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王子さまと委員長  作者:塚原 蒔絵
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Side ―王子さま―

 雨がやむと本格的な夜の闇が空を覆ってしまった。
 スケジュール表を見直すと、これから花火をする時間だ。
 他の連中は我先にと場所取りに行ってしまった。
 俺はボストンバックからカメラを取り出し、時計を見る。
 9時を少し回ったところだ。
「蓮、カメラ持ってどこ行くんだ?」
「これなら夜景も撮れるから。花火撮って委員長に――」
 さっきの調子では花火に来るのは無理だろう。
 なので、せめて夜景でも撮ろうかと。
 学校のほうでもカメラを持ってきているから撮ってはくれるだろうけど、俺のカメラは高機能性だ。
 趣味で買ったものだけど夜景が綺麗に撮れる。
 アングルだって、先生には負けない自信がある。
 できれば一緒に見たかったけど、そんなわがままは言えないし。
 中村がベル薔薇のオスカルのように、小指をぴんと立てて驚愕の表情を見せた。
「まっ、まさかお前、一人でパラダイスに行くつもりじゃないだろうな!」
「パラダイス?」
 どこだ、それ。
「女風呂だよ! なに言ってんだ、男の楽園といえば女風呂だろう! カメラを片手に野郎がすべき行動は女風呂に行ってそのフィルムに愛の一撃を念写すること!」
「なんでそうなるんだよ。あと楽園はエデンでパラダイスじゃない。しかも念写って」
「実物を拝もうなんざ100億年早い! 念写ができてこそ真の漢だ」
 念写ができるならカメラを持って女風呂に行く意味あるのか?
「……で、行くのか、ボス!」
 親指をぐいっと立てて訊かれる。
「行かないって。顔怖いから近づくな」
「亜子の裸を見ていいのは俺だけだ!」
「行かないし見ないから!」
 興奮して手をわきわきさせ、今にも俺に襲い掛かってきそうな中村から逃げて走り回っている内に、憶えのない場所にきてしまった。
 一階のロビーが玄関だから、そこまで戻らないといけない。
 と、ふと見慣れた黒髪が視線の先を過ぎる。
「……なんでこんなところに?」
 橋本が通っていった道を追うと、柱の影の隅っこのほうで壁にもたれているのが見えた。
「橋本」
「!」
 声をかけた俺に驚き肩を震わせた瞬間、雫みたいなのが落ちた気がした。
 ……泣いている?
 普段泣くことのない相手が涙を見せている状況で、俺の脳内は軽くパニックだ。
 こういうとき、男はどうすべきなんだ?
「……そのままどっか行って」
「ほっとけないだろ」
「うるさいわよ。すぐに戻るから」
「中村呼ぶか?」
「よ、呼ばなくていいわよ!」
 中村、という単語に刺激されたのか、振り向いて怒る瞳から新たな涙がこぼれる。
 持っていたハンカチを差し出すと、橋本は強引にそれを奪う。
「……どっか行け」
「口悪いぞ」
「うるさい! もともとあたしはこういう喋り方よ!」
 怒った後、むちゃくちゃ悲しそうな顔をしてボロボロ涙をこぼす橋本。
 確かにあまり人が来ないところだけど、誰も来ないってわけじゃない。
 後ろのほうに見える一般のお客さんが、ああこっちを見ている。
「とりあえず部屋に戻ろう。委員長いるだろ?」
「いや!」
「嫌って、委員長一人なのか?」
「木島くんは、ちぃのとこに行って。まだ熱、高いから」
「……俺はいないほうがいいか?」
 こくん、とうなずかれる。
「中村呼ぶから。もう少し我慢な」
 なにをするのだと見上げてくる瞳に、できるだけ安心できるように微笑んでみる。
 すると橋本も抗議する気がうせたのか、黙ってうつむいてしまった。
 携帯で連絡をとると中村はすぐに駆けつけてきて、泣いている橋本を見つけて無理やり抱きしめた。
 むろん橋本は抵抗してたけど、力で敵うわけがない。
「お前が泣かしたんじゃないんだな、蓮」
 確認のように訊かれた声に、当たり前だと返して俺は委員長たちの部屋を目指した。


 部屋の前に着くと扉は開いていて、中が丸見えだ。でも、誰もいない。
「……あの、ここに女の子いませんでしたか? 小柄で、ショートボブの女の子なんですけど」
 通りすがりの従業員の人に尋ねても、知らぬ存ぜぬの連続で、その行為を点々と繰り返してやっと、
「足に怪我してる女の子でしたら、少し前に外に出て行きましたよ」
 その言葉にありついて、再び森まで走ってきた。
 けれど、よく考えてみれば。
「……森にいるわけ、ないだろう!」
 足をとめてようやく、自分が見当違いな場所を探しに着ていることに気づいた。
 旅館の外に出たからといって、森に来るとは限らない。
 確かにここは一人になるには絶好の場所だけど、女の子が一人でいるはずもない。
 キャンプファイヤーをやっていたときとは打って変わり、周囲に明りはなく、おどろおどろした空気は、世に言う生ぬるい風とか言われるやつだ。
 雨上がりだからか、肌にべたつく湿気と、頬を撫でるぬるい風が嫌でも怪談の雰囲気を伴っている。
「足怪我してるのに、こんなところに来るわけ」
「木島くん?」
「……いるし」
 いるわけがないとむなしく呟こうとした言葉をさえぎって、委員長が俺を呼んだ。
 旅館の人に貸してもらったのか、提灯を片手に委員長は横に伸びる木の幹に腰掛けていた。
 暗がりで見えにくいけど、水溜りをよけて近づく。
 提灯の灯りに照らされた委員長の顔が赤いのが見えた。
「熱あるのに寝てなきゃ駄目だろ」
「いいの。もう下がったから」
「下がってない。顔だってまだ赤いし涙だって出て――」
 ……涙だって出てる?
 それはつまり、かなり高熱ということじゃないのか?
「委員長、帰るぞ! ほら立って」
「駄目!」
 きつく断られて俺は差し伸ばした手を途中でとめた。
 委員長は眉をハの字にまげて首を振る。
「熱で泣いてるわけじゃないよ。亜子ちゃんと喧嘩したの」
「それは……」
「わたしね、嫌な子なんだ。すっごくすごく、嫌な子なの」
 遠くのほうで打ちあがる花火を見ながら委員長がそう言う。
 流れる涙はそのままで、拭おうともしない。
 いや、涙が流れていることに気づいてないのかもしれない。
「亜子ちゃんにひどいこと言ったの」
「なんて?」
「なんでもできる人はいいよねって。頑張らなくてもいいのはずるいって。わたし、ドジだし要領悪いから、他の人のこと、すぐにひがむの。こんな自分いやだって思うけど、わたしのできないことを亜子ちゃんは簡単にやってのけるから……」
 喋りながらボロボロと流れる涙。
 俺のハンカチは既に橋本に渡してしまって、なにも持ってない。
「得意不得意とか、そんな風に考えることもあるけど、やっぱりわたしって、なにもできないんだって思って……こんなのじゃ、木島くんに嫌われるのに」
「俺?」
「嫌われるの、やだよぉ」
 だーって、効果音がつきそうなほど涙が……くそう、なにか拭くもの! 拭くもの! ああ、委員長、鼻水でてる。
 俺はズボンのポケットに入っていたティッシュを二枚ほど手に取り、
「ほら委員長、ちーん」
「ちーん!」
「違う違う、言うんじゃなくて鼻かむの」
 ティッシュを鼻において手を離すと、委員長は自分できちんと鼻をかむ。
 ぶびーって、ああもう、また涙が流れている。
「可愛く、なりたくて、眉毛そったらそりすぎたし、体重、減らないし……バスケットボール、ゴールに入らない! コンタクト目に入れるの怖いの! 足痛いよぉ」
「委員長、落ち着いて」
「だから蓮君に嫌われるんだぁ」
「嫌わないって、好きだよ。てより委員長、俺のこときちんと分かってる?」
「うん、お父さん」
 と言って抱きつかれた。
 そして、寝られた。
 俺にどうしろと? というより俺、またポロリと告白をしなかったか?
 親指で涙のしずくを拭って、数時間前と同じように背中に背負う。
 なぜ委員長がこんなに泣くのか分からないけど、俺が少しでも力になれたらいいと思う。
「バスケなら教えるよ」
 委員長が起きたら、もう一度言ってみようかな。
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