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運命の赤い糸が操れるようになってしまった件

作者:まさな
 約1万5千字、ちょっと長めの短編です。
 男性読者向けの恋愛モノのつもりで書いてます。

2016/11/22 若干修正。
 歩道を歩いていたら、トラックがこちらに突っ込んできた。
 あっ! と思った瞬間にはもう俺は()ねられてしまっていた。
 意識がふっと途切れた。

 ………。
 ……。
 …。

 目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

 その瞬間、
 これって異世界?
 と俺が思ったことは誰にも内緒だ。

「あ、恭一(きょういち)君、気がついた? 今、先生を呼んでくるからね」

 ナースのお姉さんが覗き込んでそう言ったので、ここはどうやらまだ現代の地球らしい。
 チッ。
 ま、ネットで流行ってる都市伝説なんて最初から信じてねーよ。
 そういうことにしておいてくれ。
 あーやべー、スゲェ恥ずかしい。絶対に誰にもこの事は言わないでおこう。

「やあ、如月(きさらぎ)君、気分はどうだい?」

 三十代くらいの医者が笑顔で聞いてきたので、俺は答える。

「最悪です」

「えっ、吐き気がある?」

「ああ、いえ、すみません、体調の方は特に問題ないです。いてて」

 上半身を起こしたが、左脇腹に痛みがあった。

「肋骨にヒビが入ってるからね。だけど、それくらいで済んで良かった。刑事さんの話だとトラックの方はぐちゃぐちゃだったそうだからね」

「はあ、撥ね飛ばされたので僕がへこませた訳じゃないと思いますけど」

「はは、そりゃそうだろうね。CTとMRIで検査したけど、脳に異常は無かったし、肋骨のヒビだけだから、今日中に退院してもらっていいよ。ま、高校生だし二週間もすれば元通りになるさ」

「そうですか。…どうもありがとうございます、先生」

 母さんも迎えに来てくれた。

「ああ、良かった、恭一。このまま目が覚めなかったら、お母さん、どうしようかと」

「大袈裟だな。ヒビが入っただけだよ、母さん」

 着替えも片付けも済ませてあるし、さあ家に帰ろうかと思ったとき、母さんの小指に糸が結んであるのに気付いた。

「母さん、それ、何?」

「え? 何って?」

「いや、なんで糸なんて結んでるの?」

「ええ? 糸って? ちょっと、恭一、大丈夫? 先生、呼んでこようか?」

「いや、それはいいよ。それより…」

「じゃ、お母さん、手続きの方ですけど――」

 看護師が入ってきて、母さんの指に結んである糸をすり抜けた。
 えっ?
 何だ、今の?

「ああ、はい」

「これが請求書になるので、一階の受付でお支払い下さい。あと湿布が処方箋で出てますから、それは薬局の方へこの紙を持っていって下さいね」

「分かりました」

 まただ。看護師は糸に引っかかること無く、通り抜けていった。見間違いでは無い。

「じゃ、帰るわよ、恭一」

「あ、ああ」

 どうもこの赤い糸は俺にしか見えないらしい。しかも、よく観察してみると、もつれたりせず、しかも空中に浮いている。
 何だこれ?
 頭を打ったから、変な物が見えるようになったのか?

 幻覚なのかどうか、確かめるため、糸を触ってみた。
 触れる。
 ふわっとしていて、引っ張ってみると結構丈夫そうだ。
 なのに、他の人がぶつかっても、体が糸をすり抜けている。
 他の人にも何人か糸が付いていて、お互い、絡まること無くすり抜けている。

「何してるの、恭一」

「ああ、いや、何でも無い。母さんには何も見えないんだね?」

「ちょっと…やっぱり、先生に診てもらいましょう」

「いや、いいって」

 検査が面倒そうだし、入院でもさせられたら退屈するに決まっている。体調は悪くないので、家で大人しくしている方がマシだ。ちょうど春休みだし。

「じゃ、車はあっちだから」

「ああ」

 この糸が車に乗ったとき、どうなるか気になった。
 うちの軽自動車に乗ったが、糸はドアを突き抜けている様子。母さんはそのままエンジンを掛けて走り出した。
 この赤い糸はそれでも切れない様子。ピンと引っ張られる事もない。

 これは運命の赤い糸ってヤツか?
 まさかね。

「じゃ、お寿司でも買って帰りましょうか。退院祝いに。何かリクエストでもある?」

「いや、別に良いよ、何でも。退院って言っても、一日入院しただけだろ」

 寿司を買って帰り、ひとまず食べる。パック寿司ではあるが、美味しかった。
 少し落ち着いたところで、母さんの赤い糸がどこに繋がっているのか、探ってみることにした。

「ちょっと、出かけてくる」

「車に気を付けるのよ」

「ああ、分かってるって」

 糸はドアをすり抜けているのだが、外では道に沿って伸びていた。しかも空中に浮いてる。高さ一メートルくらいの位置だ。

「くそ、結構あるな…」

 歩きじゃ無くて自転車にすれば良かった。
 それに、たぶん、この先は父さんに繋がっているはずで、それなら、父さんが帰って来るのを待った方が良いか。

 家に戻った俺は父さんの帰宅を待った。

「ただいま。意識、戻ったって? おお、恭一、どうだ、調子は」

「まあまあだね。問題ないよ、父さん」

「そりゃ良かった。お前が事故に巻き込まれたって聞いた時はヒヤッとしたぞ。しかも意識が戻らないって言うし」

「ああ、心配掛けたね」

「それはいいんだが」

 父さんの右手に注目したが、やはり小指に赤い糸が結んであり、それが母さんと繋がっていた。
 しかも、距離が近くなっても垂れたりしない。自動的に伸縮しているようだ。

 こりゃあ、確定だな。
 事故で頭を打ったせいらしいが、どうやら俺は運命の赤い糸が見えるようになってしまったらしい。

 誰得だよ…?

 とにかく、これは黙っておこう。
 病院に入院させられても退屈するだけだ。医者に治せるとも思えないし。

 夜中、自分の部屋で確認してみたが、俺に赤い糸は繋がっていない。
 まあ、そりゃあね、彼女いない歴十六年だもの。
 分かっちゃいたけどね…はああ…。

 翌日、ちょっと思いついて赤い糸を思い切り引っ張ってみた。

「くそ、駄目だ。切れねえ」

 やっぱり運命だけあって、強い絆で結ばれているのか。
 ハサミはどうかな?

 好奇心に駆られ、ハサミで赤い糸を切ってみると、あっさり切れた。
 おお。
 なんだ、切れるじゃないか。

 でも、あれ?
 他の人が通り抜けたり、ドアを突き抜けたりするのに、なんでだ?

 まだその辺にふわふわ漂っている糸を捕まえ、その上からハサミを落としてみた。
 ハサミは糸に引っかからずに床に落ちた。

 なるほど。どうやら、俺が手に持っていないと、干渉はできない様子。

 さて、あとは…この糸が切れたら、どうなるのかって話だが。
 いきなり二人が死んだりしたら凄く困るのだが、たぶん、それはない。

「母さん」

「なあに?」

「父さんのこと、どう思う?」

「そうねえ。あなたが事故で意識が無くなってるって言うのに会社優先だし、ううん、私、なんであの人と結婚しちゃったのかしら…ねえ、恭一、お母さんが離婚するって言ったらどうする?」

「えっ? いや、それは早まらない方が良いと思うよ」

「そう? まあ、それもそうよね。でも、養育費ならもらえるかもしれないし、私も仕事に出れば…」

 なんだか凄くリアルな離婚を母さんが考え始めたようなのでこれはまずい。
 糸が戻せなかったら、マジで離婚しそうだ。
 やべぇ。
 これ、結んだだけで、元に戻るのかな…?
 戻らなかったらどうしよう?

 俺は慌てて切れた糸の両方を捕まえ、くっつけてみた。
 少し光った赤い糸は、何事も無かったように見事にくっついた。
 結び目も無い。
 完全に元通りだ。

 ふう。

「ちょっと養育費とか、調べてみるわね」

「いやいや、母さん、せめて俺が大学を出るまでは自重して欲しいんだけど」

「ん? そうねえ、子供もいるんだし、あれ? 何で私、真剣に離婚なんて考えてたんだろう…やあねえ、うふふ」

 良かった。
 しかし、切っただけでこの変わりよう、凄いな。

 どうせしばらくしたら、見えなくなるだろうと思っていたのだが、春休みが終わっても赤い糸は見えていた。

「何本もあるなぁ。リア充爆発しろ!」

 高校生についてる赤い糸は、結婚相手ではないから恋人同士という意味だろう。

 ただ、この糸をよく見ると、全然細いし、霞んでいる。うちの父さんと母さんの糸はかなり太くハッキリしていた。絆の強さで違うのかも知れない。
 別にうちの父さんと母さんはイチャイチャして新婚同然って訳じゃ無いんだけど…。
 年月が経つと太く強くなるのかね?
 もう少し、観察対象を増やさないと何とも言えないな。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 春休みが終わって、今日は始業式だ。
 登校して校門から入ると正面玄関横の掲示板に生徒達が群がっているのが見えた。
 貼り出されたクラス表を見ているようだ。俺もそちらに見に行く。

「よう、恭一、また同じクラスだな。よろしく頼むぜ」

 大賀(おおが)京介(きょうすけ)が肩を組んできた。
 中学の時からの同級生で、女の子にモテるという理由だけでサッカー部に入ってる奴。だからあまり真面目に部活はしておらず実力も低いので補欠だ。彼女はいない。

「ああ、よろしくな」

 京介の右手を確認したが、やはりこいつも赤い糸は繋がっていなかった。ちょっとほっとする。

「おっ、やった、翔とまた一緒だ。ツイてるぅ」

「当然だろ? 俺ら、運命で結ばれてるし」

「やーだー」

 などと、鬱陶しいバカップルが目の前でいちゃついている。二人にはそこそこ太い糸が繋がっていた。

「けっ、藤島と朝倉か。なんで藤島みたいなキザ野郎がモテるんだ? わっかんねー」

 京介が頭を抱えて叫くが、そういう直情的なオーバーリアクションが女子にウケないんだと思うぞ。

 あれ?

 藤島の左の小指にもうっすらと赤い糸が見える。二本目の糸だ。
 どういうことだ?
 もう朝倉と繋がってるのに。
 俺は藤島の薄い糸の方を目で追った。

「チョーウケるんですけど、アハハ」

 その先には、確か名前は浅井だったか、オシャレで軽い感じの女子に繋がっていた。タコっぽい顔の子だ。
 浮気、かなぁ?
 二股ってヤツ?
 ま、俺の知った事じゃないんだけども。

「あ、翔、クラス、一緒だね!」

 タコ浅井がキザ藤島に気付いて話しかけた。

「おう、ゆかり、そうだな、へへ」

「ちょっとぉ、翔、なにデレデレしてんのよ」

 ひょっとこ顔の朝倉が不満そうに言う。

「ああ? 別にしてねえだろ。なあ?」

「どうだかねー、ふふっ」

 ミステリアスに笑うタコ浅井。

「くそっ、浅井も藤島と仲がいいのか? ショック過ぎるぜ…、俺、浅井のこと、ちょっと狙ってたんだけどなぁ」

 などと京介が言うが、お前はクラス全員の女子を狙ってると公言してたよなぁ。
 ひょっとこ朝倉がタコ浅井を睨んでいるが、タコ浅井の方は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
 高校生で修羅場とか、何やってるんだか。

 ちょっと試してみようと思い、俺はタコ浅井の赤い糸をたぐり寄せる。簡単だ。

 えい。

 お、簡単に切れた。細かったもんな。
 そして、この糸を…京介の体に突っ込んでみる。
 お、繋がった。
 え? マジで?
 そんな簡単に切り替わっちゃうの?

「何やってんだ、恭一」

「気にするな京介。お前のモテ期到来だぞ」

 俺は言ってやる。

「はあ? なんだそれ」

「あ、大賀、アンタも同じクラスなんだね」

 タコ浅井が京介に話しかけて来た。

「お、おう。よろしくな!」

「うん、よろしくぅ。あと、如月君も、よろしくね」

「ああ」

 キザ藤島が面白く無さそうな顔でこちらを見ているが、ひょっとこ朝倉がいるんだからお前はそれで我慢しろと。
 ひょっとこ朝倉がいい気味だという顔で勝ち誇った笑みに変わった。

「大賀は春休み、何してたの?」

「俺か? そうだなぁ…」

 さて、京介とタコ浅井が春休みの話題で盛り上がり始めたが、赤い糸の変更ができるとなれば、アレですよ。
 俺の気に入ってる子の赤い糸を俺の体にくっつけちゃえば、恋人ゲットできちゃうんじゃね?
 性格やフィーリングの違いまで超えられるのか疑問だが、試してみる価値はあるだろう。
 駄目なら、切って元通りにもできるし。

 さっそく、掲示板のクラス表で良さそうな子がいないか、眺める。美人で性格が良くて、お、久瀬(くぜ)綾乃(あやの)か。
 和風美人の清楚な感じの子だ。家は良家らしく、上品で控えめな性格だが、俺は彼女に淡い憧れを抱いていた。

 見回して探すと、いた。
 近づく。
 久瀬はクラス表をじっと見ていて、俺には気付いていない。
 この子の赤い糸を俺にくっつければ……あれれ?

 無い。

 赤い糸が出てないな…。
 困った。これでは、どうしようもない。
 まさか、久瀬の体を触って引っ張り出すわけにもいかないし。俺は気軽に女子の肩を叩ける性格では無いし、そんなキャラでは無いから、やれば不自然に目立ってしまうだろう。

 ま、仕方ないね。縁が無いってヤツだ。分かってたよ。

 ちょっとへこんだが、ふふ、まだチャンスはある。
 他の子の赤い糸を探す。 

 おお、いた。
 ふわふわと切れた糸を漂わせているが、恋人募集中ってヤツだね! きっと。
 ま、本人は全然その気じゃないのかもしれないが、ふふふ、今の俺に見つかったが最後、諦めてもらおう。
 どうしても俺と付き合えないというのなら、俺だって諦めて他を探すし。

 その子は赤城(あかぎ)玲奈(れいな)、一年の時も俺と同じクラスで、話したこともあるから、まるきり縁がないわけでもない。
 スポーツも勉強もできて、結い上げた髪がオシャレで、とにかく目立つ子だ。おまけに美人と来た。
 多少、気が強いのが俺の好みと少し違うのだが、これで恋人になれるかどうか、一つ試してみよう。
 性格が合わないようならハサミで糸を切って元に戻せるし。

 俺は赤城の割とハッキリした赤い糸を掴んで俺の体に押しつけてみた。
 おお、なんか、凄い勢いでシュバッとくっついた。成功だ。

「あ、如月、クラス一緒だね!」

 赤城の方から話しかけてくれた。笑顔で、良い感じだ。

「ああ、そうだな。よろしく」

 調子に乗って俺は握手を差し出してみる。

「うん、よろしくね!」

 握り返してくれた。柔らかい指だ。おお、なんか、本当に凄いな、この赤い糸。

「で、いつまで握ってるの?」

「あ、ああ、悪い」

「ふふっ、ま、いいけどね」

「おっ、なんだよ、恭一、お前、赤城と仲良くなってんの?」

 京介がこっちにやってきたが、おい、お前の赤い糸はどうしたんだと。
 切れ端がふよふよと漂ってるが。

「そうだが、お前、浅井は?」

「ああ、それが、俺のオリジナルの愛のポエムを披露してたら、ドン引きされた」

「そりゃするだろ…。自重しろっての」

「かー、くそー、お前がモテ期到来なんて言うからだぞ!」

「それは悪かった。でも、チャンスをフイにしたお前も悪い」

「いや、俺はチャンスを広げようとだな!」

「ふふっ、でも、さすがに愛のポエムは無いでしょー。それキモいって」

 赤城が笑う。
 赤城と俺の赤い糸を見たが、うん、大丈夫、太くてハッキリしていて、うちの両親ほどじゃないが、今すぐ切れる感じでも無いな。
 ま、あまり調子に乗らないでおこう。間違っても自作ポエムは捧げないでおこう。

 周りを見ると、たいていの奴は切れ端の糸を漂わせているようだ。
 …思春期だからかな。
 久瀬の糸が出てないのが残念だ。

 冬川(ふゆかわ)礼葉(れいは)の糸も切れ端が出ていた。チタンフレームの眼鏡を掛けた真面目な子。
 この子の糸を繋げたら、どういう感じになるのかね。
 興味を覚えたので、俺はそれを掴んで俺にくっつけてみた。凄い勢いでくっついたが、ううん…、俺が恋人を渇望してるせいなのか?
 ちょっと恥ずかしい…。

「あ…!」

 冬川は俺に気付いた様子で、だが、サッと目をそらしてうつむいたままだ。
 うーん、ま、この子は男子に話しかけられるような感じの子じゃないしな。
 またチラッとこちらを見て、俺が見ているのに気付いて慌てて目をそらす。
 なんか面白い。こちらが優位に立っているようで、気分が良い。

「やあ、冬川さん」

 俺から話しかけてみた。

「!」

「クラス、一緒みたいだね。よろしく」

 握手の手も差し出してみる。

「よ、よろしくお願いします…」

 おっかなびっくりという感じで握り返してくれた。

「ふーん、如月君って、割とプレイボーイなんだ」

 赤城が俺を見て仏頂面で言う。
 おっと、しまった。
 冬川はハッとしたような顔をして慌てたように手を引っ込めてしまった。

「いや、プレイボーイって。握手しただけだぞ」

 俺は言い訳しておく。

「そうだけど…」

 赤城に繋がっている糸を見たが、なんともなっていなかった。まあ、自作ポエムを披露しない限りはすぐ切れたりはしないのだろう。

「じゃ、恭一、そろそろ教室に行こうぜ」

 京介が言う。

「ああ」

「そうね」

「おほっ、赤城、よろしくな」

「うん、よろしくね、大賀君」

 しかし京介が差し出した握手の手は笑顔でスルーされた。

「なんでだよぅ!」

 哀れ、京介。
 お前にだってきっといつか運命の人が見つかるさ。

 教室に行くと、熱血教師の荒川がいた。

「うえ、俺らの担任、荒川かよ…くっそー」

 京介が愚痴るが、クラス表の上に担任の名前も書いてあったけどな。さすがにいくら女性でも教師は京介の守備範囲じゃないようだ。

「大賀、聞こえてるぞ。ま、喜べ、ビシバシ、アタシが鍛えてやるよ」

 竹刀を肩に担いで、赤いジャージを着ている荒川が言う。熱血体育教師なので、俺はあまり好きでは無いのだが、割と生徒からは好かれている先生だ。
 思った通りこの先生には赤い糸が無かった。あったらあったで怖かった。

「勘弁してくれよ、先生ー」

「じゃ、HRを始めるぞ。今日は九時から始業式だから、全員、時間になったら講堂に集まるように。それまでは自己紹介をしていくぞ」

 自己紹介をやり、係を決め、席替えもやった。赤城が俺の隣の席になったのでちょっと嬉しい。全部俺のターン!という気分だ。

「よーし、じゃ、そろそろ時間だ、講堂に移動しろ」

 先生が壁時計を見て言い、俺も席を立つ。

「ねえ、如月君、春休みってどうだった?」

 赤城が、運命の糸の効果なのか、積極的に話しかけてくる。

「ああ、それが、俺は交通事故でさ――」

「ええ? うわ、大変じゃない。大丈夫だった?」

 トラックに撥ねられた話をすると、赤城は本気で心配してくれた。  

「ああ、今はもう大丈夫だよ」

「良かった」

 ほっと胸をなで下ろす赤城に、この子が彼女になってくれたらいいなあと思った。ハートも胸もなかなか大きいぜ…。

 もう一人の恋人候補、冬川の姿を探してみる。赤い糸が伸びている方向を見ればすぐだ。
 だが冬川は俺と目が合うと、慌てたように視線をそらしてしまう。顔も赤らめているので、なんだかチャンスだとは思うのだが。

「さーて、今年の一年は可愛い子がいるかな? 俺の運命の子をバッチリ見つけ出してやらないとな!」

「京介、頼むからでっかい声で言うのは止めろと」

 なんだか無性に恥ずかしい。

「何言ってるんだ、恭一、これもアピール戦術の一つだぞ?」

「ええ?」

「余計に逆効果だと思うけど」

 赤城も言うがその通りだろう。

 緊張した様子の一年生が入場してきて、前の方の席に座る。こちらに背を向けているので、どれが可愛い子かはちょっとよく分からない。
 だが、途中、こちらをきょろきょろと見回した小柄な女の子は可愛いかった。
 赤い糸の切れ端は伸びていたが、俺の席からだと距離があるのでどうにもできないけど。

「くそ、こっち向け、こっち向け…」

 ブツブツと言ってる京介は、その子は目に入らなかった様子だが、巨乳好きだったな、そう言えば。

 長ったらしい校長の睡眠呪文の詠唱を俺達は何とか耐えきり、始業式が終わった。

「よし、終わったぁ! 恭一、どっかに飯食いに行こうぜ」

 京介が誘ってくるが。

「そうだな」

「あ、私も一緒していいかな?」

 赤城が自分から加わってくるがアグレッシブだなぁ。俺だったら女子のグループに、飯を一緒に食べに行こうなんて、絶対、言えないな。
 ビッチ…いや、違う! 赤い糸の効果だ。

「おお、いいぜ、大歓迎! だよな? 恭一」

 京介が分かってるよな? と言わんばかりに俺をヘッドロックしてくるが、そこは分かってますよと。

「ああ、いいよ」

「ありがとー」

「それと…もう一人、誘ってもいいか?」

 俺は良いチャンスだと思って言ってみる。

「おう、いいけど、誰を誘うんだ?」

「ああ。冬川さん!」

 俺が呼ぶと、冬川が立ち止まって振り向いた。

「これから赤城達とご飯食べに行くんだけど、一緒に冬川さんもどうかな?」

 男子だけのグループなら冬川は断ると思うので、赤城の名を使わせてもらう。

「あ、えっと…」

「行こうよ、冬川さん。それとも何か用事でもあるの?」

 赤城も誘ってくれた。

「いえ、ないですけど…」

「じゃ、決まり。あと、クラスメイトになったんだから、敬語禁止ね」

 笑ってウインクする赤城は、なんだか様になっている。

「ええ?」

「そーそー、フレンドリーに行こうぜ、礼葉ちゃん。行こう!」

「大賀君、いくらフレンドリーでも、下の名前を勝手に呼ぶのは駄目よ。あ、如月君は私のこと、玲奈って呼んでもいいからね! 赤城って呼びにくいでしょ」

「ああ…」

 そう言われても、女子の下の名前を呼ぶってかなりハードルが高いぞ…。

「ちょっと待て! 如月君限定って事は、俺は駄目なわけ?」

 京介が赤城に聞く。

「うん」

 赤城が真顔で頷いた。

「な、なんでだ…」

「だって、大賀君ってすぐ勘違いしそうだし…」

「それはあるな」

 俺も頷く。

「おい、恭一、くそっ。覚えてろよ。先に彼女を作って自慢しまくってやる」

「まあ、頑張ってくれ」

 食事する場所は、話し合って近場のバーガーショップに決まった。


 バーガーショップの店内はそこそこ混んでいたが、俺達はテーブル席に座ることができた。

「一年の時に私と冬川さんと恭一君は、同じクラスだったわよね」

 俺の真向かいの席に座った赤城が言う。俺の右隣は京介が座っている。冬川は赤城の隣だ。
 さすがに女子の隣には座れないよな。
 おっと、赤城が俺を下の名前で呼んでるけど、そうだな、俺も玲奈と呼ばないと…。

「ああ」

「その時から結構気にはなってたんだけど、なかなか話しかける機会、無かったんだよね」

 と玲奈が言うがホントかね。気になっていたなんて言われちゃうと正直照れるね。

「そ、そう」

「ええっ!」

 京介がやけに反応するし。

「あ、ああ、うん、なんでも、あはは」

 玲奈は少し慌てたようにひらひらと手を振って笑ってごまかした。

「ところで、恭一君は部活、入ってなかったよね?」

「ああ。帰宅部だよ」

「私も帰宅部なんだよね。色々、どの部活に入ろうか迷ったんだけど」

「俺はサッカー部だぜ」

「うん、知ってる。ま、頑張ってね」

「おう。へへへ」

「冬川さんは部活なんだっけ?」

 玲奈がまだ一言も喋っていない冬川に話を振った。

「私は文芸部ですけど、どちらかというと幽霊部員なので…」

 申し訳なさそうに言う冬川だが、眼鏡美少女が姿勢良く本を読んでいるとそれだけで格好良いと思う。 

「あー、似合う――って! 文芸部の方が似合うって意味だよ? そこは誤解しないでね」

 玲奈が釈明する。

「あ、はい」

「さてと、じゃ、どうするよ? 次、カラオケに行っちゃう? 行っちゃう?」

 京介が妖しい踊りをしながら言うが。微妙にウザキャラになってないか、オマエ。女子と一緒の食事ができて浮かれるのは分かるんだが、少し落ち着けと。

「あ、ごめーん、私、今日、お母さんと買い物に行く約束なんだ。もう帰らないと」

 玲奈は両手を合わせて、本心から残念そうに謝った。

「ちぇっ、残念だなあ。じゃ、俺らも解散するか」

 京介は玲奈にしか興味が無いようで、まあ、冬川は美人だけど地味だからな。割と胸、大きい気がするけど。
 俺は貧乳派。まあ、貧乳一神教ではないので、大丈夫だ。

「そうだな」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌日。

「おはよー、恭一君!」

 玲奈が俺の背中をぽんと叩いて挨拶してくれた。

「おう、おはよう」

「そこは、おはよう、玲奈、じゃないの?」

「ええ? おはよう、玲奈、さん?」

「うーん、ぎこちないけど、まあ合格。ふふっ。呼び捨てで良いよ。あと、恭一ってお昼は学食、それともお弁当?」

「学食と購買派だな。弁当って、冷たくなってあんまり美味しくないだろ?」

「あー、そっかぁ。まあ、冷たくなっても美味しいものも有ると思うよ?」

「まあ、そうかもだけど」

「うんうん」

「おっす、恭一、赤城も」

「おはよ、大賀君」

「って、なんで俺は大賀なんだ? 京介で良いぞ」

「仕方ないなあ。じゃ、あくまで友達としてだよ、京介君。勘違いはしないでね」

「おほっ、友達か、うんうん、じゃ、お友達から色々始めようぜ!」

「あ、ごめん、やっぱり知り合いで」

 ランクが下がった。ま、京介の鼻息の荒さを見ると色々と心配になるだろう。

「くっ、まあいい、知り合いから恋人にクラスチェンジしていくぜ」

「ま、無理だと思うわよー」

「諦めねえぞ!」

「京介、暑苦しいし、あんまりしつこく言ってると嫌われるぞ」

「お、おう」

 ポエムで少しは懲りた様子。

 普通に授業を受ける。手紙を飛ばしている女子もいたが、アレって結構迷惑だしな。玲奈はそういうことはやらないようでほっとした。 

「さて、飯だ飯!」

 昼休憩のチャイムが鳴って、購買組はダッシュで焼きそばパンを買いに行った。

「あ、京介君、私と恭一はちょっと用事があるから、先に学食行っててくれる?」

「おお、じゃ、みんなの席を取っておいてやるぜ! 俺に任せろー」

「あ、それは…まあいいか」

 肩をすくめる玲奈だが、走って行った京介もいちいち張り切りすぎだ。

「それで、用事って何?」

「あ、うん、これっ! 実は…その、お弁当、今日、作り過ぎちゃって…あはは」

 照れ笑いをする玲奈は初めから俺のために作ってきてくれたのだろう。ありがたい。こういうのって、やっぱりこっちも照れるな。 

「じゃ、ありがたくもらっておくよ。どこで食べる?」

 京介を先に行かせたんだから、学食はないだろう。

「あっ、うん! ありがとう~! じゃ、屋上にしましょ。人がいないから」

「ああ」

 俺も目立つのは嫌いなので、二人で屋上に行く。女子の作ってきたお弁当を二人で仲良く食べてたら、恋人だと噂が立つのは間違い無い。
 屋上は立ち入り禁止なのだが、まあ、いちいち教師も見回りには来ないだろう。怒られたら怒られたで謝れば良いし。内申点がちょっと下がるかもしれないが、気にしない。

「ここのベンチで食べましょ」

 玲奈が指差したベンチは誰かが定期的に使っているのか、綺麗だった。

「ああ」

 一応、ハンカチは下に敷いて座るけど。
 玲奈はお茶も持って来てくれていた。至れり尽くせりだ。


「どう、美味しい?」

 緊張した様子で聞いてくる玲奈だが。

「上手いぞ、これ。母さんより上だ」

「よしっ!」

 ガッツポーズの玲奈。

「玲奈って、料理もできるんだな」

「えへへ、実を言うと、お母さんにちょっと手伝ってもらったの」

「ああ、そうなのか」

「でもでも、これとこれとこれは私の手作りだから」

「おお。それはありがたいね」

「うん、レシピを覚えたら、全部、私が作るから、期待しててね」

「ありがとう」

「ううん。なんか、恭一の為に作ろうって思ったら、凄くやる気が出て、楽しかったし」

「へえ」

 赤い糸の効果だろうな。

「だから、明日も作ってくるけど、いいかな?」

「いいぞ」

 俺も玲奈の手作り弁当を食べたい。

「良かった。あ、リクエスト、ある?」

「そうだなあ」

 俺の好物を色々聞いて、わざわざメモる玲奈。良い彼女になってくれそうだ。
 ただ…これが運命の糸のチートだと知ったら、玲奈はどう思うだろうか?
 糸を切ったら、あの時の母さんのように、あっさり俺と別れると言い出すのか?

 その辺は真剣に考えないといけない気がしたが、まあ、もう少し、玲奈のお弁当を味わってみたい。
 この件は先送りにすることにした。



 放課後。

「よし、じゃあな、恭一!」

 京介は合コンに誘われたそうで、まあ、成功するとは思えないが、楽しんできてくれ。

「じゃ、帰ろっか」

 玲奈が俺に笑顔で言う。

「ああ」

「あの、如月君、先生が呼んでるので…」

 冬川が伝えに来た。

「ああ、荒川が? じゃ、玲奈、先に帰っていいぞ」

「ええ? 私、待つけど」

「いや、あの先生、人使い荒いしさあ…時間、いつになるかも分かんないし、なんか悪いよ」

 赤い糸を将来、切ったときに、玲奈が怒らないようにしたい。割と小心者の俺。

「なら私も手伝うけど」

「あの、進路とかの話だそうなので…」

 冬川が言った。進路指導なら玲奈が一緒に来ても仕方ないな。

「ああ、じゃあ、手伝えないね。じゃ、また明日ね、バイバイ」

「おう、じゃあな」

 ひらひらと笑顔で手を振る玲奈に俺も手を挙げて返しておく。

 教室を出て職員室に向かった。

「あ、如月君、そっちじゃなくて、こっちです」

「え? そう」

 職員室に呼び出されたのかと思ったが、違うようだ。冬川に案内してもらう。
 二階の渡り廊下を使って旧校舎へ向かう。ここは耐震の工事が予定されていて、今は使われていない。
 進路指導というのは嘘で、何か運ぶのを手伝わされるんだろうか?
 面倒だなぁ。

 一階に降りて、保健室に入った。
 誰もいない。

「あれ? 冬川?」

 冬川は、鍵を掛けた。
 どう言うつもりだ?
 冬川が眼鏡を外して眼鏡ケースに入れ、ポケットに入れた。

「ごめんなさい。私、もう我慢できなくて」

「え?」

 冬川がそう言うと俺に抱きついてキスをする。

 なんだこれ?

 ま、まあ、赤い糸か?
 だが、赤い糸は好意を向けさせることはあっても、その人間の性格まで変えるわけじゃ無かったはずだが。

「ぷはっ、ど、どうしたんだよ」

「私じゃ、ダメですか? でも、赤城さんと付き合ってるわけじゃ無いでしょう?」

「まあ、そうだけど」

 良い雰囲気になっているのは確かだが、お互い、恋人として付き合おうと言ったわけじゃ無い。

「なら、私とお付き合いしてもらえませんか」

 真っ直ぐこちらを見た冬川は、タダの大人しい女の子では無かったようだ。

「理由、聞いても良いか?」

「はあ、それが、私にもよく分からなくて…昨日から、急に如月君のことが頭から離れなくなってしまって。自分でも変だとは思ってるんですが、赤城さんに先を越されたらどうしようって。め、迷惑だった? 迷惑ですよね…」

「ううん、悪い、実を言うと、君の運命の赤い糸、俺にたぐり寄せてくっつけたんだ。たぶんそのせいだ」

 俺は正直に話すことにした。

「ええ? 違いますよ。私、元々、淫乱なんです」

「ええっ?」

「だって、好きになったからって、いきなりキスしちゃったり…いけないって分かってるのに…うう」

 援交でもしてるのかと焦ったが、キスで淫乱と思ってるなら、きっと男と付き合ったことも無いのだろう。何かほっとする。

「ああ、泣くな、ちょっと待ってろ」

 どうやら赤い糸が強力すぎて、冬川を変にしてしまったらしい。棚にあるハサミが見えたので、それを取って俺は赤い糸を切った。
 すうっと消えた赤い糸は、たぶん、もうくっつかない気がした。

「冬川、俺を見てくれ」

「え?」

「今、どうかな、俺に対する気持ち」

「ええと、あ、あれ?」

「良かった。元に戻ったみたいだな。単なる気の迷いだから、気にしなくて良いよ。ごめん、君とは付き合えないってことで、いいよな?」

「ああ…はい…」

 顔を赤くした冬川は恥ずかしかったのだろう。
 きっと彼女は後悔してしまうだろうし、悪いことをしてしまった。

「あ、先生が呼んでたって…」

「はい、私の嘘です。ごめんなさい」

「いいよ。じゃ、ごめんね?」

「あ、いえ、気にしないで下さい。あっ! い、いきなりキスしてごめんなさい…」

「いやいや、それはいいよ。男はむしろ嬉しいしさ。あ、美人限定だけどね」

「はい…」

 うなだれる冬川は、自分が美人だとは思ってない様子。

「冬川は美人だから」

「えっ、ああ、そ、そうですか。いえ、私は…」

 真っ赤になった。可愛いな。

「じゃ、帰ろう」

「あ、はい」

 彼女をここに一人きりにして帰るのは良くない気がしたので、一緒に教室まで戻った。

「本当にごめんなさい」

「いや、俺の方こそ、糸を操ったから、悪いのは俺の方なんだ」

「ふふっ、気遣ってくれてありがとう」

 冬川は赤い糸なんて全然信じていない様子だった。まあ、そりゃそうだろう。誰だって自分の目で見なきゃ、そんな話、信じられるわけが無い。

「じゃ、帰ろうか」

「いえ、すみません、如月君だけ先に帰ってもらって良いですか?」

「分かった。変な気は起こすなよ?」

「大丈夫です。後悔はしてますけど、自分に勇気が持てたって言うか…あっ、ご、ごめんなさい」

「いや、こっちは気にしてないし、うん、それなら前向きで良いと思う」

「はい…」

「じゃ、また明日な。友達って事で良いかな」

「あ、はい、そう言ってもらえると、気が楽になります。あと、できれば今日のことは忘れて下さい…」

「ああ、努力する」

 家に帰って、一人ベッドに横になる。
 たぶん、あれは冬川のファーストキスだったはず。
 やっちまったなぁ。
 ちょっとした遊びというか、ただの好奇心だったのだが、一人の純情な女の子の気持ちを傷つけてしまった。
 それに、俺もなんだか、自分が卑怯者になった気がして面白くない。

「よし、そうだよな」

 赤い糸が見えるのはいい。
 だけど、それを操るのは辞めにしよう。

 俺はハサミを取り、もう一本の赤い糸を切った。
 すーっと、赤い糸が消えていく。やはり、偽りの繋がり――父さんと母さんみたいに、切れたままで残るわけではないようだ。

「明日、赤城がどう思うか……まあ、俺は変な事はしてないしな?」

 赤い糸を操ってしまっているが、それ以外は赤城の自発的な行動で、まあ、クラスメイトに手作り弁当を持ってくるなんて黒歴史にはなってしまうだろうが、冬川のファーストキスほどのダメージは無いはずだ。
 一応、赤い糸の話もして、謝っておこう。口も利いてくれなくなるかもしれないが、やはりズルは良くない。



 翌日。

「おはよ、恭一君」

「おはよう。赤城さん、昼にちょっと話があるんだけど」

「いいけど、玲奈って呼んでって言ったでしょ」

「ああ」

「ほら、呼んで」

「玲奈」

「よし」

 笑顔を見せた玲奈は、ううん?
 まあ、元々明るい奴だしな。

 冬川の方は俺を見ていて、ビクッと慌てて目をそらしてしまった。

「おはよう、冬川さん」

「お、おはようございます…」

 当分、ぎくしゃくするだろうけど、なるべく普通になるようにサポートしてやるとしよう。無視する方が彼女も負担が少ないのかも知れないが、キスした相手が急によそよそしくなって無視してきたら、ちょっと耐えられない気がする。
 向こうが嫌ってこない限りは、挨拶くらいはしておこうと俺は思った。



「それで、話ってなんなの? あっ、どこかデートに誘ってくれるとか?」

「う、うん? いや、あれれ? 玲奈って、俺のこと、まだ好きなのか?」

 赤い糸を確認するが、無い。

「何それ。もう、こうやってお弁当まで作ってきてるのに、そんなの言わなくたって分かるでしょ。実を言うと、昨日、なんで私は恭一が好きなんだろうってちょっと考え込んじゃった。
 でもさ、そう言うのって、理由は要らないでしょ」

「い、いや、要ると思うぞ」

「ええ?」

「その事について、話しておかないといけないことがあるんだが…」

「まあ、食べながら話してよ。今日は恭一が好きって言ってた唐揚げをどーんと増やしてみたよ!」

「お、おう、ありがとう…」

 どうもペースが狂うが、作ってきた以上は食べないと失礼というものだろう。

 俺は冬川のことは伏せて、交通事故からあったことを順に話して聞かせた。
 赤い糸のことも。

「――と言うわけなんだ」

「うーん」

 俺の額に手を当てた玲奈はどうやら俺に熱が有ると疑ったらしい。

「別に信じてくれなくても良いけどさ」

「ううん、信じるよ。だって、急に恭一が好きになった理由、それで説明が付いちゃうから。でも、不思議だね。どうして見えるようになったのかな?」

「さあ…」

「あ、一つだけ約束してくれる?」

「いいぞ」

「糸を繋げて元に戻して」

「えっ、なんで?」

「もう、そこまで女の子に言わせるの? あなたが好きだからに決まってるじゃない。それに、明日もこうやって二人でお弁当、食べたいし。ま、嫌なら糸の方は別に良いんだけど」

「そう」

 結局、玲奈は赤い糸なんて信じていないのかも知れない。

「恭一君はどうなの? 糸が切れたら、私には全然、興味無くなった?」

「いや、正直言うと、君の魅力にやられてるというか…」

 玲奈は話しやすいし、弁当も美味しいし、屋上の時間は楽しかった。

「ちょ、ちょっと、言うねー、可愛い顔して」

「男に可愛い顔ってなんだよ」

「だって、可愛いんだもん」

「ハムスターっぽい可愛さ?」

「んーん、女装させたら面白そうって感じの美少年かな。ちょっと弟みたいな」

「弟がいるの?」

「いないわよ。私、一人っ子だもん」

「そ。まあ、玲奈も姉みたいな感じかもなあ」

「ふふっ、じゃあ、恭一のお姉さんになってあげよう」

「そりゃありがとう。俺の家に住むのか?」

「えっ! い、いや、プロポーズじゃ無いから!」

「ああ、ごめんごめん、変な事言った」

「もー。ふふっ」

 笑う玲奈は今までで一番可愛かった。

「あ」

 気がつくと太い糸が小指に繋がってるのが見えた。
 赤い糸が復活したようだ。

「どうしたの?」

「いや、何でも無い」

 見なかったことにしよう。それでフラれるも付き合うも、俺と玲奈の気持ち次第だ。
 運命なんかに縛られたくは無い。

 俺は勇気を振り絞って言う。

「玲奈、これから俺と恋人として…付き合うってのはどうかな?」

 付き合ってくれ! と歯切れよく言えなかった。ヘタレだなぁ、俺は。

「ああ。ダ、メ!」

「ええっ、そ、そう」

 早まったか。

「ふふっ、だって、もう私達、付き合ってるでしょ? お弁当まで作ってあげるのなんて、恋人だけだよ…」

 そう言って玲奈ははにかんだ。
 それもそうか。

 空を見上げると、青く澄み切った空間がどこまでも広がっていた。


    ――― 完 ―――

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