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13 イェン漁師になる

 仕事初日。

 イェンの表情は不機嫌そうな、泣きそうな、そんな複雑な色がにじんでいた。


「だからって……何で俺が漁師やんなきゃなんねえの」


 ひたいにねじりはちまき、胸当てつきズボンに防寒着。そして、長靴に手袋といった漁師姿。腰まで届く長い髪は漁をするには邪魔だと親方に注意され、後ろ一本で三つ編みにさせられた。


「け、けっこう似合うと、思うよ……」


 本心からとは思えない、イヴンの引きつった声と顔。

 ここで、変だの何だのと笑えば、イェンのご機嫌を損ねてしまうと思っているのだろう。

 目を細めるイェンにイヴンはさらに言う。


「ほら、イェンって元がいいから何を着ても似合うし……」


 そういう問題か?


「ちっ、おまえはいいよな」


 体格も体力的にも、漁に出るのは向いてないと親方に判断され、イヴンは浜辺でおばちゃんたちと、捕った魚を開いて日干しにする作業を手伝うこととなった。


「ほれ、新入り漁に出るぞ」


 親方にうながされ、泣く泣く重い足取りでついて行くイェンの態度は、まったくもってやる気がなさそうだ。


「気をつけてね、イェン。がんばって!」


 元気よく手を振って見送るイヴンを、恨めしそうな目で何度も振り返りイェンはしぶしぶ親方の後をついていくのであった。



 ◇



「なーに、おまえさんのやってもらう仕事は簡単なものだ。初めてだしな。網で捕った魚をひき上げるだけ。大漁だったときの感動はそりゃもう、格別だぞ。ま、期待してるからな」


 親方はばしんと力強くイェンの背中を叩く。


「へい……」


 イェンは気乗り薄な声で返事をする。


「おっと、仕事仲間を紹介するぜ。おーい! みんな、新しく入った奴だ。〝灯〟の魔道士様だがちょいとわけあって、しばらくここで働くことになった。みんな面倒見てやってくれ」


「何? 〝灯〟の魔道士様だって?」


 親方の声に、先輩漁師たちがわらわらとやってくる。


「ほほおぅ! 〝灯〟の魔道士様ですか。いやいや、全っ然! 魔道士に見えんな」


「ははは、確かにだ!」


「それにしても細っこい腰だな。大丈夫か?」


「船に乗ったことあるのか?」


「よし! 船酔いに効くおまじないを教えてやろう」


「ま、俺たちがしっかり面倒みてやるから安心しろ!」


 どいつもこいつも日に焼けた逞しい身体つきの男たちだ。陽気な笑顔からこぼれる白い歯がまぶしい。

 まさに海の男。

 次々と船乗り仲間を紹介させられ、気のいい男たちは頑張れ、と励ましの声とともに、次々にイェンの肩や背中を叩いていく。


「かんべんして……」


 イェンは泣きそうな声をもらした。

 ただ〝灯〟の魔道士が何でこんなところに? と、面倒くさいことを詮索をしてくる者がいなかったのはありがたかった。


「そうだ親方、この間入った新入りも呼んできましょうか?」


「おう、そうだった、そうだった。おーいおまえら、こっちさこ!」


「アイアイサー!」


 親方に呼ばれて飛んでやってきたのは……。

 あのこそ泥四人組であった。

 あ、外道魔道士! と、口を開けて四人組がそろってイェンを指さす。


「おまえら!」


 同じくイェンも四人組を指さし目を見開く。


「何だ? おまえら知り合いだったか? ははは! こりゃ奇遇だな。こいつら数日前に近くの浜辺で倒れてたのを俺が拾ったんだ。金もないし、腹も減ってるっていうから雇ってみたんだが、これがまた意外によく働いてくれる」


 親方が言っていた、ついこの間も金に困ってた奴を雇ったばかりというのはこの、間抜け盗賊四人組のことだったのだ。


「ちょっと待って……こいつらは」


 抗議しようとするイェンを遮り、四人組がぐるりと周りを取り囲んでくる。


「おれっち、ベルトラム・ハルト。二十歳です」


 ちびが馴れ馴れしく片手を上げ挨拶をする。


「おいら、ツェンリー・エルデ。同じく二十歳っス」


 でぶが汗ばんだ手を差し出してきたが、その手をイェンは一瞥しただけであった。


「アレックス・ウォンリー……二十歳……」


 のっぽが控えめに名のり会釈する。


「デイビット・カーバイン。こう見えても二十歳だ」


 あごをそらし、ひげ面頭(かしら)が偉そうに言う。そして、イェンは不機嫌もあらわに口を曲げる。


「おまえら……何がベルトラムだツェンリーだ。アレックスにデイビット? そろいもそろって、顔に似合わねえ名前、名のってんじゃねえよ! それも二十歳? 嘘つけ!」


「嘘じゃないっスよ。ほんとっスよ」


「まだ二十歳ですよ。若いんですよ」


「ふ、大人っぽく見られがちだがな」


「そうそう……」


 いやいや、大人っぽくというよりは……。


「てっきり、三十代後半のおっさんかと思ったぞ! っていうか、おまえら俺より年下……」


 驚き顔のイェンにベルトラムというたいそうな名前のちびが、ちっちと人差し指を振る。


「新人、ここではおれっちたちが先輩なのですよ。先輩にそんな偉そうな口利いてはいけないんですよ」


「おまえ一番下っ端っス」


「敬え……」


 屈辱だ、とイェンは歯をぎりぎりと鳴らした。パレポレポーヤの街とは一転して立場が逆転してしまった。

 おまけにでぶの男におまえ呼ばわりの下っ端扱いをされたのだ。


「さて、仲間紹介も終わったし、船を出すぞー。おまえら、気合いを入れていけーっ!」


「よっしゃー!」


 船員たちの威勢のいいかけ声が大海原に放たれる。


「ヤドカリ号しゅっこーう!!」


 ブォーーーーン。


「ヤ、ヤドカリ号だああ!」


 野太い男たちのかけ声に混じるイェンの素っ頓狂な声。

 そして、出港の合図とともに、ヤドカリ号は沖へと向かうのであった。

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