恋の一念、大扉を貫く
この小説は、Twitter上で、『貴方の心の騎士った~ 』という診断によって表示された以下のキーワードによって書かれた小説です。
性別「男性」 詳細「魔王に恋をしている」 年齢「9」 髪型「銀色の髪」 属性「雷」 服装「防火服」 武器「片手剣」
急ごしらえですので、設定の荒さなどはご容赦ください。
今日もその子供は、息を弾ませ、炎が取り巻く城の、石作りの無骨な階段を登る。
人の世界からは遠く離れ、どんな種族が見てもすくみ上がる、炎に守られたその城に、その子供は幼さゆえの無邪気さか、平気な顔をして毎日飽きもせずに登ってくるのだ。
子供の父は、人の騎士だった。
とある大国で、王を守り、魔族と戦ったその人は、よりにもよってその敵だった魔族の女に恋をした。
戦場のど真ん中で一目惚れ。衆人環視の前で、戦いながら大声で求婚したその馬鹿野郎騎士の求婚を、魔族の女はうっかり受け入れた。
結果できたお子様は、父の馬鹿野郎具合をいらないほど受け継ぎ、母の魔族としての丈夫さを微妙な加減で受け継いだ。
今日も今日とてそのお子様は、父からもらった守りの剣を腰に差し、母が手作りした防火服で、城を取り巻く炎から肌を守りながら階段を上りきり、いったい誰が作ったのかと問いたくなるほどばかばかしい大きさの黒曜石の扉……ではなく、その横にある小さな空気穴から、城に侵入を果たしていた。
「魔王様~!」
「……またお前か」
玉座で大きなため息を吐いた王は、黒衣のスリットから覗く艶めかしい足を組み替え、その妖艶な表情に僅かの愁いを浮かべ、小さな子供にその紅玉の瞳を向けた。
子供は、父に似た銀の髪の頭を小さく傾げながら、それでも魔王を見た喜びからか、顔をほころばせ、玉座に駆け寄った。
「ここは子供の来るような場所ではない。早う帰れ」
「やだ」
「……」
このお子様の母親は、魔王の友だった。
友であるが故に、城を動けぬ魔王に代わり、将軍となって魔族を率いた。
その戦場から夫を連れて帰ってきた時には、魔王としてはどんな表情でいればいいのか、大いに悩んだものだった。
この夫婦誕生のおかげで、その戦場はなぜか勝敗は曖昧なまま決着がつけられ、さらに二人の尽力で、人との間にしばしの休戦協定が結ばれた。
同じ女性としては、長年、腕っ節が己に勝る男がおらず、連れ添いなどなくてもいいと酒を浴びるほど呑み泣いていた友に、いい加減にしろと突っ込まずにはいられないほど仲睦まじい夫ができたのは喜ばしいとは思うのだが、その結果がこれでは、笑うに笑えなかった。
過去に思いをはせる間に、子供は玉座によじ登り、魔王を抱きしめ、その耳を覆い隠す、豊かな黒髪に顔を埋めた。
「魔王様~。結婚しよう~」
齢三百を越えて、まさか九歳の求婚者が現れようとは、さすがの魔王もどんな予言者も、まったく想像していなかった。
まだ男女の差異がない幼い四肢は、まだ騎士というのは躊躇われるほど白く細い。
魔王が、この少年に出会ったのは、六年前。三歳になったばかりの少年を、ようやく体がしっかりしてきたからと、炎に包まれている階段を母親がかばいながら連れてきたのが始まりだった。
この少年に求婚されるようになって、早三年。
はじめは、母に連れられてここに来ていたのが、自力で辿り着けるようになってそろそろ一年。
魔王は、この、朝露のような儚さすら感じる人の成長の速さを、玉座に座って見続けていた。
「……そなたは、人だ。王たる我は、人とは違う時を生きる。そなたを連れ添いにはできぬよ」
魔王がそう告げても、当の本人はその母譲りの紫電の瞳を不思議そうに瞬き、首を傾げる。
魔王は、力の相続制だ。彼女も、先の魔王を倒してこの座に就いた。そして相続すれば、次の相続者が現れるまで、彼女は死ぬこともなく時を生きる。
人の五十年ほどの一生は、彼女にとって、ほんの一瞬。
大地を、魔族を、空を、水を、それらを生かすため、彼女は自分の力を分け与えなければならない。
そして、戦で汚れた場所を元に戻すにも、自分の力を与えるのだ。
本来、人との間に諍いが無くなったあの時に、一眠りして、その作業に入るはずだった。
戦場は、死者達によって、死の祝福が与えられた。
死の祝福で満たされた場所から、それを引き離すのは、聖者ではなく魔王の勤め。
聖者にできるのは、死者達を安寧に導くことであり、それによって発生した死による祝福を引き受けることはできないのだ。
だから、魔王は、”眠らなければならなかった”。
それができなかったのは、その眠りを守るべき将軍が、これの母親だったからだ。
これの母親が戦場から帰ってきた時には、すでに身籠もっていた。
お腹の大きい友に、それを頼むのは気が引けた。
小さな我が子を抱き、微笑む友に、その子から手を離せとは言いがたかった。
小さな子供を見た時に、その子から、母親を引き離すことができなくなった。
だが、子供はもう大きくなった。その子は、自らの力で玉座の間に来て魔王に懐く。
他の魔族が、この部屋に一歩足を踏み入れることすら恐怖するというのに、この子供は平然と魔王の膝にのり、三百歳の歳の差をものともせずに、頬に口付け求婚する。
十年ならば、まだ誤差だ。
今のうちに眠れば、まだ間に合う。
そう思うのに、なかなかその気になれなかったのは、このあまりに早い成長を見せる子供の行く末が、ほんの少し見たかったから。
こうまで懐かれ、慕われて、魔王はそれなりに嬉しかったのだ。
眠ったあと、次に起きた時には、この子供が一生を終え、墓の下にいるのかもしれないと思うと、寂しく思うくらいには。
だが、これ以上は、わがままも言えなかった。
魔王は、ふっと微笑むと、その手にどこかから手紙を取りだし、自らの膝の上に座る子供に渡した。
「頼まれてくれぬか。そなたの母に、この手紙を渡しておくれ」
「母様に?」
「ああ。大事な手紙だ。そなたを信頼するから預けるのだ。役目を果たしてくれるな? 小さな騎士よ」
その手紙を、まだ小さな白い手で受け取り、子供はしばらく不思議そうな表情で魔王の瞳を見つめていた。
あるいは、その表情に、何かを感じたのかもしれない。
しかし、子供は、こくんと頷き、いつものように別れの挨拶をして、素直に帰っていった。
それを見送った魔王は、しばし目を閉じ、心の中で子供に別れを告げた。
そしてゆっくりと立ち上がる。
「封印の間へ行く。あとは任せる」
影に溶け込む宰相にそう告げた魔王は、一人、封印の間へ向かい、そしてしばしの眠りについた。
……。
……。
……。
―――意識の覚醒は、いつも突然に訪れる。
拡散したものが、ぎゅっと集まり、一つに還る。
この眠りの間は、魔王自身には意識も思考もない。たゆたう時に、ただ身を任せているだけなのだ。
しかし、今回の覚醒は、いつになくおかしかった。
なぜか、強引にかき集められたように、本来真っ先に出来上がっているはずの自己というものがなく、ぼんやりとしていた。
曖昧な意識は、だがその覚醒を促したものが、自身の体にあることを指し示している。
具体的に言うならば、口内になにかが侵入し、刺激を与えながら、魔力を流し込んでいるのだ。
その魔力自体は不快な物ではないのだが、いったい何者がそんな事をしているのだろうか。
その思いが、表情に表れたのだろう。
ゆっくりと、口内に侵入していたものが外され、吐息のような呟きが、耳をくすぐった。
「……意識、もどったのかな」
誰とも知れない声だった。
少なくとも、眠る前までに聞いた記憶はなかった。
誰かがいるのはわかったが、急激にもたらされた意識の覚醒に、体は悲鳴を上げていた。
目蓋は開く意思が無さそうに、ぴくりとも動かず、指の先は自らの物ではないように、石のように重かった。
「うーん、わからないな。じゃあもう一回」
……もう一回?
唇に吐息を感じる。
そしてその後もたらされた刺激で、気が付いた。これが口付け、しかも、かなり熱烈な物であることに。
カッと眼が見開かれ、正面を確認する間もなく、先程までぴくりとも動かせなかったはずの手を相手の頬に打ち付ける。
しかし、その手は、相手の頬に当たる寸前に止められた。
仮にも魔王の手が、あっさり止められたのだ。
魔王はその時、ようやく相手の姿を眼に止めた。
魔族は、力の総量によって、その見た目が整う生き物だ。頂点にある魔王は、欠点を探す方が罪だと言われるほど、整った容姿をしている。
正面にいる人物も、欠点の上げにくい、大変整った容姿をしていた。
魔王はその時、ついに自分から魔王の座を奪うものが現われたのだと思った。
しかし、それならどうして、この魔族は、寝ている自分に馬乗りになり口付けなどをやっているのかと、疑問に思った。
魔王を倒すなら、それこそ、寝ている間に片付けた方が早いだろう。
この封印の間は、宰相と、将軍の二人にしか開けられない。
それを越えてきたという事は、この二人のうちのどちらかが、この男に敗北したことを意味している。
目の前の魔族は、人間の年齢で言うならば、二十代くらいの男だった。
銀の髪は、稲光を纏いながら背後に流れ、髪の所々に付けられた宝玉は、その男の稲光を吸収し、内部が星のように瞬いていた。
どこかで見たような銀の髪。そして、ゆっくりと開かれた紫電の瞳に、魔王の思考は、完全に停止した。
目を見開いたまま硬直した魔王に、正面の、どこかで見たような顔をした青年は、ふわりと微笑んだ。
「おはよう、魔王様」
声には聞き覚えはない。しかし、顔には、恐ろしいほど面影がある。忘れようにも忘れられない、もう二度と会えないだろうと覚悟した顔だった。
「お、おまえは……ま、まさか」
それは、あの子供だった。
父に似た容姿に、母譲りの力。あの時は、人間にほんの少し毛を足した程度の力しかなかったはずの無邪気な子供。
まさかだった。こんな若い姿で、生き残っているはずがなかった。
「なぜ。……私は、いったい何年寝ていた。今は」
「十八年と三ヶ月と二十一日」
「十八……年? そんな、馬鹿な。眠りが十八年で済むなんて……」
そう呟いた瞬間、魔王は正面から冷気を感じ、ビクンと身体を竦ませた。
「あなたがあの日、ぼくに手紙を渡して眠りについて、十八年と三ヶ月と二十一日。母さんから、あなたは四、五十年は眠り続けると聞いて、その日のうちに、城にとって返した。だけどもう、その時封印の扉は閉まっていて、どんなに叩いても、あなたを呼んでも、開かなかった」
ぱり……と、髪に稲光がまとわりつく。
あの子供は、ここまで力を表に出すほど、強くはなかった。
母親も、この子はきっと、人と同じ生き方をして死ぬだろうと、そう言った。
その子供は、何かの決意を瞳に秘めて、そして今、なぜか魔王に馬乗りになっている。
青年は、腰に付けていたバッグから、革袋を取りだし、魔王の足の上に、それをひっくり返した。
中に入っていた物が、じゃらじゃらと音を立て、魔王の太ももの上にこぼれ落ちる。
それは、メダルだった。
それを見て、魔王は息を飲んだ。
「母さんに、この扉の開け方を聞いた。母さんは、自分より強いことを証明すればいいだけだと、そう言った。毎年二回開かれる武闘会で優勝し続けさえすればいいだけだと。その日から鍛えて、最初の一回はさすがに出場も無理だったけれど……二回目からは、負け無しだ」
魔王は、メダルを一枚手に取った。それは優勝したものにだけ贈られる勝者のメダル。刻まれている年は、眠りについてから二年後の、春の物。もう一枚も、もう一枚も、そこにあるすべてが、年代が代わるだけの、同じメダルだった。
「あなたを五十年も暢気に寝かせてなんかあげない」
「の、暢気に……って」
「魔王様。魔族と人との最大の違いは、人が成長することにあるんだよ。生きている限り、何かしらの才能を伸ばすことが可能な生き物が人なんだ。それなら、ぼくは、魔物の力を伸ばすこともできる。そう思ったんだ。ぼくの力に、限界など無いよ」
その言葉に呼応するように、青年の髪の雷が、バリッと光る。
「ここに入るたびに、ため込んだぼくの力を、魔王様に流し込んだ。ただあなたを呼び戻すために、ぼくはここまで、力をため込んだ」
「……魔王に、なりたいのか? 今のお前なら、私を倒すことなど、造作も無さそうだ」
苦笑した魔王に、青年はにっこりと微笑んだ。
「魔王様。昔も今も、ぼくの願いは一つなんだ。……今なら、結婚してくれる?」
「昔も告げたぞ。我は魔王である限り、人とは違う時を生きると。そうである限り……」
「それならぼくも同じはずだ。魔族の寿命は力で決まる。それなら、ぼくは、母の血の寿命もどんどん延びてるはずだから。人の血が、どう寿命に影響するかはわからないけれど、少なくとも父さんは、五十を越えた今も、母さんの力を分けられてるせいか、若い時の姿のまま生きている。それなら、両方入っているぼくだって、生きるはずだ」
その返答に、魔王は唖然として、かつて無邪気な口調でただ求婚の言葉を繰り返していた子供の声を思い起こす。
今も昔も、この子供が言っているのは、確かに同じ事だった。
大人になって、饒舌になっただけである。
「……なぜそんなに、我と結婚を望むのだ」
思えば、子供の頃にも聞いたことの無かったその理由を、饒舌になった青年に尋ねてみた。
目の前の青年は、嬉しそうに微笑んで、ごくごく簡単に告げた。
「初めて会った時に一目惚れしたから」
三歳のあの時点で、すでに決めていた。そう言われ、魔王様は頽れた。
三百歳ほど年下のこれに、自分は完全に敗北したらしい。
そう魔王様が悟ったのは、立派に育った青年が、しっかり大人になっていて、よりにもよって封印の間で、どれだけ青年が自分を思っているのかを、がっつり体に教え込まれた後だった。
至福の表情で、魔王を抱えて玉座の間に戻ってきた息子と、真っ赤になって、かつて見た事の無いほど憮然とした表情で抱えられている親友の組み合わせを見て、かつての女将軍は肩をすくめたのだった。