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王子さまと委員長  作者:塚原 蒔絵
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2/15

Side ―王子さま― 

 初めて委員長の声を聞いたのはクラス役員を決めるホームルームだった。
 4月のやさしい春の風が校庭に咲いている八重桜の香りを淡く運んでくる。
 カーテンを撫でる風、温かな日差し、担任は生徒に全権を委ねているのか、自分の席であくびをかみ殺している。
 そんな中、委員長、いやあのときはまだ委員長じゃない、三森みもり 千鶴ちづるの声が聞こえた。
「委員長なんてムリだよぉ」
 そう言って委員長は首を振る。
 短い天然パーマの髪が動きに合わせて揺れている。
 小柄で、犬にたとえるならトイプードルだろう。
 そんなトイプードルみたいな委員長が美女に腕を引かれ、教壇前へと誘われている。
 美女の名前は橋本はしもと 亜子あこ。男子の中ではちょっとした有名人だ。
「ほーら、このままじゃなにも決まらないでしょ。ここは、ちぃが立候補すべきなの」
「だ、ダメだって! わたし、リーダシップ、ない!」
「誰だって最初はそんなモンよ。大丈夫、やってるうちに慣れるから」
「だったら亜子ちゃんがやろうよぉ」
「あたし? ダメダメ、目立ちたくない」
 至極まじめにそう答える橋本。
 教壇前で繰り広げられている攻防戦は十分に目立っている。が、そんなことはお構いなしに、ニヤリと笑うと橋本は小さく唇を動かす。
 途端、委員長は顔を輝かせ、
「わたし、委員長します!」
 と高らかに宣言した。
 一瞬誰もがナゼ? と疑問に思ったが、他に候補者もいなかったので三森が委員長という流れになった。
 あのときは興味がなかったのだと、そう言っておこう。
 初めて見る女の子だったし、女子が仲良くじゃれあってるんだなぁと、その程度にしか思わなかった。
 時計の秒針が進むのが遅くて、苛立つ。
 前の席の男子は爆睡しているし、隣の女子はちょっかいかけてくるし……
 クラス役員なんて誰がどれに当たったって一緒。
 だから適当に人を振りわけて、さっさと終わらせてくれと、それが俺の本音だった。


 クラス役員を決め終わり、その他のこまごましたクラス編成を整理すると授業時間終了を告げるチャイムが鳴る。
 始業式はやることがない。
 幸いに俺はクラブに所属していなかったのでショルダーバックを手に席を立った。
 廊下に出て、緑の床、中央の黄色ラインを踏んで歩く。
 無駄なんてわかっているし、無駄なことをしている自覚もあったけど、見かけると意味もなく踏んでしまう。
 まぁ、そんな不毛な行為にしばし真剣に取り組んでいると、背中から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「蓮、やってくだろ?」
 肩を叩かれ振り向くと、同じクラスの中村なかむら 雄一ゆういちがバスケットボール片手に立っていた。
 バスケをしていかないかというお誘いだ。
 別に断る理由もないので了承の意を含めて笑い返し、バスケットボールを奪い取る。
「おい、蓮。コートは――」
「下だろ、わかってるって」
 突き当りの階段を下り下駄箱で運動靴に履き替え、グランドを横切りバスケコートに行く。だけどそんなの面倒だ。
 ここからだと目的地は真下。芝のコートだから別に運動靴じゃなくても汚れない。
 ショルダーバックを背にやり、バスケットボールを片手に掴むと窓に足をかける。そこまできて俺がなにをするのか理解した中村は慌て近づいてくる。
 けどもう遅い。
「アイ・キャン・フライ!」
「飛べるだろうけどヤバイって、下に人が――」
 聞こえたのはそこまで。
 蹴りだした足が、その勢いで飛び出して身体が、宙へと躍り出る。
 軽い浮遊感。次いで落下時のふわりとした感覚。それらが一瞬にして終わると、足の裏にじんと痛みを感じ、目の前には人の顔。
 コレは世に言う、至近距離というやつだ。
 吐息さえ感じ取れそうな近くに、俺の着地点に、正確には着地点一歩手前に人がいた。
 そいつは息をとめ、目を大きく見開く。
「い、いんちょう?」
 先ほどのホームルームでそう決まったはずだ。
 だけど、問いへの回答が返ってこない内に、俺の身体は前へ傾いていく。
 当たり前だろう、斜め下に落ちてきたのなら物理の法則に従って斜め上に行こうとする。
 つまり、目の前に人がいると、どうしてもその人を巻き込んでしまうわけで。
「ちぃ!」
 少し離れた場所にいる橋本が声をかける。
 それに気づいた委員長が後ろへ退こうとする。
 俺はバランスを崩さないよう努めながら前方の障害物、委員長を抱きしめた。
 けして不埒な心からじゃない。
 下手に避けるよりも抱きしめてしまったほうが安全だと確信したからだ。
 しっかりと抱きしめて、強引に一歩、足を踏み出す。
 もちろん、委員長の足を踏まないように細心の注意をした。
 全体重が片足に乗っている、そんな気がするくらいに踏み出した足が痛んだけど、倒れるわけにはいかない。
 足への痛みを我慢する。
 そうすると無意識の内に抱きしめる力も強くなっていたらしい。
「……委員長」
 なんとか倒れることを免れたので呼びかけるが、反応がない。
「委員長、大丈夫か?」
 抱きしめる力を緩め相手を確認すると、橋本がものすごい形相で俺たちの間に割って入った。
 委員長を俺から引き離し、自分のほうへ引き寄せる。それはもう、ものすごい速さで。
「木島くん、ちぃから離れなさい!」
「もう離れてる」
「大丈夫ちぃ。怪我とかは?」
「だい、じょうぶ」
 まだ軽く混乱しているのか、委員長はあわあわしている。
 その様子はやっぱりトイプードルみたいだ。あのモコモコして、ちょこちょこ動く小型犬そのもの。
 なにが起こったのか理解できず、左右を何度も見渡すトイプードルが俺の脳内にいる。
「木島くん、なに笑ってるの!」
 橋本が綺麗な眉を吊り上げてにらんでくる。
「ゴメン。委員長、怪我ない? 下に人がいるとは思わなくてさ」
「や、わたしも上見てなかったから」
「ちぃ、普通の人は上見て歩かないの」
「でも本当に怪我もないし。大丈夫……あれ?」
 大丈夫だと拳を握りうなずこうとした委員長は、はたと首をかしげた。
 それに倣って俺も首をかしげる。
 なにかが違う。
 厳密になにとは言いにくいけれど、なにかが違う、気がする。
 そう、見えるものの中で、一つだけ違うもの。
 その変化にいち早く気づいたのは橋本だった。
「ちぃ、メガネは?」
「あ! たぶんさっき落ちたんだよ。そこら辺に」

 パキ!

「……ぁ」
「……木島くん」
「なに? 今パキって聞こえたよ? まさか、わたしのジョン踏まれた?」
 周囲が見えない委員長は彼女の目の前にいる相手、つまりは俺に向かって手を伸ばしてくる。
 それはお化け屋敷とかで暗闇の中、どこに障害物があるかを確かめるように。
 で、俺はというと、自分の足の下にあるであろうガラスの物体を極力見ないようにして、
「現実を受けとめろ蓮、お前が悪い」
 いつの間にか下りてきた中村が、ご愁傷さまといわんばかりにしたり顔で俺の肩を叩いた。
「ちぃ、アンタのジョンは木島くんが踏んでるわ」
「うそー!」
 この世の終わりのような声と顔で、涙目になる委員長。
 そんな顔できるんだと感心しながら、俺は心の中で呟いた。
 ジョンって、メガネの名前か?



 悪かったという自覚はある。
 どう考えても非は俺にあって、いいわけをする気はない。
 自転車のペダルを踏む足に力を入れる。
 登りの坂道は立ちこぎで乗り切りたいが、後ろに人を乗せているので、そんな危険なことできない。
 腰に回っている細い腕。
 しっかり握っていろと注意したはずなのに、今にも離れそうだ。
「木島くん、わたし降りるよ」
「乗ってろ。大丈夫だから!」
「重いから」
「重く、ない!」
「でも、しんどそうだし、汗だって」
「委員長!」
「はっ、はい!」
「しっかり捕まって。下るぞ」
 言った途端、足から力を抜く。頂上だ、ここからは重力にしたがって自転車は下り坂を下降しだす。
 それは最初緩やかに、だけど徐々に加速する。
 風が気持ちいい。
「き、きじ、ま、くん! は、は、速くない、ですか!?」
「速くないない。普通普通」
「で、でも、こわ」
「だったらしっかり捕まってること」
 返事をする代わりに、おずおずだった手がきちんと俺の腰を掴んだ。これならこちらも安心できる。
 遠慮されて中途半端に服を掴まれると、こぎにくくて仕方ない。
 メガネを壊してしまった俺は、一人では帰れそうにない、帰る途中でドブにでもはまりそうな委員長を送る役を担っている。
 橋本が抗議したけど、アイツは委員長とは反対方面に家を構えている。
「ゴメンね、送ってもらって」
「謝るのは俺のほう。ジョンだっけ? メガネ、悪かった」
「ううん、いいよ」
 変な間ができる。
 平地になったので、再びペダルをこぐ。
「バスケ、得意なの?」
「別に、得意じゃないけど」
 言った後で失敗したことに気づく。
 せっかく委員長が会話を振ってきてくれたのに、これじゃまた気まずい空気になる。
「得意じゃないけど、バスケしてると他のこと考えなくていいから。委員長は?」
「わたし? バスケは得意じゃないなぁ」
「っぽいな。球技とか苦手っぽい」
「バトミントンはできるよ!」
「それは球技じゃありません」
「じゃ、じゃあ、けまり?」
「……委員長、もしかして平安時代の人?」
「違います!」
 信号に足をとめる。
 横断歩道を横切るおじいさんが、こちらを見て嬉しそうに微笑む。
 やめてくれ、カレシカノジョとか、そういうのじゃないんだ。
 道路の脇に咲いているタンポポ。暖かな日差しを浴びてゆらゆら揺れている。
「委員長、タンポポがある」
「え? どこ?」
「そこ」
「……ごめん、見えないから」
「あー」
 また失敗。
 俺がメガネを破壊したんだ。そしてメガネなしの視力じゃ帰れないから送っているんだ。
 自分の失態に内心で悪態をついて、髪をかきあげる。そうすると溜まっていた熱が少しだけ発散した。
「えーと、すぐ近く。ガードレールのパイプから出てる」
「どんな風に?」
「どんな風って……」
 どう言えばいい? 
 黄色いとか? いや、それは普通だ。
 茎が長い。……それも普通だよな。
 先のほうが花の重みで頭を垂れるように少しだけカーブしている、けど、なんて言えばいいんだ、こういう状態の花。
 これは、こういう花は――
「にょっきり?」
「……にょっきり」
 笑われた。
「笑わないでください」
「ご、ごめん。でも木島くん、やさしいね」
 そんなこと面と向かって言われたのは初めてで、嬉しいのか恥ずかしいのかわからないまま、自然と顔が赤くなる。
 だけど委員長は俺をからかってるとか、そういう風ではない。
 ペダルを踏み込む。
 風が肌を撫でる。
 心地よい陽気だ。
「あれがわたしの家だよ」
 委員長が指差した先には赤い屋根の家が建っていた。
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