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コーディネート・アクシズ 作者:歌上 美鷺

プロローグ「片耳うさぎ」

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1話「その少女」

目の前を通過するはずの電車は、音も無く急停止する。
慣性も何もかもを無視して、まるで初めから動いていなかったかのように。
疲れ切った顔をしたサラリーマン。
友達と談笑中であろう女子高生二人組。
ドアにもたれかかって音楽を聴く若い男。
眉間の一つさえ、動かない。
何が起こったのか?
「静かな人生」を求めていたはずの俺の心が、少し高鳴るのを感じた。

かつて俺はヒーローだった。
この腕、いや、足一つで仲間達を導ける力があった。
でもまあ、出過ぎた杭は打たれるもので。俺はもう輝こうとも思えない。
そしてその道を俺は望んでいる。
考え方は一転。平坦な日々、起伏の無い人生を愛している。
所詮、俺は世界の主人公では無かった。それだけの事。

今日も一日の学生生活が終わる。
日々の生活に刺激は無かった。
つまらない現代社会の授業を聞き流し、苦手な古典の授業はあくびをしている合間に終業の鐘がなった。
教師には目をつけられぬよう、表面上は真面目で、勤勉な生徒。一生懸命やるフリはするし、頑張ってる感も出す。
しかし、俺が異常な人間だとは思わない。誰だってそんなもんさ。人の目のつかないところで怠けてる。
むしろ、そっちの方が人間味を感じる。
そうして、俺は自分を正当化し、面倒ごとを人に押し付けながら生きるようになっていた。

そんな俺はショート・ホーム・ルームの終わりの挨拶と共に、教科書類を入れておいた鞄を身に着け、教室を後にする。
ドアをくぐったばかりの俺を引き留めたのは、クラス委員長の声。

「ちょっと、(はせる)君。あなたまだ進路調査書提出してないわよね。期限、今日までよ。」

背中まで届くストレートの黒髪に、ワンポイントの赤い眼鏡。泣き黒子が少し色っぽい。いかにも、といった感じだ。
委員長と親友の青鹿(あおが)片桐(かたぎり)とは二年でも同じクラスで、委員長とはそれなりの友好関係にある。
進路調査書に関しては素直に忘れていた。しかし面倒くさい。俺は今すぐにでも家に帰り、俺の一日の疲れを取る為にベッドに潜り込み、
至福のリラックス・タイムを送りたいというのに…………。
ここは委員長をやり過ごすしかない。大変だとは思うがそれはそれ、これはこれだ。

「俺、部活忙しいから――」

「馳君、部活入ってないでしょ。」

委員長が切り返す。流石委員長だ。

「おっと電話だ……何!?親父が事故!?すまねえ委員長すぐに――」

俺だって負けちゃいない。迫真の演技を間髪入れずに繰り出す。

「コール、鳴ってた?画面真っ暗よ?」

「…………」

脱兎の如く。そう、脱兎の如く俺は下駄箱へダッシュする。嘘を見抜かれた兎はもはや逃げるしか選択肢が残されていないのだ。
スポーツ全般にだけは自信がある。走るのは特に好きだ。それは委員長も知ってるだろ?
女子の委員長が追いつける訳がない。
俺は一目散に階段を駆け下り、靴箱横の角を曲がった。
角を曲がった先には、委員長が居た。
なんだこの人・・・化物かよ・・・

「さ、諦めなさい。こんなのすぐ書けるじゃない。さっさと書いちゃってよ。」

虎に捕まった兎は、最早抵抗することは出来なかった。

--------------------------------------------------------------------------------------

神崎(かんざき)(はせる)……っと。できた。」

俺が調査書を書き終わった頃には、空はもう僅かな赤みを残すだけの闇色を見せていた。
俺は律儀にも書き終わるのを待っていてくれた委員長に紙を渡した。

「まったく……何でこんなに時間がかかるのよ。たかだか数枚のプリントじゃない。」

返す言葉もない。項目の一つがなかなか埋められなかったのだ。

「じゃ、鍵閉めるわよ。」

委員長は教室の鍵を落とし、俺たちは廊下を歩く。

「外、すっかり暗くなっちまったな。委員長、送っていこうか?」

いくら俺とはいえ、俺のために待たせた女子の身を案じることくらいはできる。
まあ、走る俺に追いつくどころか追い抜ける身体能力の持ち主なら?よほどのことがなければ大丈夫だろうが?

「いいわよ、私、これからまだ仕事があるもの。お気持ちだけでじゅーぶん。」

「そうか?ならいいけどよ、気をつけろよ。」

「あら、今日は優しいじゃない。熱でもあるの?」

「あー、人が心配してやってんのにすぐそういう事言う。」

「あはは、わかってるわよ。じゃ、私先生のところにこれ、持っていくから!」

彼女はそう言って、手に持った俺のプリントをヒラヒラと揺らし、階段を駆け上がっていった。
俺はこうして、約一時間半遅れの帰路についたのだった。

学校の最寄り駅についた時には、月の光と幾千にも輝く星のみが静寂に包まれた町を照らしていた。

「ふう……」

俺は定期を改札にかざし、ホームのベンチに腰掛け一息つく。
このままいつものように電車に揺られ、家に帰り、飯を食い、風呂に入り、だらだらとした時間を過ごし、そして寝る。
生産性は無い。
特に豊かな感性を持ち合わせているわけでもないので、生活の中に新たな発見をすることも無いし、凹凸のない、よく言えば平穏、悪く言えば退屈な人生。
別にいいさ。それでいいさ。
そんな無駄な思考を振り払うように俺は立ち上がり、頭を振った。
遠くで車輪の軋む音が聞こえる。
まばゆい光が高速でこちらに向かってくる。ああ、俺もあれくらい必死に、もう一度がむしゃらに走れたら。
そんなことをまた考えてしまっているうちに、電車は俺との距離を縮めていく。
轟音と共に、車体に押された風を体に感じる。身体全体が心臓の鼓動のように振動した。
反対側の車線をまるで何かから逃げるかのように電車が通過する。目の前を、通り過ぎる。






……はずだった。いつもなら、そうなるはずだった。
しかしどうだ?目の前のこの、赤茶色の物体は、どうなっている?
何故、ホームの三分のニを通過したあたりでその勢いを全て失った?
目の前で起こった事象を脳が受け止めきれない。
俺の頭が狂ったのか?電車がそこで制止している。
気のせいか?空気が張り詰めたように感じる。
落ち着け……。
窓の外から見る車内の様子は、何も変わったところがない。
疲れ切った顔をしたサラリーマン。
友達と談笑中であろう女子高生二人組。
ドアにもたれかかり音楽を聴く若い男。
他にも色々な人が……。
やっぱり、変だ。まったく人が動いていない。硬直している。友達の顔を見て笑う高校生の口元一つさえ、その動きを見せない。
鉤型に歪んだ吊革はその形状を維持したままである。
そもそもあんな勢いで電車が止まったのだ。
慣性によって車内はめちゃくちゃだろう。しかしなぜだ。誰一人として体制一つ崩さず、平常時そのものだ。
何が起こった?意味が分からない。
おかしい。明らかにおかしい。
ありえない。おかしくなってしまったのは俺か?
そうだ、対岸のホームへ行って直接調べてみよう。
そう思い立った俺の心は少し、ほんの少しだけわくわくしていた。

そうして俺は地下道を通るべく、ホームの階段へ走った。
階段の一段目まであと十数メートルというところで、俺の右側、つまり電車のある位置から何かが飛んでくるのを、俺の目は捉えた。
俺に対し垂直に飛んできた「それ」は俺の目の前を通過し、そのまま壁に激突した。
「それ」を見る前に本能的に「それ」が飛んできた方向に目が行く。
電車の窓ガラスが一か所、割れている。よく見ると、向かい合った二つの窓が割れているようだ。
「それ」は、どうやら電車の向こう側からこちらまで、地面に平行に飛んできたらしい。
なんて、混乱した頭が勝手に始めた推測がある程度の結論に達した時。
壁にぶつかった衝撃からか、ぴくぴく、と痙攣していた「それ」が小さな呻き声を上げた。

「ぅ、うぅ……」

多分、駆け寄って怪我がないかとか、意識ははっきりしてるかとか、何かしら安否の確認をすべきだったのだろう。
近寄りがたさを脳が察知したんだろう。俺の足は地面と一体化したかのように不動の誓いをたてた。

「そ……この少年……う、動けるな……」

しゃ、喋った……。

「よかった……やっと……見つけた……」

とても小さな呻き声。しかしなぜだろう。俺の耳には、いや、頭には、とてもはっきりと聞こえ、届いている。

「こちらにきて……私を……運んで……くれないか……」

体が、動いた。その言葉を聞いた時。俺の足は軽々と歩みを始め、しかし恐る恐る「それ」に近づいて行った。
手を、伸ばす。
手が、触れる。
暗くてよくわからなかったが、ローブのようなものを羽織り、そのフードを被っていた。
フードを外し、中身と対面する。
燃えるような赤。違う。
闇を抱えた炎。
体内から離れ、酸素によって変色した、そんな血の色。
美しくはあるが、どこか恐怖を感じる。そんな色。
とても印象的な髪の毛があった。思わず手に取ってしまう。
さらさらとした髪を持ち上げ、親指と人差し指で擦る。確かな水分と、男性にはない特質的な香り。女の子だ。

「……おい……何してる……」

そう言われて、はっと我に返る。

「わ、わるい!思わず……」

慌てて髪を離し、弁明をしようと口を回す。
それを遮り、目の前の何かは声を出す。

「私を……ここから連れ去ってくれ……どこでもいい……」

そういって目の前のそれは、俺の腕を掴み、よじ登り、首に腕を回した。先ほどよりかは元気になったことが、声色からも伺えた。
な、なんだこいつは!まるで意味が分からんぞ!俺は首に引っ付いている女の子を引き剥がそうと試みた。
そうして気付いたことがある。この少女、とても軽い。女子の平均体重なんか知る由もないが、少なくとも同い年、高校生の体重ではないだろう。
体も随分と小さい。そんな大きさながら、俺が引き剥がそうとする力をものともせずに俺の首に抱き着いている。
俺の抵抗を感じ取ったのか、少女は言った。



「お願い……助けて……」



その声は今まで聞いたすべての声よりも儚げで。
俺の溜息で消えてしまいそうな朧気な灯火。
出会ってから数分の口調とも全く違う。
ここで見放したら、死んでしまいそうで。

心が、騒いだ。

俺は彼女を抱きかかえ、階段を駆け下りる。
改札口に立つ駅員は、やはり少しの動作も見せなかった。その眼は感情の無いマネキンのようで怖かった。
改札を飛び越え、街に繰り出す。
線路に平行して走る。繁華街を目指して。

いくら程走っただろうか。繁華街の入り口が顔をだす。
はあはあ、と息が切れる。俺の体は精神的にも体力的にも疲弊の色を見せていた。

「お、おい。そういえばどこに向かえばいいんだ。適当に走っちまったぞ……」

物音ひとつ立たない歩道を歩きながら少女に問う。
横を見れば数々の車がひっそりとそこにある。加速と真逆の世界。まるで写真をくり抜いた世界に来てしまったようだ。
俺の問いてから数歩、彼女が俺の耳たぶを引っ張り、

「こ……こ……でいい……早く入って……」

俺は雑多に並ぶ建築物の一つ、俺の真横にある建物を見、絶句した。
こ、ここって……。


俺は彼女を柔らかな羽毛の上に降ろし、その横に座り込んだ。
大きな吐息が漏れてしまう。
女の子に目をやると、すやすやと寝息を立てている
とりあえず、頭を冷やすのと、走ったせいでべたついた体をリセットするため、シャワーを浴びよう。
そう思い立ち、シャワールームへと移動する。ピンクの照明が目に優しくない。
俺は服を脱ぎ、シャワーのハンドルをひねる。あれ、水が出ない。
そこで俺は水もまた、あの電車や人のように止まってしまっていることを理解した。
くそ、と俺は悪態を付き、服を着て元いた場所へと戻る。
なぜ、この少女と俺だけは動いているのだろうか。
再度少女に視線を移す。腰ほどあろう、長くストレートの赤い髪。とても小柄で、身長は一四〇後半だろうか?何というか・・・控えめな体だ。色々。
どこかの制服なのだろうか。カッターシャツに、ミニスカート。
胸元には赤い小さなリボンが付いており、腿から下をハイソックスが覆っている。
俺はまた無意識に、小さな女性の頭に手を伸ばしていた。撫でようとした。
俺の手が、顔に影を落とす程近づいたとき、彼女の目が大きく開いた。

「……また、何かしようとしているな……」

反射的に手を翻し、手首を逆の手で握りしめる。

「どこかへ連れてきてくれたのか……感謝する……もう、限界だ。」

「え?」

俺が疑問を投げかけようとしたとき、バスルームから、ジャアアアアアアア、という激しい水音が聞こえた。

「あ、あれ?」

俺は慌ててシャワーを止めにいった。さっきはうんともすんとも言わなかったノズルが、水の勢いによってガタガタと暴れていた。
あの子には色々聞くことがあるな・・・
そう思いながら、ハンドルを戻す。先ほどはどうやらそのままにしてしまっていたようだ。
おれは少し濡れた足裏に不快感を感じながら、彼女のもとへ再び行った。
彼女は上半身を立てており、戻ってきた俺の顔を見つめていた。髪色より少し明るいきれいな紅色の目で見つめられると、少しドキッとする。
俺も負けじと見つめ返していると、彼女は視線を外し、すっと立ち上がった。
小さな口ですぅーっと息を吸い、彼女は喉を震わせる。

「貴方が神崎馳ね。申し訳ないけど、貴方に協力してもらう事があるわ。」

「私の名前はクロン・ティアよ。クロンと呼んで頂戴。」

「貴方には私達のために戦って欲しいの。よろしくね」

一方的にそう言い放ち、女の子、いやクロンは再び俺の目を射抜いた。
その視線と突然の言動に、俺はしばらく動けなかった。
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