃない。自分でなったんだよ。私が初代。初代、ヤマノ子爵だ。舐めるなよ!」

 睨み付けるミツハに、静まりかえる室内。


「懲戒解雇だ。次の職探しには苦労するだろうな。さ、1時間以内に出て行って貰おうか。1時間経っても屋敷内にいた場合、子爵家への不法侵入で捕縛し処刑する。行け!」

 あたふたと部屋から飛び出すように逃げ出る6人の男女。ミツハはそれに構わず側に立つ初老の執事に話しかけた。


「すまんな、心配かけた、アントン。夜中の書類監査ももうやらない。夜はちゃんと寝るから、もう昼間にはベッドにはいらん」

 そして、ポケットから取り出した数枚の書類を渡す。

「賄賂を使う商人だ、取引から外せ。あと、他の者の妨害をしている悪質な領民と、迷惑を受けた者。監視して対処しておいてくれ」

「み、ミツハ様……」

 執事、アントンの目に涙が浮かぶ。


「あと、雑役メイド頭は今日からケーテだ。しっかり頼むぞ」

 ミツハはあくびをかみ殺す。

「悪い、アントン。昼間はもう寝ないと言ったが、あれは嘘だ! ちょっと寝てくる。あ、明日からいよいよ我が子爵領の本格的な開発を始めるぞ。忙しくなるからな。じゃ、みんな、今日は御苦労だった。解散!」


 その場に残され、呆然と佇む12人の使用人。

 ミツハのあまりの変わりように驚いたが、しだいに胸にわき上がるこれは…

…。

 あきれ? 可笑しさ? 興奮? 興味? わくわく?

 ああ、そうか。自分は今、わくわくしているのか。

 何か、面白いことが起こりそうな気がして。

 何か、楽しいことが起こりそうな気がして。

 少なくとも、明日は今日より愉快な日になりそうだ。


「カティ、あんた、なに笑ってるのよ」

「あんたも笑ってるじゃない」

 え? あはは、そうかぁ。


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― 新着の感想 ―
国王に任命されて貴族位を与えられるのに舐めるとかアホすぎてww そんな簡単になれるならお前がなれよって話なわけで救いようのない人達だ
[一言] そりゃ腐った貴族の領地だったんだから膿は残ってるよなあ
[良い点] これがギャップ萌えというやつですか。 使用人も喜んでいますね。 ミツハ閣下万歳! おれも支配してください。 300話中この話が一番好きです。
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