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11 拠点確保

 宿はテンプレであった。

 元気なおかみさんに寡黙な料理人の亭主。7歳の可愛い娘さん。料理は美味しかった。但し娘さんに猫耳は付いていなかった。残念。

 ああ、コレットちゃんを思い出すなぁ。まだ会いに行くのは期間的に不自然だよなぁ。よし、この子で癒されよう。

 …って、お手伝いで忙しいですか、そうですか。


 宿の部屋で荷物を持ったまま転移。家で荷物の入れ替えをした後再度転移し、宿に戻った。当座のところ不必要となったドレスや靴、その他のものを家に戻し、着替えの下着や日用品を運んだのだ。いくら信用できる宿であっても盗難の可能性は常にある。下着や日用品くらいなら盗まれてもどうということはない。

 質素な服に着替えたあと、街を歩き回った。土地勘を養い地の利を得ることは兵法の初歩である。護身用はショルダーホルスターの小型拳銃と内腿のナイフのみだけど、まぁ昼間の王都の大通りなら大丈夫だろう。色々と動いた後は注意が必要だけど。


 うむ、流石は王都。いくら開発途上世界とはいえ、それなりに立派な建物がある。出店の串焼きもなかなか旨い。何の肉かは気にしないことにする。薄暗い路地や貧民街には近付かない。そういうお約束は間に合ってます。


 しばらく歩き回ったあと、陽が落ちてきたので宿に戻った。

 夕食は、まぁ、この文化レベルとしては健闘しているか…。やはり香辛料は高いのか、味に締まりがないような感じ。まずいというわけじゃないけど、やっぱり何か物足りない。あ、家から調味料持ってこようかな。

 食後は部屋から家へ。久し振りのシャワーを浴びる。生き返るうぅ…。


 翌朝、食後すぐに街へ出て不動産屋へ。いや、起きるの遅くて朝食は締め切りギリギリだったから、この時間でももうあいてると思う、不動産屋。

 通りがかりの人に何度か聞いて、ようやく到着。伯爵様お勧めのお店だから多分大丈夫。そっとお店にはいる。いや、堂々とはいればいいんだけど、なんか習性で…。


「いらっしゃいませ」

 多分別の言葉なんだろうけど、なぜかそう認識される言葉で若い店員が迎えてくれた。

 

「ようこそお越し下さいました。本日はどのようなご用を承りましょうか」

 おお、子供相手でも馬鹿にせずきちんと客扱いしてくれる。なかなか教育が行き届いているぞ。

 感心しながら、そっと紹介状を差し出す。


「あの、居住部付きの店舗が欲しいんですが…。これ、紹介状です」

 店員は紹介状を受け取ると開封せずに裏側の署名を確認した。するとミツハに少し待つよう頼むとあわてて奥へと駆け込んで行った。

「おお、流石伯爵様、効いてる効いてる」


 すぐに年配の男性が慌てた様子で飛び出してきた。

「お待たせ致しました、店主のルッツ・ゾルタンと申します。この度はようこそ当店へお越し頂きまして…」

 店主直々の対応か。って、当たり前だよね、有力貴族の紹介状なんだから。


「よろしくお願いします。実はお店が欲しくて…」

「はい、伯爵様からの御紹介状に詳しく書いてありました。いくつかお勧めの物件がございます。御説明致しますので、是非奥の方へ…」

 ルッツさんに店の奥へと案内された。多分普通のお客さんは店先のテーブルで接客するんだろうな。VIP待遇だね。美味しいお菓子とか出るかな。


 お菓子はまぁまぁ。いや、頑張ってるとは思うよ、この世界としては。ただ、日本のと較べちゃうとねぇ。悪いけど。

 まぁルッツさんも私が美味しいお菓子を食べ慣れていると思ってか、あまり美味しそうじゃない私の顔を見てもそうガッカリした様子はない。いや、それどころじゃないか、今のルッツさんには。


「…と、このあたりがお勧めの物件なのですが…」

 うん、いくつか説明して貰ったんだけど、まず貴族街にあるのはパス。

 いや、治安はいいだろうし客筋もいいんだろうけど、まず、高い。そして、私は貴族だけを相手にしたいわけじゃない。貴族街だと平民が行きにくいだろう。


 いや、貴族が嫌いというわけじゃないよ。貴族にはいい人もいれば悪い人もいるだろう。平民にも、いい人がいれば悪い人もいるだろう。そして奴隷においてさえも。ただ、貴族だけを相手するというのは、何だか疲れそうで面白くなさそうなんだよねぇ。やっぱり、たまには馬鹿で下品な客も来ないとさぁ。


 そういうわけで、貴族街のはパス。流石にスラムに近いような物件ははいっていないので、あとは平民街の中心地付近か、貴族街寄り。

 う~ん、勿論大きく稼ぐには貴族の客も必須だしねぇ。美味しそうな食べ物屋さんが近いのはこのあたり、と。いや、昨日の周辺調査は遊びじゃないよ、このためだよ、ホントだよ!


「えと、これとこれと、これ。現地見られますか?」

「勿論でございます。今からご覧になられますか?」

「はい、お願いします」


 私はルッツさんに案内されて現地巡りの旅に出る。残ったお菓子をポケットにねじ込んで。

 あれ、給仕してくれた女の子が悲しそうな眼でこっちを見てる。

 え、ええっ! もしかして、残り物のお菓子はあの子の取り分だったの?

 まぁ確かに一度出したお菓子を再利用するなんて店の名折れだし、大人の心遣いとして従業員の女性や子供にあげるのはおかしくない。あぁ~、やっちゃったぁ…。

 ごめん。今度、日本のお菓子を持ってくる。絶対。


 現地巡りの旅、1つ目。

 う~ん、場所はいい。大通りに面してて、人通りも多い。でも、ちょっと狭いよねぇ。

 それに、私の店は別に人通りはそう多くなくていい。口コミで、知ってる人が来てくれればそれでいい。だって、あんまり客が多いと疲れるでしょ。多利薄売、がモットーです、雑貨店『ミツハ』は。

 ……嫌な店だなぁ。


 現地巡りの旅、2つ目。

 う~ん、ルッツさん、私のこと大富豪とか思ってません? こんな巨大な物件どうしろと? アレですか、ここで孤児院開いて孤児達に店員をさせろと。私は聖女様ですか、慈善活動家ですか、そうですか。パスパス! 次行きましょう、次!


 現地巡りの旅、3つ目。

 う~ん、大通りから2つ目の通り。程々に少ない人通りに、程々に寂れた商店街。元は宿と食堂を兼ねたレンガ造りの3階建ての建物。

 宿と食堂だっただけあって井戸と裏庭があるのがいいね。食堂部分が売り場として広く使えるし、調理場にはお風呂を付けられる。うんうんうんうん、いいんじゃないかな。


 最初に狭いの、次に広いので、最後に丁度良いのをチョイスする。分かってるね、ルッツさん! 実に基本に忠実なセールステクニックですよねぇ。

「これください!」

 金貨数百枚の買い物を、駄菓子を買うかのように簡単に買ってしまった。

 あ、そう言えば、値段聞くの忘れてた。



「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」

「お、おぅ……」

 後ろではルッツさんが盛大に引き攣ってる。


 いや、支払いの件で相談するからついて来て、ってルッツさんと一緒に伯爵邸へ行ったんだよ。そうしたら、使用人総出で出迎えられて令嬢扱い。これ、絶対伯爵令嬢だと勘違いしてるよね、ルッツさん。汗ダラダラだよ。

 真っ直ぐ応接室に通された。


「執事のルーファスと申します。お嬢様、こちらのお方は…」

 ルーファスさんはルッツさんに向かって名乗り、その後私の方を向いて訊ねた。うん、私とも初対面だということはスルーね。


「あ、私のお店を売ってくれる不動産屋のルッツさん。お金の支払いの相談で来て貰ったの」

「そうでございましたか。ルッツ様、当家のミツハお嬢様がお世話になります」

「い、いえいえ、滅相もございません!」


 聞いたところでは、有力貴族家の執事は、そこらの商店主など鼻息ひとつで吹き飛ばせる程の影響力を持っているそうだ。領地邸の執事シュテファンさんにそう聞いた。シュテファンさんが勝ち取った『私の占有時間』に。

 まぁ、その時に王都邸の執事であるルーファスさんの事も聞いていたんだけどね。『まだまだ若輩者だけど、まぁまぁ』って。でも、自分がそう言っていたことは絶対言うな、って。…多分、業界ではかなりの褒め言葉なんだ、『まぁまぁ』って。


「おや、お嬢様、少し御髪が乱れているような…。これ、ベルタ、お嬢様をお連れして御髪のお手入れを!」

「はい、直ちに!」

 え? ええ? 今、相談中…。


 あっという間にメイドさんに手を引かれて連れ出され、ドレッシングルームに連れ込まれた。そして何だか髪に吹き付けられて櫛で梳かされて、色々されてから無事応接室へと帰還。

 あれ? ルッツさん、何か死にそうな顔してない?


「おお、お嬢様、お戻りになられましたか。うむうむ、御髪も直り、見事な美しさでございます。さて、ではお支払いの件でございますね。ルッツ殿、お値段は如何ほどでございましょうか」

 なぜか死にそうなルッツさん、必死で言葉を絞り出す。

「き、金貨、に、280枚でございます!」

 あれ、安い! こりゃいい買い物をしたなぁ。


 その後、支払いはボーゼス家から直接支払うということで決定。更に、あと金貨20枚を改装費用の分として私がその場で受け取った。キリの良い金額になったね!

 書類は後日作成して届けてくれるとのことで、ルッツさんとは王都邸前で別れた。お店の鍵は既に手渡されており、もういつでも自由にしていいそうだ。

 普通ならば騙されることを警戒して書類も無く契約したりしないけど、伯爵邸で、執事を始め多くの使用人の前で交わされた契約を破ったらどうなるかくらいは商売人でなくとも容易に想像がつくだろう。つまり、何の心配も要らない、ということだ。

 うん、後ろ盾、サイコー!



「すみませ~ん!」

 ミツハは入り口をくぐり、声をかけた。

 奥の方から返事があり、中年から初老に差し掛かったあたりのがっしりした身体、気難しそうな顔をした男が出てきた。

「おう、何の用だ?」


 ここは木工加工屋、つまり大工と建具屋を合わせたような店であった。

 ルッツと別れたミツハは改装工事を頼む店をどうしようかと考えて、ピンと閃いた。そうだ、不動産屋ならそういう伝手があるに決まってる! さっき別れたばっかりで何だけど、ルッツさんに紹介して貰おう。まだ知り合いが少ないのだ、使える伝手は何でも使う!

 というわけで、ついでだからといったん日本に戻り洋菓子店で美味しそうなところを見繕い、再びルッツさんのお店へ。店先で見つけたさっきの女の子にお土産を押し付けた。女の子は驚いていたけど、なんとか受け取って貰い、ルッツさんを呼んで貰った。


「腕が確かで、技と技術に自信とプライドがあって、でも頭は固くなく新しいものに挑戦することに抵抗のない人、紹介して下さい」

 頼むミツハに、なぜかルッツさんは紹介を渋る。しつこく食い下がるミツハに、とうとうルッツさんは根負けしたのか、頼みを聞いてくれるなら、という条件で紹介を承諾してくれた。


「あの、お願いですから、工事費用を値切らないであげて欲しいんです」

「え? そんなの当たり前でしょ? 職人や技術者に値切りなんて、その技や技術を馬鹿にした行為じゃない。優れた技や技術には、正当な報酬が必要でしょ」

 更に今度の支払いはミツハが直接手渡すと聞いて、ようやくルッツは安心して職人を紹介してくれたのであった。



「こういうの、お願いしたいんですけど」

 ミツハがテーブルに広げた紙束を見て、クンツは仰天した。

「な、何だ、これは……」


 まず、紙に驚いた。薄くてつるつるで、かなり丈夫そうな高級紙。

 そして、驚くほどに細かく精密な文字らしきものと写し絵。何だこれは!

 そして更に驚くのが、その写し絵に描かれているものの斬新さ、美しさ!

 テーブルか、これは! こっちのはチェスト? これは…


「あ、そのあたりのはいいです。こっちの、これ。この棚とか、この展示用のやつ。それと、窓やドアとかに防犯用の設備を取り付けたいんです。これ、こういうの。金属製品は私が用意して渡します。あと、大きな貯水タンクを載せる、こんな台。タンクの写真…、絵はこれです。大きさはこのメモ書きのとおり。それと、調理場に風呂場の設置。水回りはこっちでやりますから、区画割りだけお願いします。その他、詳細は現場を見て貰って、ということで…」


「……やる」

 紙束、パソコンからプリントアウトされた十数枚のA4の紙を握り締め、呆然としていたクンツは呟いた。

「いやでも、まだ料金の相談も…」

「やる、この仕事、俺がやる!」

 なんか、やる気になってくれてるならいいか。


「その代わり、この写し絵、あとで貰えないか」

 え、そんな事?

「いいですよ。と言うか、これ単なる見本ですから。あとでもっとちゃんとした資料渡しますよ。要るなら今回は関係ないけど色んな家具とかの資料あげますよ」

 それくらいいいよね。単なるデザインであって別に凄い技術とかじゃないし。作り方や強度なんかは自分で努力して貰う、ということで…。


「やる。俺は、この天才に追いついてみせる……」

 ありゃ、なんか変なスイッチ押しちゃった?  

PV、ブックマーク、評価ともに少しずつ増えており、嬉しさのあまり、のたうち回っております。ありがとうございます。

併行連載しております『ポーション頼みで生き延びます!』共々、よろしくお願い致します。

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[気になる点] わざわざミツハに席を外させて何を言ったのやら 伯爵お勧めの店だし紹介状があるので元々ぼったくるつもりはなかったと思うけど さすがまぁまぁの執事、何かに気付いたんだろうね それとも単に事…
[良い点] >但し娘さんに猫耳は付いていなかった。残念。 >アレですか、ここで孤児院開いて孤児達に店員をさせろと。私は聖女様ですか、慈善活動家ですか やばい今読むとめっちゃニヤニヤできるわwww…
[気になる点]  その後、支払いはボーゼス家から直接支払うということで決定。更に、あと金貨20枚を改装費用の分として私がその場で受け取った。キリの良い金額になったね! 受け取ったら金貨260枚になっ…
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