10 ミツハ、武装する
……知らない天井だ。
いや、ちょっとしつこかったか。
私は今、絶賛引き籠もり中。ベッドの毛布の中に。
恥ずかしいィィィィ~!
泣いちゃったよ。しかもガン泣き、本気泣き! いい歳をして、男の胸で!
いやまぁ、伯爵様はダンディでいい男だし、私は『公称12歳』なんでいいんだけどね、まぁ。
王都行きの馬車が出るまであと2日、のんびりするか…。
もう王都に着くまでの間、転移はできない。時間はあるけど不在がバレる可能性が高い。危険は冒せない。まぁ、必要なものは用意しているので問題はない。
2本のナイフと1本のショートソード、そして3丁の拳銃と予備弾倉。
ナイフ1本だから売らないって話? あれは『護身用に隠し持てるフォールディングナイフ』の話。もう1本は堂々と腰に付けたランドールのハンティングナイフだよ。
え、武器多すぎ? いやいや、道中、盗賊とか魔物の群れとかに襲われたらこれくらい必要でしょ。弾詰まりに備えたり、着替え中に踏み込まれたりに備えるには、リボルバーと隠し武器は必須でしょ。ナイフは緊急用だけど普段の作業にも使えるし。ゴブリンの耳を切り取ったりとか…。
あ、討伐部位採取はありませんか、そうですか。
ショートソードは、本当にただの威嚇用。拳銃は見ても武器だと思われないから、丸腰の女の子だと舐められて絡まれたり、捕まえて売ろうとかいう不埒者が現れないとも限らない。魔除けのお札のようなものだ。
あ、ちゃんと練習済みだよ、勿論!
数日前、私設傭兵団『ウルフファング』隊長室。
「…来たか、嬢ちゃん」
「来たよ、隊長さん」
ミツハの返しに、がっくりと項垂れる隊長。傭兵『団』だけど、『隊長』なのである。名前を呼ぶ者はいない。ただ隊長と呼ばれる。名前が広まるなど、傭兵にとっては良いことではない。団の名称が有名になればそれで良いのだ。
「用意はしてある。来い」
隊長について、ミツハは訓練場へと移動した。
「ほうほう」
射撃訓練場の長机に置かれた武器を見て、ミツハは嬉しそうに声を上げた。
「御注文の品だ。まずお飾り用のショートソード。骨董品じゃない。新造だ。骨董は高いし脆い。鞘付き。ベルトに留めろ。剣帯はなし。ガンベルトつけるから着けられないだろ」
うんうん、小さめなので何とか構えるくらいはできそう。
「次に、護身用の銃。ワルサーPPSだ。549グラムと小型軽量、弾は9ミリで弾倉8発。薬室にも入れておけば9発だ。緊急用としては充分だろう。これより軽いとなると22口径になって威力不足の心配がある。女性の護身用として定評がある」
うんうん、いいよいいよ。
「主力武器、ベレッタ93R。1170グラムと少し重いが、弾倉は20発用と15発用がある。プラス薬室1発、だな。口径は9ミリ。最大の特徴は、3点バースト機能だ。普通の単発と、切り換えで3発連射のバースト機能が付いている。逆上して撃ち続けるとあっというまに弾切れだが、いざという時のとっさの初撃には効果があるだろう。通常は3点バーストにしておき、必要な時に単射に切り換えろ」
ほほぅ。確かに少し重いけど、3点バーストは面白い。いいチョイスだよ、隊長さん!
「あと、リボルバー、38口径な」
………
え? 終わり? リボルバー嫌いなのっっ??
「あと、予備弾倉は弾の種類を変えておくのもいいぞ。防弾チョッキを抜くアーマーピアシング弾とか、急所を外しても一発で戦闘力を奪えるホローポイントとかな。ライフル使う時はスチール・コア弾、マシンガンなら曳光弾とか焼夷徹甲弾とかな」
お、おぅ……
「じゃ、とりあえずホルスター付けてみて微調整するか。そのあと、一通りの操作法、射撃訓練、簡単な手入れと注意事項な。ちゃんとした整備はやってやるからある程度使った時か定期的に持ってこい」
と、まぁ、そういうわけで、王都行きの道中の備えは完璧なのであった。
あ、手榴弾も用意して貰えば良かった。失敗した!
え、武器は用意しても、人を殺せるのかって?
殺せるよ、普通に。何か殺しちゃいけない理由でもあるの?
普通の人は殺さないよ、勿論。当たり前でしょ。でも、自分を殺そうとして向かってくる奴を殺しちゃいけない理由はないでしょ。何、相手の命を尊重して、黙って殺されろって? いやいやいやいや!
捕らえても殺さず諭せばいい? 逃がした途端に襲いかかってくるか、また他の人を襲うに決まってるじゃん。見逃した悪党がその後何人の清く正しい人々を殺し犯し不幸にすると思うの? そんなの、見逃した者が殺したも同然じゃん。
人間の道を外れちゃったら、『外道』って言って、それはもう人間じゃないんだよ。そういうのは、駆除していいんだ。
あと、外道じゃなくても、敵の兵隊さんも殺して良し。いや、相手も家族を養ったりしていて家庭では良き夫、良きお父さんなのかも知れないけど、まぁ、自分でそういう仕事選んで相手を殺しに来たんだから、殺されても文句はないよね。徴兵されて無理矢理戦わされてる人は気の毒だけど、自分の命が大切で相手を殺そうとしている時点で、もう仕方がないよねぇ。
しかし、映画とかで敵を殺すのに悩む主人公とか、何なんだろうね、あれ。馬鹿じゃないかと思うよね。躊躇っている間に仲間や恋人を殺されたりして。んで、また悩んで、後悔して…、って。とりあえず敵を殺してからゆっくり考えろよ、って思うよねぇ。
え、思いませんか、そうですか。
「ミツハちゃん、お昼ごはんだよ!」
現実逃避していたら、お迎えが来た。執事さん、泣き疲れた女性を起こしに来るのは遠慮したか。うん、流石、デキる執事は違うねぇ。名前、セバスチャンじゃなかろうか。あ、シュテファン? 違いましたか、そうですか。
食卓。気まずい。
いや、みんなにこやかに相手してくれてるよ。昨日のことには何も触れずに。…でも、その心遣いが痛い!
恥ずかしくて伯爵さまの顔がまともに見られないよ……。
伯爵様が、気遣ってか色々と話しかけてくれる。え、発明品? 塩造り? 甘味開発? いやいやいやいや、何言ったんですか、昨日の私! いや、とりあえず、その話は無かったことでお願いします!
え、どっちがいいか? 何が? あ、息子さんですか、そうですか。
いや、どっちも興味ありませんから、今のとこ。また売れ残ってあせっていたらお声掛け下さい、お願いします。何、なんで落ち込んでるんですか、おふたりとも…。ベアトリスちゃんなら貰ってもいいですけど。え、『ちゃん』言うな? お姉様と呼べ? もしお兄様方と結婚したら妹ですよ、ベアトリス様。え、断固阻止する? うん、頑張って下さい、応援しています。
食事のあと、奪い合いが始まってしまった。
何の? いや、私の、ですが。
農業と林業と税制と特産品の話がしたいと主張する伯爵様。ベアトリスちゃんの服で何やら着せ替えを企んでいるらしいイリス様。遠乗りに誘うアレクシス様。いや、私、馬には乗れないよ。
ナイフについて色々聞きたいというテオドール様。いやまぁ、鍛造だとか2種合一だとか炭素含有率だとか焼き入れだとか、中途半端な知識ならありますが、女の子と刃物談義ですか、そうですか。
ベアトリスちゃんは、何やら女の子同士で色々とお話がしたいご様子。まぁ、領地にいる貴族の女の子って、一緒に遊べる同年代の子なんていないよねぇ。
よし、下着売りつけてやろ。小金貨1枚。勿論未使用のやつだよ。
色々あって、いよいよ王都への出発当日。
いや、私の取り合いは、ボーゼス家の皆さんで相談の上、時間配分が行われました。おかげでろくに休めなかったよ。
で、なぜ時間配分の相談にあなたも加わっているのですか、シュテファンさん。あなた、執事ですよね?
と、まぁ、色々ありまして、いよいよ出発。
「ミツハさん、身体に気を付けてね。あと、へんな男には気を付けるのですよ」
うん、アレクシス様で充分練習できました、イリス様。
「しばらくしたら僕たちも王都に行くからね。それまで待っていてね」
うん、なんか『社交シーズン』とかで、貴族が王都に集まる時期があるそうです。今がそうでなくて良かったよ、アレクシス様……。
「ミツハの国の話、また聞かせてね」
テオドール様は技術系に興味があるらしい。でも、すぐに使えそうでインパクトが大きい技術は教えられないよねぇ、悪いけど。まぁ、そのうちにね。
「王都に行ったら、美味しいお店を教えてあげる!」
うん、女の子はやっぱり食い気ですよね、ベアトリスちゃん。
そして最後は伯爵様。
「では、気を付けて行くように。お金は必要なだけ用意するよう指示した手紙を供の者に持たせてある。勿論金額の上限はあるが、なに、大豪邸を買うのでもなければ問題無い金額だ」
はい、お世話になりました。
あ、旅費ととりあえずの当座の必要分ということで、ある程度のお金も渡された。よし、これで隊長さんに金貨を渡せる。早く知っておきたいんだよね、ここの金貨1枚が地球でどれくらいの価値なのか。
「行ってらっしゃいませ」
執事のシュテファンさんの礼に送られて、私はボーゼス邸を離れ乗合馬車の待機場所へと向かう。供の者と一緒に。
…うん、『供の者と一緒に』
伯爵様始めボーゼス家一同、私の一人旅は許してくれなかった。いや、一人旅と言っても、今回は大勢と一緒に馬車での移動だよ? でも、ダメだって。
で、どうせ社交シーズンには移動するのだからと、先発隊として使用人を2名、先に行かせることにした、と。二十歳台半ばのメイドさんと、護衛の三十歳くらいの男性。まぁ、王都までの7日間、話し相手ができていいか。
出発時の乗客は、交代を含めた御者2名の他に7名。馬車と言っても貴族が使うようなやつではなく幌馬車のような大勢乗れるやつなのだ。馬も2頭。我々ボーゼス家一同を除く4人の乗客は、中年の少し太り気味の商人、まだ年若い母娘、そして冒険者風の青年。
いや、冒険者とか、そんな職業ないから! 他の客の護衛か、馬車そのものの護衛かも知れない。ただの客の可能性もあるけど。ま、長い旅だ、そのうち分かるだろう。色々な人と色々話して情報収集だ。
そして馬車が出発して数時間。明らかに貴族っぽい感じの私、護衛、メイドと揃えば、誰が見ても貴族の娘御一行。どうして専用馬車を使わないのかと怪訝に思われているのが丸分かり。他の客は私達に関わらないよう知らんぷり。ちくせう。
7日後。無事王都へと到着した。
いや、別に何もなかったよ! 盗賊の襲撃もなかったし、魔獣の群れも襲って来なかった。普通、そうだよね~。そうしょっちゅう襲われてたら、旅も交易もできないよねぇ。知ってた、うん。
でもまぁ、安全にかけた手間は無駄じゃない。これからも役立つんだし。
他の乗客は、色々な人が乗ってきたり降りていったりした。
あ、メイドさんや護衛さんと話しているのを聞いているうちに私が人畜無害の庶民っぽいヤツと分かってくれたのか、他の人も色々と話してくれるようになった。
商人のおじさんの話は色々とためになった。うん、金持ちになったら贔屓にしてあげよう。おじさんは王都まで一緒だった。
馬車を降りたあと、ふたりはボーゼス家の王都邸へは向かわず、私と一緒に宿までついてきてくれた。何でも伯爵様の指示らしく、絶対に伯爵様が指定した宿に着くまで離れるなとの厳命を受けたらしい。過保護だなぁ。
何しろ、始めはボーゼス邸に滞在するよう言って引かず、かなりやり合ったのだから。それでは自立できない、今は貴族ではなく平民として頑張るのだ、と言い張って、無理矢理了承させたのだ。
大体、伯爵様に私をどうこうする権利はないよね。ただ何泊か泊めて貰って、ネックレス買って貰っただけなんだから。それも格安で。ぷんぷん!
まぁ、後ろ盾になって貰う気満々なんだけどね。
でも、伯爵様紹介の宿って、バカ高い貴族専用とかじゃ……。
別にそんな事はなかった。拍子抜け。
この国としてはごく普通の庶民向けの宿。なんか宿の主人夫婦がボーゼス領出身で伯爵の知人らしく、単に信用のある安全な宿、ということらしい。メイドさんと護衛さんはボーゼス邸へと去って行った。
さてさて、これで転移も自由にし放題、拠点確保とお金儲けに本腰を入れますか!