その身を剣に変えし者
遊森謡子さま企画。
春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品の続編です。
(説明少なめですので、よければ前作「諸刃の剣をその身に秘めて」から読んでいただけると嬉しいです)
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方
「明日からの武器にしたいので、裸見せてくれませんか?」
つきあい始めて約1ヶ月。
ようやく同意を得て恋人らしい食事に出かけたその席で、俺の彼女は突然そんな事を言い出した。
聞き返すべきなのだろうか。
それとも聞かなかったことにして、目の前の料理の感想でも述べるべきだろうか。
服を脱ぐという行為に一瞬甘美な想像をしたのは事実だが、返す選択に恋人らしい甘さを抜いたのは彼女が『武器』という表現を使ったからだ。
俺の恋人サルクは、人に憑いた『夢魔』と呼ばれる魔物を祓う魔術師。
夢魔とは人の心に取り付き、悪夢を持ってその魂を喰らう形無き存在で、剣や並の魔法では傷つけることができず、倒すにはちょっと変わった武器がいるのだ。
そしてたぶん、彼女はその武器に俺の裸体を使うつもりなのだろう。
どうやって使うかは想像がついたが、ついたからこそ俺はかける言葉が見つからない。
「……ベール? きいてます?」
俺に不遜なまなざしを向けるサルクは、少々線は細いが見た目は普通の女の子である。
だが、彼女には凡人には理解できないかなり変わった趣味があり、それこそが彼女の武器であった。
夢魔は、取り付いた人間の後ろめたい過去や苦手な物を暴き、心に苦痛を与えることで人を内側から喰らい殺す。
故に対抗するにはそれに耐えうる屈強な心と強い意志が必要で、祓う側にとっての一番の武器は、この悪夢に傷つかない鉄壁の心であるとされている。
その鉄壁の生み方は人それぞれだが、サルクの場合は少々変わっていた。
簡単に言えば、彼女の鉄壁を作り出すのは『想像力』だ。
自身が幸せを感じる事象や好きな物を想像することで平静を保ち、悪夢をやり過ごすというわけである。
そんな事で夢魔の悪夢に勝てるのかと、俺もかつては不安を抱いていた。
けれど、彼女の想像力……いや妄想力はそれはもう逞しい。
夢魔どころか、それを目の当たりにした俺の精神力までもをそぐその威力に、辟易したことは一度や二度ではない。
その上妄想の糧の一つは他ならぬこの俺で、彼女との関係を築くのに苦労したのもこれが原因だった。
「それで、見せてくれるんですか?」
「見てどうする」
「頭に焼き付けるに決まってるじゃないですか。できたら色々な方向から見て、イオと抱き合ったりキスしたり喘えがされたりするベールのあれやこれを想像します」
ちなみにイオとは、俺の副官を務める騎士である。
剣と口が無駄に立つ男で、熊だの獅子だのと形容される俺とは正反対の線の細い色男だ。
……そう、男なのだ。見てくれはいいが、決して女性ではないのだ。
「今までは師匠に貰った春画を使って脳内補正してたんですけど、やっぱり本物が見たいんですよね。特に腰回りとか、あれとか、私生で見たことないんですよ。でも恋人ならそういうの見ても問題ないって言われたし、基本私の中ではベールが受けなので、イオの方は着衣のままとかでも良いし、あと……」
きわどい発言を連発する恋人の口を、俺は慌てて手のひらでふさぐ。
「その話は、仕事の時だけにしてくれ」
彼女は忘れているようだが、俺たちが今いるのはそれなりに値が張る料理店である。
故に春画だの喘ぐだのとのたまうサルクに周囲の視線は集まっているし、皆一様に奇妙な顔をしている。
「あとで好きなだけきいてやるから、だからここではやめよう。な?」
「じゃあ食事の後はうちに来てください! 裸になるならその方がいいですし!」
無駄に可愛らしい笑顔を隠すのは忍びなかったが、彼女のあけすけな発言は周囲を誤解させるのに十分だったので、俺は心を鬼して奴の口をもう一度ふさいだ。
今度は、持っていたハンカチで割とキツく。
【その身を剣に変えし者】
危ない発言の減らない恋人を見かね、俺は食事もそこそこにサルクの家へと帰ることにした。
むろん、急な予定の繰り上げに、彼女は非難囂々である。
「もうっ、なんで猿ぐつわなんて噛ませるんですか! それに、仮にも恋人を肩に担ぐとかどうかと思います!」
しかし、そうしなくてもいずれ追い出されていたのは明白だ。
サルクが卑猥な単語を口にする度に、店主らしき男がジワリジワリとにじり寄ってきていたし。
「人の裸体を見せろとか、ベーとかエルとか言うぶっ飛んだ妄想を公共の場で連発するお前に言われたくない」
「べーとエルではなく、BLです。もしくはやおいです。それに、この国の人は男同士の恋愛模様や性行為を想像して楽しむ趣味の存在を知らないし、受けや攻めの話を多少したところで問題は無いでしょう」
「その合間合間に挟まる単語は十分理解できるし、意味不明な分怪しいんだよ」
にらみをきかせるとようやくサルクは押し黙ったが、まだ不満を抱いているのは明らかだ。
怒らせるのは本意ではないが、でも仕事以外は家に引きこもっている彼女と違い、俺はそれなりに顔と名が知れた騎士でもある。
その名を出され、イオと抱き合ってるだの喘がされるだの言われると、妙な噂が立ちかねない。
「ともかく、外でその話題は出すな」
言葉は少しきつめにしつつ、俺は彼女を優しくソファーに下ろす。
サルクはまだ少し不満そうな顔をしていたが、俺がその隣に腰を下ろすと、彼女は妙にそわそわし出す。
これはまた話を戻すつもりだなとわかって、ちょっと気落ちする。
けれど無視して機嫌を損ねるのは得策ではないので、俺は先手を打って口を開いた。
「あんなに嫌がってた俺との食事を承諾したのは、裸が見たかったからってオチはないよな?」
俺の言葉に、サルクは小さくうめく。
つきあう前まではことあるごとに「アレを食わせろ」「この店に連れて行け」と言っていたサルクだが、この1ヶ月は俺が誘う度にあの手この手で断り続けていたのだ。
妄想だけが友達だった彼女にとって、恋人と出かけるのは勇気がいるのだろうと思っていたが、それでもちょっと面白くなかったのは事実だ。
だから今日『出かけましょう』と急に誘われた事は嬉しかったが、案の定というか何というか、サルクには下心があったらしい。
「……おおむね、その通りです」
おおむねどころか、完全に一致らしいというのは逸らされた視線を見ればわかる。
それに俺は呆れたが、どうやらサルクは開き直るつもりのようだ。
「それで、脱いでくれますか?」
「絶対に嫌だ」
「なんでですか! 食事してあげたじゃないですか!」
「してあげたって何だよ、恋人同士なら普通のことだろ」
「でも私は男じゃないし、やっぱりベールの恋人にはふさわしくないし……」
ぼそっとこぼしたサルクに、俺は思わずあきれ果てた。
「俺は女が……お前が好きだって何度言ったらわかる! 男色家なのはお前の妄想の中の俺だろ!」
主張してみたけれど、サルクは複雑な顔をするばかりだ。
これはたぶん俺の気持ちを全くわかっていない。絶対にわかっていない。
仕方なく、俺はサルクの腰を抱き寄せ、ちゃんと言葉が届くよう向き合う形で座り直した。
「頭の中でなら、俺を男色家にしようが、イオとどんな事をさせようが構わん。お前がそのぶっ飛んだ妄想でニヤニヤしながら、夢魔を撃退しているのも知ってるしな」
でも、それを理由に俺の好意まで疑われるのはまっぴらごめんだった。
「どうしても食事が嫌なら誘わないし、夢魔からお前を守る剣になれるなら、裸ぐらいタダで見せてやる。だけど、そう言えるのは俺がお前を好きだからだってことくらい、そろそろ把握してくれ」
頼むと念を押しながら頭を撫でれば、サルクはただでさえ大きな瞳を更に見開く。
そんなに開けたら目玉が落っこちるのではないかとアホみたいな心配をしていると、彼女は俺の服の裾をぎゅっと握った。
「……すみません、私、ベールに甘えすぎてました」
目を伏せて、サルクは握りしめた俺の服を指先でいじる。
「食事は、本当はしたいです。でもあの、私男女の恋愛って全然わからなくて、だから誘い方も、受け方も全然わからなくて」
「別にそんなに気構えなくていい。それに男同士だろうと男女だろうと、恋愛のやり方はそうそう変わらんと思うが?」
「でも、いつも読んでる恋愛小説だと、たいてい食事に行く前に職場とか家とかで色々やらかしちゃって『今日はお前でお腹いっぱいだから、食事は別の日にしよう』とかなるし」
「いつも思うが、その恋愛小説どこで買ってくるんだ」
「師匠が、異世界から魔法で取り寄せてくれるんです」
そういえば、サルクの師匠は異世界からやってきた女人だったなと思い出す。
彼女は夢魔を倒す術を初めて見つけた女性であり、サルクにビーエルとかいう武器を授けたのも彼女だ。
サルク以上に現実と妄想の境界が曖昧な人で、会う度に「あんたっていつ見ても総受けキャラよね。ケツの穴大丈夫?」とあられもない心配をしてくるそんな女人である。
「まあ、アレを師匠に持ってたら思考回路がねじ曲がるのも仕方が無いか」
今更のように気づき、どこか不安げな顔で俺を見つめているサルクの頬を指で撫でる。
「とりあえず、お前が普通の恋愛について無知なのはわかった」
「普通じゃない奴なら、免許皆伝なんですけどね」
不安になる台詞を告げられたが、きかなかったことにする。
「ともかく、お前は俺でいいんだな?」
「なっ、何ですか今更」
「念のための確認だ。お前はビーエルのことを考えてるとき以外は殆ど笑わないし、正直色々不安になる」
「……自分が男だったらって思うくらいには、ベールのこと嫌いじゃないです」
色々引っかかるところはあるが、サルクにしては上出来な告白だろう。
「だからあの、裸見てもいいですか?」
という、二の句には呆れたが。
「お前、そんなに見たいのか?」
「あと、その……」
今度は何だと呆れていると、サルクは無駄に愛らしい顔で俺を見上げる。
「師匠が、小説と一緒に異世界から持ってきてくれた服があるんです」
「服?」
「裸が嫌なら、それを着てくれるだけでもいいです」
裸になるよりはマシな提案に、俺はうっかり頷く。
「着替えるくらいかまわん」
とたんに、サルクは花がほころぶように、愛らしい笑顔を俺の前で咲かせる。
正直、今すぐ彼女を抱き寄せ組伏したくなったがここはこらえた。
サルクはまだまだ奥手だし、下手にせっつくと怖がって寄ってこなくなる気がする。
ここで、やっぱりベールはイオとの方がお似合いですと身を引かれたら、正直俺は凹む。
「じゃあ取ってきますね!」
興奮するサルクに好きにしろと言えば、彼女は早速師匠の手土産を両手に抱えてやってくる。
そして俺は、ちょっと安請け合いしすぎたなと後悔した。彼女の持って来た服は、一着や二着ではなかったからだ。
「生で見たかったんですよね、スーツ男子! あとバーテンでしょ、お医者さんでしょ、浴衣でしょ、それにオプションで眼鏡とか絶対にあうと思うんです! あと服をはだけさせたり、顔に練乳かけてもいいですか!」
「れんにゅう?」
あまりきかない名に首をかしげていると、サルクは牛の絵が描かれた不思議な形状の筒を差し出す。
「変な物じゃないですよ。むしろ甘くておいしいです」
「……甘いなら、顔じゃなくて食べ物にかけるもんじゃないのか?」
「いえ、顔にかけます。異世界ではこれが常識です」
いけしゃあしゃあと嘘をついてるのはわかっていたが、あまりに嬉しそうなその様子に水を差すのも気が引ける。
「着方がわからないと思うから着せて上げますね! そうすれば、裸も見れて一石二鳥だし!」
だから脱いでくださいと恋人に迫られて、もちろん断れるわけもない。
本当ならばもう少し違う雰囲気でその台詞を言われたかったが、彼女にそれを求めるのは酷だろう。
「構わんが、一つだけ我が儘を言ってもいいか?」
「我が儘?」
俺は素早くサルクの腰を抱き寄せ、スーツという衣装を片手に惚けている彼女の唇を奪う。
ひどくつたないが、頑張って俺の舌に応えようとしているのがひどく愛らしかった。
「ひとつ着る度に、1回これがほしい」
唇を離すと同時にそうお願いすると、サルクは真っ赤な顔をスーツとやらで隠す。
「む、無理です。今でもいっぱいいっぱいなんです。スーツ姿のベールにされたら、失神します」
「じゃあ、試してみるか?」
サルクからスーツを奪って言うと、彼女は着替えさせるといったのも忘れて、寝室に逃げ込んでしまう。
初すぎる彼女には少し呆れるが、そういう所に惚れてしまったのも事実だ。
けれどこのまま帰るのももったいないので、俺は機嫌を直して貰うためにも、このスーツとやらを着てみることにした。
運良く服の形状はこの世界の物に似ているし、ソファーの側にはサルクが好むビーエルの春画が沢山あるので、そのどれかを見れば正しい着方はわかるだろう。
正直、恋人のためとはいえ、騎士の俺がなぜこんな訳のわけのわからん格好をせねばならないのかと思わなくもない。
けれど彼女の喜ぶ顔が見られるなら。
そしてスーツをやらと着た俺の姿が彼女を夢魔から守る武器になれるなら、それも悪くない。
うっかりそんな事を思うあたり、俺は彼女に相当惚れているらしい。
その身を剣に変えし者【END】