第五章(一) 山桜の下から
『洋子ちゃん、忙しいみたいだね。僕も今日から大切な任務にあたるよ。これは、神から与えられた使命だから』
送信。
久々に晴れ上がった空に向って決意を新たに「うおおおおおー」と叫ぶ僕の目には見えるはずのない遠い街の景色が浮かんでいます。
梅子さんに頼んでおいたおにぎりを手にすると、一目散に学校に向かい黒板に『自習』と大きく書いてアースさんが掘っていた穴に向いました。
図書館でも村の人たちからの聴き取り調査でも財宝探しのための手がかりが出なかった今となっては、もう一度アースさんが掘っていた穴を調べるしか手立てはありません。
穴の前についた僕は、周辺の様子を地図にして何かの図形か暗号のようなものが浮かび上がらないかと考えました。映画などで海賊が隠した財宝の地図には秘密をとく鍵があるものです。
地図を作ってみるとアースさんが掘って埋めた五つの穴は全て村道から西側にあり、そのうちの三つは山桜の傍でした。残る二つは、県境にある橋の袂です。
最後に堀かけていた穴の傍にある山桜の下で、午前中いっぱいかかって書いた地図を眺めながらおにぎりを食べていると、茜がやって来ました。
「何してるの?」
「ちょっと調べもの」
「アース先生が探していたものが財宝だとでも思ってるんじゃないの?」
僕は神から与えられた秘密の使命を簡単にあてられたことに驚きおにぎりに入っていた梅干の種を飲み込んでしまいました。いったい、この種はどうなるのでしょう?
まさか、口から梅の木が出て来た人がいるとは聞いたことがないですが、少し心配です。
「なんで分かったの?」
僕は梅干に動転して、あっさりと神との秘密をバラしてしまいました。罰があたったら茜のせいです。
「えー、本当にそうだったの?冗談で言ったのに。馬鹿じゃないの」
「馬鹿じゃないよ、神様が枕元にたって財宝を探し出せってお告げがあったんだから」
「この村に財宝なんてあるわけないでしょう。寝ぼけてんじゃないの」
「そう思うなら思え、僕は絶対に探し出してやる」
実は僕も内心では『寝ぼけていたかな』と思っていましたが、つい意地になって言ってしまいました。これは、子供の頃からの悪い癖で、意地になって巨大魚を捕まえるために近くの沼に入って溺れかかった時も、傘を両手に土手を疾走して川に落ちた時も友達に意地を張って自分でも無理だろうと思いながらしてしまったのです。
二十六歳になった今も、十五歳の子供に意地をはってしまいました。十一歳も下の子供に。
「茜は、アース先生が何を探していたと思うんだよ」
「・・・・地質調査じゃないの・・・かな」
「だったら、5つも同じような場所に穴を掘る必要があるか」
「・・・・・・・聞いてみる。アース先生の病院に行って聞いてくる」
「それは、駄目だ。アース先生はスパイで、財宝を外国に持ち去るためにこの村に来たんだ。もしも、我々が財宝のことを知っているとバレたら消されてしまう」
僕の鋭い推測に茜は唖然として言葉も出ないようでポカンと口を開けています。
「馬鹿だ」
何故だか、茜は呟きました。
おにぎりを食べ終わると、茜と僕は穴の中に入って土の様子を調査することにしました。
穴は二人が入ると身体を回すことさえ難しいほどに狭く、茜の髪が僕の鼻先にかかります。
まだ、子供だと思っていた茜と密着するようにしていると不道徳な気分になるのは、少女でもない大人でもない女が持つ中途半端で不安定なエネルギーが出ているからでしょうか。
思わず茜から逃げるように慌てて穴から出た僕を、穴の中から見上げた土だらけの茜の顔は、純粋で疑りのない瞳で輝いていました。
僕は、いままで中学校の教師でありながら茜が僕を見つめているような瞳に出会ったことがないことに気がつきました。それは、子供たちの瞳から街に溢れる情報や誘惑が輝きを奪い去ってしまっているのか、僕にその瞳を見つけることが今まで出来なかったのかは分かりません。
「コアラは、財宝が見つかったらどうするの」大きな瞳をクルクリさせながら茜が僕に尋ねました。
「出来たら村のために使いたいと思ってるんだ。」
「なんで。コアラはこの村と関係ないじゃん」
「そうなんだよ。でも、そうしたいんだ。茜は、出てきたらどうする」
「出てくる訳ないじゃん」
「じゃあ、なんで手伝ってるの」
「退屈だからだよ。それにアース先生が、探していたものを先に見つけるのも面白いと思ってね」
「茜は、アース先生が好きなんだな」
なぜだか、僕はアース先生に嫉妬しました。茜の才能を見出して茜の心の中に大きな存在となったアース先生に。
「アース先生は、この村が世界の中心だって言ってくれたんだ。それまでは、時代遅れで何もないこの村が大嫌いで何で一人で置いていかれたのかって思ってた」
茜は、小さいときにこの村に母親と来て、その母親に置き去りにされるようにして祖母と育ったから、この村で生まれ育った他の子供たちとは村に対する感情も違っていたのです。
愛着も持てず憎悪することも出来ない複雑な感情の中から、救い出してくれたのがアース先生だったかもしれたせん。
人間は、自分が住んでいるところ、立っているところが世界の中心であり自分自身を真中に置けば自分の周りの全てが愛しいと思えることを教えてくれたそうです。
あまりに哲学的で僕には理解できないことが、十五歳の茜の心には染み入るように自然に受け入れられたのです。
「世界の中心で、茜は何を叫ぶ?」
僕は、前に流行った映画のタイトルを使っておどけて聞きました。
「馬鹿じゃない」
「お前は、なんでも僕の言うことを馬鹿っていうなぁ」
「だって、馬鹿でしょう」
「世界の中心で馬鹿って叫ぶかぁ?バカーアアアアアア」
山に、こだまするギャグの面白さに自分で笑い転げたのに、茜の目が冷たい気がするのは何故でしょう。
こうして僕と茜の財宝探しは、春を待つ山桜の下からスタートしたのです。 |