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防人大戦

防人大戦・序章

作者: ともゆき

 太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず


 西暦1853(嘉永6)年、アメリカからペリーを乗せた黒船が浦賀に来航し、日本に通商を求め、翌1854年の日米和親条約の締結、1858年の日米修好通商条約の締結、とそれまでの太平の世の中から激動の幕末という時代に日本が突入することになった頃。

時代が時代なだけに京の都にも浪人がうろうろしており、毎日のように尊皇攘夷派と反対派の争いが起こっていた。

そしてそんな京の町を護るべく、ペリー来航から10年ほど経った年に結成された浪士隊がいた。

後の世で「新選組」(もしくは「新撰組」)と呼ばれるものたちである。


 西暦1864(元治)年10月、京。

 そこのある新選組の建物の中。

「…諸君、よく集まってくれた」

 何十人という若者――新選組の隊士達である――を前にしてひとりの男が言う。と、

「…近藤さん、それで話というのは何ですか?」

 一人の若者が近藤と呼ばれた男に話しかけた。

「何か気になるのか、沖田?」

「いえ、近藤さんが我々全員を呼び出して話をする、というのはよほどのことではないか、と思いましたので」

「…そうか。いや、実はな、最近倒幕を企んでいる輩の中に、なにやら怪しげな者がいる、という話を聞いたのだ」

「怪しげな者?」

「うむ。今から一月ほど前に京にふらりと現れてから、その場に集まった者たちに幕府を倒し、新しい日本を作ろう、と吹聴しているらしい」

「最近はそう言うのが増えてきていますね。別に気にするほどのことでもないのではないですか?」

「確かにそれだけだったらどこにでもいそうだが、そいつが他の連中と違っているのは、人々の前でなにやら怪しげな妖術を見せていると言うのだが」

「妖術使い?」

「ああ。火の気のないところで火を出したり、空中に浮いたり、といったどう見ても妖術としか思えないことをしている、というのだ」

「しかし何だってそんな術を…。それが何か最近の倒幕勢力と何か関係があるとでも?」

「いや、関係があるかどうかはわからぬがとにかく怪しい人物であることだけは間違いがないな。…ただ、倒幕を企むにしては少し腑に落ちないところもあるという話なんだが」

「腑に落ちない?」

「うむ。実は数日前にその者によって反対派のものが殺害されたと言うのだ」

「殺害ですか?」

「うん。その現場を目撃していた人が言うのには何やら反対派の連中のやることは生ぬるい、とか言って言い争いになり、反対派の連中が刀を抜いて切りかかったところ、そのものは刀すらも持たず、一瞬の内に連中を倒したというのだ」

「何ですって?」

「…私もその話を聞いたときにはにわかには信じられなかったが、他にも同じような証言を何人もしているそうだ」

「それじゃあ…」

「うむ。どうやら単に倒幕をたくらんでいる、というわけでもないようだ。それにそのものが使っている妖術というのも気になるしな。この件に関しては幕府の方からも気をつけて欲しい、というお達しがあったようだ」

「それでは…」

「うむ。この件に関しては調べてみる必要があるようだな。諸君たちも十分注意してくれたまえ」

 そう言うと男――新選組の局長である近藤勇は立ち上がった。

 それを合図にするかのように新選組の隊員も部屋を出て行ったが、そのうちの何名かは部屋に残ったままだった。

「…どう思います、沖田さん?」

 一人の若者が隣に座っていた青年――沖田総司に聞いた。

「どう思う、って?」

「いえ、近藤さんの言うことがにわかには信じられないのですが」

「まあ、そうだろうな。しかし日本が開国して以来、何人もの外国人が日本に来ているからな。この京にも素性のわからないようなものがいてもおかしくはないからな」

「…まあ、確かにそうですけれど。開国してから尊攘派と反対派の対立があちこちに発生しているとはいえ、そのどちらにも与しない、というのは何を考えているのかがよくわかりませんね…」

「我々としてもそういう人物が一番扱いにくいからな。いくら京の治安を護るためとはいえ、片っ端から人を斬るわけにもいかないし…」

「…どうです、沖田さん。今夜我々で見回りをしてみませんか? もしかしたら近藤さんの言う妖術を使うものが出てくるかもしれませんよ」

「そうだな。行ってみるか」

    *

その夜のことだった。

「…それじゃ、行くぞ」

 沖田の声に男たちが立ち上がった。

 そして沖田は近くにいた近藤勇に、

「それじゃ、近藤さん、行ってきます」

「ああ、気をつけてな」

 そして隊士たちは屯所を出て行った。


 そして隊士は夜の京の街を歩いていた。

時期が時期だけにか、夜の京の街はどことなく活気がなく、殺伐としたものを感じる。

「…なあ、やす

 沖田が話しかけてくる。

「何ですか、沖田さん」

「本当にお前、その刀、大切にしているんだな」

 沖田は悌仁が腰に下げている刀を見て言う。

「ええ。この刀は自分とずっと一緒に育った様な刀ですから」

「そうだったな。お前は確か本当の親の顔を知らなかったんだな」

「ええ。物心ついたときにはこの刀がそばにありましたからね。ですからこの刀が親みたいなものですよ」


「悌」と呼ばれた男――防人悌仁さきもりやすひと は彼自身の言うとおり、本当の親のことを知らない。

 育ててくれた親が言うことには今から二十年程前、ある神社の境内で当時まだ赤ん坊だった彼が見つけられ、その時悌仁の傍らにその刀があった、ということだった。

 彼を育ててくれた両親は下級とはいえ武士の家だった、ということもあってか小さい頃から彼は武術の稽古をつけられ、見る見るうちに上達していった。

そして自分を育ててくれた両親がこの世を去り、一人になった彼は、江戸へと向かった。

丁度その時に試衛館に通う人物たちと知り合い、そこで勧められるままに剣術の稽古をつけることとなり、やがて他の者たちと共に今日へと向かい、新選組の隊士となったのである。

そして、両親が生前から「この刀はお前を見つけたときからずっとお前のそばにあった刀だからどんなことがあっても肌身離さずもっていろ」と言っていたこともあり、彼は江戸へ向かうときも、今日へと行くときもその刀を一緒に持っていき、こうして今でも携えている、というわけである。


「…それにしても不思議な刀だよな。なんだかオレにはその刀がただの刀には思えないんだよ」

「どういうことですか?」

「なんて言うのか…、この刀には何か不思議な力が宿っているような気がするんだよな」

「不思議な力?」

「ああ。オレや近藤さんがその刀を持ってもただの刀にしか思えないんだが、お前がその刀を持つと何かお前の体から力のようなものを感じるんだよ。どんなものにも打ち勝てるような力を、な」

「力…、ですか?」

「ああ。お前はこの刀が親みたいなものだ、って言っていただろ? これはオレの勝手な考えかもしれないけれど、もしかしたらお前はその刀に選ばれたものなんじゃないか、ってな」

「まさか、そんなことは…。確かにこれまでも何度もこの刀に助けられて来たも同じですけれど、刀の方でオレを選ぶだなんて…」

「いや、これまでのお前の戦いぶりを見ていると、オレにはそう見えるんだよ。だからきっと、その刀だったらどんな敵でも打ち勝つことが出来るかもしれないな」


と、そのときだった。

 不意に悌仁の足が止まった。

「どうした、悌?」

 沖田が聞く。

「…誰かいます!」

 その言葉に沖田たちはあたりを見回すが、

「誰もいないじゃないか」

「いや、確かにいます。さっきから我々のことを何か見ているような気がして…」

 と、そのときだった。

「…私がいることがわかったとは、お前、只者ではないな」

 声がしたかと思うと、彼らの前に文字通り音もなくいきなり一人の男が現れた。

「…もしかして、お前たちが例の新選組という輩か」

 男が言う。

 その男を目の前にして沖田たちは何故か動けなかった。

そう、その男のたたずまいを見ると、何やら不気味なものを感じ、うかつには近寄れないような気がしたのだ。

「…だとしたら、どうする?」

 沖田が聞く。

「しれたこと、始末するまでよ」

「何でそんなことをするんだ?」

「…なんでするんだ、だと? 私にとってお前たちが邪魔なだけだからな」

「邪魔だと? まさか、お前倒幕をたくらんでいるんじゃないだろうな?」

「私は攘夷だの倒幕だと言ったようなものには興味がない。ただ私はやりたいようにやるだけだ」

「やりやすいように、だと? 一体お前の目的は何なんだ?」

「目的だと? お前たちに話すほどのものでもない」

 すると、沖田の近くにいた隊士が、

「言わせておけば…」

「覚悟しろ!」

 そう叫ぶと刀を振りかざして、男に襲い掛かるが、男は一太刀も受けることなく、隊士たちを吹っ飛ばした。

「お前たち、大丈夫か!」

 沖田が言う。

「だ、大丈夫です…」

 隊士の一人が言うが、地面にしたたかに体を打ちつけたか、簡単には起き上がれないようだ。

「沖田さん!」

 悌仁がそう言うと沖田が頷き、二人は鞘から刀を抜いた。

 そして男の前に立つ。

「…!」

 その時、悌仁が驚きの表情を見せる。

「どうした、悌?」

「…いえ、何故か知らないんですけれど、刀から何か力のようなものを感じるんですよ」

「何だって?」

「…沖田さん、行きますよ」

「おう!」

 そして二人は刀を構える。

「うおりゃあ!」

 そう叫ぶと二人は男に刀を振り下ろす。

「むん!」

 男はそう叫ぶと、二人を振り払おうとする。

「なに!」

 初めて男が狼狽の顔を見せた。

そう、男をものともせず、二人は男に向かっていったのだった。

そして沖田が切りかかる。

しかし、男の方も体勢を取り直すと沖田を弾き飛ばす。

派手な音を立てて沖田が倒れた。

「沖田さん!」

 悌仁が沖田に駆け寄る。

「…沖田さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。たいしたことはない。オレはいいから今はヤツを!」

「はい!」

 それを聞いた悌仁は男の方に向き直る。

「ここからはオレが相手だ!」

 そして刀を構えると男に向かって走り出す。

「…むん!」

 男が悌仁に向かって手を突き出す。

 何やら「気」のようなものが悌仁に向かって来た。

 しかし悌仁はものともせずに立ち向かってくる。

「…なに!」

 その時、男の目に悌仁の持っている刀が目に入った。

「…まさか、あの刀は…」

 その一瞬の隙を見逃す悌仁ではなかった。

「てえい!」

 そう叫ぶと悌仁が刀を横殴りに払う。

 すんでのところで男は身をかわしたが、悌仁の刀は男の着ていた着物の袖を切り裂いていた。

そして男の右腕から血が流れ出る。

「くっ…」

 男が右腕を抑える。

「この私に傷をつけるとは…、お前、只者ではないな」

「違うな。オレはただの新選組隊士、防人悌仁だ!」

「いや、決して只者ではない。…お前の持っているその刀が、その証拠だ! まさかお前が持っていたとはな…」」

「この刀、だと? この刀がどうかしたのか?」

 そう言うと悌仁は自分の持っている刀を見る。

「まあいい、そのうちお前にもわかるだろう。…どうやらこの戦いはこちらの分が悪いようだな。一旦この場は引き上げよう。…だが、忘れないでくれたまえ。私は何度でも現れるよ。私にはやることがあるのでね」

「…何度でも現れようが、お前の思い通りにはさせん!」

「フフフ、威勢がいいようだな。この次に会うときまでに、私の名を覚えておいてくれたまえ。私の名は阿那冥土あなめいとだ」

「阿那…、冥土?」

「またいつか会うかもしれないな」

そしてその男――阿那冥土と名乗った男は彼らに背中を向けると歩き出した。

「おい、待て!」

 そう叫ぶと悌仁はその男を追いかける。

 しかし、その男はあっという間に姿をくらましてしまった。

「悌、大丈夫か!」

 そういいながら沖田たちが彼の元に駆けつけてくる。

「ええ、自分は大丈夫です」

「…あの男はどうした?」

「それが、見失ってしまって…」

「そうか…。それにしても悌、助かったな」

「何が、ですか?」

「その刀、だよ」

「刀?」

「ああ、さっきお前、その刀になにか力のようなものを感じる、と言っただろ?」

「え、ええ。確かに何か不思議な力を感じたんですよ」

「…もしかしたら、その方には我々の知らないなにか不思議な力があるかもしれないな。…例えば本当の『敵』に出会ったときに強力な力を発揮する、と言ったようにな」

「強力な…力?」

「ああ。だから、これからもその刀を手放すんじゃないぞ」

「…はい」


 そして悌仁は男の去っていった方向をじっと見つめていた。

「阿那冥土…、いいだろう。いつでも相手になってやる!」


…しかしその男は彼らの前に現れずに、時は流れ、日本が明治という新しい時代になると共に人々の心からも京の都に現れた不思議な男のことなど忘れ去られようとしていた。

 ただ、防人悌仁の血を受け継いだ者たちを除いては。


(「明治編」に続く)


(作者より)この作品に対する感想等がありましたら「ともゆきのホームページ」BBS(http://www5e.biglobe.ne.jp/~t-azuma/bbs-chui.htm)の方にお願いします。

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